読了目安:16分
睡眠不足大国・日本を救う!急成長する睡眠サポート市場と企業戦略の未来
「眠らない国」日本——その代償は年間15兆円にのぼります。慢性的な睡眠不足が国民の健康と経済に深刻な影響を及ぼす中、睡眠支援は新たなビジネスチャンスとして急速に注目を集めています。企業は健康経営の一環として睡眠改善に取り組み、個人もセルフケアの一環として睡眠の質向上を目指す時代になっています。本稿では、急成長する睡眠サポート市場の実態と、企業が戦略的に取り組むべき睡眠支援の未来像を探ります。
深刻化する日本の睡眠問題と新たなビジネスチャンス
日本は世界的にも「睡眠不足」が深刻な国とされており、41.2%の人々が1日6時間未満の睡眠*1しか確保できていないという調査結果があります。この慢性的な睡眠不足は、健康面のみならず、経済活動にも深刻な影響を及ぼしています。米シンクタンク「ランド研究所」による試算では、睡眠不足による経済損失は年間約15兆円に達するとされています。
一方で、この社会的課題が新たなビジネスチャンスを生み出していることをご存知でしょうか?富士経済の調査によると、睡眠サポート関連のセルフヘルスケア市場は2030年には2,162億円規模に達すると予測されており、特にSNSを通じた口コミが市場拡大の原動力となっています。

出所:㈱富士経済「睡眠サポート関連のセルフヘルスケア国内市場を調査」
睡眠サポート関連のセルフヘルスケア国内市場を調査 | プレスリリース | 富士経済グループ
睡眠サポート市場を支える三つのトレンド
企業および個人による睡眠改善への取り組みが広がる中、睡眠サポート市場は急速な成長を遂げています。ここでは、睡眠サポート市場の拡大を後押しする三つの主要なトレンドに焦点を当て、それぞれがどのような影響を与えているのかを分析します。
SNSの影響力:口コミが市場を動かす
SNSは、睡眠サポートアイテムの普及に大きな影響を与えています。消費者が実際の効果をシェアすることで商品の信頼性が高まり、購入意欲を促進しています。特に睡眠効果は個人差があるため、多様な体験談が信頼性を高める要因となっています。
テクノロジーの進化:データで睡眠改善をサポート
睡眠トラッカーやスマートウェアラブルデバイスの普及により、個人の睡眠データが可視化され、消費者の意識向上に貢献しています。Pokémon Sleepのように、データ活用を娯楽と結びつける取り組みも増えており、睡眠改善がより身近なものとなっています。
メンタルヘルスの重要性:心と体の両面からアプローチ
コロナ禍を経て、心身の健康への関心が急速に高まり、睡眠の重要性が再認識されています。近年では、マインドフルネスや瞑想アプリなど、心と体の両面から睡眠をサポートするサービスが増加しています。
睡眠サポート市場をリードする注目の製品・サービス

睡眠の質の向上は、医療や企業の枠組みを超えて、日常的なセルフケアの一環として社会に浸透しつつあります。特に近年では、テクノロジーの進化やライフスタイルの多様化に伴い、個人が手軽に取り入れられる睡眠サポートアイテムが次々と登場し、市場の活性化を促しています。
ここでは、睡眠サポート市場の成長をリードする注目の製品・サービスを四つ取り上げ、それぞれがどのようなアプローチで「より良い眠り」の実現を目指しているのかをご紹介します。これらの製品・サービスは、消費者の多様なニーズに応える選択肢として、睡眠の質向上に向けた新たな可能性を提示しています。
TENTIALのリカバリーウェア:「着て寝るだけ」で疲労回復をサポート
2025年2月に東証グロース市場へ上場したTENTIALは、リカバリーウェア市場のパイオニアとして注目を集めています。同社のリカバリーウェアブランド「BAKUNE」は、機能性パジャマとして大ヒットを記録し、各種メディアでも話題となっています。
製品には、体から発せられる遠赤外線を吸収し放射する特殊繊維が使用されており、着用することで血行促進による疲労回復効果が期待できる一般医療機器として届け出られています。主力商品「BAKUNE」は発売以来、累計100万セット以上を販売*2。睡眠サポート市場がファッション領域へと広がる中、その象徴的な存在となっています。
Yakult1000:科学が生んだ社会現象
「Yakult1000」とは、ヤクルト史上最高密度の乳酸菌シロタ株(L.カゼイ YIT 9029)を1本(100ml)あたり1000億個含有し、腸内環境の改善に加え、「ストレス緩和」や「睡眠の質向上」の機能が報告されている機能性表示食品です。
その科学的効果がSNSを中心に話題となり、一時は品薄状態となるほどの人気を集めました。特に「Yakult1000を飲んだら悪夢を見なくなった」という体験談が拡散される中で、文脈が切り取られた形で「Yakult1000 悪夢を見る」といった検索ワードが急増し、ネット上でバズを引き起こしました*3。こうした現象は、睡眠改善に対する関心の高さと、消費者の体験が口コミを通じて市場に影響を与える現代的な構造を象徴しています。Yakult1000は、科学的根拠に基づいた機能性と話題性の両面から、睡眠サポート市場における代表的な製品としての地位を確立しています。
中性重炭酸入浴剤BARTH:眠れる入浴剤
「BARTH」は、重炭酸ガスを活用した入浴剤で、ドイツの希少な泉質「中性重炭酸泉」から着想を得て開発されました。
SNSでは「気絶するように寝られた」「泥のようにぐっすり眠れる」といった口コミが拡散され、大きな話題に。重炭酸イオンを豊富に含むお湯が温浴効果を高め、身体を芯まで温めることで深いリラックスと疲労回復を促すといい、多くの支持を集めています。
Pokémon Sleep:朝が待ち遠しくなる“睡眠ゲーム”アプリ
「Pokémon Sleep」は、睡眠をエンターテインメントとして楽しむという新しい視点から開発されたユニークなアプリです。これまでのポケモンシリーズではあまり描かれてこなかった「ポケモンの睡眠生態」に焦点を当て、ユーザー自身の睡眠と連動するゲーム体験を提供します。
使い方は簡単で、就寝前にアプリを起動したスマートフォンを枕元に置くだけ。睡眠中のデータを計測し、翌朝にはその日の睡眠タイプに応じたポケモンたちが集まり、眠っている様子を観察できます。こうしてポケモンたちの寝顔を記録し、“ポケモン寝顔図鑑”の完成を目指す仕組みです。
現在、世界累計ダウンロード数は2,800万件を突破し*4、安定した人気を誇っています。特に若年層の睡眠習慣改善に寄与する可能性があり、ゲームと健康の融合という新たな価値を提示しています。
企業戦略としての「睡眠支援」:健康経営の次なるステージ

近年、従業員の健康を経営資源と捉える「健康経営」が注目される中で、企業は睡眠支援を戦略的に導入し始めています。睡眠は業務時間外の個人的な行動と見なされがちですが、実際には生産性や企業価値に直結する重要な要素です。
睡眠支援の導入がもたらすメリット
睡眠支援は、従業員の健康管理にとどまらず、企業の競争力強化にも寄与します。
以下に主なメリットを整理して紹介します。
- 生産性の向上と経済的損失の抑制
従業員の睡眠の質が向上することで、日中の集中力や判断力が高まり、業務効率の向上が期待されます。これにより、睡眠不足に起因する「プレゼンティーイズム(出社しているものの、心身の不調により本来のパフォーマンスが低下している状態)」の軽減につながり、企業全体の生産性向上に寄与します。 - 従業員エンゲージメントの向上
健康への投資は従業員の満足度を高め、企業への信頼感や帰属意識を醸成します。特に睡眠支援は、長期的な健康維持に直結するため、安心して働き続けられる環境づくりに貢献します。その結果、離職率の低下や優秀な人材の定着につながり、採用コストの削減や組織の安定性向上にも寄与します。実際に、睡眠支援を含む健康経営に取り組む企業では、全国平均よりも離職率が大幅に低い傾向が確認されています*5。 - 企業ブランドの強化
従業員を大切にする企業文化は、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営の観点からも高く評価されます。健康経営に積極的に取り組む企業として、経済産業省が推進する「健康経営優良法人認定制度」などでの評価向上も期待でき、社会的信頼性やブランド価値の向上につながります。
睡眠支援導入に伴う課題
もちろん、睡眠支援の導入にはメリットだけでなく、慎重な対応が求められる課題も存在します。
以下に、主な懸念点を整理します。
- プライバシー保護
睡眠データの収集にあたっては、任意性の担保と情報管理体制の整備が不可欠です。申請は任意とし、同意取得のプロセスを明確にすることで、従業員の安心感を高めることができます。情報管理面では、アクセス権限の制限、データの匿名化、社内研修の実施などが有効です。 - コスト負担
初期導入費用と継続的な運用コストのバランスを見極める必要があります。経営者は、短期的な支出だけでなく、従業員の健康改善による生産性向上や離職率低下など、中長期的な効果を見据えた投資判断が求められます。 - 効果測定の難しさ
定量的な評価指標の設計と継続的な検証体制が必要です。平均睡眠時間、睡眠満足度、プレゼンティーイズムの改善度などを指標とし、定期的なアンケートやデータ収集による改善サイクルの運用が有効です。
睡眠支援の先進事例:サニーサイドアップグループの「寝る子は育つ」制度
PR会社サニーサイドアップグループでは、月平均7時間以上の睡眠を確保した従業員に報奨金を支給する制度「寝る子は育つ」を導入しています*6。社用携帯のヘルスケアアプリを活用し、申請は任意とすることでプライバシーにも配慮。制度導入後、申請者数は増加傾向にあり、社員の約3割が申請する月もあるといいます。
この制度は、従業員の健康意識を高める新たなアプローチとして機能しており、企業が「睡眠」という領域に投資することで、従業員のパフォーマンス向上と組織全体の生産性向上を図る好例といえるでしょう。
睡眠支援の広がりと今後の展望
仮眠室の設置、立ち寝ボックスの導入、睡眠セミナーの開催など、企業による睡眠支援の取り組みは多様化しています。NTT東日本では、ハード面の整備に加え、社員の意識醸成を目的としたセミナーを実施*6。睡眠を「サボり」ではなく生理的必要と捉えるマネジメントの転換が求められています。
こうした取り組みは、健康経営の一環としてだけでなく、リスクマネジメントの観点からも重要性が高まっています。睡眠不足は、健康被害による労災リスクの増加、判断力や注意力の低下による品質リスク、さらには重大事故や不祥事による社会的信用の失墜など、企業活動に深刻な影響を及ぼす可能性があるためです。睡眠支援は、企業が抱える潜在的なリスクを未然に防ぐとともに、持続可能な成長を支える重要な取り組みと位置づけられます。
慶應義塾大学商学部の山本勲教授が2022年に報告した調査*7では、睡眠時間と企業の利益率には正の相関があることが示されており、睡眠改善は長期的な投資として捉えるべきです。効果が表れるまでに最低1年を要するとされており、腰を据えた取り組みが不可欠です。
このように、従業員の睡眠支援は、単なる福利厚生を超えた戦略的投資です。生産性向上、企業価値の創出、従業員満足度の向上といった多くの利点をもたらす一方で、プライバシー保護やコスト負担といった課題も伴います。これらを克服し、いかに戦略的に睡眠改善に取り組むかが、今後の企業成長における重要な試金石となるでしょう。
企業がとるべき睡眠支援アプローチ

企業が睡眠支援に取り組む際は、従業員の健康=企業の生産性という視点を持つことが重要です。
以下の3ステップでの導入を推奨します。
- 意識改革から始める
まずは社内で睡眠の重要性を啓発。セミナーや社内報を通じて「睡眠は業務外の個人問題ではなく、企業の支援対象である」と認識させましょう。 - 環境とツールの整備
仮眠室や照明改善などの環境整備に加え、入浴剤、ウェア、アプリなどの睡眠支援アイテムを福利厚生として提供しましょう。 - 制度化と継続支援
ウェアラブルデバイスやアプリを活用し、任意で睡眠データを取得。インセンティブ制度やKPI設定により、持続可能な取り組みに昇華させましょう。
睡眠サポート市場の未来:ライフスタイルの変革へ
睡眠サポートの広がりは、私たちのライフスタイルに大きな変化をもたらしつつあります。個人にとっては、睡眠を中心に生活を設計する「睡眠ファースト」な価値観が浸透し、セルフケアやメンタルヘルスとの統合的な取り組みが日常化しています。
一方、企業にとっては、睡眠支援が働き方改革や人材戦略の一環として注目されています。柔軟な勤務制度や福利厚生の充実は、従業員の満足度や定着率を高め、ESG経営やSDGsにも貢献します。
今後、睡眠の質は「健康・幸福・生産性」を測る新たな指標となり、個人と企業の未来を左右する重要なテーマとなるでしょう。
*1:厚生労働省「国民健康・栄養調査 / 令和5年国民健康・栄養調査」
国民健康・栄養調査 令和5年国民健康・栄養調査 71 1日の平均睡眠時間 – 1日の平均睡眠時間、年齢階級別、人数、割合 – 総数・男性・女性、20歳以上 年次 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
*2:㈱TENTIAL「リカバリーウェア『BAKUNE』シリーズ」累計100万セット突破のお知らせ
「リカバリーウェア『BAKUNE』シリーズ」累計100万セット突破のお知らせ|株式会社TENTIAL
*3:ログミーBusiness「Yakult1000のヒットに見る、「コトからモノ」への消費スタイル 人の成功体験を聞き、自分で試して実感し、満足して継続購入」
Yakult1000のヒットに見る、「コトからモノ」への消費スタイル 人の成功体験を聞き、自分で試して実感し、満足して継続購入 | ログミーBusiness
4*:㈱ポケモン 広報室「2025年8月版 ポケモンブランドシート」
pokemon_pressreleases_20250829.pdf
*5:経済産業省 商務・サービスグループ ヘルスケア産業課「これからの健康経営について 2025年4月」
PowerPoint プレゼンテーション
*6:日経ビジネス電子版「【人的資本の現場から】よく寝る企業はよく育つ 7時間で社員に月3200円 広がる福利厚生」
よく寝る企業はよく育つ 7時間で社員に月3200円 広がる福利厚生:日経ビジネス電子版
*7:慶應義塾⼤学商学部 ⼭本勲「従業員の睡眠と企業の関係性 〜健康経営とウェルビーイングの追求〜」
従業員の睡眠と企業の関係性 〜健康経営とウェルビーイングの追求〜 慶應義塾⼤学商学部 ⼭本勲
コメントが送信されました。