伝統的な旅行業を取り巻く市場動向

伝統的な旅行業を取り巻く市場動向

伝統的な対面型の旅行代理店の苦境について、コロナ禍以前、コロナ禍以後に分けて整理した。

コロナ禍以前からの苦境

Euromonitorの調査によると、国内旅行代理店市場(アウトバウンド含む)は2015年7.9兆円、2019年7.5兆円とコロナ禍前の直近5年において微減で推移していた。

一方、JTB総合研究所によると訪日外国人数は2015年約2,000万人、2019年約3,200万人と順調に拡大しており、1人当たり平均旅行支出額約15万円(観光庁)に鑑みると、インバウンド市場は同期間で約1.8兆円増加しており、一部重複を踏まえても国内旅行市場全体として増加基調にあった。

しかし、ICTの発展に伴う宿泊・交通等の手配に関する直販化の拡大、リアル店舗を持たないOTAの台頭等により、全国に店舗展開する伝統的な旅行代理店は市場を奪われていた。

事実、JETRO観光レポートによると、国内の伝統的大手旅行代理店(JTB、KNT-CTホールディングス、HIS等)の取扱い規模は2014年⇒2018年で5.9兆円⇒5.3兆円に減少している一方で、国内OTAプレイヤー(Booking.com、Expedia、楽天トラベル等)は同比1.8兆円⇒2.6兆円に拡大している。

また、OTAは店舗を持たないことで実現している従来からの強みであるコスト優位性に加え、最近では旅行中の体験価値を高める「旅ナカコンテンツ」の創出や顧客データを活用したマーケティング活動等を強化し、伝統的な旅行代理店にとっては更なる脅威となっている。

コロナ禍による影響

コロナ禍による影響

このような状況下、旅行業界は2020年より蔓延したコロナ禍により大打撃を受けることとなる。国内旅行については、GoToトラベルキャンペーンにより一時息を吹き返したが、感染の再拡大で、「GoTo」は停止し、再開のめどがたっていない。

オリンピックも殆どの競技が無観客での開催となったこともあり、コロナ禍においてはその大半の需要が消失し、海外旅行(インバウンド含む)は一貫して壊滅的な状況に陥っている。

それに伴い、大手旅行代理店各社は店舗閉鎖や人員削減等の固定費削減に取り組んでいるが、それ以上に売上げの減少が大きく、依然として厳しい状況が続いている。

国内旅行の回復は22年度、海外旅行は24年度を予想

国内旅行の回復は22年度、海外旅行は24年度を予想

このような状況に鑑みると、コロナ禍からの回復がいつになるのかというのが注目ポイントになる。結論として筆者の見解は、回復するのは「国内旅行が2022年度、海外旅行は2024年度」と考える。

国内旅行については、主要な変数として①緊急事態宣言解除による回復②GoToトラベルキャンペーンによる回復③ワクチン普及による回復――の3点に着目している。そのうち、最も決定的なものがワクチン普及による回復である。

国内については年内で希望者に対して接種が完了するスケジュールであることに加えて、SARSの経験則(終息宣言後約8ヵ月で需要が回復)を踏まえ、結果2022年度に回復すると見立てている。

同様に海外旅行については①14日間隔離免除による回復②ワクチン普及による回復――2点が重要であり、現在の各国の接種スケジュールと終息宣言後のSARSの経験則に基づくと、回復は2024年度になると試算している。

消費者の価値観変化

消費者の価値観変化

市場動向同様に注視していく必要があるのが、旅行に対する消費者の価値観変化である。

日本交通公社「JTBF旅行意識調査」(複数回答)によると、旅行の動機は、2009年時点においては、「日常生活から解放されるため(66%)」「保養、休養のため(47%)」といった所謂”癒し”に関するものが多かった。

10年後の2019年においては、引き続き同項目は高く推移しているものの減少傾向(各々60%、43%に減少)にあり、一方「思い出を作るため(46%⇒55%)」「家族の親睦のため(36%⇒43%)」といった”体験”、”繋がり”に関するものが増加した。

このような価値観の変化は、コロナ禍によりどう影響を受けるのか。筆者は、コロナ禍により物理的非接触を強制されたことで心理的な接触ニーズが高まり、「繫がり」を求める傾向は更に強まると考える。

加えて、旅行の中身についての変化も今後見込まれ、具体的には、以下のような傾向が進んでいくと見立てている。

  • 遠出旅行「減」⇒近場旅行「増」
  • リアル旅行「減」⇒バーチャル旅行「増」
  • テーマパーク・都市観光「減」⇒海・山等のレジャースポット観光「増」
  • 団体ツアー「減」⇒個人ツアー「増」
  • 来訪型旅行「減」⇒滞在型旅行(ワーケーション含む)「増」

これは、withコロナ期間での移動や接触に対する制限等により致し方なく実施したことでの新たな発見や、働き方改革に伴う変化によるものとして捉えている。

着目すべき主な潮流

着目すべき主な潮流

ここまでは市場と消費者の価値観変化に関する動向の解説をしてきたが、以降はそれらの内容を踏まえつつ、より大きいレベルでの旅行業を取り巻く主な潮流4点を取り上げたい。

1 パーソナライゼーション

従来の宿泊、交通等の有りものの組み合わせによるコモディティ商品ではなく、消費者個別のニーズ・嗜好に合わせた”私だけの”商品・サービスに関するニーズの台頭がまず挙げられる。本潮流はICTの発展等により消費者が様々な情報へのアクセスが制限なく可能になったことで既に消費財(食・アパレル・化粧品等)中心に顕在化しており、旅行についても今後より強まることが見込まれる。

2 非接触⇔接触(人間的な繋がり)と相反するニーズの台頭

コロナ禍による自粛生活で非接触ニーズが拡大する一方で、それに伴い断絶されたヒトとの繋がりを求める、相反するニーズの台頭が2点目になる。一見矛盾する内容にみえるが、このようなある種の複雑化したニーズが、本潮流に限らず今後拡大していくと考えられる。

3 働き方の多様化

これまでも疑心暗鬼の中で一部普及していたテレワーク、オンライン会議の活用等が、コロナ禍により半ば強制的に拡大した。その中で、想像以上に業務遂行上支障がないことや独自のメリットを享受できたことで、アフターコロナにおいても継続的な普及が見込まれる。結果として今後は従来の画一的な働き方ではなく、多様な働き方が広がっていくことが想定される。

4 デジタル技術の進展

本潮流は上記1-3のような複雑化・高度化していく消費者ニーズに応えていく上での手段という位置付けになるが、AI、IoT、5G等のデジタル技術の発展についてである。このような技術を駆使し、いかに新たなコンテンツ・サービスを創出していくかという点で非常に重要となってくる。

戦略の方向性

戦略の方向性

ここからは、以上の潮流を踏まえた戦略方向性3点について触れていきたい。

1 企画の独自性・ユニークさの高度化

個人向けにはパッケージ型商品から脱却し、個々のシチュエーション・ニーズに合わせた企画を創出していくこと。法人向けにはワーケーション等の働き方の変化を踏まえた企画の充実(滞在長期化、サテライトオフィス機能の充実)やMICEのデジタル化対応等が重要となる。

前者は旅ナカに加えて、その前後も含めたテーマ軸での企画の充実を図っているクラブツーリズムの「新・クラブ1000構想」、後者は、例えばJTBがローンチしたワーケーション総合情報サイト「WOW!orkation STORY」等が1つのヒントとなる。

2 デジタルへのチャネルシフトとリアル店舗の機能高度化

従前の消費者動向に加えて、コロナ禍により消費者の購買チャネルは急速にデジタルにシフトしている。そのため、エリア毎のマーケットポテンシャルに合わせた抜本的なリアル店舗の統廃合と(残存店舗については)リアル店舗ならではの空間創造価値の最大化が必要となる。

デジタルチャネルにおいても、単純にECサイトにコンテンツを充実させるだけではなく、リアル店舗同等のコミュニケーションを体現するためのデジタル接客(相談・予約)の仕組みを強化していくことが重要となる。

リアル店舗の空間創造価値の最大化という意味では、HIS店舗による電力のクロスセルや池袋パルコ内にある「H.I.S The ROOM of journey」のようなコミュニケーションを活性化させるための空間作り、後者のデジタル接客では最近開始されたKNT-CTホールディングスのアバターエージェントによる接客が参考例として挙げられる。

3 旅行業以外の事業セグメントの強化

冒頭の市場動向で触れてきたように旅行業を取り巻く環境は厳しく、仮に上述1,2を実行したとしても長期的には抜本的な改善にはならないと考えられる。そのため、既存事業で培ったコア・コンピタンス(顧客、企画発掘・創出力等)を活かした新規事業の立ち上げは必須と言える。

この点については、KNT-CTホールディングスが「新・クラブ1000構想」の中でオンラインプラットフォーム事業を、HISが飲食事業やホテル・旅館再生事業を立ち上げているが、いずれも道半ばとなっており、今後の各社の取組みが期待される。

最後に コロナ禍は変革へのラストチャンス

代理店業は消費者への付加価値という観点において、旅行に限らずビジネスモデルとして厳しい状況に直面している中、コロナ禍により急速にその実態が表面化した。各社においては、従来の成功モデルに邁進せず、コロナ禍による業績悪化を変革のための好機として捉え、事業改革に励むことが求められる。言い換えると、仮にこの機会を逃すと、市場環境に加え、競合他社との比較感においても遅れを取り、取り返しがつかないことになることもあり得るのではないだろうか。

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