読了目安:11分
プライベート・エクイティ・ファンドが米欧スポーツ界でスコアを稼ぐ
プライベート・エクイティ(以下PE)投資は、病院の運営から養鶏場、病害虫の防除、さらには刑務所関連の活動に至るまで及んでおり、今日の米国人の生活のほぼすべてに関わるまで浸透してきている。スポーツ業界も例外ではない。PEは新参者として、大きな存在感を示している。
オーナーシップに「革命」 米欧で高まるPEの存在感
米調査会社Pitchbookによると、2021年以降、PE はフランチャイズ・オーナーシップからメディアの権利、スタジアムの運営、プレイヤーの知的財産権、不動産に至るまで、スポーツ業界で70件以上の取引(約125億ドル)を成立させている。
アメリカのスポーツ業界においてのPE投資は比較的最近始まったものである。スポーツリーグがチーム・オーナーシップに関するルールを変更し、機関投資家がマイノリティポジションをとることを認めたことがきっかけだ。
メジャーリーグ・ベースボール(以下MLB)は、2019年に外部投資による複数チームの株式取得を認めると発表し、メジャーリーグ・サッカー(以下MLS)と全米バスケットボール協会(以下NBA)もこれに続いた。
ニューヨークを拠点とするアークトス・スポーツ・パートナーズは、初期の動きとして、ロサンゼルス・ドジャーズ、シカゴ・カブス、サンフランシスコ・ジャイアンツ、サンディエゴ・パドレス、ヒューストン・アストロズ、ボストン・レッド・ソックスなど、いくつかのMLB投資のポートフォリオを構築したことが知られている(フェンウェイ・スポーツ・グループへの出資による)。
2020年、NBAはブルー・アウル・キャピタル/ Dyal HomeCourt Fundによる複数のチーム=フェニックス・サンズ(5%)、アトランタ・ホークス(6%)、サクラメント・キングス(5%)=の少数持分取得を承認した。これは北米のスポーツ産業の歴史における特筆すべき「革命」だった。 というのも、これまでチーム・オーナーシップは特権的な個人のものであり、次の世代に受け継がれることが多かったからだ。
一方欧州では、特にサッカークラブの所有のために、業界におけるPEの役割がより確立され、機関投資家がチームの支配権を握ることができるようになった。
2022年5月、ACミラン(伊セリエA)は、ニューヨークを拠点とするレッドバード・キャピタル・パートナーズに買収された。フェンウェイ・スポーツ・グループ (英プレミアリーグ・リバプールのオーナー)も所有する同社は、ヤンキー・グローバル・エンタープライズ (ニューヨーク・ヤンキースのオーナー)とともに12億ユーロを拠出した。
また同2月、米カリフォルニア州サンタモニカに本拠を置くクリアレイク・キャピタル率いるコンソーシアムが、ウエスト・ロンドンの注目度の高いサッカークラブ「チェルシーFC」を42億5000万ポンドで買収すると発表した。
このほか、サンフランシスコに拠点を置くシックスストリート・パートナーズがFCバルセロナのラ・リーガTV放映権(2022年7月; 3億ユーロ) の追加持分を取得したこと、またレアル・マドリードのスタジアム(2022年5月; 3億6000万ユーロ)の事業ベンチャーに参加する権利を取得したことからも、投資家の欧州スポーツ産業に対する関心はチームを所有するだけでは収まらないことが見て取れる。
なぜPEはこれほどまでスポーツ業界に魅了されているのか?
スポーツ業界は不況に強い。最近のパンデミック期を除けば、スポーツ業界は何十年もの間、景気変動に強いと考えられてきた。経済状況にかかわらずスポーツイベントは常に開催され、ファンはスタジアムに駆けつけ、テレビに釘付けになってチームを応援し続けてきた。
さらに、長期的な放送・ストリーミング契約や、予定されている試合のチケット販売を通じて、収益の流れが予測可能であることは、PE業界の投資原則にフィットするものであり、PEファンドに対して強い魅力となる。
メディアの権利とスタジアムのチケット販売に加えて、PE は企業のスポンサーシップ、広告、チームの商品、最近認可されたスポーツ・ベッティング、さらには非代替性トークン(NFT)など、業界の多様な収益源に魅力を感じている。
もう1つの重要な魅力は、業界の投資実績である。
Sportico/Forbes/PitchBookのデータ分析によると、2002年から20年間にわたる NBAフランチャイズへの投資の価格リターンは+1,057%であったのに対し、MLBとナショナル・フットボール・リーグ(以下NFL)はそれぞれ+669%と+558%だった。
これらのリターン水準は単独で見ても驚異的だが、同期間のS&P500指数のリターンが+458%であったことと比較すると、なぜPEファンドがこの業界に魅力を感じているのか、その理由がわかるだろう。
2000年、ウォルマートの前社長兼CEOだったデビッド・グラスがカンザス・シティ・ロイヤルズを9,600万ドルで買収し、2019年に最終的に10億ドルで売却するまで同クラブを所有していた。
グラス氏はロイヤルズへの投資から大きなリターンをあげており、インフレ調整後のリターンは701.5%(※1)と想定される。これと比較すると、彼がS&P500に投資していたとすれば、同じ期間のリターンはインフレ調整後でもわずか225.6%(※2)に過ぎなかったことになる。
過去の実績は目覚ましいものではあるが、おそらくPEにとって本当に重要なのは、業界のプレミアムな価値と巨大な成長性であろう。
新しいフランチャイズが生み出されず、オーナーシップが失われることもほとんどないため、本質的には、投資機会の希少性が評価額の高さにつながっている。さらに、メディア権利の価値増大とスポーツ・ベッティングのさらなる普及、国際的な拡大の可能性は、業界が最高の評価を維持し続けるための追い風となるはずだ。
※1 消費者物価指数の出典:連邦準備銀行
※2 S&P500リターンの出典:Official Data Foundation
スポーツ業界への投資はPEの非定型戦略
米国スポーツリーグのオーナーシップ・ルール変更にはいくつかの制約がある。
これまでのところ、PEは少数投資のみを行うことが認められており、これは個々のオーナーの支配権を維持するためにリーグが設けたものだ。NBAでは、機関投資家が単一フランチャイズで保有できる株式は20%までと制限されている。同様に、MLBもPEファンドによる1球団への出資を15%に制限している。一方NFLは、依然として機関投資家によるチーム・オーナーシップの取得を禁じている。
スポーツ業界のこれらの制限により、PEは議決権を持たないマイノリティ・オーナーとして、既存のオーナーをサポートするパッシブな投資家であることが求められる。
投資において「運転席」に座らないことは、PEとして異例なアプローチと言える。しかし、経験豊富な既存のオーナーを支援し、チーム運営の邪魔をせずにいるだけで高いリターンを生み出す魅力的な投資機会を得ている姿に鑑みると、少なくともスポーツセクター投資の初期において、PEは満足しているものと思われる。
既存オーナーとリーグ、それぞれの立場
チーム・フランチャイズ・ビジネスは、テクノロジーやガバナンス・ルールの変化によって、従来のビジネス・モデルがさまざまな面で変化しつつあるため、多くの成長機会に直面している。
こうした機会を利用したり、少なくとも業界標準の変化に対応したりするためには、最先端 のスタジアムの改修からデジタルマーケティングへの対応まで、ある程度の投資が必要となるだろう。
しかし、オーナーの中には、すぐに必要な多額の資金を調達することができず、パンデミックによる損失に苦しみ、(巨額の)債務を負わなければならないため、アップグレード計画を延期したり、何の措置も講じなかったりする者もいる。
そのためのリーグの解決策は、オーナーが支配権を維持し続ける一方で、機関投資家が流動性と成長資本の源泉を提供するため、ある程度のフランチャイズ・オーナーシップを可能にすることである。
機関投資家の資金源を「ゲームチェンジャー」と見なすオーナーもいれば、部外者が一部オーナーシップを持つことに抵抗する者もいる。
PEが資本を交えた解決策を提供することで、業界に成長の機会が生まれ続けている現状に鑑みると、将来のスポーツ業界における資本流動性の源泉として、PEが主要な役割を担って行くことは間違いない。
オーナーシップ・ルールの変更に着手したリーグは、業界のさらなる成長を目指す一方で、クラブ所有者の入れ替わりはできるだけ少なくし、一貫性を確保することも必要となっている。
結論:米欧スポーツ業界で機関投資家の存在はありふれた存在になる
スポーツ業界に機関投資家の資金が投入されるようになったのはまだ初期段階であるが、チーム・オーナーシップの開放以来、この分野で見られた取引活動が、投資業界の間で強い関心を集めていることを考慮すると、PEがさらにこの業界に投資する可能性は高い。
欧州での活発な活動、スポーツのさらなるグローバル化の見通し、NFLのチーム・オーナーシップが開放される可能性と相まって、機関投資家は、業界の機会が豊富なだけでなく、より深いものであることに気付くだろう。業界の魅力は、例えばソブリン・ウェルス・ファンドのように、PEを超えてより幅広い投資家を引きつけるであろう。
スポーツ業界が、テクノロジーの採用と、スポーツ・ベッティングのような新興の力を組み合わせて進化してきたことで、フランチャイズオーナーは、デジタルマーケティングやデータ分析などの新しい機会を活用し、課題に取り組むことができるようになった。機関投資家は、自らが支援的で責任あるパートナーであることを示し続けているため、スポーツ業界においてもPEの役割は今後も高まることが期待されている。
スポーツチームのオーナーシップ・ルールの変更は、確かにスポーツ業界に革命をもたらした。当初の成功に伴い、米国ではオーナーシップ・ルールが今後も進化し続ける可能性が当然のように期待されているが、どのリーグにおいても規制を完全に解除するには至っておらず、まだ実験的な初期段階にある。
今後も変わらないであろうことの一つは、スポーツに対するファンの愛情だ。これこそが業界の成長の原動力であり、希望でもある。
コメントが送信されました。