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アナログな小売業 DX成功への処方箋
小売企業の多くが、DXへの取り組みを進めている。しかし、実際にデジタル革新が進んでいると、胸をはる業者は少ない。どうしてうまく進まないのか、ではどうすればいいのか。この記事では当社(フロンティア・マネジメント)のコンサルティング業務から見えてきた、DXの頻出課題と突破するための処方箋を提示したい。
共著者:近藤 俊明、中間 昭登、松尾 快、田中 裕、
小売業におけるデジタル化の変遷と今後の未来
これまで小売業は、消費者の生活変化に合わせ実店舗改革やEC導入を進めて、顧客の購買体験の向上を図ってきた。
2015年頃ではチェーンストアの多店舗展開やPOSシステム導入によるレジ打ちの簡略化、在庫情報等の一元管理等の“実店舗”を中心とした改革。直近の5年は、オンラインショッピングサイト設立などの“EC”を中心とした改革が進められてきた。
デジタル技術の革新によってOMO※が加速し、今後は更なるビジネスモデル変革が進むと予測される。実際、コロナ禍による「非接触」や「入店制限の待ち時間削減」などのニーズを満たすかたちで、クリック&コレクト型(ピックアップ型)といった新たなネットスーパーの形態が流行し始めている。
※OMOは「Online Merges with Offline」の略称で、ECなどネット上とネット以外の店舗などの垣根を超えたマーケティング概念
デジタル革新が進まない日本の小売業の背景
しかし、「デジタル革新が進んでいる」と胸を張って言える小売企業はどれほどいるだろうか。FMIがコンサルティングサービスを提供している有名企業でも、ID-POSデータの取得に留まり、戦略的な打ち手にデータを活用しきれていないのを目にすることが多い。
また、労働生産性と資本設備率の関係を見てみると、小売業は1990年までの第一次労働生産性改善期ではPOSシステム導入により、労働生産性が改善しているが、一方で直近30年では、装備(デジタル技術)への投資を控えたことから、労働生産性が停滞している。
高齢層が多く、IT技術者が少ない
その背景には日本の小売業の特性によるところが大きい。国別のIT技術者割合の観点でみると、日本は0.86%と世界32位であり、他国と比較してもITエンジニアが少なく、DXに向けた人員のマンパワーが不足している状況。また、小売業は非正規社員(パート・アルバイト)・高年齢の従業員の割合が他産業に比べて高く、デジタル化に対する教育・意識変革への労力負担が大きい。
■頻出課題と突破するための処方箋
しかし、そのようななかでもデジタル革新を進めている小売企業が存在するのも事実であり、何がその個別差を生んでいるのだろうか?
以下では、FMIのコンサルティング等での現場経験も踏まえて見えてきた、小売企業がDXを進めていくにあたって頻出される課題と突破するための処方箋を、①レガシーの是正と②近未来に向けた投資の観点で紹介しよう。
①レガシーの是正
レガシーシステムの保有率を産業別にみてみると、「レガシーシステムを半数以上抱える」企業の割合は小売業で78%と各産業のなかで最も高く、デジタル化の足枷になっていることが見てとれる。
1.店舗優先/デジタル劣後の文化
1つ目の課題は、“店舗優先”、“ECは店舗の延長・付属事業”といった意識の改革の遅れである。時代の流れによってECを導入・強化したものの、店舗事業をこれまで通りの販売機能として捉えたままで大きな改革を図っていない企業は多い。
ECでは多様な品揃えを安く販売しているのに対し、既存店舗が旧態依然のまま、顧客に新しい発見や体験を提供できなければ、衰退していくのは当然である。それゆえ、ECの売上が増えた分だけ、店舗の売上が減少しているケースが少なくない。
ここでは、“On(EC)/Off(店舗)”の提供価値の再定義による競争戦略立案と実行が必須である。既存店舗は、ECでは提供できない価値を創出する売場作りが求められている。顧客がその企業のブランドや商品を”発見“し、価値を”体験“し、「ここに来たら何か新しい気づきが得られる」といった感覚を作り出すことが必要である。顧客のロイヤルユーザー化につながる売場になるよう、店舗を一つの『メディア機能』として定義・強化していかなければ、EC拡大時代で店舗の衰退は免れない。
2.低労働生産性を招く、デジタル組織体制の不足
2つ目の課題は、デジタル組織設計の不足である。デジタル部門をコストセンターや組織の脇役とした組織設計となっていることが多い。顧客から求められる機能・提供価値もOnline(EC)/Offline(店舗)によって異なるが、実店舗中心時代と同じ発想で商品開発や購買部門を同じにして一緒に扱ってしまっては顧客のニーズを捉えた価値提供が難しい。
ここではOnline(EC)/Offline(店舗)それぞれの競争力強化に向けた組織設計が必要となる。
3.自社都合の顧客接点
3つ目の課題は、自社都合の顧客接点による制約である。
ID-POSの導入により販売時のデータを得られたものの、その購買結果に行きつくまでの認知からの行動・状況はブラックボックスのままで、顧客インサイトを把握するためのデータが不足していることが多い。
顧客インサイトが得られなければ、新しい価値を提供する商品やサービスの開発が難しくなってしまう。
ここでは、顧客に“ストレスを与えず”に各体験フェーズにおいて「顧客との接点」を作り込むことが肝要だ。
また、単にデータを取るだけでなく、各データを統合し、分析・顧客へのフィードバックを図るサイクルの仕組みが必要である。現在はデジタル技術の進展のおかげで、店内・店外のあらゆる場面で接点を持つことが可能になった。例えば、サツドラホールディングス(札幌市)では、店内のAIカメラを使って顧客の購買行動を一気通貫でデータ化し、ABテストで仮説検証をする取組みが始まっている。
②近未来に向けた投資
小売業はターゲットとする経済圏の人口密度と競合密度、主用となるプレイヤーによって経済圏の特性が異なり、取るべき戦略オプションが大きくことなることは前提としてあるが、EC事業で成功している企業はデジタル分野への投資に積極的である。以下では、さらなるDXを進めているウォルマートやアリババの近未来に向けた投資事例を紹介する。
1.ウォルマート
ウォルマートはEC“サイト”を買収することでミレニアム・Z世代の客層獲得・アイテム拡充を図ってきた。
一方で、直近では、顧客ごとのマーケティングを強化するためにモバイル広告企業、フルフィルメントを強化するために自動運転・スマートキー等のEC事業領域以外への投資といった、OMOのパフォーマンスをより向上させるための周辺機能の強化を着々と進めている。
また、M&Aを通じてIT領域のキーパーソンを外部から積極的に獲得していることも一つの特徴である。
2.アリババグループ
アリババグループもM&Aを多用し、技術の内部化や、達磨院と呼ばれるインキュベーション機能で必要な技術を補完している。小売業とは他の事業を展開することで、「顧客との接点」を獲得し、他事業のデータを統合・分析することで、事業ごとの相乗効果を発揮している。
レガシー是正と、投資が不可欠
多くの会社で「DX」というワードが飛び交っているが、日本の小売業はレガシーの是正や近未来に向けた投資が不足していることが多い。今こそ、根幹になっている課題を対処し、本当の意味でのDXを進めるべきではなかろうか。
以上
▼参考記事はコチラ
・コロナ禍のEC拡大で凋落するリアル店舗、復活への「3つの処方箋」ダイヤモンドオンライン2021年2月16日中間昭登:フロンティア・マネジメント株式会社 マネージングディレクター
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