Appleの「修理しやすい」iPhone登場が意味するもの

Appleはもはや、かつてのような「世界を再発明する偉大な企業」ではない、という認識が一部のユーザー等には根付いているのかもしれない。しかし、そんなAppleがリリースしたiPhone14には、実は大きなイノベーションが仕組まれている。 スティーブ・ジョブズが去って以降のAppleの変化は、まさに「地球最強のサステナビリティ経営企業」と呼ぶにふさわしいものだ。 表層には表れないバリューチェーン改革の足跡を辿ることを通じて、企業経営への示唆を導出することを試みる。

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「修理しやすい」iPhone

「修理しやすい」iPhone

iPhone14の革命

米国の修理専業会社iFixitは、iPhoneが発売される度に分解レポートを出している。iPhone14発売からわずか3日程度で彼らが発表した最新の分解レポートは、非常に興味深い内容だった。

曰く、外見的にはiPhone13との見分けがつかないデザインのiPhone14は「数年に1度のアップデート」がなされたという。

実はiFixitが評価したのは「歴代iPhoneで最も修理がしやすい」デバイス、という点にある。

iPhone14は内部に金属製ミッドフレームを配置するなどの見直しが行われ、前面だけでなく背面からも開けられるようになった。ディスプレイと背面ガラスパネルは2本のねじとコネクタでの固定された(だけ!)の構造を作り上げたのだ。

Appleが取り組む地球最強のサステナビリティ経営

一見すると、この「修理がしやすい」という価値は、Appleが大事にするユーザー体験にとって、取るに足らないもののように映る。だが、「サステナビリティ経営」を補助線としたとき、Appleの2015年頃から現在に至るまでの経営を貫く方針が透けて見えてくるところが興味深いのだ。

Appleは創業者であるスティーブ・ジョブズを2011年10月に失った。奇しくもiPhone4S発表の翌日のことだった。

非凡なカリスマを失ったAppleは、2013年にオバマ政権でEPA(米国環境庁)長官を務めたリサ・ジャクソン氏を副社長待遇で迎え入れ、彼女中心に「テクノロジーオリエンテッドの尖った企業」から、「大人の企業」へと徐々に軸足を移してきた。

《ジャクソン氏がApple役員就任後の主な環境施策》

  • 2030年までの二酸化炭素排出量ゼロに向けて、すでに2015年比で排出量を40%削減(2022年10月25日付開示)
  • 2018年以降、すべてのオフィス、直営店、データセンタを再生可能エネルギーで運営
  • 米国においてiOS 16以降、Appleデバイスの充電を、太陽光や風力などクリーンなエネルギーが電力網で使用されている時に充電するよう最適化する「クリーンエネルギー充電」機能をリリース
  • Macbook Air のボディ外装に100%再生アルミニウム(AlcoaとRio Tinto Aluminumに投資し、CO2を排出しない精錬技術を開発)を採用
  • 電力プログラム(テキサス州で2,300エーカー規模)への投資を通じて、ユーザーがApple製デバイスを充電する際に使用する電力分を供給
  • 「Trade In」という「対象となるデバイスを下取りに出すと、新しい製品の購入価格から割引を受けられる」プログラムを提供

通話やブラウズといった主要な顧客体験だけではなく、充電や、そもそものApple製品を所有するということ、手放した後までをサステナビリティと連動させている。

これだけの施策を講じても削減できない自社CO2排出量の25%分については、コロンビアでのマングローブ林の保護・回復やケニアのサバンナ復元を進めるプロジェクトを支援するRestore Fundを立ち上げ、投資することを通じて、森林・湿原・草原でのCO2吸収を行う計画だ。

これだけの多面的な取り組みが展開できる企業は、地球上で唯一無二といえるかもしれない。

「修理しやすい」は経営環境変化への適応の象徴

前掲した数々の施策をレビューしたうえで「修理しやすい」に改めて注目するとき、この施策には特に、ジョブズ時代からの「転換」が象徴されているようにみえるのだ。

推察だが、今回の施策に至るまでの経緯は概ね下記のようなものだと考える。

  デバイス販売が収益の源泉であるAppleのカーボンフットプリント(企業の生産活動のサイクル全般で生じる温室効果ガスの排出量)のうち、実に74%が製造工程で発生しており、事業拡大に伴い「作れば作るほど」カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出と吸収がプラスマイナスゼロの均衡状態にすること)は遠のく。

  AppleはiPhoneなどデバイスの使用年数を3年と設定しているが、現実にはユーザーの使用年数は延長している。

  かつては回避していたユーザーの「修理する権利」に向き合う必要が出てきた(※例えば前述のiFixitは初代iPhoneについて、「デバイスを破損せずに開くことは不可能に近い」と結論付けている)。

  これまでユーザーに部品を販売することすらしていなかったが、単純なリサイクル(破砕後の抽出)ではなく、リユースまでを含めたサーキュラーエコノミーへの本格対応が価値創造につながるとの認識が広がる。

  ④の裏に潜む「レアアースの確保」という実務的な問題が出てきた。

ということだ。
「修理しやすい」のは、最終ユーザーやステークホルダーとの関係、何よりレアアース確保という地政学的リスクの顕在化という、各種外部環境の変化に適応を迫られる中でたどり着いたイノベーションである、というのが現時点の結論になる。本稿では特に⑤について深耕しておきたい。

バリューチェーン課題は深刻

レアアース問題は解決していない

レアアースはレアメタルの一種で、17種類の元素(=希土類)を指す。iPhoneでも、以下の例のように、多くのレアアースが使用されている。

  • ランタン→カラースクリーンの彩度を向上
  • ネオジム→振動管理(磁石)
  • ジスプロシウム→高温環境下の保磁力維持

日本では2010年9月、尖閣問題(尖閣諸島付近で中国船籍の漁船が海上保安庁の巡視船に接触したことに端を発した日中間の貿易摩擦問題)で盛んに報道されていたことを記憶している方も多いと思う。
(筆者注:尖閣問題から遡ること2006年に中国はレアアースの輸出課税を実施。2010年7月にはEL枠(レアメタル輸出許可証の発給枠)を4割下げるなど、既に外交の主要課題になっていた)

レアアースの対日輸出は2010年11月に再開され、国内では報道されなくなった印象があるが、実はレアアース問題は終わっていない。中国以外で採掘から電解・還元までを一気通貫するプロセスを持つ国は存在しないからだ。

例えば米国企業が採掘鉱山を操業しているが、採掘の次工程である分離精製を委託していたエストニア企業が経営破綻してしまって以降、分離精製や、さらにその先の工程である電解還元を中国に依存している。

Appleについていえば、2022年1月から12か月間(JOGMECによれば)正規代理店を通じて、華宏科技股份有限公司子会社と、100%リサイクル原料で生産され、米Apple社の指定会社が認証した酸化プラセオジム・ネオジム製品を1ヶ月あたり50t供給する契約を結んでいる。

現時点で中国政府はレアアース輸出規制を全面撤廃しているものの、当時よりも米中関係は深刻化しており、供給網の安定はAppleにとっても重要経営課題といえるだろう。

そしてApple一企業にとどまらず、地球全体の気候変動対応を考えるうえでも、レアアースの重要性は増している。電気自動車のモーターやニッケル水素電池、風力発電機のタービンなどに、磁石や触媒としてレアアースが使われているためだ。

特に磁力の強さは、最終製品の軽量化と小型化に貢献するため、購入する側からすれば自社製品の付加価値や競合優位性を左右することになる。IEA(国際エネルギー機関)はこれらの状況を踏まえ、レアアースの供給が気候変動対応の成否を分けると指摘している。

そうした巨視的な観点からもAppleが「修理がしやすい」構造を採用したことに、戦略性と社会的責任の高度な融合を見ることができる。

日系サプライヤーへの影響と今後の展望

Appleは毎年「サプライヤー責任」サイトで報告書を公開しており(これが全てではない、としつつも)、およそのサプライチェーンを補足することができる。

2022年のリストでもAGCやアルプスアルパイン、ヒロセ電機、日本航空電子工業、ジャパンディスプレイなどの日系企業が確認できる。

Appleは常々「製品づくりのプロセスに自社の価値観が息づいている」として、自社サプライチェーン構築の思想を示している。2020年の報告書では以下のように特に明確な言及がなされていた。

  • サプライヤー市場に対してリーダシップを見せること
  • サプライヤー企業に、より質の高いプロジェクトに取り組む機会を与えること
  • (トレーニングなどを提供し)クリーンエネルギー界のチャンピオン企業を育てること
  • 中小サプライヤーのクリーンエネルギー転換を阻む規制をなくす政策の提言

サプライヤー各社にとって「恐ろしい」のは、これまで述べてきた通り「大人の企業」への転換を果たしたAppleが、こうした思想をそのまま評価基準として適用し、野心的で理想的ですらある目標を、本気で実現しようとしていることにある。
ひとたびサプライチェーンに組み込まれた企業は、当然Appleとの取引が自社事業の構成比の多くを占めることになる。Appleは自社に課した水準を、そのままサプライヤー各社に求めるため、強制的に自社を同水準に引き上げざるを得なくなる。

某サプライヤーでは、自社グループ会社の製造拠点の電力を再生可能エネルギーに転換する方針を、Appleとの協議からわずか2か月余りで策定し、既存電力契約の見直しなど初動を6か月で完了したそうだ。

今後Appleがサプライヤーに要求してくる(既に要求しているかもしれない)ことが確実なことが一つある。

iPhone14での革命的「修理がしやすい」内部構造改革の結果として、修理対応のための新たなサプライチェーン構築がサプライヤーに求められるということだ。

Appleは、間違いなく自社のサプライヤー企業各社に高い要求をする「厄介な」企業でもある。だが、そうした要求に各社が応えようとする試みを通じて、新たなイノベーションが創出される可能性に大いに期待したい。

サステナビリティ経営への移行を本気で考える

カーボンニュートラル実現までに残された時間は、長いようで短い。国内においては、そもそも1社でどのような対策が可能なのか、まだまだ暗中模索という印象だ。

Appleは様々な経営環境の変化に対応するために、サステナビリティ経営に本気で取り組む「大人の会社」にシフトした。

本稿で考察した、Appleと同じ取り組みをやろうとすることは難しくとも、自社戦略・組織を進化させるための学びとすることは、どのような産業・業容の企業でも可能だ。

サステナビリティ経営を本気で検討する方にとって、本稿が何らかの示唆となれば幸いである。

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