「新規事業のパートナー」としての地方自治体の選び方~規制改革の「聖地」・兵庫県養父市を例として~

日本には、1700を超える地方自治体がある。しかし、企業が農地を所有して農業を営んだり、観光客がタクシーの代わりに自家用車を利用したりすることは、なぜか「日本でたった一つの市」でしかできていない。他にも数多くの事業が、この「たった一つの市」から始まった。それが、「兵庫県養父(やぶ)市」――。新しい事業は、こうした自治体と一緒に始めることをお薦めしたい。

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規模の大小ではない「パートナーとしての自治体選び」

規模の大小ではない「パートナーとしての自治体選び」

「新規事業を地方でスタートしたいのですが、どの地域で、どの自治体と組んでやるのがお薦めですか?」

国家公務員として30余年政府に勤務していた時も、「政策アドバイザー」として企業などから相談を受けている今も、多くのビジネスパーソンから頻繁に尋ねられる質問のひとつがこれだ。

言うまでもなく、新規事業には、それ相応のリスクが伴う。地方自治体を直接の相手とする場合はもちろんだが、そうでなくても、一定のリスクのもと、その地域の住民や企業に新しいサービスを提供する際には、関係する自治体の十分な理解と協力が必要になる。

事業者にとって、「パートナーとしての自治体選び」は、確かにとても重要な問題だ。

結論から言えば、このお尋ねに対する私の答えは、いつも決まっている。「判断の基準は、その自治体、とりわけ首長の『熱意と志の高さ』です。より具体的に言えば、首長に『国の制度を変えてまで実現したいこと』があるかどうか、がポイントです」と。

さらに、「お薦めの自治体の固有名詞を、具体的に教えてほしい」とまで聞かれた場合は、ここ数年、決まって名前を挙げている自治体がある。

―――「兵庫県養父市」
兵庫県北部の但馬地域に位置し、人口は約2万1000人。20年ほど前に八鹿町などが統合した、いわゆる「平成の大合併市」だ。中山間地での農業を中心とした、典型的な「高齢化と過疎に悩むまち」である。

私の答えに対して、「なぜ、そんな田舎の小さな市なのか?」と最初は疑問に思う人もいるようだ。

しかし、もちろん事業の内容にもよるが、一般論で言えば、そもそも人口が多いとか大都市圏内にあるなどということは、「新規事業のパートナーとしての自治体選び」には、重要な判断基準ではない。

大都市やその近郊にあるため、企業から自動的・安定的に税収が入ってくるような自治体や、国からの補助金をもらうことを第一にしている自治体など「危機感の足りない、名のある自治体」を、私は数多く見てきた。

他方で、小さな自治体ながらも、自ら真剣に知恵を絞り、地域住民のためならば、なりふり構わずアクションを起こす首長、そして、そうした首長を熱心に支える地方公務員の姿もまた、見てきた。

そう、大都市圏でなくても、日本には地方に優秀な人材がたくさんいる。その象徴となる自治体のひとつが、「兵庫県養父市」なのである。本稿では、「新規事業のパートナー」としての地方自治体の選び方について、この「養父市」を例に述べてみたいと思う。

机上の空論ではない現場ニーズからの「岩盤規制改革」

机上の空論ではない現場ニーズからの「岩盤規制改革」

現在も養父市の市長である広瀬栄(ひろせ・さかえ)氏との出会いは、今からちょうど10年前にさかのぼる。

2013年の夏の暑い日だった。知人の紹介で、一人の市長が私のもとにやってきた。渡された資料を見て、私は一瞬目を疑った。そこには、農地の流動化を加速し耕作放棄地を再生するため、「農業委員会の関係業務を市に移管します」と書かれていた。

当時、私は内閣府の地方創生担当の参事官として、その年の4月に着任したばかりだった。安倍政権は「規制改革の断行」を一丁目一番地として掲げており、私はそのための手法として、新たな特区制度――すなわち「国家戦略特区」の制度設計をしている真っ最中だったが、そこに突然現れたのが、養父市の広瀬市長だったのだ。

農地の権利を移動する際に、既存の農業関係者による裁量を無くすため、「農業委員会による許可業務」を、より中立・公正な「自治体の業務」として市に移管する。これこそ、それまで政府の規制改革会議などが長年議論しながらも全く実現できなかった「岩盤規制」の改革だった。

反対派からは長年、「こんな机上の空論をしても意味がない」などと抵抗されてきたが、机上の空論ではなく、それが現場の切実なニーズに基づいているということが、この時、広瀬市長によって証明されたのである。

その後、異例の速さで法案作成作業は進み、その年の秋の臨時国会で、国家戦略特区法は成立した。養父市の提案した「農業委員会の市への業務移管」も、特区に指定された地域が活用できる「規制改革メニュー」として法律上、しっかりと定められた。

翌2014年の年明けには早速、「どの地域を特区に指定すべきか」という議論になった。最大の論点は「養父市を指定するか否か」。紆余曲折の大議論は別稿に譲るとして、結果的に養父市は特区に指定された。

しかし、一難去ってまた一難――。

特区法にのっとって、広瀬市長が地元の農業委員会の業務を市へ移管しようとすると、「蟻の一穴ですら開けることは許さない」とする全国の農業関係団体などから猛反対を受ける羽目になった。

養父市を救ったのは、当時の安倍総理と菅官房長官だった。沖縄など以外には滅多に国内出張をすることのない菅長官は、2014年7月、わざわざ養父市まで足を運び、そこで広瀬市長と地元の農業委員会会長とを握手させ、その場で3人が記者会見に臨んだ。これにより、養父市での「農業委員会の業務移管」は、事実上決着したのだった。

なぜ養父市ばかりから数多くの改革提案がなされるのか

なぜ養父市ばかりから数多くの改革提案がなされるのか

他にも、「農業生産法人」の設立要件緩和、古民家を宿泊施設とする場合の要件緩和、シルバー人材センター会員の就業時間の拡大、酒類のインターネット販売に関する規制緩和など、その後も「養父市発・全国初」の規制改革提案が次々に打ち出され、スピーディーに実現されていった。

農業以外の分野も含め、これらは本来、全国の多くの自治体が同じような悩みを持ち、どの自治体から提案されてもおかしくない課題だ。それなのに、なぜ養父市からは突出して多くの提案がなされるのか。その答えは、養父市とりわけ広瀬市長の「国の制度を変えてまで、やりたい事業を実現したい」という信念以外、何ものでもない。

その後、2016年春の国会で成立した改正特区法に盛り込まれた規制改革メニューも、養父市の提案する「岩盤規制改革」のオンパレードだった。新型コロナ流行前にもかかわらず提案された「遠隔服薬指導の解禁」、観光客をも対象とした「自家用自動車の活用拡大」、そして「企業による農地取得の解禁」――。

とりわけ「企業による農地取得の解禁」については、関係する役所・団体・国会議員の反対はすさまじいものであった。彼らの反対理由の第一は、企業が農地を取得すると、その農地が「産業廃棄物の置き場」などになる恐れがある、という、言わば「企業性悪説」に基づくものであった。

改革推進側は、農地を取得して一層自由度の高い農業を行いたい「企業」と、もう自分では耕作できなくなった農地を企業に再生してもらいたいと願う「個人」の双方に、これまでにない新たな選択肢を提供したい、という一心だった。しかし、事態は一歩も動かなかった。

この状況を打破したのが養父市だった。広瀬市長は、2016年2月に安倍総理の主宰する政府会議に出席し、養父市が独自の条例を策定する旨を表明した。条例の内容は、「養父市内の農地を取得しようとする企業には、万一産廃置き場などにしてしまった場合の原状回復費用を、事前に積立金として支払ってもらう」というものだった。

これをきっかけに、首相官邸の強いリーダーシップで、「日本国内では養父市のみに限って5年間、企業が農地を取得できる」という岩盤規制改革が実現したのである。

それ以来、今に至るまでの7年間、期限延長のための法改正なども経て、養父市には市の内外から多くの企業が参入し、自ら取得した農地をベースに新しい事業を展開している。酒米を生産し日本酒の輸出につなげたり、大手製本工場が繁忙期でない時期にニンニク生産を行ったりもしている。

改革の果実をひとり占めしないのが規制改革の「聖地」

改革の果実をひとり占めしないのが規制改革の「聖地」

いまだに農業関係者からの反対意見は尽きないが、養父市の成功は、全国の自治体や企業に多大なる影響を与えた。そしてついに、今年春の国会での立法措置によって、養父市以外の地域でも、構造改革特区計画を整備することで、「企業の農地取得」が可能となる道が開けたのである。

通常、特区などでその自治体に限って特例措置が認められると、その自治体は一転して「既得権者」となり、他の地域にも特例が認められることを快く思わないケースも多かった。特権を得ながら、それを他の地域にも広げ日本全体の活性化につなげたいと、自ら積極的に永田町や霞が関に働き掛けたのは、私の知る限り養父市・広瀬市長が初めてである。

前述の通り、「養父市発・全国初」の事業を次々に打ち出し、多くを実現してきた養父市だが、こうした「既得権に安住しない公益精神」を首長が持っているからこそ、養父市はまさに、規制改革の「聖地」なのである。

「地方発・世界初」の新規事業で、日本経済の再生を!

以上、この10年間の養父市の「規制改革史」を振り返ってきた。

新規事業に伴うリスクを十分理解して、場合によってはそれを事業者とシェアし、事業を積極的に推進してくれる。そうした「理想の自治体」の具体的なイメージが、この養父市の姿から少しでもお分かりいただけただろうか。

現状の枠組みを漫然と受け入れ、金銭面での支援ばかりを国に頼る自治体が多い中で、国の制度を変えてまで、本気でやりたい事業、やらねばならない事業を追求する自治体として今回は養父市を例に挙げたが、似たような考えを持つ自治体も、多くはないが存在する。

そうした「新規事業のパートナーとなり得る、志の高い自治体」を選ぶ際に、ひとつ参考になるのは、「特区制度」である。「構造改革特区」や「国家戦略特区」を企画・実施してきた立場から言えば、特区制度とは、そうした自治体をスクリーニングする仕組みだからである。

本当に頑張っている「選ばれた自治体」に対しては、政府は思い切った権限と責任を与え、彼らを全面的に支援するはずである。少なくとも私自身はそうしてきたつもりだ。養父市の例を見れば、それも理解いただけると思う。

ぜひ、こうした素晴らしい自治体との連携・協業の下、「その地域発・日本初」の――いや「世界初」の事業を、大いに展開していただければ幸いである。それこそが地域の活性化のみならず、日本経済全体の再生につながる道なのだから。

なお、「養父市発・全国初」で実現した規制改革の項目とその効果などは、以下のURLを参照されたい。

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