多能工化の意味とは?推進するメリットと失敗しない手順・事例を紹介

「多能工化」は、製造ラインの生産効率を高める方法として導入されました。作業員を複数の業務に従事するために教育し、状況に応じた臨機応変な人員配置が可能です。 多能工化を推進し、「労働生産性の向上と業務負担の均一化」「働き方改革に伴う長時間労働の抑止」「従業員の能力を高め企業へのロイヤリティを引きあげる」などの効果が多数報告されています。 一方で、活躍の幅を広げる意欲や能力のある従業員にとっては自身の活躍のチャンスを広げるチャンスでもあり、現在は製造業にとどまらず幅広い業種で多能工化が導入されています。 本記事では、企業の活性化につながる可能性をもつ「多能工化」導入のステップと、注意点を解説します。

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多能工化の意味とは

多能工化は、組織の人材を複数の業務、作業工程に従事できるよう育成するシステムです。

もとはトヨタ自動車が生産性の向上のために生み出したと言われます。

多能工化によって、製造現場では生産性が向上しました。単一の業務しか担当できない単能工が主流だったころに比べ、工程の連動性が高まり、人員や時間のムダが減ったためです。

多能工化を導入する動きは現在、建設業、小売業、宿泊業などにも拡大しています。

多能工化は生産性を高めるために生まれた

大量生産が志向された時代には、フォード式と呼ばれる1人が1つの工程に携わるベルトコンベアの流れ作業が最適とされていました。

しかし、少量で多品目の生産が求められる中では1人の作業員に複数の工程を担当させることが効率的と考えられるように変容してきたことが多能工化の始まりです。(注1)

生産の工程が異なれば、繁閑のタイミングや作業量などに差がつくのは当然で、手が空いている工員が忙しい業務を手伝うことで、トヨタ自動車は必要な時に必要な量を供給する「ジャストインタイム」を確立していきました。

多能工化が特に求められる業界とは

製造業で始まった多能工化は、ホテルなどのサービス業、流通業、小売業にも伝播、拡大しています。

建設業を対象にしたアンケートでは9割の企業が「多能工化の必要性を感じる」と回答した調査結果もあります(注2)。

一時的に一部の業務が忙しくなり、多くのスタッフを投入して作業効率を上げたいという考え方が有効なことは製造業に限りません。

実際にスーパーマーケットチェーン、高級旅館などでの取り組みが成功事例として報告されています。

また、中小企業では業種の枠を越えて広がっています。慢性的な人手不足が続いているため、多能工化によって労働力のスムーズな分配を実現したいという思惑が背景にあると考えられます。

中小企業庁による約4000社の中小企業を対象にした調査によると、「多能工化に取り組んでいる」と回答した割合は製造業が最も多いものの、サービス業、小売業、建設業などでも7割の企業に及んでいます(注3)。

多能工化のメリット

多能工化を推進し、マルチスキルを獲得したスタッフの増加により以下のメリットが得られます。

  • 業務負担の均一化、働き方改革の推進
  • 急な欠員などによる組織の混乱回避
  • 従業員のモチベーションや責任感の向上

企業としては生産性が上がり、従業員は能力が高まるWin-Winの成果を得られる可能性があります。

業務負担の均一化、働き方改革の推進

社員間の業務負荷を均等にできることは、多能工化の大きなメリットです。

従業員には能力差があるため、業務内容によっては特定の従業員にのみ重い負担がかかる可能性があります。

一部に残業時間が偏り、不公平感やモチベーション低下を招きかねません。

多能工化はスタッフの適応能力を高めるため、忙しさを「現場でシェアできる」ようになります。

その結果、総労働時間の抑制につながり、職場の働き方改革の推進にも役立ちます。

急な欠員などによる組織の混乱回避

万一の際、スタッフを代替できる体制の構築は、組織のリスクヘッジの面で重要です。

ごく一部の従業員しか担当できない業務があることは納期遅れなどの遠因となり得るためです。

多能工化によって、スタッフが退職した、あるいは家庭の事情などで急遽、休暇となった際にもバックアップが容易になり、業務が停止してしまうことがなくなります。

従業員のモチベーションや責任感の向上

多能工化は、現場の連帯感やモチベーションの強化にもつながります。

従業員同士、他の人の業務進捗に関心が生まれるので、日常的に互いの業務をフォローする体制が育まれるためです。

また、マルチスキルを身に付けた従業員は、自身の組織への貢献を実感しやすくなり、働きがいやロイヤリティの向上も見込めます。

多能工化のデメリット

多能工化のデメリットは、経営陣に中長期的なビジョンと覚悟がなければ失敗する可能性がある点です。

導入すれば「必ず成果が上がる」というものではありません。

人材育成に本気で取り組む、投資の発想や、評価や待遇を見直すなど社内の仕組み改革を行うことが必要です。また従業員側の理解と積極的な参加も欠かせません。

人材育成にかかる時間と費用が大きい

多能工化のためには、社員に新たなスキルを習得させるための時間や研修の費用が生じます。

一朝一夕には実現できないため、1~2年程度の期間と予算を計上して検討しましょう。

当然、高度なスキルが求められるほど、育成期間は長期化します。

また、OJTを行うと、教育する側、教育される側の複数のスタッフが1つの業務に関わることになり、労働生産性は落ちることになります。

一時的とはいえ、上記の点も見越しておかなければなりません。

評価システムの再構築の必要がある

並行して、従来の人事評価制度を見直す必要があります。

多能工化を実現したスタッフには、昇給、昇格など誰もが納得する形で高く評価されることが重要です。

「1人が1つのタスク」を前提に作られた人事評価では、マルチタスクを正しく評価できない可能性は高いでしょう。

米国大リーグの大谷翔平選手が投手、打者どちらでも結果を残したため、従来の評価方法では測定不能になったのは記憶に新しいところです。

多能工の出現により、球団は評価システムの変革を迫られました。

一般の企業においても、営業のような数値化しやすい職種やバックオフィスともに、大多数の社員のモチベーションを維持できる評価システムの構築が求められます。

導入に失敗すると従業員が離反する恐れ

新たなスキルを習得するためには、従業員にも相応の負荷がかかります。

そのため、多能工化のプロジェクトが途中で頓挫した場合は、現場に徒労感が残るでしょう。

「給与が上がると期待していたが話が違う」「新たなスキルを生かせる職場を探そう」という急激なモチベーション低下や、従業員の離職につながる恐れがあります。

先述した中小企業庁の調査によると、多能工化に取り組んでいるものの、「3年前と比べて生産性に変化がない」「低下した」と答えた企業もあります。必ず成果が上がるかのような過度な期待を従業員に抱かせない工夫も必要でしょう。

多能工化を推進するための3ステップ

多能工化の導入を検討されている方に向けて多能工化を取り入れるための3ステップを紹介します。

業務の棚卸しとスキルマップの作成

スキルマップとは、業務で必要なスキルを洗い出した上で、スタッフがどのスキルを習得しているかを一覧にした表です。

縦軸に従業員の氏名、横軸にはスキルの内容を並べてマトリックス化します。保持しているスキルのレベルを数値化するとより精緻なスキルマップになるでしょう。

スキルマップを作成する利点として、あるスタッフが次に習得すべきスキルが明白になる他、スタッフ数が手薄なスキルも明確になります。

スタッフごとのスキルマップをもとに、スキルごとに習熟までにかかる目標期間を算定していきます。

作業マニュアルの作成

誰もが同じように業務を再現できるためのマニュアル化は重要です。

ある高級旅館では、客室のタイプや客数の違いによる座椅子の位置や向き、様々なアメニティの設置位置をマニュアルにまとめました。

マニュアルでは写真を多用し、誰が見ても理解に差が生じないように工夫しました。

これまで、ベテランの接客係の経験や感覚に任されていたことが明文化されたことで、誰もが取り組みやすい業務に変わったのです。

評価基準を明示し、人材を教育する

多能工に対応した従業員が得られる評価を明示し、彼らが自らマルチタスクに取り組みたくなる仕組み作りが重要です。

従業員1000人規模のコールセンター運営企業では、正社員を対象に「マスタースキル評価制度」という多能工人材を10段階で評価する制度を導入しています。

上記評価制度は昇進や給与とリンクさせています。

新卒社員には入社直後から複数業務を担当させ、オフピーク時に柔軟なシフトを組めること、新規の業務にも素早く対応できることを目指しています。

その結果、コールセンター業務は常に高い稼働率を維持し、クオリティの高い役務を提供できているということです。

多能工化は従業員、企業ともに成長の好機

多能工化に取り組むことは、企業の成果のためでもあり、働いている従業員にとっても成長の機会創出につながると言えるでしょう。

「従業員の能力が向上した」「業務時間を短縮できた」「繁忙期、繁忙部署の業務処理能力がアップした」という成果が多くの企業で上がっていることからも、労使双方にとってメリットがあります。

働きやすい環境を作る、業務効率を上げて会社の業績アップと従業員の待遇向上につなげ、目的意識を組織全体で共有することが重要です。

引用(参考)
注1:鈴村尚久『トヨタ生産方式の逆襲』(文藝春秋、2015年)
注2:建設業における多能工推進ハンドブック|国土交通省、(一財)建設業振興基金
注3:人材活用面での工夫による労働生産性の向上|中小企業庁

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