箱根駅伝 ゼロからの巻き返し

箱根駅伝 ゼロからの巻き返し

走るのがあまり得意でない筆者であるが、毎年行われる箱根駅伝に関しては、40年近くにわたってテレビ観戦を楽しみにしている。

一昔前までは長距離走の世界では、初級者はクッションの多い厚底の靴。上級者は力の伝わりやすい薄底の靴、というのが常識とされてきた。

アスリートに人気のシューズはある程度固定化されており、シューズが注目されることはあまりなかった。

ところが、2017年にカーボンプレートの採用で反発性を高めたナイキの厚底シューズ「ナイキズーム ヴェイパーフライ4%」が発売されると、一気に厚底シューズがブレイクし、箱根駅伝でも注目が高まった。

そして、アシックスとミズノが人気を二分し、その次にナイキやアディダスなど海外勢が続くという構図も、ナイキによる厚底シューズの登場で一変してしまった。

17年32%→21年0% 数年で負け組に

17年32%→21年0% 数年で負け組に

厚底ブームの到来で、2020年の第96回大会では、全出場選手の8割以上の選手がナイキの厚底シューズを着用した。全般的にタイムは大幅に縮まり、全10区間のうち7区間で区間新記録が生まれた。優勝した青山学院大学の各選手をはじめ、ピンク色の蛍光色に輝くシューズが箱根駅伝を席捲したことは、記憶に新しい。

そして、その流れは変わらず、21年の第97回大会では、ランナー全体の95%がナイキのシューズを着用。ついに、アシックスのシューズ利用者はゼロになってしまった。

実は、2017年の第93回大会では、全ランナーの32%と最も多くのランナーがアシックスのシューズを着用していた。わずか数年で、アシックスは“負け組”へと転落したのである。

巻き返しの狼煙

巻き返しの狼煙

そして迎えた22年の箱根駅伝。アシックス復活の狼煙があがった。全ランナーの11%に相当する24人が、アシックスのシューズを着用して快走した。

今回の箱根駅伝で着用されていたアシックスのシューズは「メタスピード」シリーズ。同シリーズは、トップアスリート向けのランニングシューズで、組織横断型の特別プロジェクトチームを編成して2021年に販売を開始した。

ストライド走法(歩幅を広げてスピードを上げる)向けの「スカイ」、ピッチ走法(足の回転数を早める)向けの「エッジ」の2パターンを用意。軽さとカーボンプレートによる高い反発力に加え、足の運びを楽にするため前足部が弧を描くように曲線になっている点が特徴で、多くのランナーから高い評価を得ている。

同シリーズのプロトサンプルを着用したマラソン選手が、2020年のロンドンマラソンで自己最高記録を更新して2位入賞を果たすなど、一部ではすでに話題となっていたが、22年の箱根駅伝で、トップアスリートからの評価が着実に高まってきた事が伺える。

有言実行

有言実行

21年の箱根駅伝大会後、廣田康人社長が「負けたことは素直に認める必要がある。それでも、我々はここから巻き返す自信がある」と力強く語っていたことを筆者は鮮明に覚えている。

まさに有言実行。反撃はまだ開始されたばかりであるが、今後のさらなる進化が期待される。

抜本的な経営改革効果で業績面での逆襲も始まった

抜本的な経営改革効果で業績面での逆襲も始まった

今回、アシックスが箱根駅伝で反撃に転じることが出来た最大の要因は、2018年に代表取締役社長COOに就任した廣田康人氏を中心に実施している抜本的な経営改革にあると筆者は考えている。
この経営改革を契機に、アシックスは箱根駅伝のみならず、全社業績の“完全復活”に向けて変貌を遂げつつある。

2014年をピークとした業績低迷

アシックスの業績は、2014年12月期(決算期変更により9カ月決算)に営業利益305億円と過去最高を記録した。ところが、その後は4期連続で減益決算が続き、18年12月期の営業利益は105億円と、急速に悪化した。

アスレジャー人気 嗜好の変化に乗り遅れ

この業績失速の背景にあったのが、社内の構造的な課題だった。具体的には、以下の2点が挙げられる。

(1)開発/製造部隊と営業部隊で情報連携が十分に取れていなかった
(2)各部門の収益に対する意識が希薄だった

当時、スポーツ用品業界では、北米を中心に、スポーツをファッションとして取り入れて気軽に楽しむ「アスレジャー」(アスリートとレジャーを組み合わせた造語)の大きな流れが来ていた。

ところが当時、社内の風通しが悪かったアシックスでは、「開発・製造部隊が目指す製品」と「販売部隊が売りたい製品」がマッチしていなかった。

わかりやすく言うと、あくまでもスポーツの機能性にこだわったアシックスのシューズは、スポーツをファッションとして取り込むという消費者ニーズの変化に取り残されてしまったのである。

経営改革で組織の組み換え

経営改革で組織の組み換え

経営改革では、これに大ナタを振るった。

そもそもアシックス製品は、多くのアイテムが世界中で販売されている。

このため、収益が低迷しても本質的な課題がどこにあるのかが、わかりにくい構造だった。

これを解決すべく、経営改革では、それまで機能別に分化していた経営管理体制を「カテゴリー基軸」へ変更し、各カテゴリーのトップが目標をコミットする形へ改めた。

簡単に言うと、それまでの縦型の管理体制に横串を刺して管理することで、国別および製品別の収益状況がきちんと把握できる体制に組み替えたのである。

その結果、どの地域の何が問題なのかという本質的な課題を炙り出すことが出来た。

マーケティング戦略の見直し

経営改革のもう一つの柱は、マーケティング戦略だった。それまでは、「収益悪化」→「利益を捻出するための広告宣伝費の圧縮」→「さらなる利益悪化」、という典型的な負のサイクルに陥っていた。

これに、長期的視野での戦略という視点を加えることで、適切なマーケティング戦略を取り戻すことが出来たのである。

20年はコロナ影響で赤字転落も経営改革は推進

残念ながら2020年は、前半からコロナ禍に見舞われたことで、世界中のシューズ販売が大きな打撃を受けた。
アシックスも20年は、営業損失40億円の赤字に転落した。ただし、この間も社内では経営改革を着実に進めていた。

ポストコロナで需要環境もフォロー

そして2021年に入ってからは、一転して追い風が吹き始めた。

消費者がポストコロナを見据えた新しい生活様式を模索する中で、持続的なスポーツに対する興味として、世界中で、「ジョギング」や「ランニング」への関心が、コロナ禍以前よりも高まってきた。

経営改革の断行により、消費者ニーズに即した製品開発体制が整い、基礎的な収益力が回復してきた。まさにそのタイミングで、需要環境も好転に向かい始めたのである。

2021年の業績はV字回復

アシックスが21年2月に公表した21年12月期決算の営業利益の計画は70~100億円。

ところが、いざフタを開けてみると、新製品を中心にランニングシューズの販売はグローバルで想定以上に好調に推移した。さらに、的確なコストコントロールも収益を底上げした。

結果的に、21年12月期は、計3回、全ての四半期決算で業績上方修正を積み上げた。

最終的には、年間の営業利益は期初想定の2倍の水準に達する200億円と、5年ぶりの高水準に達する見通しである。

まさに、全体の収益面でも「アシックスの逆襲」が始まっているのである。

株式市場からの評価も着実に上昇

「抜本的な経営改革の効果」「ランニング需要の裾野の拡大」の2つの要因を受けて、アシックスの資本市場からの評価も、着実に向上している。

アシックスの株価はコロナの第一波で業績の不透明感が高まった20年3月には、700円台前半だったが、21年11月には3,000円の大台を突破。約4倍の水準まで上昇した。同時期のTOPIXの上昇幅(1.6倍)を大幅に上回るパフォーマンスを示している。

今後もアシックスの躍進に期待したい。

関連記事

2022年展望 不動産 住宅販売のリスクは、金利動向次第

2020年から2021年にかけて住宅の売行きが増加して、特に戸建住宅の売行きが好調だ。しかし、世界各国でインフレが進行しており、各国の利上げ次第では日本の長期金利にも影響し、高額物件の販売にブレーキがかかる可能性もある。

PEファンドの底力③日本産業推進機構による「ぶんか社」への投資事例から

PEファンドはどのように投資先を選び、どのような取り組みで投資先企業を成長させているのか。このシリーズでは、具体的なケースから普段のPEファンドの姿を紹介する。 連載③は、女性向けマンガに強みを持つ「ぶんか社」の事業承継案件を取り上げる。投資後のバリューアップ手法に焦点を当て、その企業価値向上の手法を紹介したい。日本産業推進機構(NSSK)代表取締役社長の津坂純氏にお話を伺った。

都心の空室率上昇 オフィス市場は大競争時代へ

東京都心部のオフィス空室率が、上昇している。新型コロナウイルスの影響で、オフィスの需要が減っている事に加え、東京から地方へ人口が流出している。2030年ごろまでに再開発や新しいビルの竣工が相次ぐことも影響し、オフィス市場は大競争時代を迎えている。

ランキング記事

1

アシックスの逆襲「箱根駅伝着用ゼロ」から復活

2022年の箱根駅伝は、青山学院大学が6度目の総合優勝を遂げた。記録は自らの大会記録を大幅に更新する10時間43分42秒。この記事では、レースの高速化を支えるランニングシューズを例に、21年の大会で「箱根駅伝着用ゼロ」に沈んだアシックスの巻き返し戦略に焦点を当てる。

2

バルミューダ事例に学ぶインサイダー取引対応

2021年11月中頃、洗練されたデザインが人気の家電メーカー「バルミューダ」が華々しくスマートフォン市場に参入といった話題に、冷や水を浴びせるようなニュースがメディアを賑わせた。社外取締役によるインサイダー取引に係る社内規程違反と関係者の処分についてだった。本件を題材にインサイダー取引対応について考えてみたい。

3

2022年展望 不動産 住宅販売のリスクは、金利動向次第

2020年から2021年にかけて住宅の売行きが増加して、特に戸建住宅の売行きが好調だ。しかし、世界各国でインフレが進行しており、各国の利上げ次第では日本の長期金利にも影響し、高額物件の販売にブレーキがかかる可能性もある。

4

2022年展望 中国 急激な規制から安定的な政策へ

中国は2021年、経済や文化、教育など様々な方面で、規制や制限を強化した。前年の急激な政策の影響を和らげるため、2022年の中国の経済政策は「穏」(安定)に変化していくとみられる。

5

2022年展望  「二刀流」経営の本質に迫る

2021年、米大リーグの大谷翔平選手は投打にわたる「二刀流」として大活躍した。「二刀流」は、非常に難易度が高い。しかしながら、経営においても変化が早い昨今の経営環境に対応するには、複数の業界での経験・知見を持つことはとても有効だ。筆者自身も弁護士としての経験・知見が、コンサルタントや経営者としての仕事に生きている。2022年以降の経営の注目トレンドは「二刀流」であり、本稿ではその本質に迫る。

人気のキーワード

海外スタートアップ情報はこちら!  寄稿・執筆者募集中