村上春樹さんから学ぶ経営㉜~「昼間に打ち上げられた花火」と新規事業(2)

先月号に引き続き新規事業についてです。前月号では、新規事業への取り組みは欠かせないこと、新規事業の創出には意識と潜在意識の二つが必要であると書きました。今月は、後者について書きます。

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潜在意識:新理論、技術、製品、事業は思わぬ時に

潜在意識:新理論、技術、製品、事業は思わぬ時に

前月号で書いた企図した新規事業がある一方、「突然」生まれた事業も多いと思います。アルキメデスの入浴中の「エウレカ!」に代表されるように枚挙にいとまがありませんが、学問から製品までいくつか例を挙げますと……。

  • PCR検査:感染症の結果、一気に人口に膾炙したPCR検査ですが、1993年のノーベル賞受賞技術であることはあまり知られていません。キャリー博士が彼女とドライブ中に突然おもいつき、すぐに車をとめて計算を始めたそうです。そもそも、自分の研究が効率的になるように開発しただけで、意図して開発したものでもありませんでした。
  • ヨーグルトがくっつかない蓋(東洋アルミニウム):最近のヨーグルトの蓋はヨーグルトがくっつかないようにできています。これは、東洋アルミニウムの技術者・関口朋伸氏が、神社を訪れたときに蓮の葉におちた雨滴が滑り落ちて行くのを見て「これだ!」とひらめき、蓮の葉の表面を分析し開発に成功したそうです。
  • 自動改札機の切符の整流:現在の自動改札機は電子式となりましたが、少し前までは切符を挿入していました。製品開発で問題となったのは、切符がまっすぐ挿入されるとは限らないということでした。斜めであったり横向きであったり。そのために、切符の向きを瞬時にかつ低コストで整列させる機構が必要でした。そのヒントは、渓流での木の葉の流れでした。オムロンの技術者が、川で流れゆく木の葉が石にあたると綺麗に回転してまっすぐになるのをみて思いついたそうです。
  • ホテル予約サービス「一休」:生命保険会社の社員であった創業者・森正文氏が、夜にふとビルを見上げると、オフィスビルは明かりがついている部屋ばかりなのに、暗い部屋ばかりの建物がある。ホテルでした。その時、非稼働の部屋を販売する事業をひらめいたそうです。
  • ギネスブック:ビール会社ギネス醸造所の代表取締役が仲間と狩りにでかけた際、欧州で一番早く飛べる鳥は何だろうと議論になり、世界1位を集めたら面白いのではないかとなったことが始まりです。
  • 物理学:湯川博士がノーベル賞を受賞した中間子理論は、博士がキャッチボールをしているときに思いつきました(中間子理論=「力」は中間子のやりとりが担っている)。益川博士、小林博士の6クオーク理論は、妙案がなくもうあきらめるしかないなと思い、益川博士が帰宅し入浴しているときに思いつきました。

では、このような閃きを実現するにはどうしたらよいのか。答えなどありませんが、以下に四つ上げます。

「どうして、気づき、おせっかい」「常在戦場」「人と違う」「強力な情熱」です。

どうして、気づき、おせっかい

どうして、気づき、おせっかい

不完全性定理で知られる天才クルト・ゲーデルは幼少のころ、どんなことでも「どうして?」と聞くので、「どうして君」と呼ばれたそうです。既存の製品やサービス、システムに疑問を持つことは新規事業の第一歩であるはずです。

新しいことを創出するとの観点で筆者が尊敬しているのは秋元康さん、小山薫堂さん。

秋元康さんは作詞家としては4000曲を作詞、誰も成功するとは思わなかった大人数のアイドルグループのコンセプト、斬新な脚本などで知られます。

小山さんは人気テレビ番組『料理の鉄人』の企画、映画『おくりびと』の脚本、ゆるキャラブームのはしりと言えるくまモンの企画などで知られます。

秋元さんは著書のなかで「きづき」の重要性、小山さんは「おせっかい」の重要性について書いています。

例えば、どこかのレストランに入ったときに、「どうしてこうなのだろう」と思い、改善すべきことに「きづき」、私ならこうするなと「おせっかい」を想像できること。すなわち、常に問題意識を常に持つことは、新しい事業のヒントになるはずです。

この「きづき」はキーエンスでも重要視されています。もう30年ほど前に同社に取材した際、「社員にはどんな特性が必要でしょうか?」と聞いたところ帰ってきたのが「気づき」でした。

常在戦場

常在戦場

一休の森氏のような気づきは、大病を患いこのまま一社員では面白くないと巨大生保企業を辞め、友人知人から4000万円もの借金をして起業をした森氏だからこそであったでしょう。

大栗博司博士は、師・佐藤幹夫氏の言葉を紹介しています――。

「朝起きて、今日も数学を頑張ろうでは二流。数学を考えながら眠り起きたら数学をはじめないとだめだ」

上述の益川博士は連続50時間以上考え続けたことがあるそうですし、前月号で取り上げた信越化学の金川氏の好きな言葉は「常在戦場」でした。

人と違う

人と違う

新事業とはその言葉通り「新しい」こと、すなわち、これまで誰も手掛けていないことになります。新しいこと、人と違うこと。

「私が好きな音楽は、まだ聴いたことがない音楽です。聴いたことがない曲のために、私は作曲するのです」
――京都賞(※)受賞、作曲家・思想家 ジョン・ケージ

(*)京都賞は、稲盛氏が創設した稲盛財団によるもので、ノーベル賞の先行指標と言われるほどの賞です

強力な情熱

強力な情熱

一番重要なのは強力な情熱でしょう。強力な情熱があれば、自然と、きづき、おせっかい、常在戦場になります。

言葉の壁がなかったら世界的なスターになっていたこと確実なThe Blue Heartsの甲本ヒロトさん。

甲本さんはもともと楽器など弾いたことがない、楽譜など見たこともない人でした。それどころか、「音楽なんてお遊戯みたいなもので、男がやるもんじゃない」と思っていたそうです。

しかし、ある日、ラジオから流れてくるManfred Mann/Do Wah Diddy Diddyを聞いて、人生が変わったのです。

「号泣だよ。畳をかきむしった。そのとき 畳の目がボロボロになったのを覚えているよ。毎日この感じを感じながらいきていたいと思った」

そして、父に「中学校でたら東京に出て歌手になる」と宣言したのです。

まとめ:昼間に輝く花火、夜に点いていない灯り

まとめ:昼間に輝く花火、夜に点いていない灯り

さて、2回にわたり新規事業について書いてきました。ようやく、前回号で引用した文章
「もし僕らの方に強く求める気持ちがあれば、(中略)その図形や意味合いが鮮やかによみとれるようになる」にたどり着きました。

新規事業は「創発」=階層構造組織で解の要素が複雑にからみあい、個々の要素の分析からは想像でもできない新しい系がうまれること=であり、理詰めでできるようなものではありません。

しかしながら、どうして、きづき、おせっかい、常在戦場、強力な情熱があれば、昼間の花火が(逆に、森氏のように夜の暗い部屋が)見えるようになるかもしれません。

フロンティ・マネジメントとしても、新規事業育成に携わることができたら光栄です。

おまけ:魅力的なキャリー博士

キャリー・マリス博士は逸話に欠かない魅力的な方で、いくつか紹介します。

  • ノーベル賞受賞の電話に「もらう! もらうよ!」
  • 受賞連絡があったあと、サーフィンをしようと遊びにきた友人に「ノーベル賞受賞したんだよ」「知ってるよ、来るときにラジオで聞いた。そんなことよりサーフィンいこうぜ」→ 記者が来なさそうな海に繰り出した
  • ノーベル賞前にJapan Prize日本国際賞(※)を受賞し、皇后さま(現在の上皇后さま)に謁見。「皇后さまはとても素敵でエレガントだった。(皇后さまから自由に本を読めないと聞き)それでは私が送りますよと言ったんだよ」
  • ノーベル賞受賞式では王女に「うちの息子を王家にもらってください。その代わりに領土の1/3をください」

(※)公益財団法人 国際科学技術財団によって、世界の科学技術発展に資するために創設されたもので、全世界の科学技術者を対象とする。授賞式には天皇皇后両陛下がご臨席される名誉ある賞

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