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村上春樹さんから学ぶ経営㉛~俯瞰視点で「みんな幸せ」の実現
久しぶりに『村上春樹さんから学ぶ経営』をお届けします。その前に、『人類の英知』連載について。
先日、国際電気通信連合が「うるう秒」を廃止すると決定しました。かつては天体(地球の自転、公転など)が時間の基準となっていましたが、驚異的に正確な原子時計の開発により立場は逆転し、人間(がつくる時計)が天体を計測できるようになりました。自転や公転には揺らぎがあるため、その調整のために「うるう秒」を挿入していたのです。ただ、うるう秒はITシステム障害の懸念があり、挿入しない決定が下されました。
さて、今月は以下の文章です。
アフターダークより
『アフターダーク』(講談社)からの引用です。
成長するにつれ隔たりができてしまった姉妹。妹マリはある時突然、幼い時にエレベーターに姉エリと2人で閉じ込められた時の恐怖と、同じく恐怖で震えていたであろうにもかかわらず全力で抱きしめてくれた姉の温もりを思い出します。そして、2人の関係にかすかな胎動が……。
アフターダーク。夜11:56から朝6:52までの物語です。一人でしかできんこと、二人でしかできんこと。ありますよね。
優位な事業、そうでない事業
最近の各社の経営方針資料を読むと、事業ごとの経営判断(事業ごとにROICやフリーキャッシュフローを管理するなど)に関する記述がよく見られます。純粋に一つの製品・事業しかない企業はまずないでしょうから、製品・事業ごとの経営が重要であることは論をまちません。
例えば、名門・古河電工(直近期の売上高1兆700億円、営業利益150億円)が今年6月に公表した事業計画書では、主に事業ごとの収益性(ROIC-WACC)および成長性で事業継続の判断をする可能性があると書かれていました。
自社が優位でない事業は、どこかの企業にとっては優位事業ということでしょう(もちろん産業に属するすべての企業が厳しいということはありえますが)。従って、自社だけで思い悩むのではなく、産業を俯瞰して考えてみることは有意義ではないかと思われます。
以下、電子部品産業、なかでもコンデンサと呼ばれる製品について、個別企業を超え産業を俯瞰して成功した事例について書きます。「オタク」製品になりますので(!)、厳密さは多少措いて書きます。
電子部品の一つ、コンデンサ産業の主要企業
電子部品には様々なものがありますが、比較的産業規模が大きいのはコンデンサ(キャパシタともいわれます)です。コンデンサは電気を蓄えるなどの機能を持ち、電子回路には不可欠な部品で、産業規模は世界で3兆円には届かないといった水準です。
コンデンサは、電気の蓄積方法の違いにより、積層セラミックコンデンサ(MLCC)、アルミ電解コンデンサ、導電性高分子コンデンサ、タンタルコンデンサなどに分類することができ、それぞれの主要企業は下記のようになります(他にもありますが、本稿議論には関係ないため割愛します)。
- 積層セラミック:村田製作所、太陽誘電、TDK、京セラ、アジア企業
- アルミ電解:日本ケミコン、ニチコン、ルビコン、アジア企業
- 導電性高分子:パナソニック、日本ケミコン、ニチコン、ルビコン、アジア企業
- タンタル:京セラ、Kemet、トーキン(Kemet、トーキンは現在はともに台湾Yageoグループ)、松尾電機
占有率と収益性による事業分類
事業の分類には様々な切り口がありますが、例えば、横軸に占有率、縦軸に収益性を設定すると、以下に分類できます(極めて単純な分類ですし、下記の特性にあてはまらない事業がありえることは言うまでもありません)。
①高占有率・高収益の花形事業
②高占有率=優位性があるはずなのに収益性が低い。個別企業の努力を超えた産業の問題かもしれません
③占有率は低いのに収益性が高い(用途や顧客を限定して成功している可能性がある事業。ただ、これは「占有率」の定義次第で、例えば地域など何かしらを限定=その限定した領域では高占有率の可能性があります)
④優位性がなく収益性に苦しんでいる事業(占有率や収益性を議論する前の段階の「挑戦事業」は別です)
例えば、世界最強の電子部品企業・村田製作所を例にとると、セラミックコンデンサは①に分類されます。
コンデンサ産業における「みんな幸せ」
コンデンサ産業においては「みんな幸せ」が実現してきました。
- 村田製作所はパナソニックおよびロームのセラミックコンデンサ事業を引き受けています。現在、村田製作所はセラミックコンデンサで世界占有率40%、極めて収益性の良い事業です
- パナソニックは三洋電機を買収することで、導電性高分子コンデンサで圧倒的世界1位となりました(この2社は同コンデンサでともに世界トップ企業)。逆に、パナソニックは(コンデンサではないですが)半導体素子事業(半導体の一種)をロームに譲渡しました
- 京セラはニチコンとロームのタンタルコンデンサ事業を譲り受けました。Kemetはトーキンを買収しました(Kemetとトーキンはタンタルコンデンサ産業で上位3社のうちの2社)。結果、タンタルコンデンサ産業は京セラとKemetが世界市場の大半をおさえ、収益性は著しく改善したと推定されます(その後、台湾のYageoがKemetを買収。すなわち、Kemetがトーキンを買収し、そのKemetをYageoが買収)
- ロームはセラミックコンデンサを村田製作所に、タンタルコンデンサを京セラに譲渡する一方、パナソニックの半導体素子事業を引き受けています。半導体素子事業はロームにとって最も収益性の高い事業と推定されます
これらの結果、セラミックコンデンサ産業、導電性高分子コンデンサ産業、タンタルコンデンサ産業はどれも収益性の高い素晴らしい産業になっています。
もし今も、パナソニックが、ロームがセラミックコンデンサ事業を手掛けていたら成功していたでしょうか? もし今も、ニチコンが、ロームがタンタルコンデンサ事業を手掛けていたら成功していたでしょうか?
もちろんその答えは誰にもわかりません。「スーパードライ」のアサヒビールのような大躍進があったかもしれません。ただ、こういった大逆転は珍しいから記憶されるのであって、確率としては低いでしょう。
『二人でしかでけんこと』
参入しているすべての事業、製品で成功し続けられる企業など皆無でしょう。やはり、得意な事業、不得意な事業、収益性の良い事業、悪い企業があるはずです。そして、芳しくない事業に関しては、もちろんまずは内部での努力になります。
ただ、時に産業を俯瞰してみてはいかがでしょうか。
事業の目的は、それに携わる社員、顧客、社会を幸せにすることです。自社だけで完結する必要はないのです。
よく言われる、「誰がその事業のベストオーナーなのか」は重要な視点だと思います。もちろん、自社内で完結できればそれに越したことはありません。しかし、俯瞰=外部を活用するも立派な打ち手だといえます。
内部外部双方という意味では内部だけよりも高度とも言えます。
『二人でしかでけんこと』があるように思います。
▼村上春樹さんから学ぶ経営(シリーズ通してお読み下さい)
「村上春樹さんから学ぶ経営」シリーズ
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