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北京五輪の中国で始まる、デジタル人民元の実験
2022年2月、中国は1日に春節(旧正月)を迎え、4日に北京冬季オリンピックが開幕した。この記事では中国の春節を巡る変化と、中央銀行が発行するデジタル通貨CBDC(Central Bank Digital Currency)の壮大な経済実証試験について考察する。
五輪とゼロコロナ政策
新型コロナウイルスのオミクロン株は、2021年12月に中国本土で検出後、各地で感染が報告されている。
これまで同様、マンションや、小区を閉鎖とし、その地域住民のPCR検査と隔離を継続している。
日本の様な感染者数急増とはなっていないが、1月以降も感染者は報告されている(2月1日時点 直近7日平均62人)。
春節期間、11億人の大移動
中国では春節期間中の移動を「春運」(ChunYun)と呼ぶ。
春節の前15日間、後25日間の計40日間は、帰省などで1年の移動ピークを迎える。例年国務院が予想移動者数を発表し、交通運輸部が対応にあたる。1月中旬に発表された延べ予想人数は11.8億人であった。
過去3年間の移動延べ人数は2019年が29.8億人。武漢からコロナが拡散した2020年に14.8億人に減少。2021年は当初17億人の予想を発表後したが、翌週11億人に下方修正した。最終的には8.7億人と2019年比でマイナス70.9%となった。
22年の発表は21年の予想数値レベルであるが、地域によって移動人数のばらつきが大きい様子で、延べ人数は予想を下回るのではと推測する。
抑制される北京、大都市からの移動
オリンピック開催地である北京の管理は厳格であり、22年は前年より更に鉄道乗客は少ない様子が伝えられた。
また、帰省先ではその地域の管轄政府に滞在報告と、7日間で2回のPCR検査とアプリの提示が必要となり、移動は常にトレースされる事となる。(検査頻度は地域により異なる)また、もし滞在地の小区で感染者が発生した場合、隔離となり職場復帰に支障が出る可能性もあり、今回帰省客の減少の要因ともいえる。
首都、北京市の常住人口は 2,189.3万人で戸籍保有者は1,397.4万人となる。約36%が市外に故郷を持っている事となる。
上海市は常住人口が2,418万人で市外者は約42%である。この10年で人口増加率が68%という、IT産業中核都市の深圳市の常住人口は1,756万人で市外戸籍保有者比率は約67%となる。(2020年中国政府人口調査より)
つまり、それだけ大都市からの移動をいかに抑制するかが、コロナの抑制には重要となる。
帰郷しない人にクーポン
毎年すべての市外戸籍保有者が移動するわけではないが、春節時の大移動による感染増を防止するため「非必要不返郷」(必要以外に帰省せず)を呼びかけるだけでなく、各地方政府は、春節期間帰省しない労働者に補助金、クーポンの配布を実施した。
北京では、同期間の食料、日用品の供給を増加するとし、大型チェーンスーパー等に奨励、補助金の形で購買規模と在庫の拡大策を発表した。年越しを居住地でとの施策で、21年も呼びかけた「就地過年」(そこで年越し)が22年もメディアで引用された。
また、都市部への労働供給先である、河南省周口市鄲城県の県長による「高感染リスク地域からの『悪意ある』里帰りは、隔離した後身柄を拘束する」との発言がSNSで拡散し、批判の声がネットをにぎわした。
結果、政府は火消しに追われ、帰省を妨げるものではなく、地方政府の隔離基準の変更は認めない旨の声明を出した。
しかし、ゼロコロナ政策を維持する中国において、自身の居住、帰省中の実家で感染者出た場合の政府対応から、22年の春節は市、省を跨いだ移動は減り近距離旅行が中心となったと推測する。
寡占抑制とEC推進
安定成長を打ち出し、国内の消費の質、量拡大を必要としている中国政府にとって、春節と北京オリンピックは重要なイベントである。
しかし、ゼロコロナ政策により観光業などサービス業への影響は避けられない。対策として1月に政府各部門は消費に関して、以下の通知を発表した。IT大手による寡占抑制を進めつつも、デジタルシフトを進めるという内容となっている。
ネット消費の重要性
商務部、中央網信弁、工業情報化部が「2022全国網上年貨節」(全国オンライン年賀祭)を22年1月10日から2月7日(旧暦7日)実施を発表。主旨は以下となる。
1 政府指導の下、企業主体で市場運用を行う。
2 各ECプラットフォーム企業は、食料・食品・防疫品の確保
3 多くのブランド品、高品質の提供と宅配サービスの充実
4 文学、映画等娯楽のデジタル配信の増加
更に雲南、福建省、広西壮族自治区等は各数億円単位のクーポン発行を実施。また販売商品の品質、配送、EC企業環境・経営規範の順守を指示。そして、防疫の徹底と家庭消費の拡大を図っている。
中国国家発展改革委員会
「発改委」と略称され、中国の経済政策全般の立案から指導まで行う、国務院の中核組織であり、公共事業含め、経済政策への大きな権限を有している。
前述の商務部発表後、消費促進活動へ10項目から成る通知を出した。春節(元旦)から元宵節(旧暦15日)までが新年の区切りとなる中、消費の増加と需要への対応を指示している。大きくは下記5点となる。
1 消費物資、旅行、娯楽:感染防止の為の非接触サービスの向上
2 家庭消費の為のネット販売、特に食品類の品質、種類の増加
3 地域軸として地方都市、農村部へのEC、配送網の充実。その為の大規模流通企業及びEC企業の進出支援
4 リアル店舗運営の流通企業のデジタル化とOMOの推進。配送拠点を兼ねる店舗のオフィスビル、住宅小区への配置と共に非接触による宅配システムで「宅経済」と「クラウドライフ」の充実を図る
5 中小企業、生活困難者支援、住居の充足、冬季オリンピック関連の消費拡大
大企業の寡占化へ?
政府はこれまでの対応から、IT企業の小売から金融までの独占、寡占化を防ぐ対応措置を行っている。今回の発改委の通知でも春節繁忙期とは言え、秩序を保ち大企業の独占を厳格に管理するとしている。
しかし、今回の一連の動きは消費拡大にIT大企業と、大手小売流通業の活用を必須としている。呼応するように、春節期間、大晦日、元旦の配送サービスをアピールするEC企業が目立った。(一部の企業は、商品、配送地域の限定はしている)。
業界2位JDの動き
中国は春節に、紅包(HongBao)と呼ばれるお年玉を配る習慣がある。各EC企業も、販売促進で紅包電子クーポンを発行する。
また、大晦日(除夜)はCCTVの春晩(春節聯歓晩会、芸能番組)を見つつ年越しを迎える家も多い。
春晩は日本で言えば紅白歌合戦と行く年来る年、年始の演芸番組を合わせたような番組で、視聴率は20%超。全世界で12-13億人が視聴する。21年の番組共同パートナーはEC中国2位のJD(京東)であった。
2015年からテンセント、アリババ、バイドゥ(BAT)。そして2020年は快手。21年はTiktokと、新興のIT企業が取り組んだ。いずれ各社もパートナーとして紅包の提供、オンライン販売により、売上、GMVを大きく増加させた実績がある。22年JDは同番組パートナー最高額の15億元(270億円)の紅包を提供した。
これまで春節期間だけを見ると9年間で11倍売上増としているJDが、得意の物流網を活用し、ビジネス拡大を図ると共に、政府方針に則った、オンラインの品質向上をアピールする機会を取ったと言える。
もちろん、一時的に終わる可能性もあり継続する為に農村部、更に海外への展開と、販売と配送拠点となる店舗増を進めて行くであろうし、国内競合社が増えている中、市場開拓を急いでいるとも考える。
高いオンライン比率
「2021年の社会消費品小売総額」(単位:億人民元)
2021年 | 21/20年比 | 21/19年比 | |
---|---|---|---|
社会消費小売総額 | 440,823 | 12.5% | 7.1% |
オンライン販売額 | 108,042 | 12.0% | 26.8% |
2021年 | 2020年 | 2019年 | |
---|---|---|---|
オンライン比率 | 24.5% | 24.9% | 20.7% |
(出所:中国国家統計局データより)
2021年1-12月の社会消費品小売総額が1月中旬に発表された。
総額は44兆元(792兆円)でオンライン販売額は10.8兆元(194兆円)。比率は全体の24.5%で他国比でも高い比率となっている。
ゼロコロナ政策からよりオンライン比率を高める施策は春節だけでなく今後も続けていくと考える。
民間から政府へ、デジタル通貨の運用開始へ
中国は、ビットコイン等仮想通貨(暗号通貨)の取引を禁止している一方で、他国に先駆けて中央銀行発行のデジタル通貨(デジタル人民元)について、検討と実施に進んでいる。民間では、アリババグループの「アリペイ」、テンセントグループの「ウィーチャットペイ」もデジタル決済の多くを占め、ある意味デジタル通貨とも言える。
米国メタ社(前Facebook社)の構想したディエム(旧リブラ)は、複数の法定通貨を裏付けしたデジタル通貨であった。
本記事執筆中にメタ社がディエムの発行を断念と、決済システムの売却のニュースが入った。リブラ構想は、複数通貨をベースとしたデジタル通貨であったが、不正送金に利用される恐れなどから、各国当局の了解を得られなかった。ベースとなる通貨を米ドル単一に切り替え、名称をディエムに変更したが、同様の結果となった。
デジタル通貨を民間から政府・中銀主導に
これら民営のデジタル通貨ではなく、人民銀行が発行するデジタル通貨CBDC(Central Bank Digital Currency)について、中国は2010年代半ばに人民銀行が検討を開始した。
2020年4月に中国4都市で実証実験を開始。2022年1月から中国CBDCのアプリ(試験版)が深圳、蘇州、成都、上海、海南、長沙、西安、大連、雄安(北京)、冬季オリンピック会場(北京、張家口)で使用可能となっている。
アプリで登録後、7金融機関及びアリペイ、ウィーチャットペイからCBDCを使えるデジタルウォオレットを作り、JD、T-モール、動画配信「ビリビリ」等ショッピング、生活、娯楽、旅行関連49社で利用できる(2022年1月現在、人民網より)。
このデジタルウオレットは手続きにより4分類され、銀行口座がなく、スマホとIDだけの場合1回の使用限度は5,000元(9万円)1日の累計使用限度は1万元(18万円)となる。
アリババ圧力の背景は…
試験への動きが早まったのは、上記メタ社の2019年リブラ構想の発表にあると言われている。
が、実際は中国国内のアリババが先頭を走っているデジタル決済の巨大化の方が大きかったのではないかと考える。11月デジタル決済、小口金融のアントファイナンス社の上場延期が、ジャック・マー氏の金融機関批判発言が原因だけとも考えにくいからである。
なお、アリペイ等は、指定口座に現預金の保有が必要である点が今回のCBDCとの大きな差である。
CBDCを推進する理由は
CBDCを推進する理由として次が考えられる。
1 社会小売の約25%がオンラインであり、政府は今後もオンライン取引の拡大による経済活性を進めている。オフラインも含めたキャッシュレス決済は70%超となっている事からCBDCを主体に取引の効率化
2 ファイナンシャルインクルージョン(金融包摂)として銀行口座を持てない等従来の金融サービスが受けられない層へのサービス提供と経済活動への参加機会の提供
3 CBDCによる政府主導の金融管理体制の強化。違法収益、脱税、マネーロンダリング等不正防止の徹底
4 海外決済、送金へのコスト低減に繋げ、人民元の国際通貨としての地位向上(売上)
この中で、違法行為の防止に役立つ反面、個人の支払い、収入等すべての履歴が政府に一元管理される懸念もある。
また、これまでCBDCを導入した国はバハマ等小国である中、14億人を抱える中国全体での使用に、どれだけのスピード感をもって進めるのか。
人民銀行は1月に「金融科技(FinTech)発展規画(2022-2025)」を発表している。CBDCそのものへの言及はないが、デジタルトランスフォーメーションの加速とデジダルデバイド(情報格差)問題に触れており、この3年をひとつの区切りとしているとも見られる。
まとめ
- ゼロコロナ政策から、オンライン取引の更なる拡充を政府は支持している。
- EC企業は、競業が厳しくなる中、都市部から地方へ、更に海外取引へ拡大場所を見出し、サービスの強化と宣伝投資を増やしている。
- オンライン取引の増加に伴うデジタル決済の効率化、及び金融集中管理の必要性、更に国際通貨のポジション向上の観点からCBDCの普及促進を進めて行く。
- これからの3年間でCBDCの試験期から実用期に移行していく。
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