地球の裏側でバウムクーヘンを焼く AI搭載無人オーブン開発 ユーハイム 河本英雄社長インタビュー

バウムクーヘンを日本に持ち込んだことで知られる洋菓子の「ユーハイム」(神戸市)が、人工知能(AI)を活用したバウムクーヘン専用オーブン「THEO」(テオ)を開発しました。菓子職人の技をAIにより機械学習し、離れた場所でも自動で再現。将来は「地球の裏側でも、焼けるようになる」といいます。熟練職人の育成と製造にこだわってきた同社が、どうしてAIなのか。河本英雄社長に聴きました。

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話:河本英雄 ユーハイム社長(トップ写真・左) 聞き手:矢島政也 フロンティア・マネジメント執行役員、コンサルティング第1部長(トップ写真・右)

①地球の裏側でバウムクーヘン きっかけは米倉誠一郎・一橋大教授(当時)

無人オーブン機theo
▲AI搭載無人オーブン「THEO(テオ)」
THEO https://THEO-foodtechers.com/
https://theo-foodtechers.com/movie

Q:(矢島) まずはTHEO(テオ)の開発の経緯を聞かせてください
開発のきっかけは、米倉誠一郎・一橋大ビジネススクール教授(現・法政大)との会食でした。南アフリカでBOPビジネス(Base of the Pyramid、貧困層向けの持続可能なビジネス)を研究されている方です。

会社の競争環境や、ビジネス戦略について相談をしていたところ、先生が「地球の裏側に行けば、見える」と。何度か一緒に南アフリカのスラム街に足を運んでいたところ、「地球の裏側=南アフリカ」の子供たちにお菓子を届けたい、と思うようになりました。

しかし、リサーチに入りましたが、日本から南アフリカにバウムクーヘンを届けるのは、一回はできても続けるのはしんどい。

あと、外部からバウムクーヘンをスラムに持ち込まないでほしい、ということも現地から言われました。スラムにはスラムのお菓子屋さんがある。スラムの経済圏を壊さないためには、現地の店から買って子供たちに渡すという形をとる必要がある、ということでした。

バウムクーヘン

一方で、ユーハイムの事業としては、香港、東南アジアなど、海外進出を進める中で、課題を抱えていました。

バウムクーヘンは専用機で作るので、1店舗ごとに職人が張り付かなければいけないんです。店舗には行列ができるけど、多店舗展開が厳しい。ビジネスとしては成立しにくい、という課題を抱えていました。

ただ、「宿題」を持つと、ある時ふと閃くもので…

バウムクーヘンの機械をダウンサイズして、ネットワークにつなぐということを思いついたんです。機械を持っていって、現地の人が使えるというビジネスモデルなら、BOPの枠組みで、南アフリカの子供にもお菓子を届けられる、と考えました。

Q: そこから、どう実現に動きましたか?
工場のなかで、ベテランの菓子職人と、機械工と、私の計3人で集まって「『趣味』とわりきって」という前提で、研究開発を始めました。

THEOの技術は、最初からBOPの枠組みで考えていたので、こういう形になったんです。工場の生産性を変えていくとか、そう言う話とはまったく違う流れからきていて…そういう意味では、経営的ではなく「趣味的」な視点が出発点でした。

②「職人主義」と「AI」の融合

対談

Q:職人の技を、機械やネットワークに移すという作業は抵抗があったのでは?

ある大学のロボット工学の先生に入ってもらって、職人の技術のデータ化をやってもらったのですが、最初は、職人からは「おれは40年かけて腕に技術を磨いてきた」「それを弟子たちが俺たちの背中を見て覚えるものだ」という反発がありました。

バウムクーヘンの形とレシピは100年前から変わっていません。でも、技術を代々代々磨きこんで、更においしくし続けなければお菓子は残らない。
データ化するということは「進化を止めてしまうことになる」と思われていたんです。

Q:職人たちの反応が変わったきっかけはありますか?

実は、集めたデータが職人たちの意識を変え始めました。

焼き方やレシピのディテールをチューンナップし続ける作業が非常に大事だったんですが、その作業はこれまで完全に職人の「勘」でやってきたんです。

ある職人さんは、集まったデータを見て、「俺の焼き方は俺の思っている、理想のイメージと違う」「これは俺の『癖』なのか」と言い始めて、その「癖」を修正してみると、こんどはそれがデータに反映されていきました。

焼き方がイメージに近づいたら、「この焼き方だったら、粉の配合をかえてみようか」となりました。

バウムクーヘンは、砂糖:小麦粉:バター:卵=1:1:1:2という基本はあるけど、粉の配合をどうするとか、細かい作業はやっぱり職人の技術と「チューンナップ」の世界です。
粉の配合に微調整を加えたら、今度は「生産工程を変えられるな」と、なりました。

Q:職人の仕事がデータによって進化したんですね?

はい。データと突き合わせてやっていくと、職人がAIと一緒に進化を始めたんです。

結局お菓子がより一層おいしくなったことで、職人たちはAIに対してポジティブになりました。

AIと職人が、一緒に半年くらい焼き続ける中で、職人さんはAIを「弟子」ととらえるようにもなりました。
AIは職人の技術とすごく整合性があると、その時気づいたんです。

一般的には「ユーハイムのような『100年企業』が、何でフードテックなんだ」「職人とAIの組み合わせってなんだ」と思われるかもしれませんが、今となってはわが社にとってこの組み合わせに違和感はありません。

Q:特定の職人さんのデータを再現しているんですか?

どういう形でAIによる機械学習を使うか、選択肢はありましたが、1人の職人さんの技術を機械学習するのではなくて、何人もの職人の技術を、データ化できるように持っていきました。THEOでは、ある職人さんが10~15本焼くと、AIはその焼き方を学習できます。

Q:ユーハイムの職人の技術が根底にあったから、実現できたと聞いています。

ユーハイムのベースは職人の技術です。

職人の技術をネットワークに「乗るように合わせる」のではなく、職人技をどうやって(そのまま)ネットワークに乗せるのかという発想でやってきます。。

過去の経緯でいうと、ユーハイムがまだ数件のお菓子屋だった60、70年前、全国の百貨店に出店する際に、工場で大量生産することになりました。

手作りのレシピを量産工場の生産ラインに乗せるときに、量産型の機械に合わせてお菓子のレシピを変えないといけない。食品添加物を加えなければならないとか、作り方を変えるとかしないといけなかった。

でも、それをやってしまうと、今までのお菓子と全く別物になってしまう。

それまでの創業者からのレシピを代々代々、職人が継ぎながら守ってきた「良いもの」が変わってしまうと考えました。

そこで、レシピを量産用の機械に合わせるんじゃなくて、うちのレシピにあった機械を自社で自らつくったんです。

三河(愛知県西部)の安城市周辺は、機械づくりが得意な風土ということもあり、それ以来ずっと、その地で焼くための機械の改良を続けてきました。

Q:ユーハイムは職人に合わせて、機械を独自で作っているから、他でまねできないそうですよね。

ユーハイムは「職人主義」の会社で、そのために機械を作る。今回も、そのためにネットワークをつくるんです。

マーケティング的な発想で、「売れるからやっちゃおう」「量産しちゃおう」「ネットワークに乗せよう」という発想はそもそもない。やろうとしても、職人さんがそれをやろうとしないでしょう。

Q:THEOによって、「下」の世代が育たなくなるということはありませんか?

技術の伝承とは、進化させることです。引き続き、人に対しては人が技術を伝承していきます。AIは、職人のクリエイティビティ(創造性)を刺激するためのツールです。AIが、いかに人間のパートナーになっていくのか、そこはまだ見えていないですが。

ロボットの「市民権」

社長

Q:将棋や囲碁の強い人(藤井聡太二冠など)が、AIをパートナーにして自分の技術を高めていますが、それに近いものを感じました。

そこまで精巧ではないですが、明らかに職人の技術が向上していったのは同じですね。

ただ、限られた「ルール」の中にある将棋と違って、我々は「マーケット」というルールのない世界にいます。

つまりAIがお客様にどう捉えられるのか、この点はまだ見えていないです。
ロボットの作るお菓子が、どう受け入れられるのか。ロボットがお菓子を作ることに対するマーケットにおける市民権が、今非常に大事だと思っています。

Q:消費者の価値観は大事ですね。手作りに付加価値を感じる人も多いでしょうが、最終的には「おいしいかどうか」ではないかと。

ロボットが市場やお客様から親しみを持ってもらえるかどうかにかかっていると考えています。それもあり、「THEO」には「顔」をつけて、人型にしています。

また、ロボットに何をさせるかが大事です。「人に役に立つ」という発想がベースにないと、「ロボットが作ったものなんて、食べないよ」となってしまいます。

受け入れてもらうためには、皆様の役に立つもの、喜ばせるものをつくる。
それを、菓子業界でAI、ロボットを導入する意味にしないといけません。

「純正自然」と「職人主義」

Q:(矢島) ユーハイムは2020年3月、食品添加物を極力使わない「純正自然宣言」をしました

実は、1969年から続く活動です。ユーハイムは昔から、今まで積み上げてきたものを壊してまで、新しいことをあえてやらないんです。

その代表が「純正自然」です。

Q:添加物を使わないが故に、できる技術があるんですね

添加物を極力使わないのは、「安心安全」のためだけではなく、職人の「腕」を守るためでもありました。

Q:ユーハイムは職人主義、純正自然の取り組みにこだわりを持っている

「純正自然」をやっていて感じたのは、添加物を一つ入れると生産性上がるんです。

でも、職人の技術がそれで失われてしまいます。もう一度使わないとなると、失った技術を取り戻さないといけないんです。

過去50年。食品添加物という化学物質は、職人の技術と親和性が低かったです。完全に使っていない訳ではありませんが「いかに使わないか」という50年でした。

技術に対して「ディフェンス」の立場でした。

ただ、THEOに関する一連の実験を通して、テクノロジーには非常にポジティブで、むしろ取り入れるべきだぞという発想に転換しました。

まだ一部やり残しがありますが、2021年にはほぼ完了します。

③新しい時代の競争モデル フードテックへの支援

矢島氏
ユーハイムは2021年3月、名古屋の中心・栄に食をテーマにした複合施設「BAUM HAUS」(バウムハウス)をオープンします。そこでは、THEOによるバウムクーヘンの販売に加え、「FOODTECH INNOVATION CENTER」(FIC)を設置。フードテックの会員組織をつくり、スタートアップの成長に向けた支援を行う考えです。職人主義のユーハイムが、フードテックとどう関わるのか。引き続き河本英雄社長に伺います。

Q(矢島):FICを作った背景は何でしょうか?

中部電力さんとは、店舗用不動産であったり、THEOの原型を開発していたりとこれまでも色々とご縁がありました。その関係で、「ショールーム用に、いい場所を提供できるが」と提案を受けました。

30坪くらいと思っていたら、さすが中電さん、300坪もあったんです。残り270坪は「何に使うかな」と考えていたところ、ここにきて急にフードテックの流れが鮮明になってきました。

一人勝ちから、協調の時代に

Q:フードテックの枠組みに、どう関わっていきますか?

フードテックの市場で起きていることは、取り入れるべきだと思います。

ただ、ユーハイムとしてフードテックに本格的に参入するかというと、話は別です。
うちは何と言っても職人がコツコツと、アイデンティティとしてお菓子を作っている会社です。
そこからぶれたら、会社が動かなくなってしまいます。

例えば、フードテックというと、大きいボリュームを占めるのが、代替肉です。人口爆発の中で世界を救うという目的があるんですが、結局「テック」の論理で、シンプルに資本主義に基づいているんですよね。

根底にあるのは、「ばーん!」って投資して、どうリターンするかという考え。もうける一部の人がいて、ほかは敗者となる。

これからの世の中は、強者も敗者もない新しい競争ルールになると思う。コンペティション的ではなく、コラボレーション的な競争のほうが、次の時代に合っているんじゃないかと思います。それが何なのか、模索していきます。

Q:海外に出していく計画はどのようなものですか?

海外進出の積極化は、考えています。
食は「地産地消」的になっていきます。食は(独占的な)「帝国GAFA」に対して、レジスタンスというか、散らばってボランタリーに対抗していきます。

そこのところに、ネットワークの概念は、とても大事だと思うんです。

複数のものが、複雑に結びついて、思ってもみない新しいものが生まれていくのだと思います。なので、将来を描く際に、既存のルール、決め込みで戦略を描くのだけはやめようと考えています。

Q:THEOを「町のお菓子屋さん」に入れていくプランもあると聞きました

いくつかの選択肢の一つとして、年明け(2021年)から実証実験の計画があります。

町のお菓子屋さんは、経営が厳しいところも多いので、THEOをつかって自力で復活できるのなら、「日本的なBOPモデル」を作るという発想ですそういう実験を通して見えるかなと思います。

もっというと、そもそも業界全体のことを考えています。

バウムクーヘン博覧会を毎年やって(直近では2020年11月、名古屋市で開催、全国のバウムクーヘンが集結した)すごく感じていますが、みんなでつながってやっていくと大盛況となるんです。

みんなで業界ごと一緒に上がっていくという競争モデルが正しいと思います。

「職人」の地位向上、技術のデータ化を

Q:洋菓子業界について、どのようにお考えですか?

業界が良くなっていくのに必要なのは、職人の地位向上です。
お菓子の世界は、音楽業界のように著作権があって、優れた人を発掘してという仕組みがありません。
世の中に出ていく仕組みがないので、結局組合みたいなもので、一部で小さくまとまってしまい、全体には…ということがあるんです。

そのためには、レシピの著作権を認めることが大事だと思います。

才能のある、ものを作り出せる職人が、しっかり世の中に出ていくことで、全員ベースで上がっていくという考えがあります。

我々のやろうとしているのは職人技術のデータ化です。
地産地消に向かいながら、「レシピを共有」できるという展開は、今後出てくると思います。

THEOによってレシピがネットワークに乗ると、技術のデータ化ができるため、著作権的な意味合いを可能にします。
データ(レシピ)をつくった本人に、利益を還元していくという仕組みを作れば、職人の世界はもっと良くなります。

Q:最後にTHEOに戻ります。まずは国内にある程度展開してから順次海外に、ということですね?

もちろんいきなり地球の裏側に行くことはしません。一人の職人、一つのお菓子は一人の人間しか幸せにできないです。しかし、世界中の職人がつながれば、お菓子で世界を平和にする力があるかもしれないです。

Q:商売という言葉は本来、お客さんを喜ばせて、自分も生き残っていくということ。THEOは趣味から始まったということでしたが、開発が進んでこのTHEOを貴社としてどのように事業化していくかという点も、とても重要だと思います。

「地球の裏側=南アフリカ」に連れて行っていただいた米倉先生に転機をもらいました。地球の裏側の「BOP」は、大きなヒントになっていると思います。
THEOの最終ゴールは南アフリカに定めていますが、THEOを持って行って、スラム街の子供たちが何に使うか。ここで考えているものとは、きっと違うものになる。

「地球の裏側」から日本を見て、終着点にたどりつけば、そこに「答え」があるんじゃないかなと思います。

ゴールは遠いですが、まず足元でできていないといけません。第一歩として、まずは年明け(2021年)に実証実験を初めていきますよ。

結論ありきではなく、いろいろやっていきたい。

一歩一歩みながらですね。

Q:楽しみにしています

ぜひ、お付き合いください。

株式会社ユーハイム代表取締役社長
河本代表
河本 英雄(かわもと ひでお)
略  歴   1999年4月 ユーハイム入社 社長室特別顧問
   2000年6月 取締役
       2009年4月 常務取締役
       2011年6月 専務取締役
       2012年6月 代表取締役専務
       2015年7月 現職
ユーハイムロゴ
株式会社ユーハイム
創業    中国・青島 明治42(1909)年 
      横浜 大正11(1922)年
会社設立  昭和25(1950)年1月
資本金   1億円
年間売上高 305億円※平成30(2018)年度 (見込)
従業員数  522名※平成31(2019)年4月1日現在

▼参考記事はこちら
「フードテックとは」

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