ヘンケルの製品、一生ものです

ヘンケルの製品、一生ものです

「良いものです」と彼は秘密を打ちあけるように言った。「ヘンケルの製品、一生ものです(中略)」
 私は二千八百円払ってその爪切りを買った。

「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(新潮社)からの引用です。特殊な専門職「計算士」の「私」が、闇の勢力「やみくろ」と戦うサスペンス的な「ハードボイルド・ワンダーランド」が奇数章。対する偶数章では、「影」を失った住民が暮らす静謐な「世界の終り」で「僕」は「夢読み」をし、この二つの世界がラストシーンに向けて統合されていきます。「私」が、晴海埠頭でボブ・ディランを聴きながら「失われていく」ラストシーンは泣かせます。

安い日本

安い日本

さて、2020年には「貧乏国ニッポン ますます転落する国でどう生きるか」(加谷珪一氏、幻冬舎新書)、2021年には「安いニッポン 価格が示す停滞」 (中藤玲氏、日経プレミアシリーズ)が出版されています。

裕福と思われていた日本ですが、この20~30年間で状況は様変わりし、低価格、低収入の国になっている――といった指摘です。

住宅、ディズニーランドに代表される娯楽、スターバックスなどの外食など、海外と比較しやすい商品で比較すると、日本は海外らからみると「安い国」となっていること。

また、後者の本では、米住宅都市開発省が、サンフランシスコにおいては年収13万9400ドル(約1520万円)を低所得者に分類したという衝撃的なデータが紹介されています(サンフランシスコだけを取り上げるのは公平ではないとの意見はあるでしょうが、それにしても)。

上の図表は購買力平価でみた主要国の1人あたりGDPです。日本は世界有数の裕福な国などというのはもはや幻想です。さらにいえば、時間あたりでいえば日本はもっとよろしくないことになります。日本人は西欧諸国の1.5倍は働いているでしょう。すなわち、時間あたりの収入は先進国とは言い難いものです。

デフレと100円ショップ

デフレと100円ショップ

最近は殆どきかれなくなりましたが、90年代、2000年代には「デフレ」を毎日のように聞かされました。当時、100円のハンバーガーや、280円の牛丼などが取り上げられ、「安さ」が高く評価されすぎてきたと思います。

もちろん、安いことは高い生産性の表れともいえ、悪い事ではありません。その代表が、日本の優れた企業家が考え出した100円ショップでしょう。これが100円?と驚かされます。優れた製品企画力、またそれらを設計製造する優れた生態系がなければできないもので、筆者もファンです。

しかし、その100円ショップが成立しているのは日本だけで、他国の均一価格ショップはもっと高いことが上記の「安いニッポン」で紹介されています(台湾、アメリカ、タイ、フィリピンでは日本円換算で「150~200円ショップ」)。

日本が誇る文化 職人

日本が誇る文化 職人

テレビ大阪制作、テレビ東京系列で放送されていた「和風総本家」。これは本当に素晴らしい番組で、日本の職人が作った製品が世界でいかに愛されているかを見せてくれる「世界で見つけたMade in Japan」や、職人さんの日常を追う「日本の職人24時」は秀逸な企画でした。素晴らしい番組の証として12年続きましたが、2020年で終了となってしまったことを残念に思います。

職人さんが魂込めて作った製品はとても高価です。例えば、竹製の釣竿、世界中のファッションモデルが愛用する化粧用ブラシ、イタリアのギター職人が愛用するギター加工用のナイフなどなど。ギター加工に特化したナイフ!渋いです。

職人の仕事のあまりの丁寧さ、繊細さ、手間に「よくやるなあ・・・」と嘆息するほどの手作りで、それだけ手間隙をかければ高くなるよなと納得させられます。イタリアやフランスの職人が、日本の職人がつくったものを素晴らしいと絶賛し、これがないと自分の仕事が成り立たないと言ってくれるのです。そして、取材陣が海外で撮ってきたビデオを日本の職人さんにも見ていただくのですが、これがまた良いのです。

自分たちが創ったものが、国籍を問わず愛されているのをみて、感動し、さらに良いものをつくろうと誓う。モノづくりの醍醐味ですね。「安さ」はもちろん魅力的ですが、やはり「質」「心」で勝負できる製品。そんな商品が正当に評価される社会こそ豊かと言えるでしょう。

作家の津村記久子さんも、何かの雑誌で、「バスタオルは大阪泉州のものをずっと使うことに決めた」と書いていました。一度使ってみたら明らかに他のものと違い、安さだけが強調されすぎると「よいもの」をつくる日本の文化が喪失すると危惧しておられました。

理由のある(=優れた事業モデル等)安さは別として、安さは自信のなさの表明ともいえるかもしれません。作り手側は素晴らしい製品・サービスを自信をもって提供する、受け手側は良いものを評価する審美眼、そして、さらには良いものを長く使う文化の醸成が重要ではないかと思います。ものを大切にする、まさにSDGsです。

高いけれど良い

高いけれど良い

もう100年近い前の話ですが、ペプシ・コーラがコカ・コーラに対抗するために、コカ・コーラの半分の値段に引き下げたところ(謳い文句は「5セントで倍のめる ペプシ・コーラでいこうじゃないか」)、売上高が急増しました。

しかし、第二次世界大戦が終了し、平穏で豊かな日常が戻ってくると、ペプシは苦しい時代の安物の飲み物という印象が浸透してしまっており、「自分用はペプシ、お客様にはコカ・コーラ」となったそうです(注[1])。

「草刈機まさお」など個性的な商品名で知られる農業機器メーカー「キャニコム」(福岡県)の包行均会長(注[2])は、

「『高いけど、いいよね』と言われたほうが勝ちである。逆であったらどうか。『いい商品だけど、高いよね』と言われたら大変だ。」

(著書「ものづくりは、演歌だ。」(ダイヤモンド社))

お客様は本当に良い製品ならば、価格に関係なく購入してくれる、と書いています。高いけれど、良い。これこそ経営の目指すべきところだと思います。

「安いから貴社に決めた」よりも「高いよ、もう少しなんとかならないの?・・・でも他にないから仕方ないんだよねえ」と言われたほうが嬉しいことは異論がないところでしょう。

繰り返しになりますが、理由のある安さは競争力であることは論を俟ちません。「高いけれど良い」ならよいのですが、「良いけれど高い」と言われたら失業してしまいます。

ですから、「値決めは経営」(京セラ創業者、稲盛和夫氏)となるわけですが。

「安い国」では成立しない

いずれにしても、最も高齢化の進んだ国が「安い国」で成立するとは思えません。我々の強み=安心、安全、信用、正確、誠実等を製品・サービスに反映させた、「高いけれど良い」こそ、我々の目指すものであると思います。

<注釈>

[1] この記述は、ペプシ社長をつとめたR. エンリコ、 J. コーンブルース著「コーラ戦争に勝った!―ペプシ社長が明かすマーケティングのすべて」を参考にしました。同書によれば、ペプシはマイケルジャクソンを起用したCMなどで息を吹き返したそうです。

[2] 包行会長は人と違うことを常に志向していますが、製品の名づけにおいても同様です。同社の製品名からしゃれたものを挙げますと、「草刈機まさお」「伝導よしみ」「立ち乗りひろしです」「三輪駆動静香」などなど。例えば「草刈り機A300-1」よりずっと良いのではないでしょうか。この名前だけでも5%高く買いたくなりますよね。

▼村上春樹さんから学ぶ経営(シリーズ通してお読み下さい)
①作品に潜む成功へのヒント
②作品に潜む成功へのヒント(差異化について)
③「創造する人間はエゴイスティックにならざるを得ない」
④危機と指導者
⑤「君から港が見えるんなら、港から君も見える」
⑥「靴箱の中で生きればいいわ」
⑦「僕より腕のたつやつはけっこういるけれど…」
⑧「退屈でないものにはすぐに飽きる」
⑨「どや、兄ちゃん、よかったやろ?クーっとくるやろ?」
⑩「王が死ねば、王国は崩壊する。」
⑪「最も簡単な言葉で最も難解な道理を表現する」
⑫「生涯のどれくらいの時間が、奪われ消えていくのだろう」
⑬「あれは努力じゃなくてただの労働だ」
⑭「世界のしくみに対して最終的な痛みを負っていない」
⑮「おいキズキ、ここはひどい世界だよ」
⑯「文章はいい、論旨も明確、だがテーマがない」
⑰「我々はいまのところそれを欠いている。決定的に欠いている。」
⑱「経済にいささか問題があるんじゃないか」

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