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ウクライナ侵攻が変えたグローバル経済。これからの世界で必要とされること
2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻したことで、多くの人的・物的被害が発生し、いまだに事態改善の兆しはない。何百万人もの難民が戦火を逃れ、多くの市民が犠牲になる中、ウクライナの政治・経済も深刻な打撃を受けている。
経済に甚大な影響を与えた「輸出ルートの遮断」
世界銀行は2022~23年にかけて、ウクライナ経済が最大で45%縮小すると予測している。
ウクライナの黒海に面した港湾都市マリウポリは、ロシアの砲撃で破壊され、同じく黒海に面した港湾都市のオデッサは、ロシア海軍による事実上の封鎖下にある。このように、重要な輸出ルートが遮断された状態だ。
戦前はこれらの輸出ルートがウクライナの対外貿易の半分、そして穀物貿易の9割を占めていた。ウクライナの経済の柱は小麦の輸出であるが、ウクライナ政府は国内で避難生活を送る約650万人以上の人々の食料確保を目指して、穀物をはじめとする主食の輸出を禁止している状態である(一部数量を除く)。
「経済的なダメージがどの程度になるか」は戦争がどの程度長引くかにかかっているため、世界銀行は戦争が終結しても、復興が遅れ、貧困が蔓延する恐れがあることを指摘している。
さらに世界銀行は国連が作成したモデルシナリオを引用し、「より深刻で長期化する戦争では、貧困率が人口の30%近くまで上昇する可能性がある」と予測している。中期的には、生産・輸出能力へのダメージと人的資本の喪失が、経済・社会的に持続的な悪影響を与えるだろう。
戦後のウクライナに必要なこと
終戦後にウクライナに必要になることは何か。
安定軌道へと早期に戻るためには、
▼インフラ
・港湾、橋梁、主要道路、空港、電力等
▼人材育成
・農業支援、医療、教育、強みのあるIT人材の再強化等
▼ファイナンス
・緊急支援、国際機関のドナー支援、民間による鉱石・食糧オフテイク型投融資、Public Private Partnership(官民連携)、ファンド等
の三位一体での復興計画が急務である。さらに、グローバル企業によるウクライナへの市場戦略や技術力も大きな糧となるだろう。
戦争の経済的波及効果は、ウクライナの国境をはるかに超えて、いまやウクライナ周辺地域の貿易や金融、移民のつながりを通じて強烈に連鎖し、欧州や中近東といった近隣諸国にかなりの経済的損害をもたらしかねない。
ロシアが払う犠牲
また、ロシアも大きな犠牲をうけている。
最前線で軍に資金を供給し支援することに加え、ロシアは一国に課された史上最大の経済制裁を連携して受けている。ロシア経済は非常に大きな打撃を受け、2022~23年には深刻な景気後退が生じた。
ロシアのGDPは11.2%縮小し、その後2年間はほとんど回復しないと予想されている。さらに家計は危機の影響を深く受け、ロシア国民の260万人が国の貧困ラインを下回るとも予測されている。
ロシア経済は、COVID-19のパンデミックから順調に回復していた侵攻前の時期から一転して、悲痛な声が上がっている状況だ。
世界銀行はロシア経済について、4.1%の縮小を予測している。これはCOVID-19の流行時に受けた影響の2倍に相当する。ロシアはその周辺諸国にとって主要な輸出先であり、輸出額の10%以上を占めている。
また、ロシアに外国人労働者を供給している中央アジア諸国(カザフスタン、ウズベキスタン、アゼルバイジャン、キルギス、トルクメニスタン等)では、出稼ぎ組の本国への海外送金がGDPの30%近くを占めており、ビジネス、家計にすでに大きな負の影響を与えている。
グローバル経済の成長を阻害
一方、欧州諸国ではロシアが天然ガスの主要供給国であるため、エネルギーが経済的打撃の中心となっている。特にドイツはロシアのガスに依存しており、ロシアからのガス流入を倍増させる予定だったパイプライン「ノルド・ストリーム2」の開通を中断した。
エネルギー価格は欧州全域で高騰。燃料費を押し上げ、パンデミック時のサプライチェーン縮小に始まった広範なインフレ圧力に拍車をかけた。
エネルギー問題に加えて、ウクライナの隣国のポーランドや東欧諸国では、戦闘から逃れてきた数百万人の難民受入対応のための費用負担を強いられている状況が続き、国内の就職難や財政難等、国民の我慢も限界にきている状況だ。
さらに遠くでは、通常、小麦の80%をロシアとウクライナから輸入しているエジプトのような国々が、食糧価格の上昇と両国からの観光収入の減少が生じている。国際通貨基金(IMF)は食糧価格の上昇は社会的緊張を高める可能性があると警告している。
上述の状況に鑑みると、戦争がもたらす経済的なマイナス面は残念ながら既に日系グローバル企業を含め広く世界に波及している。IMFはこの戦争を「世界経済に大きな打撃を与え、成長を阻害し物価を上昇させる」と表現している。
来たるべき衝撃に必要なことは何か
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、世界の一部がCOVID-19のパンデミックに見舞われる中、新たな衝撃を積み重ねている。こうした紛争や伝染病などの大きな出来事の影響から守るためのグローバルなセーフティネットの構築も今後より重要となるだろう。
グローバルでの人・モノ・金・情報(IT)の移動によって、国同士の距離はますます近くなっている。これからは、より衝撃を受けやすい世界に住んでいることを自覚していく必要があるのではないだろうか。
そして、来たるべき衝撃に対処するためには「集団の力」が必要であり、政治であれば粘り強い外交団、ビジネスであればグルーバル目線での経営戦略・戦術(サプライチェーン多元化、ダイバシティマネジメント、新規事業創出)等で戦えるチームあろう。半歩でも前に、そして先に考え、スピード感をもってアクションを取っていくことが重要だ。
また、この戦争よりウクライナのビジネス環境や規格基準も大きく変化する可能性がある。戦前までは、ウクライナ語、ロシア語、英語によるコミュニケーションが併用されていたが、ロシア語の存在が薄くなる可能性がある。
さらに、ロシア規格(GOST規格)が、鉱山業、石油製品、製鉄等の金属製品、機械・設備、発電及び電気工業、土木・建築、木材、化学製品、食料品、医療、農業、生活用品、電気通信等大半の分野での取引で活用されており、技術書類や関連図面、通関等もすべて同規格が採用されているが、戦況次第では基準規格がJIS(Japanese Industrial Standards/日本標準規格)、EN(European Norm/欧州規格)やANSI(American National Standards Institute/米国国家規格協会)等の日欧米で採用している規格に変更になることも想定されるだろう。
ほかの物流にも大きく関わることだが、ウクライナで使用されているロシアの鉄道軌道ゲージスタンダード(広軌1,520㎜~1,540㎜レール幅)採用変更もすでに欧州側が貨物鉄道による物流輸送構想実現のため、規格変更を求めている状況だ。
(余談だが、日本の鉄道レール関連技術は世界大戦前に、ウクライナから技術供与をしてもらい、日本国内の鉄道が発展したという経緯がある)
このように、各国はすでに戦後戦略の思惑を内包しつつ、様々な駆け引きを関連企業も巻き込み、綱引きが行われているのも事実である。
本稿では、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻を経済的な側面から論考してきたが、筆者としては、経済面の悪影響もさることながら、人的被害がこれ以上拡大しないよう、一刻も早い終結を願うばかりである。
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