事業承継M&A、適切な資料の備えがカギ

事業承継を目指すオーナー経営者(以下、オーナー)が、M&Aによる第三者への事業譲渡を検討するにあたり、まず着手すべきプロセスは自社の情報を整理した資料の準備である。買い手候補先と交渉を進める上で必要となる資料を、アドバイザーの助言を受けながら整備しておくことは円滑な交渉に欠かせないが、オーナーは独自の判断で仲介会社やファイナンシャルアドバイザー(以下、総称してアドバイザー)へ開示する情報量を過少にしてしまうケースが少なからずある。自ら経営し、十分な情報を持っているオーナー(=売り手)と、買い手候補先との情報ギャップを埋めながら「認識の相違」や「想定外」の事項を潰していくのが事業承継M&Aの重要なポイントになる。

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段階を踏んだ情報開示を

段階を踏んだ情報開示を

 

【M&A(株式譲渡)における一般的なプロセス図】

M&Aの交渉がスタートすると、買い手候補先と秘密保持契約(図③)を締結の上で基本条件の交渉に入る。買い手候補先に対しては、的確に情報を開示することが望ましいが、この段階で自社の重要情報を全て開示するのは適切ではない。

なぜなら、このタイミングでは買い手候補先は、次のステップに進むための必要な社内決裁(取締役会や投資委員会での決議)を取りつけていないことが多く、まだ買収の意思が未確定の状態にあるためである。

では、買い手候補先が社内決裁を取得するのに必要な情報というのは、どのような情報なのだろうか。

一般的に、オーナーは、アドバイザーに「Information Memorandum」(IM)という資料の作成を依頼し、まず初期資料として買い手候補先に提示する。
IMには一般的に下記の情報が掲載される。

  • 社名
  • 所在地
  • 設立年月日
  • 沿革
  • 子会社一覧、拠点一覧
  • 組織図
  • 従業員情報
  • 役員情報
  • 株主構成
  • 事業概要、事業フロー
  • 取引先一覧
  • 仕入れ先、外注先一覧
  • 商品、製品一覧
  • 所有不動産一覧
  • 財務内容(B/S、P/L、販管費明細、原価報告書)
  • 事業計画

上記の情報まで開示することで、買い手候補先は社内決裁を経てオーナーへの買収の意向および初期条件を提示できるのである。(図⑤)

初期条件の提示を受けたオーナーは、買い手候補先と譲渡金額の増額や買収後の経営体制などの交渉を行う。その結果、両者が条件面で折りあうことができれば、「基本合意」が締結されるのである。(図⑥)

最終条件、「基本合意」から変更になるケースが大半

最終条件、「基本合意」から変更になるケースが大半

基本合意締結の次のステップが、デューディリジェンス(図⑦)の中での情報開示である。
この中でオーナーが開示する情報は買い手候補先から選任された会計士、弁護士から提示される資料依頼リストに基づき準備をすることになる。

財務関係でいえば総勘定元帳、退職金関連の規定、賃金賞与関連の規定など。法務関係でいえば、定款や過去の株主総会議事録や取締役会の議事録全てなど。ビジネスで言えば取引先や仕入れ先との契約書類関係全てなど、資料の分量も初期資料開示の時より桁違いに多くなる。

このステップでは、買い手候補先から依頼を受けた資料や情報について、早期に正確に開示をすることが最も重要だ。もし依頼を受けた資料が過去に廃棄してしまっているなどで、存在していないのであればその旨を早期に伝えるべきだろう。

そして、このデューディリジェンスが終了すると、買い手候補先より最終条件の提示(図⑧)を受ける。デューディリジェンスを経て、買い手候補先はより多くの情報をもとに検討を進めることができるため、基本合意の条件から変更を求められる場合がほとんどである。

もちろん提示を受けた最終条件を、オーナーが全て受け入れなければならないわけではない。買い手候補先と更なる交渉を重ねて、買い手候補先と条件の妥結を図り、法的拘束力のある最終契約書の締結(図⑨)を図るのである。

「不都合な事実」ほど早めに開示を

「不都合な事実」ほど早めに開示を

資料開示においては、不都合な事実や過去の大きな問題ほど、早めにアドバイザーに開示すべきだろう。

ここで私が関わった事例を紹介したい。

事例①:
食品製造業の会社で、事業上出てきた廃棄物をやむを得ず投棄したところ、重大な行政指導を受けたオーナーがいた。
しかし既に10年近くも前の話であり、更にプロセスの初期段階からその旨を開示していたため、買い手候補先から特に問題とされず成約となり、むしろ不都合な事実を早めに開示してもらったということでオーナーの人柄に対して信頼を持てたという話をいただいた。

事例②:
業績悪化を理由に社会保険料の支払猶予を受けていた会社が、その事実を伝えずに買い手候補先と条件交渉を続けていた。しかし金額や条件面がほぼ合意された段階で買い手候補先が同事実に気付く。
オーナーとしてはそのような話は、最後に伝えればいいと思っていたとのことだったが、不都合な事実を隠していたと買い手候補先より大きな心証悪化を招いてしまい、この時点で見送りとなった。

適切な資料の作成・保存が第一歩

買い手候補先にとってM&Aのプロセスにおける資料の確認は、買収決定の要否や条件提示が一番の目的である。しかしそれは資料の内容のみならず、資料がきちんと作成されているか、保存されているかも同じく注目しているポイントである。

中小企業とオーナーは、一心同体とも言える。
買い手候補先にしてみれば、このような資料の在り方によって買収後に事業を一緒にやっていけるかどうか、を判断している面もある。

ゆくゆくはM&Aでの譲渡を志向するのではあれば、まずは手元の資料の整理から始めてもいいかもしれない。

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