コントロールプレミアムとは

企業価値評価における買収価格の「上乗せ」の要因の一つはコントロールプレミアムという、ある企業を支配する株主にとっての「支配権」に相当する価値が反映されているからだと説明できます。

なぜ支配権が買収価格の価値に反映されるのでしょうか。

市場での株式投資を行う株主は、基本的に対象先の少数の株式を購入し、売却します。

少数の株式を保有する株主のことを少数株主といいますが、少数株主は対象先企業を支配できません。

それに対し、発行済株式の半数や三分の一以上の株式を保有する株主のことを支配株主と呼びます。

支配株主は、取締役に自分の意にかなった人物を選任でき、対象先企業の経営戦略や配当戦略といった中心的な意思決定に大きく関与できます。

結果、少数株主と比べて支配株主は大きな影響力を有し、「支配権」に価値があるということになります。

したがって、株式市場でTOBにより少数株主から株式を買い集めようとする買収者は、プレミアムと呼ばれる「上乗せ」を支払って対象先企業の買収をしようとするのです。

買収プレミアムとの違い

コントロールプレミアムと似た概念として、買収プレミアムがあります。

時として同じ意味で使用されることがありますが、両者は似て非なる概念として把握しておく必要があります。

買収プレミアムは、「結果として買収価格が市場株価を上回った時の買収価格と市場株価との差」です。

M&Aにおける対象先企業の価値は一つであるとは限りません。
ある会社にとっては1兆円支払ってでも買収したい企業であるかもしれませんし、一方で、お金を貰っても入手したいとは思わない会社も存在します。

特にストラテジックバイヤーと呼ばれる、買収によって大きな相乗効果(シナジー効果)を狙える買収者にとっては、市場株価を大きく上回る金額で買収しようとするかもしれません。

また、一般的に買収を目論む候補者が多くなれば買収価格は吊り上がる傾向にありますが、候補者が少ない場合、相乗効果を大きく見込める場合であっても、比較的安価にM&Aが成立するケース(買収プレミアムが小さいケース)もあります。

つまり、コントロールプレミアムが「支配権に着目した価値」であるのに対し、買収プレミアムはコントロールプレミアムやシナジー効果を勘案し、「結果的に市場株価と比較した、買収者が支払った上乗せ部分」だと考えましょう。

企業価値評価アプローチとの関係性

先ほど、買収者にとっての対象先企業の価値は一つではないと説明しました。

ここでは企業価値評価の3つのアプローチと、コントロールプレミアムとの関係性についてご説明します。

企業価値評価は主に、次に挙げる3つのアプローチに分けられます。

  1. コスト・アプローチ
  2. マーケット・アプローチ
  3. インカム・アプローチ

どのアプローチが絶対的に正しいというわけではなく、M&Aの実務においてはこれら複数の企業価値評価を複合的に検討し、投資先企業と交渉していきます。

コスト・アプローチ

コスト・アプローチはアセット・アプローチとも呼ばれ、主として対象先企業の純資産に着目して企業価値評価を行う方法です。

何年も事業を営んできた企業は、過去の利益が蓄積され貸借対照表(B/S)の資産から負債を引いた純資産が計上されています(反対に、過去赤字を計上し続けた企業にはマイナスの純資産が計上されており、「債務超過」と呼ばれる状態になっています)。

その純資産額をそのまま株式価値と考える簿価純資産法と呼ばれる方法もあります。

ただし、一般的にはB/Sに計上されている資産には「含み益」と呼ばれる、計上された帳簿金額を上回る実勢価格との差が生じていることが多いです。

例えば、20年前に1億円で購入した土地が、現在では2億円となっており、1億円の含み益を有しているケースが該当します。

それら含み益を勘案した資産の時価から負債を控除した金額を株式価値ととらえる考え方は時価純資産法と呼ばれる方法です。

コスト・アプローチによる株式価値においては、資産や負債の処分や利用方法は支配権を有する株主が決定できるという点に着目し、この評価によって導き出された株式価値にはコントロールプレミアムが含まれているものと考えられています。

マーケット・アプローチ

マーケット・アプローチは主に株式上場している同業他社との比較(類似業種比較法)や類似のM&A事例と比較(類似取引比較法)して株式価値の相場を評価する方法です。

コントロールプレミアムとの関係で言えば、類似業種比較法は類似の企業のPERやPBRの倍率を用いて企業価値を算定する方法なので、比較される類似企業の株価は少数株主が取引する株価であるため、ここに支配権に由来するプレミアムは含まれていないものと考えられます。

一方で、類似取引比較法は他のM&Aがどういった水準で実行されたかを比較するものであるため、そもそもコントロールプレミアムを踏まえた他のM&A事例と比較していることから、この方法においては支配権のプレミアムが含まれているものと考えられています。

インカム・アプローチ

インカム・アプローチは割引現在価値(DCF)法に代表される、利益やキャッシュフローといった収益力をベースに株式価値を評価する方法です。

詳細なご説明は今回避けますが、DCF法は将来予測されるキャッシュフローを現在価値に割り引いたうえで、その総和を株式価値と考える方法です。

したがって、その将来予測のキャッシュフローを作る際の視点が少数株主なのか、支配権を有する株主なのかによってコントロールプレミアムが含まれているか否かがわかれます。

株式市場で株式を売買する少数株主にとっては、既存の経営陣が考えた戦略によって行われる事業活動から生み出されるキャッシュフローがすべてで、株主自身が戦略を練って、実行に移すことはできません。

したがって、少数株主視点で検討されたキャッシュフローに基づくインカム・アプローチによる株式価値にはコントロールプレミアムは含まれていないと考えられます。

一方で、対象企業の支配権の獲得を目指す買収者にとっては、買収後、自分の意とする戦略を実行に移せるため、自身が描いた戦略に基づいたキャッシュフローを元に株式価値の評価が可能です。

この場合、コントロールプレミアムが含まれていると考えることができます。

まとめ

M&Aにおける株式価値は一物多価であり、かつ対象先企業は唯一無二で同じものは他に存在しません。

また、買収交渉では多くのステークホルダーの思惑が密接に絡み合い、難しい交渉が迫られることが一般的です。
加えて買収のタイミングや市況といった外部要因にも株式価値は大きく左右されます。

M&Aの半数以上は買収後失敗し、買収者が高値掴みさせられるケースが多いといわれています。
当初想定していたキャッシュフローが実現せず、株式価値の評価の根拠自体が間違っていたと断定されてしまうケースです。

M&Aにおける成否については、将来のことは誰にも分からないものの、対象先企業をよく理解し、自社の傘下に入った時の将来像を限りなく確からしく描く能力にかかっていると思われます。

M&Aにおける買収金額が納得のゆくコントロールプレミアムが反映されているか、限られた交渉時間の中で合意点を見出してゆく技術が必要とされています。

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