自動車メーカーのF1への参入意欲が高まりつつある背景とは

自動車レースの最高峰とされるF1(Formula 1)世界選手権。世界各地を転戦することからF1サーカスともよばれるが、2021年に正式にF1から撤退したホンダは5月末、2026年シーズンから「復帰」し、新たにアストンマーティンにパワーユニットを供給すると発表した。同年には新たにフォード、アウディの参戦が確定しているほか、ポルシェ、キャデラック(ゼネラルモーターズ)、現代自動車なども参戦を検討する可能性があるとの報道もあり、にわかに自動車メーカーのF1に対する意欲が急激に高まりつつあるように感じられる。その要因を考察する。

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サプライズの「提携」発表 ホンダが戦線復帰へ

サプライズの「提携」発表 ホンダが戦線復帰へ

F1は現在、7月初旬に行われた今季第9戦オーストリア・グランプリを終えたところだ。昨季覇者であり、日本の自動車メーカーであるホンダと今も実質的にパートナーシップ関係にあるレッドブル・レーシングが、コンストラクターズ・ランキング、ドライバーズ・ランキングの双方において首位にある。

ホンダは現在も、子会社のHRC(ホンダ・レーシング)がレッドブル・レーシングに技術支援を行う形でパートナーの関係を維持しているが、ホンダ自身は2021年に正式にF1から撤退したという複雑な経緯がある。どういった形にせよ、これまでレッドブル・レーシングとともに華々しい成績を残してきただけに、ホンダが新たにアストンマーティンと組むとの発表はサプライズとして受け止められた。

遡ること今年の2月、レッドブル・レーシングが2026年から米国大手自動車メーカー・フォードと提携すると発表。結果、既に2026年からのF1復帰を検討していた可能性があるホンダが行き場を失い、今回のアストンマーティンとの提携を促した要因の一つとなったとみられる。

F1のグリッドにはホンダのほか、メルセデス、フェラーリ、アルピーヌ(ルノー)、アストンマーティン、アルファロメオなど、高級車ブランドを中心にグローバル自動車メーカーの名が並ぶ(コンストラクター、パワーユニットサプライヤー、スポンサーのいずれかとして)が、新たに自動車メーカーのF1への参入意欲が高まりつつある要因はいくつか挙げられよう。

新規パワーユニット規則導入が各社の追い風に

新規パワーユニット規則導入が各社の追い風に

まずは2026年からの新規パワーユニット規則の導入だ。同年に導入されるパワーユニットは、100%持続可能な燃料の使用、電力利用比率を50%に引き上げるなど、世界的なカーボンニュートラルの流れに沿うものとなっており、自動車メーカーが掲げるカーボンニュートラルや電動化の戦略との親和性が高まったと言える。事実、ホンダも今回の復帰の理由として、新レギュレーションが脱炭素を進める会社の方針と合致することを挙げている。

また、この規則においては、システムの簡素化、コストキャップの導入などが図られ、自動車メーカーの新規参入のハードルが下がったことも参入意欲の高まりにつながる要因として挙げられよう。

高まるF1人気 メーカー戦略の刺激剤に

高まるF1人気 メーカー戦略の刺激剤に

さらにもう一つの要因は、数年前に配信が開始されたNetflixによるコンテンツの影響などによる、北米を中心としたF1人気の高まりだ。自動車の一大市場での認知度向上が、自動車メーカーのF1参戦の大きなインセンティブとなりつつある。

ここ数年において、F1の人気、ブランド価値はかつてないほど高まっていると言える。結果、F1は自動車メーカーにとって最高のマーケティングツールになりつつあると言えよう。筆者はこれが、F1がグローバル自動車メーカーを惹きつける最大の要因ではないかと考える。F1への参入は、クルマのコモディティ化に抗い、EVを含めた新たな競争を乗り切るための自動車メーカーの販売戦略、ブランド戦略に直結するものと位置づけられるのではないだろうか。

クルマの「コモディティ化」が市場にもたらした暗雲

クルマの「コモディティ化」が市場にもたらした暗雲

クルマのコモディティ化はこれまで続いてきた自動車市場におけるネガティブなトレンドの一つだ。

かつて自動車市場は、欧州、米国、日本など先進国を中心とした自動車メーカーのマザー市場の住み分けがあり、当該市場の需要に即した製品特性を備えたクルマを供給するにとどまる時代があった。その後、輸出、現地生産を通じた他市場への相互展開が加速し、中国に代表される新興国のモータリゼーションの進捗とともに、自動車市場のグローバリゼーションが一気に進んだ。

加えて、プラットフォーム化や技術仕様の標準化、メガ自動車部品サプライヤーへの依存、生産技術の向上などがクルマという製品の均一化を促した。バッジを外せばどこのブランドのクルマかわからないほど、自動車メーカー各社の製品(特に量販メーカーの製品)が似通っていると感じるのは筆者だけではないだろう。

グローバル化の進展と相まって、当該市場で当該セグメント、当該仕様の需要があるとわかれば、どの自動車メーカーも我先にと同じようなクルマを同じ市場に投入する状況にある。

「独り勝ち」しにくくなった市場 ブランド価値がより重要に

「独り勝ち」しにくくなった市場 ブランド価値がより重要に

自動車市場のコモディティ化の証左として、自動車メーカー各社の売上高の動向が挙げられる。

筆者が過去に証券アナリストとして行った調査において、主要な旧来の自動車メーカーの過去数十年間の売上高の推移をみたところ、各社の売上高のYoY成長率の平均値、標準偏差ともに縮小傾向にあった。すなわち、市場全体の成長率が低下しているだけでなく、個社が他社に対して独り勝ちしにくい状況になりつつあることを示しているとの見方もできよう。

また、EVなどの電動車の普及も、クルマのコモディティ化を一層加速させる要因と考えられる。周知のとおり、EVに求められるパワートレーンは内燃機関車に比べてはるかにシンプルであり、差別化を難しくする。新興EVメーカーが電動車市場を中心に強いプレゼンスを発揮していることからもみられるように、旧来の自動車メーカーのシェアを奪う要因となっている。

さらに、現状のカーシェアリングやライドシェアリングだけでなく、MaaS(Mobility as a Service、ICTを活用してあらゆる交通手段を効率的に統合させる次世代のサービス)に代表される新しいモビリティの普及が予想される将来においては、従来の自動車ユーザーに対し、自動車の所有もしくはシェアという究極的な選択肢が明確に示されるようになる。

その中で、自動車ユーザーにクルマを買ってもらうためにより重要性をもつのが自動車メーカーのブランド価値だ。例えば、トヨタであれば、経済合理性を無視してでもクルマの所有を決めた人がポルシェよりもトヨタを選んでもらうだけのブランド力を備えることが必要となろう。

モータースポーツ さらなる活況の好機

もちろん、自動車メーカーも自動車市場の動向については筆者以上に考えているであろうし、現にトヨタがこれまでレクサスブランド車の販売比率を高めてきたことも、ブランド価値向上が背景の一部にあろう。また、ブランド価値向上のための施策として、上述のF1だけでなく、トヨタのWEC(世界耐久選手権)やWRC(世界ラリー選手権)参戦などにみられるように、自動車メーカーがモータースポーツ活動全般に注力しつつある。軽自動車メーカーのスズキでさえ、経営陣がレース活動への参戦の可能性を表明している。

いずれにせよ、筆者のようなモータースポーツファンにとっては、いかなる理由にせよ、自動車メーカーのF1などのモータースポーツへの参入機会が増えることは喜ばしいことである。

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