村上春樹さんに学ぶ経営㉗ 「炭鉱の奥で一生を送ったようなもの」とエルデシュ数

勤務形態を一切問わない新しい制度をつくる企業、毎日出社しないと解雇すると宣言する企業。(正しい・正しくないではなく)企業や経営者の個性が見えて面白いものです。一人で考えることと、人と交わることの意義。それでは、今月の文章です。

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海辺のカフカより

海辺のカフカより

「何かを経験し、それによって僕らの中で何かが起こります。化学作用のようなものですね。そしてそのあと僕らは自分自身を点検し、そこにあるすべての目盛りが一段階上にあがっていることを知ります。自分の世界がひとまわり広がっていることに。(中略)そういうものがまったくないとしたら、僕らの人生はおそらく無味乾燥なものです。ベルリオーズは言っています。もしあなたが『ハムレット』を読まないまま人生を終えてしまうなら、あなたは炭鉱の奥で一生を送ったようなものだって」

『海辺のカフカ』(新潮社)からの引用です。同書は、家出をした15歳の少年カフカの物語と、猫探しの名人ナカタさんの物語が交互に語られ、またそれぞれの物語にも二つの物語があるという多層構造になっています。

性同一性障害をもつ図書館司書大島さん、ジョニーウォーカー、カーネルサンダーズといった、それまでにはなかったキャラクターが登場しており、村上春樹さん自身が「これまで書けなかったような人が書けるようになった」(『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』(文藝春秋))と書いています。

孤独で隔離された思考が生み出す創造

孤独で隔離された思考が生み出す創造

閑話休題。本連載第12回において、人類史上最も偉大な発見の一つである、ニュートンによる万有引力理論の構築は、創造的休暇がもたらしたことを書きました。ペストでケンブリッジが閉鎖され、仕方なく実家に帰省していた2年間、ニュートンは一人考えに耽ったのでしょう。その孤独な思考の結果が歴史的創造でした。

湯川秀樹氏は、戦争のため国際学会から完全に隔離された日本において、その頭脳だけで中間子論を創造し、ノーベル賞を受賞。戦後日本復興のきっかけをつくりました。欧米の科学者は驚愕したことでしょう。欧米の学会から隔離された「後進国」から極めて創造的な論文が発表されたのですから。

自ら隔離した天才もいます。グレゴリー・ペレルマン。子供のころから天才と言われ「解けない問題はない」といわれたペレルマンは、外部との接触を完全に遮断しながら、100年間だれも証明できなかったポアンカレ予想を証明しました。世界中の数学者は、ポアンカレ予想が解かれてしまったことに落胆し、さらに、ペレルマンの論文を読んでも理解できないことにさらに落胆したといわれます。

感染症前までの日本の勤め人は、生涯で2万時間ほどを通勤に使っていたことでしょう。感染症がもたらした自由な働き方によって、我々もいくばくかの考える時間を獲得したはずです。ニュートン、湯川、ペレルマンとはいきませんが、その一部を創造的なことに使えたらと思います。

「エルデシュ数」交流がもたらすもの

「エデルシュ数」交流がもたらすもの

ただ同時に、人と人とのふれあい、かけあいが創造性の源でもあるとも言えます。

数学の世界でのその象徴が、放浪の数学者エルデシュです。金融資産・物的資産はもちろん家庭も家も持たず、スーツケース一つで84年の生涯をかけて世界中の数学者を訪ね歩きました。数学で獲得した賞金や旅の途上での講師で得たお金は、必要最低限の生活費と旅行代金を除き寄付し、また自らが考えた数学の難問に懸賞金を出しました。

エルデシュは生涯で1500を超える論文を書き、これは「息をするように数学をした」といわれるオイラーを除く一般的な基準からすれば(数学者を「コーヒーを定理に変える機械」と定義するほどコーヒー好きのエルデシュは「コーヒーを飲むように数学をした」とも言えます)、信じられない数字です。毎週一本の論文を30年間続けなくては1500には到達しません(もちろん質も伴っています)。

エルデシュが興味深いのは、1500の論文の大半は共著であるということです。1500の論文の多くは500人を超える数学者との共著で、生まれた言葉が「エルデシュ数」。エルデシュ数「0」はエルデシュ自身。エルデシュ数「1」は、エルデシュと共同で論文を書いた学者。エルデシュ数「2」はエルデシュ数「1」を与えられた学者と共著がある学者・・・です。なんだか、自動車産業のTier数のようですが、エルデシュ数は数学者にとって誇りでもあったのです。

エルデシュは幼少のころからの天才であり、自身だけでも優れた数学者であったのでしょうが、優れた才能を求め放浪したことで、その才能が強化されたのでしょう。

技術や知見をつなぐ企業

技術や知見をつなぐ企業

企業においても、全てを自社で完結して競争力を持てる牧歌的な時代は終わり、外部との連携が必要になっているのではないでしょうか。

日本のハイテク業界に、会社の枕詞を「英知をつなぐ」としている企業があります。「英知をつなぐ」とは、社外にある優秀な技術や知見を結合させることでさらに付加価値を高める、という意味です。

その企業「ヒロセ電機」は興味深くもコネクター(電子機器を接続する電子部品)のメーカーなのです。今年度の会社計画は、売上高1900億円、営業利益500億円。過去20年間の営業利益率は25%を超えています。経営者垂涎の業績を記録しているヒロセ電機は、電子機器をコネクトしているだけではなく、企業をコネクトしているのです。

もう一つ事例を挙げましょう。「ポラテクノ」です。同社は日本化薬の素材技術と、有沢製作所の加工技術を持ちあって設立された企業で、液晶パネル用の光学フィルムでは高い競争力を誇ります。現在は日本化薬の100%グループ企業になっていますが、日本化薬一社でも有沢製作所一社でも無理であったはずです。

エルデシュに選ばれる 「ニッチ」の交流・循環が進化に

エルデシュになる努力と同時に、エルデシュに話をしたいと思わせる何かしらの魅力をもつ必要があります。

世界の高度化は細分化と同義とも言えます。技術や理論が高度化すると、一人の人間がすべてにおいて最先端を維持することは難しくなるのは自明で、他社・他者が話を聞きたくなる自分だけの領域を持つ必要があります。

それこそが、私がこの連載で繰り返し主張している「ニッチ」です。ニッチは一般に使われる「隙間」よりもはるかに深淵な言葉で、もともとは生物学用語で「その生物だけに許された生物学的地位」なのです。

それぞれが深く考えることでそれぞれのニッチを創造し、それらニッチが交流することで、それぞれのニッチがさらに深くなると同時に、新しいニッチが生まれる。この循環が進化だといえます。

村上春樹さんは文壇との距離をとる群れない作家です。そんな村上春樹さんでも、やはり外部との接触は重要なのです。

企業活動においても同様ではないでしょうか。一人静かに本を読んで過ごす時間はストレスなく豊かですが、同時にエルデシュを思い出さないといけないと自戒します。

▼村上春樹さんから学ぶ経営(シリーズ通してお読み下さい)
「村上春樹さんから学ぶ経営」シリーズ

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