渋沢栄一が現代に生きていたら

渋沢栄一が現代に生きていたら

渋沢栄一は、享年92歳という長寿で1931年(昭和6年)に没した。

自宅のあった王子から、青山葬儀所までの車列が通る沿道に約3万人もの学生や一般市民が詰めかけたそうである。

一財界人の葬儀に、これだけの人が集まった事例は他になかったと言われている。渋沢栄一に感謝の念を抱いていた国民がいかに多かったかの証左である。

江戸末期・明治・大正・昭和初期を生きたが、明治・大正時代の男性の平均寿命は43歳前後であったことを考えれば、渋沢は非常に健康かつ頑健な肉体を持っていたことになる。約500社の設立に関与し、約50社の役員に就任するなど、超人的な仕事をこなしていた。70歳を超えた晩年も、ステーキや穴子のてんぷらを好んで食べる健啖家であった。渋沢はこのようなバイタリティ溢れる人物であったことから、もし現代に生きていたとしても、大きな業績を残していたと考えられる。

1 女性の活躍を強力に支援したのではないか

1 女性の活躍を強力に支援したのではないか

渋沢栄一は、東京女学館の館長(1924年)や日本女子大学の校長(1931年)に就任し、創設に関与するなど、社会で活躍できる女性人材の育成に強い関心を持っていた。現代の日本企業では、女性の活躍機会の少なさ、とりわけシニア経営層の女性比率の低さに関して、渋沢は強い問題意識を感じるのではないか。現在、上場企業の女性役員の比率は7.4%(2020年度)に留まっている。経団連では、2030年までに女性役員の比率を30%以上とする目標を掲げているなど、女性の役員及び管理職の登用の拡大など女性の活躍促進が叫ばれている。現代に渋沢が生きていたら、日本企業各社に対して、より強力に女性登用を促していたと考えられる。

2 MBA(経営学修士)の学位取得者の拡大を促進したのではないか

2 MBA(経営学修士)の学位取得者の拡大を促進したのではないか

渋沢は1875年、一橋大学の前身である商法講習所を設立するなど、経営実学を身に付けた実務家の人材養成に努めた。また渋沢個人の寄付金も、教育・学術分野に投じられたものが最も多かった。

現代において、ビジネスパーソンが多く学ぶ学位はMBA(経営学修士)である。

ところが、米国企業の部長職にある人材のうち約4割をMBA取得者が占めるのに対し、日本のMBA取得者は数%に過ぎず、米国をはじめとした先進国と比較して大きく出遅れている(注)。

注:『経営系大学院を取り巻く現状・課題について』文部科学省 2019年

渋沢が現代に生きていれば、日本においてファイナンス理論やコーポレートガバナンス、経営戦略論などの経営リテラシーを持つ経営人材が十分に育ってこなかったことが、日本企業の成長性や収益性の低迷につながっていると喝破するであろう。

現代の渋沢栄一は、経済団体が中心となってMBAの奨学金制度を設けたり、MBA取得者を増やしたりするよう企業に呼び掛け、また自身でも経営大学院を創設するであろう。また、渋沢が学長となった経営大学院は、志願者の多い人気校となること請け合いである。

3 日本企業の収益性の向上を訴えたのではないか

3 日本企業の収益性の向上を訴えたのではないか

日本企業の収益性は、米国企業など欧米企業を下回っている。渋沢の著書「論語と算盤」では、非道徳的な商行為による利益の追求を戒め、職業倫理に則った利益の追求を奨励している(この点、最近の渋沢栄一に関するマスコミなどの論調では、「利益追求よりもSDGsなどサステナビリティの追求が大切」と渋沢が述べていたように言われることが多いが、「論語と算盤」にはそのようなことは書いておらず、ミスリードである)。

「論語と算盤」では、「常に外国と争って必ずこれに勝って見せるという意気込みがなければならない」(『現代語訳・論語と算盤』渋沢栄一著・守屋淳訳 ちくま新書 2010年)と渋沢は述べており、日本企業は収益性を高め外国企業に対して競争力を上げていくべきだと考えを持っていたはずである。もし、現代に渋沢が生きていたら、欧米企業に劣後する売上高利益率、ROIC(投下資本利益率)、ROE(株主資本利益率)等の日本企業の収益性の立て直しを経営者に対して訴えていたことであろう。

4 エレクトロニクス業界の再生を図ったのではないか

渋沢は、西洋に遅れをとっていた多くの産業を日本で立ち上げたが、代表的な事例の一つは、紡績業の近代化である。

明治初期の日本の紡績所はインドなどの繊維輸出国の主力工場(50,000錘程度)と比較すると、能力2,000錘程度の小規模な工場が多く、コスト競争力だけでなく技術や品質も劣っていた。当時、インドは大規模な綿製品の対日輸出を計画しており、日本の紡績産業は存亡の危機に瀕していた。

そこで渋沢は、日本人を技術先進国のイギリスに留学させ、近代的な大規模紡績技術を習得するとともに、大阪に生産能力15,000錘の大工場を建設し、国際競争力の高い近代的な紡績会社を立ち上げた。

これが大阪紡績であり、東洋紡の前身である。

4 エレクトロニクス業界の再生を図ったのではないか

現代において渋沢が生きていたら、エレクトロニクス業界における国際競争力の凋落を看過できなかったのではないか。1990年代のうちに、日本企業がかつて最高の国際競争力を有していたDRAMなどの半導体やディスプレイなど分野でエレクトロニクス業界の再生を図ったのではないかと考える。

率先して東アジア各国を歴訪し、スピードの速い経営や製造技術、コスト競争力に優れた韓国や台湾、中国企業の経営ノウハウを虚心坦懐に学び、日本企業へ経営改革を呼びかけたであろう。この結果、エレクトロニクス業界の国際競争力の再生を図ることができたのではないだろうか。

5 いち早くGAFAを独占禁止法のもとで規制するよう訴えたのではないか

渋沢は、23歳(1863年)の時に尊王攘夷思想に染まり、高崎城の乗っ取りや横浜異人館を焼き討ちにするテロを計画したこともあった。

日本がアヘン戦争後の清国のように、列強に乗っ取られ、植民地化されるような事態を強く懸念していたのである。渋沢は、明治に入り、多くの民間企業の設立に関与したが、その動機として、日本の産業が外資系企業に支配されるようなことを避けたい、という考えが強かったと思われる。

現代に渋沢が生きていたら、GAFAの席巻により、日本企業の成長機会が阻害されていることを大いに懸念するに違いない。

基本ソフト(OS)の搭載を義務付けるグーグル、決済方法を独占するアップル、M&AによりSNS市場を独占するFacebook、ECサイトに出品する事業者の販売価格拘束などが指摘されるアマゾンなどが、欧米において独占禁止法違反に問われる動きが出ている。

渋沢は、いち早く日本におけるGAFA各社の独禁法違反の問題を提起し、日本企業の事業機会の低下(売上や利益の縮小)の回避を目指したのではないだろうか。

現代に生きても、偉大な人物

このように、渋沢栄一は現代に生きていたとしても、明治維新期と同じく傑出した財界人として日本企業の国際競争力向上に貢献していたであろう。筆者は、明治に入りいよいよ佳境を迎えたNHK大河ドラマを見ながら、このように想像している。

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