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今だから「タイムマシン経営2.0」 中国から、学んでいるか?
欧米で成功したビジネスモデルを日本に持ち込む経営手法を「タイムマシン経営」と名付け、積極的に推進してきたのはソフトバンク創業者の孫正義氏といわれる。欧米との情報格差が縮まる中、今後主力となるのは次世代型「タイムマシン経営2.0」。すなわち東アジアなど非欧米からのビジネスモデル輸入である。
タイムマシン経営とは
ソフトバンクグループは1990年代から、米国でベンチャー企業への投資を続け、ヤフーやイー・トレード証券、モーニングスターなどを設立。新しいビジネスモデルを日本に輸入する形で急成長を遂げた。今となっては、世界の時価総額ランキングのトップ100位にランクインする、数少ない日本企業となった。
このように、IT先進国と日本とのタイムラグを利用し、新しいビジネスモデルをいち早く持ち込み、高い確率で新しいビジネスを成功させる事ができる。
古くて新しいタイムマシン経営 「時間」と「空間」を飛び越える
LINEリサーチは2020年9月、我々日本人が一番欲しいと思うドラえもんのひみつ道具に関する調査を実施した。1位の「どこでもドア」に続いて、「タイムマシン」は2位にランクインした。
空間(どこでもドア)と時間(タイムマシン)の制約から逃れることを欲する、我々の本能が如実に表れた調査結果だ。
異なる空間と時間(合わせて時空)という概念は抽象的にも魅力的だが、実利の面でも古くからリスクテイクした人間に、莫大な知識や富をもたらしてきた。
玄奘三蔵(三蔵法師)は、唐朝建国直後で国内情勢が不安定な中、国禁を犯して陸路でインドに行き、膨大な経典や仏像を中国に持ち帰り、その後の東アジアの仏教発展の礎を創った。
物理的に離れている場所で成功しているビジネスモデルを自国に取り入れるという手法は、古典的だが成功確率の高い手法だ。
我が国の明治政府も、富岡製糸場(群馬県)や八幡製鉄所(北九州市、現日本製鉄九州製鉄所八幡地区)をそれぞれフランスとドイツに範を求めて建設した。郵便制度は、英国からだ。
明治政府とソフトバンクは「タイムマシン経営」という文脈で相似形だ。
情報格差がなくなると、「タイムマシン経営」はできない?
最近は「タイムマシン経営」への懐疑が経済ジャーナリズムの間で議論されている。
スマホやSNSの普及で、日本と欧米の情報格差が小さくなり、「タイムマシン経営」が曲がり角を迎えているという指摘である。
確かに、現在では手軽に他国で成功しているビジネスモデルの情報をインターネットで取得することができる。
新聞や雑誌を10年寝かしてから読むと良いという学者もいる。昔と今の対比で気づくことがあるらしい。
過去から学ぶ「逆タイムマシン経営」なる言葉も生まれている。
情報格差を生むのは、距離だけではない
「タイムマシン経営」とは、とどのつまり、異空間から自国へのビジネスモデル輸入だ。
対象となる異空間と自国との情報格差があるほど、うまく機能する。換言すれば「タイムマシン経営」とは、異空間との情報裁定(アービトラージ※)である。
※「アービトラージ」裁定取引、金利差や価格差を利用した売買で利ざやを稼ぐ手法
「タイムマシン経営」の本質が情報裁定だとすると、ITの進展で情報格差が小さくなれば、「タイムマシン経営」の成功確度は小さくなり、成功した時の利益の期待値も小さくなる。
そもそも、情報格差を生み出す時空の相違は、距離的なものだけではない。確かに、米国の東海岸は日本から距離的に遠い。時差も大きい。しかし、米国での経済事情についての情報は日本でも膨大であり、日米の人の往来も(コロナ禍を除くと)頻繁だ。米国の大学・大学院を卒業した日本のビジネスエリートも多く、人的ネットワークも広がっている。
欧米との情報格差が小さくなっているのであれば、他の地域との「タイムマシン経営」を模索すべきだ。
東アジアを範としたタイムマシン経営
「他の地域」とは、ここでは中国を初めとする東アジアである。
東アジアとの情報格差は、現在どうだろうか。
歴史問題もあり、距離的時空は極めて近いものの、心理的時空は極めて遠い。
そして、年々遠くなっている。
日本のビジネスエリートのうち、いったいどれくらいの人が、東アジアの大学・大学院を卒業しているだろうか。
人的ネットワークはできているだろうか。
東アジアで使われている言語を話せるビジネスエリートがどれくらいいるだろうか。
東アジアの上場会社の戦略や経営者を、我々はどれほど深く知っているだろうか。
今後の「タイムマシン経営」は、“距離的概念”における異時空ではなく、“心理的概念”における異時空との情報アービトラージというステージに移っていくだろう。
具体的には、東アジアを範とした「タイムマシン経営」が加速し、「タイムマシン経営2.0」とも言えるような大きなムーブメントが始まる予感がする。
中国から学ぶことは多い
「中国に存在し、日本にもあったら良いな」と感じるAIサービスについて、当社の中国出身社員に尋ねてみた。すると、続々と事例が出てきた。
HUAWEI(華為)の「易安検(Easy Pass)」は、空港の安全検査でパソコンや金属類を鞄から取り出さずに検査することを可能とし、搭乗時の検査待ちの列を解消した。
科大訊飛(iFLYTEK)の「AIマウス」は、毎分400文字の音声入力を可能とする。中国の方言、20カ国以上の外国語もリアルタイム翻訳する。
中国平安保険集団(PING AN)のアプリ「好車主」は、事故の際に画像をアップすれば数分で損害賠償額が確定する。一定以下の金額なら僅かな時間で支払いまでの全手続きが完了する。
情報格差がなくなってきたのは、欧米と日本という「ベルリンの壁崩壊前からの『先進国』同士」の話だ。東アジア、東南アジア、南アジア、中東など、日本との情報アービトラージの可能性はまだまだ多く残されている。
成長余地はまだある
長い目で見れば、人の本質は変わらない。エジプト文明でも、ローマ帝国でも、清王朝でも、現在の米国でも、よく似た権力闘争がある。人は闘争し、権益を欲し、敵と味方を作る。
一方、人は恋をし、歌い、踊り、大自然に感謝する。我が子の誕生に感動し、身内の不幸で人のさだめを思い知る。こうした営みの中で、音楽、文学、戯曲が生まれ、心震える生の瞬間に首を垂れる。
巨視的に見れば、いかなる過去の時代と今には相似形を見つけられる。どの産業も他産業と相似形がある。どの企業も他の企業と相似形がある。今のミャンマー情勢と幕末の志士にも相似形を見つけようと思えば見つけられる。過去と今との相似形とは、主観的にいかようにも創造できる。
「欧米=海外」という思い込みを捨てよ
温故知新は重要だが、異時空における未来にこそ、企業として、また人としての成長余地が存しているはずだ。「欧米=海外」という思い込みを捨て、“心理的概念”における異時空との情報アービトラージを始めよう。「タイムマシン経営」の成功確率が高いことは歴史が示している。
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