「象工場のハッピーエンド」から

「象工場のハッピーエンド」から

工場で毎日みんなと一緒に働くといっても、それはいわゆる「近代産業資本主義の非人間的機械労働」というようなものとはぜんぜん違う。(中略)僕らは象作りというものをとおして、今とは違う自分に到達しようと試みているからだ。(中略)僕はその工場を――象を作り出す僕の工場を――愛することになるだろう。耳作り部門で働いているほっそりとした女の子に恋をして、彩色部にいる羽根つき帽子をかぶったきざな男とはりあい、牙入れ部門で働いているおじいさんの忠告をあおぐことになるだろう。でもそんなあれこれがあったとしても、工場の屋根の下では、僕らはいつも真剣に心をこめて象を作りつづけるだろう。

「象工場のハッピーエンド」からの引用(※注)です。

「ほんものの象を作るという作業」について、筆者の真剣な考えが展開されます。

※注 この文はCBS・ソニー出版(1983年、写真)発行の旧版には含まれておらず、講談社(1999年)の新版巻末「あとがきにかえて」でのみ読むことができます。

クチネリ社 哲学者が経営者

クチネリ社 哲学者が経営者

さて、前文で触れた驚きのイタリア企業とは・・・高級服飾メーカーのブルネロ・クチネリ社です。

創業者ブルネロ・クチネリ氏による著書「人間主義的経営」(2021年、クロスメディア・パブリッシング)には、経営に関する記述は殆どなく、思想に割かれています。

クチネロ氏は経営者というより、哲学者です。

驚いた私は、この本を10冊購入し、同社の店舗に出かけ、日本本社にもお邪魔をする機会を頂戴しました。

クチネリ社とは

クチネリ社とは

クチネリ社は1978年、色鮮やかなカシミヤセーターをつくる会社として創業します。

クチネリ氏が25歳の時です。

当初から

「高度な手仕事と職人技に支えられたイタリアらしい服、最高級の市場セグメントに的を絞り、高価ではあるが価格以上の価値をもつ製品を作る」

ということを、目標にしていました。

経営理念は、

「消費者と生産者の双方にとって価値のある手作りの製品、美しい労働環境、リラックスできる快適な休息時間、手仕事の価値が隅々まで行き渡った会社の文化」

「倫理、尊厳、道徳と一体化した利益を生み出すこと、利益と贈与の均衡に実態を与えること」

クチネリ社 哲学者が経営者

クチネリ社は、クチネリ氏の妻の故郷ソロメオ村にある、荒廃した古城を買い取り、本社とします。村に工場を作り、荒廃した地域の再生を進めます。

2012年には(悩みぬいた後に)ミラノ証券取引所に上場、日本を含む全世界に展開しています。

クチネリ社には「非財務統合報告書」もあって、哲学について語られています。「非財務計算書」も新鮮でした。

通常の損益計算書は、例えば、金属にいくら、樹脂にいくら、機械の償却にいくら、家賃にいくら、人件費にいくら・・・となるわけですが、同書では、生み出した価値の総額を、素材をつくってくれた人、加工してくれた人、地域社会に分配するという計算書、すなわち生み出した価値を皆で共有しようという思想に基づいています。

クチネリ氏は2019年5月、Amazonのジェフ・ベゾスをはじめ、Twitter、Salesforce、Linkedinの創業者など15名をイタリアに招き三日間にわたり議論しました。詳細は報じられていませんが、世界に名だたる経営者がイタリアの小さな村を訪問する。それだけ価値のある時間だったということでしょう。

クチネリ社の服は驚くほど高価です。ウールのセーターで10万円代~、カシミアですと平均30万円代程度。

品質が良いとしても、製造費用を上回っていることは明らかです。

しかし、顧客は同社の哲学に賛同し喜んでこの対価を支払うのでしょう。
まさに「暖簾」です。

日本の哲学者経営者

日本の哲学者経営者

クチネリ氏の著書「人間主義的経営」を読んで思い出した日本企業は、伊那食品工業とKOAです。偶然ですが、ともに本店所在地は長野県伊那市です。

伊那食品工業の「年輪経営」

かんてん食品で知られる伊那食品工業の中興の祖、塚越寛氏(現最高顧問)は48期連続増益という実績を残しておられますが、それは結果であり、重要なのはそれを実現した哲学です。

「年輪経営」を掲げる塚越氏の言葉は一つ一つ心にしみます。数多くの金言からいつくかご紹介します(詳しくは同氏の著作「いい会社をつくりましょう」「年輪経営」等)。

  • 企業の目的は、木の年輪のように着実に発展すること、永続することである。(二宮尊徳「遠きをはかる者は富み 近くをはかる者は貧す」)
  • 誰かが犠牲になった利益は利益ではない。
  • 利益は「うんち」である(結果である)。健康な経営をしていれば自然に出る。うんちを目的に生きている人はいない。

KOAの経営理念

もう一社のKOAは電子部品企業です。創業者向山一人氏は、日本経済の発展から取り残されかねない伊那谷の農村を復興させるためにKOAを興しました。

資本主義のテーゼ「拡大・無限・征服・利便性」に対し、KOAは「循環・有限・調和・豊かさ」を提唱し続けてきました(同社のホームページにある「創業者生誕100周年」より)。

ESGは同社にとっては当然のことなのです。豊かな自然に抱かれた同社の本社では仔馬が歩き、屋内には暖炉があります。

「理想工場」は文芸作品のみならず

「理想工場」は文芸作品のみならず

「理想工場」は文芸作品の中だけではありません。実際に日本企業が設立時に掲げられた言葉なのです。ソニーです。井深大氏と盛田昭夫氏によるソニーの設立趣意書『東京通信工業株式会社設立趣意書』は7,000字以上の長いものですが、特にこの一文は心に響きます。

「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由豁達にして愉快なる理想工場の建設」

この言葉、哲学が息づいている間は、ソニーは輝き続けることでしょう。

村田製作所、京セラの社是

筆者はハイテク産業のなかでも、主に部材企業の経営者に教えを頂いてきました。

ここでは部材産業の中で、特に哲学が明瞭な2社(村田製作所と京セラ)を紹介いたします。

村田製作所の創業者村田昭氏は、幼少のころ病気のデパートと呼ばれるほど病弱で、病床で文学書、宗教書、『子供の科学』などを読んで過ごしました。

人の支援の重みを実体験した昭氏は、一人でできることは限られていることを悟られたのでしょう。

社是の後半「(前略)会社の発展と 協力者の共栄をはかり これをよろこび 感謝する人びととともに運営する 」に、それが現れています。

同時に、昭氏は父親から「人の真似だけはしない」ことを条件に創業したことが、前半の「技術を錬磨し」「独自の製品を供給して」に表れています。

京セラの社是・理念は「敬天愛人・・・天を敬い 人を愛し 仕事を愛し 会社を愛し 国を愛する心」。稲盛氏は一時期仏門に入られたように、企業を超え社会、国、世界を考える経営者と言えます。

ムラタの経営理念(社是) | 村田製作所

物語を掲げ、ファンを創造する

事業は「顧客を創造」(ドラッカー)することで成立しますが、利益を上げるためには「ファンを創造」しなくてはならないと言えます。

そして、ファンを想像するためには、物語が必要なのです。奇しくも、クチネリ氏の本は楠木健氏推薦。同氏の著作「ストーリーとしての競争戦略」(東洋経済新報社)は、強い企業には聞いて面白い戦略があるという内容ですが、さらに深く重要なこととして、優れた企業は人を惹きつける物語(哲学)を持つのです。

優れた哲学にファンが集い、やがて暖簾となり(結果的に)競争力、超過利潤となることでしょう。

▼村上春樹さんから学ぶ経営(シリーズ通してお読み下さい)
①作品に潜む成功へのヒント
②作品に潜む成功へのヒント(差異化について)
③「創造する人間はエゴイスティックにならざるを得ない」
④危機と指導者
⑤「君から港が見えるんなら、港から君も見える」
⑥「靴箱の中で生きればいいわ」
⑦「僕より腕のたつやつはけっこういるけれど…」
⑧「退屈でないものにはすぐに飽きる」
⑨「どや、兄ちゃん、よかったやろ?クーっとくるやろ?」
⑩「王が死ねば、王国は崩壊する。」
⑪「最も簡単な言葉で最も難解な道理を表現する」
⑫「生涯のどれくらいの時間が、奪われ消えていくのだろう」
⑬「あれは努力じゃなくてただの労働だ」
⑭「世界のしくみに対して最終的な痛みを負っていない」
⑮「おいキズキ、ここはひどい世界だよ」
⑯「文章はいい、論旨も明確、だがテーマがない」
⑰「我々はいまのところそれを欠いている。決定的に欠いている。」
⑱「経済にいささか問題があるんじゃないか」
⑲「ヘンケルの製品、一生ものです」
⑳「おじさんは石とだって話ができるじゃないか」
㉑「世界中の虎が融けてバターになる」
㉒「デュラム・セモリナ。イタリアの平野に育った黄金色の麦。」
㉔「常に卵の側に立つ」
番外①「常識を疑え:宇宙は無重力?」

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