「経営論点主義の弊害」を防げ コーポレートガバナンス強化のための取締役会運営の改善策

コーポレートガバナンス・コードが2021年6月、再改定された。上場企業のコーポレートガバナンスの強化が求められる中、独立社外取締役の役割がより一層重要となってきている。しかし、独立社外取締役にとって、実質的な議論がなされるような取締役会運営ができているのであろうか。本稿では、「経営論点主義の弊害」を取り上げ、それについての対応策を述べる。

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コーポレートガバナンス・コード改訂について

コーポレートガバナンス・コード改訂について

2021年6月から改訂されたコーポレートガバナンス・コードにおいては、「取締役会の機能発揮」が重要なポイントとなっている。

具体的には、2022年4月から導入される新市場区分において、最上位のプライム市場に属する会社は、独立社外取締役が取締役の総数の3分の1以上でなければならないとされている。

一方で、独立社外取締役は、それぞれの分野で専門的な知見を豊富に持っているものの、会社の事業内容や社内事情には精通していない場合が通常だ。よって、独立社外取締役が、十分な議案に対する理解のもと、高度な経営に関する意見を述べることができる取締役会運営が期待されるところである。

社外取が「経営論点主義」に陥りやすい背景

社外取が「経営論点主義」に陥りやすい背景

上場企業の取締役会においては、投資(M&A)案件、業務提携案件、借入案件、組織変更案件、中期経営計画策定案件、重要人事案件等の主要議題が毎月審議されている。

各企業の取締役会事務局のスタッフは、独立社外取締役が十分に意見を述べられるよう、取締役会配布資料を事前送信するとともに、重要な議案については事前説明を実施している。

この事前説明においては、事務局スタッフは、各取締役から聞き取った議案に対する質問や意見を受けて、取締役会議長及び関係役員と協議の上で、必要に応じて議案修正を行っている。

これらのプロセスは至って合理的であり、独立社外取締役は、各個の議案に対する合理性・妥当性を検討した上で、取締役会で更に質問や意見を述べることになる。

だが、経営の方向性や事業戦略の議論をする機会が少ない企業は多い。数年(会社によっては各年)に1回の頻度で行われる中期事業計画の策定時において、事業戦略の議論をする場はあるが、その議論に費やす時間は全体からすれば少ない。

事業戦略を十分に踏まえることなく、各議案の個別の合理性だけを議論する場合、独立社外取締役の意思決定機能を鈍らせ、時として誤った経営判断を是認してしまうことが生じる。

そもそも「論点主義」とは

そもそも「論点主義」とは

私は、司法試験を受験して弁護士資格を持っているが、司法試験の受験業界においては、「論点主義の弊害に陥るな」という言葉がよく使用されていた。

この場合、「論点主義の弊害」とは、論文試験問題の回答を作成する際に、問題文の意図や各論点の論理的な関係性を考えることなく、問題文から思いついた論点の回答を記述した答案を作成してしまう弊害のことを言う。このような答案は論理的ではないことから、合格水準には到底達しない。

例えば、図1の刑法の問題を見てみよう。論点AでYESと述べた後、論点BでYESと論じた場合はX罪になる。しかし、この問題で、既に学習した論点A、論点B、論点Cを見つけて、喜びのあまり全ての論点を論じたような答案は、「論点主義の弊害」に陥っている。

日頃、法律上の論点に対する模範解答を反復して暗記し、試験の場で論理的に考える訓練が十分できていない人は、試験時の極度の緊張もあってこのような答案を書いてしまうのである。

「経営論点主義の弊害」について

「経営論点主義の弊害」について

私は、経営の場合も似たような弊害があると思っている。

日頃の取締役会で会社の事業戦略や他施策間の整合性を考えないまま個別論点ばかりを議論して意思決定を行うと、施策相互で効果が減殺される結果や、施策の効果が出ない結果を生み出してしまうことになる。

このような状況を、私は「経営論点主義の弊害」と呼んでいる。

特に、会社の事業内容に精通していない独立社外取締役に関しては、経営論点主義に陥りやすい。事業戦略や他施策との整合性を踏まえた十分な説明が、取締役会や事前説明で行われない場合、取締役会が「経営論点主義の弊害」に陥ることを回避できない。

小売業者の場合

小売業者の場合

例えば、営業利益の減少に悩んでいる小売業のA社があるとする。A社の取締役会では、営業利益の増大を図るための施策として、次の議案が上程された。

  1. 売上高の上昇策として、大規模なポイント5倍セールの定期的な実施策(施策X)
  2. 粗利率の向上策として、粗利率の高い商品の品揃えを重視した仕入れ変更施策(施策Y)
  3. コスト削減策として、店舗での顧客サービスの効率化を図り、1店舗当たりの店員数の削減を行う施策(施策Z)

この場合、①から③のそれぞれの施策目的(売上高の上昇、粗利率の向上、コスト削減)はいずれも営業利益の上昇に繋がる要素だ。また、X、Y、Zの各施策は、その施策目的をそれぞれ実現するために有効な施策である。よって、独立社外取締役としても、各議案の説明を聞いた上でその合理性を確認し、議案にOKを出すことになる。

しかしながら、それは本当に正しい意思決定だったのであろうか。

売上高の上昇策である施策Xのポイント5倍セールは、一時的な需要を喚起し売上高の上昇に資することになる。

ただ、施策Yを実施した場合、粗利率が良い商品が、顧客のニーズに沿った商品であるとは限らない。例えば、野菜、魚、肉等の生鮮食料品は粗利率が高くないものの、顧客の期待が高い商品であるため、生鮮食料品売り場の弱体化に繋がる施策は売上高にとってマイナスである。

また、店員を削減して店舗の効率化を図る施策Zはどうであろうか。確かに、客観的にみて店員数に過剰感がある店舗に限定して店員を減少する施策は有効である。しかしながら、顧客満足度調査では、店員の接客サービスの良さが顧客の来店動機の中で重要な要素となっている。よって、一律に店舗の人員を削減する施策を採用した場合、中長期的には売上高の減少に繋がることになる。

また、A社の基本戦略が商品の値段の安さを売りにするロープライス戦略である場合、顧客は、店舗において効率化を徹底したローコスト運営がなされても、店舗への期待は安値であるため、顧客数(売上高)の減少にはつながりにくい。

一方、A社が高品質な商品やサービスを売りとして顧客を増やしていくプレミアム戦略をとっている場合はどうだろうか。

この場合、顧客への魅力を訴求しやすい生鮮食料品売り場は不採算であっても維持・強化を図るべきであり、店員数はむやみに減少させるべきではなく、接客サービスもより強化すべきである。

よって、事業戦略次第で、施策X、Y、Zについての意思決定の判断は異なるのである。図2でみると、A社がロープライス戦略を採用するのであれば、いずれもの施策も妥当するが、プレミアム戦略を採用するのであれば施策X以外の施策は妥当しない。

独立社外取締役が、このような施策間の関係性について十分な説明を聞いて各議案にOKを出すのであれば、当該意思決定は合理的であるが、そうでない場合は問題である。

「経営論点主義」に陥った企業はどうなるか

「経営論点主義」に陥った企業はどうなるか

これまで独立社外取締役を中心として、「経営論点主義」に陥る取締役会の議事運営の話をしてきたが、常勤役員の場合も同様の問題がある。

取締役会の前に行われる経営会議において、常勤役員が事業戦略の議論や施策の関係背についての十分な議論がなされていない場合、より問題は深刻だ。

取締役会の意思決定の中でも投資を伴うM&Aに関する意思決定は、その失敗によって企業の命運を左右する影響がある。例えば、ある買収案件の議題が取締役会に上程されたとして、対象企業と自社事業のシナジーの有無、投資採算シミュレーション及び契約条件が議論の中心になる場合が多い。

しかしながら、自社事業が複数ある場合に、強化すべき事業がどの事業なのかという戦略面の議論が先になされていないと、本来的に適切な買収案件なのかどうかは分からないはずである。

「経営論点主義」に陥った企業が、対象企業の事業と自社事業の間に十分なシナジーが存在するため、契約条件的には高値であるものの買収する価値があるとして、取締役会で買収OKの意思決定をしたとしよう。

数年後に、シナジーがあるはずの自社事業が経営環境の悪化により不採算となった場合、高値での買収による暖簾代償却負担が利益を圧迫し、業績悪化による倒産リスクが生じる可能性もあるのである。

「経営論点主義」に陥らない取締役会運営とは(経営チームビルディング)

「経営論点主義」に陥らないための方策として、以下の3点をお勧めする。

1.事業戦略の議論を取締役会で年に2回以上行うこと

独立社外取締役が、事業戦略についての十分な理解を得る機会を設定するとともに、当該役員から、事業戦略についての意見をもらうことが取締役会の運営上重要である。

2.経営会議で出た常勤役員による様々な意見の共有

経営会議では、事業戦略等の議論が頻繁になされている場合も多い。よって、独立社外取締役に議案を説明する際、経営会議での様々な意見を共有することにより、当該取締役が多角的な視点から意見を述べられる土壌をつくることができる。

3.「経営チームビルディング」の実施

役員合宿等において「経営チームビルディング」を実施し、経営陣が、互いに率直な意見を述べうる人間関係を構築した上で、事業戦略に関する深い議論を行う方法は有効である。「経営チームビルディング」において、役員間に心理的安心感を醸成することが、実質的に活発な議論を行う取締役会運営に繋がるのである。

「経営チームビルディング」問い合わせは当社まで

この「経営チームビルディング」は、当社とスコラコンサルト社の協働で顧客企業に対して支援を行っているので、ご興味がある方は当社までお問い合わせを頂きたい。 

対談ウェビナー① 「次世代経営者の人材育成」 株式会社スコラ・コンサルト 柴田昌治プロセスデザイナー代表

対談ウェビナー②「役員のチームビルディング」 株式会社スコラ・コンサルト 柴田昌治プロセスデザイナー代表
  
以 上

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