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ビジネスシーンで役立つ認知バイアスの知識①「ヒューリスティック・バイアス」について
私たちは日常の仕事をしている中で、自分も含めてほぼすべての人が「認知バイアス」というものを持ちながら活動している。認知バイアスがある状態とは、「認識と現実が一定の傾向でずれて、歪んでいる状態」のことである。この認知バイアスを理解しながら行動することは、ビジネスを円滑に進めることにもつながる。本稿では、多様な認知バイアスがある中、認知バイアスのなかでも代表的な「ヒューリスティック(代表性・利用可能性)バイアス」を中心に自らの経験談も踏まえながら私見を述べる。
ヒューリスティック・バイアスへの対処法
先にも述べたとおり、認知バイアスとは「認識と現実が一定の傾向でずれて、歪んでいる状態」のことである。そのため、認知バイアスに基づいた判断は先入観や偏見、無意識の思い込みにより、現実からずれた非合理的な判断をしてしまう心理現象であるとも言える。
もちろん、認知バイアスに基づいた判断は、
- 人間の判断をスピーディーに行うために有効であること
- 膨大な情報から脳の負荷を軽減すること
において重要な役割を担い、それ自体は人間にとって有効なものだ。
一方で、その認識と現実のずれが大きいときに甚大な判断ミスをしてしまう可能性がある点には留意が必要だ。
本稿では、多数存在している認知バイアスの中から、遭遇する頻度が高い「ヒューリスティック(代表性・利用可能性)バイアス」を取り上げて、それに対する対処方法を考えていきたい。
ヒューリスティックとは
ヒューリスティックとは、意思決定の場面において、緻密な論理で一つ一つを確認しながら判断するのではなく、経験則や先入観に基づく直感で素早く判断することをいう。
このヒューリスティックには、
①代表性ヒューリスティック
(代表的・典型的と思われるカテゴリーを参照しただけで素早く判断すること)
②利用可能性ヒューリスティック
(印象に残った情報や想起しやすい事例等で物事を判断すること)
の2種類のヒューリスティックがあり、私たちはビジネスシーンにおいて、このいずれかの影響を受けて判断を行うことが多い。
これらのヒューリスティックは、まさに人間の持つ経験則から来るバイアスであり、特に経験豊富な企業の役員クラスの者にとっては、このような経験則を頼りに意思決定をすることが、より正しい経営判断を行うに資すると一般的には考えられている。
しかし「本当にそうだろうか?」というのが、このヒューリスティックという認知バイアスの問題提起だ。
これらのヒューリスティックは、ノーベル経済学賞受賞者である認知心理学者のダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)等によって発見された思考方法である。
代表性ヒューリスティックとは
代表性ヒューリスティックとは、先述の通り、対象となる物事に対して代表的・典型的な例をベースにカテゴリー毎に分類した上で、物事を判断する思考方法である。
例えば、町で背の高いスポーツマン風の若い男性が歩いていたとき、その人について下記のいずれの可能性が高いか、という質問があったとしよう。
①バスケットボール、またはバレーボールの選手である(あった)
②スポーツ選手ではない(なかった)
その場合、①と答えてしまう人が多いように思うが、実際は②の人の方がはるかに人数的には多いので、確率的には②と答えるほうが正解する可能性は高い。
こうした人の代表的な印象から結論を導いてしまう心理現象は、代表性ヒューリスティックの典型例だ。
また、昨今はその傾向が減っていると思われるが、人事の中途採用面談の際にその人の出身大学や所属していた企業のグレードを見た上で「地頭がよさそう」、「優秀な人だろう」という推測をもって、面接に臨む場合は少なくない。
しかしながら、そのような学歴や肩書等の情報を鵜呑みにして採用した結果、採用した者が期待通りではないことも多い。これは代表性ヒューリスティックという認知バイアスの弊害の典型例と言えるだろう。
別の事例として自ら経験した認知バイアスの例を挙げたい。
私はかつて弁護士として倒産事件を取り扱っていたが、30代後半のときに新しくできた国の組織である株式会社産業再生機構に入社した。
そこは弁護士のみならず、金融、コンサル、会計士、事業会社などの様々な分野の専門家が集まった組織だった。
私が初期のころに苦しんだのは、弁護士という特性から「法務を中心に担当する人」=「ビジネスがわからない人」として見なされるレッテルだった。会社経営をしてから17年経過した現在はそのようなことを言われることはないが、当時はそのような見方をされる中で、苦しい思いをしたものである。
私は当時、倒産弁護士を10年以上経験することで、企業の財務諸表や再生の事例そのものに深く携わっていたが、そのような私の経験を知らない人にとっては、弁護士という法律の専門職の一般的なイメージから、「ビジネスがわからない人」という見方をすることは無理もないが、これも代表性ヒューリスティックの一例だろう。
現在、各上場企業は人的資本経営を行うなかで、年齢や性別、国籍、専門分野などで多様な人材を採用することが推奨されている。
しかし、もしそれらの企業の各社員に対して、年齢や性別、国籍、専門分野などのイメージからくる先入観に基づいて、各人の仕事内容を判断して配置を決めるのであれば、ダイバーシティーの本来のプラス効果を期待することはできないだろう。
当社では「最近の20代はワークライフバランスを重視し、仕事とプライベートを区別する人が多いので、仕事量は多くならないよう担当する案件数は1つが望ましい」という話もよく聞く。
しかし個々人の話を聞くと「若い時代になるべく多数の経験値を積み重ねるためにも、複数案件を同時に経験したい」という者も存在し、20代と言っても考え方自体は多様であることがわかった。
そのため、全体的な方針は各社員の意向を聞きながら決めていくことになるが、いずれにせよ、「若者」=「ワークライフバランス重視」と代表的な若者像で判断してしまうことも、代表性ヒューリスティックの典型事例だろう。
利用可能性ヒューリスティックとは
利用可能性ヒューリスティックとは、人間が意思決定を行うときに、よく見るものや印象に残りやすいものを基準に判断する思考方法のことである。
私たちは、日常でさまざまな選択行動を行ったうえで意思決定をしている。意思決定をするときに常にあらゆる可能性を検討すると膨大な時間を要してしまう。そのため、それぞれの意思決定は限られた時間の範囲で入手した情報をもとにすることを余儀なくされている。
通常の企業経営においては、その判断材料として、
①担当部署で情報収集した内容
②それまでの前例や他社での事例
③専門家の意見(必要に応じて)
④各役員のそれまでの経験値
などを収集してから、取締役会などで意思決定をする。
このうち、①を判断のベースとしつつも、②についてあらゆる前例や類似事例を網羅的に調査する時間はないことから、容易に調査できる著名な前例・事例をベースに判断することは少なくない。
また、③についても、各企業の顧問法律事務所や顧問税理士事務所の専門的意見を聞く場合が多いが、仮にその事務所が必ずしも専門としていない内容だったとしても、よほどの重要案件でない限り、他の事務所のセカンドオピニオンを採ってまで判断内容を吟味するケースは少ない。
そして、④の判断要素は、各役員が自信を持っている内容であり、各役員の意思決定に重要な影響を与える場合が多いが、過去の自分の経験事例と全く同じ事例が存在する可能性は低いにもかかわらず、過去の経験(成功・失敗)に基づいた判断を重視する者は少なくない。
このように、意思決定をするための思考方法の中で、手近に入る情報や自分自身の成功・失敗体験の経験から判断する思考方法が、利用可能性ヒューリスティックである。
よく言われている事例ではあるが、昨今未成年による残酷な犯罪が報道されたことで少年法の改正の議論がされるため、少年犯罪は増加傾向にあるとの印象を持っている人は少なくない。
ただ実際に少年の刑法犯等の検挙人数を見ると、1983年(昭和58年)の31万7438人をピークに継続的に減少傾向にあり、2021年(令和3年)は2万9802人とピーク時から約90.6%減少となっており、人口減少の点を勘案しても、その激減の度合いは顕著ということができる(図表1参照)。
このように、特定の凶悪少年事件の報道から来るイメージによって、少年犯罪は悪化傾向にあるとの誤った認識をしてしまうことも、この利用可能性ヒューリスティックの例である。
一方で、こうした利用可能性ヒューリスティックの傾向をマーケティング面でプラスに利用する活動事例も多い。
例えば、商品のコマーシャルを集中的に流した場合、消費者はその商品がスーパーの棚に出ていると、そのCMが頭に残っているため、ついその商品を買ってみたくなるというのもこの利用可能性ヒューリスティックを利用した典型的なマーケティング方法のひとつだ。
また、商品ではなく企業名を中心とするCMを目にすることも多いが、これも企業活動をするうえで、「CMで知っている会社」や「テレビ局でCMを出すほどの企業」という印象が、その後の取引における知名度の面で有利に働くことになり、これも利用可能性ヒューリスティックの利用例だ。
昨今はテレビよりもインターネットの検索で情報を得る場合が多いが、「食べログ」などの口コミサイトの点数や口コミの内容から、その店の良し悪しを消費者が判断して飲食する店舗を決めるのも、利用可能性ヒューリスティックによる判断であり、飲食店にとってはこの評点や口コミの内容を良くすることが重要なマーケティングテーマとなっている。
生存者バイアスとは
利用可能性ヒューリスティックから導かれる認知バイアスとして、「生存者バイアス」というものがある。
この生存者バイアスは、第2次大戦で使われた爆撃機に対する研究から提唱されたものだ。
軍が爆撃機の生還率を高めるために、生還機のどこが多く被弾しているかを調べることによって改良を試みたことに対し、数学者のウォルドが生還率を高めるためには、生還機ではなく、墜落機の躯体のどの部分が多く被弾したかを調べるべきだった、と指摘したことに始まる。
この生存者バイアスは、何らかの成功を遂げた一部の人物や企業、物事のみを基準とすることで誤った判断をしてしまうことであり、まさに、入手が容易な情報だけで判断を行ってしまう利用可能性ヒューリスティックの一例と言っても過言ではない。
ただ、失敗した人や企業は自らの失敗情報を外に出したがらないのが通常であるため、そもそも失敗情報が入手しにくいことからやむを得ない面はある。
生存者バイアスの具体例としては、合格体験記を読んだ受験生が、その体験記に記載があった勉強方法によって学習すれば、自分も合格すると単純に思ってしまうことがある。
合格体験記を読むことに意味がないと言っているのではなく、そこに記載されている勉強方法を行ったにもかかわらず、合格できなかった人も多数存在するかもしれないのに、その点の検証もせずに、合格者だけの経験談を鵜呑みにしてしまうことの問題点を指摘するものだ。
実際には不合格者の体験記を読む機会はあまりないので、合格者の勉強法について自分に合った勉強法であるか否かをよく確認した上で、やってみるしか方法はない。
ビジネスの世界においても、例えば10年前に開始した新規事業が効を奏して、事業の2番目の柱ができて急成長を遂げた企業の経営者が、「何事もチャレンジする企業風土が大事である」と述べたのを聞いて、とにかく自社でも大きなチャレンジすることが大事と判断してしまうことがある。
成功者の事例研究も大事だが、新規事業にチャレンジして失敗した企業がどれほど存在し、また、それら企業がなぜ失敗したのかを調査しないと、新規事業にチャレンジにした際の成功確率を上げることにはつながらないだろう。
以前、私が某流通企業の役員をやっていた時代に、店舗の業績と顧客満足度調査(CS調査)の相関関係を調べたことがあった。
店舗においては、商品の品揃えも重要であるが、それと同様に顧客サービスの充実が重要である。店長の評価においてもCS調査の高低が重要な要素を占めており、何人かの好業績の店長からは「接客が売上向上には重要である」とも聞いていた。
そこで私は店舗業績と顧客満足度の相関関係が相当きれいに出るのではないかと想像していた。しかし、調査した結果、必ずしもそのような相関関係は認められなかった。
CS調査の得点が高い店舗の一定割合は、業績が良くない店舗であり、反対に業績が上位の店舗はおおむねCS調査の得点が中位に位置していた。
これは、業績が良い店舗(坪当たり売上高が高い店舗)の店員は概ね高稼働であったため、その店舗では十分な店員教育や顧客サービスを行う時間がなかったのに対し、業績が悪い店舗は店員教育や丁寧な接客をするのに十分な時間があったので、それを徹底して行ったことに起因しているようだった。
店舗の業績にとって、顧客サービスを向上させることが好影響を与えることは正しい、店舗立地や商品の品揃え、特売などの他の要素についても、業績との間で相関関係を有する要素があるはずであり、その点を理解して経営することが重要と感じた。
認知バイアス(各種ヒューリスティック)への対処法
ここまで述べてきたとおり、認知バイアスはビジネスパーソンにとって、武器にもなれば足枷にもなる存在である。
その対処法としてまず大事なのは、
1 認知バイアスが自分に常に備わっていることを自覚すること
である。
知った上で行動するのであれば、弊害を回避することも可能であるが、「知らない」、または「自覚しない(自分には認知バイアスはないと思うこと)」状態で行動した場合には、思わぬ弊害を招く可能性があるだろう。
認知バイアスを理解しているのであれば、特に重要な意思決定を行う場合に、自分の経験則や先入観に頼ることなく情報収集と他者の意見に耳を傾け、冷静かつ客観的に意思決定を行うことに努めるといった対処も可能になるのだ。
また、同様に、
2 自分と一緒に仕事をしている関係者や取引先の者にも、認知バイアスがあること
を理解することも重要だ。
他者を説得して、自分の仕事を前に進める場面はビジネスにおいて多いと思われるが、他社も少なからず認知バイアスを持っているという理解があれば、意思決定に関与する関係者の経歴や性格などを把握した上で、彼らの認知バイアスとしての経験則にも打ち勝つような事例や情報を収集して論理構成し、会議に臨むといった行動が可能になるのである。
また、認知バイアスの弊害を是正する取り組みとしては、日頃から、以下の行動を習慣化することが重要だ。
1 広範囲の情報収集と分析をすること
情報収集力・分析力を自ら持つか、またはこれらを備えた優秀な部下を持つかのいずれかは重要である。
2 自分の第一印象を疑ってみること
自分の第1印象(直観)は危ないため、検証しようという思考は重要である。
3 データ分析から論理的に考えること
データ分析から論理的に導かれる結論と、自らの経験に基づく結論が異なるときは、その理由を更に考えてみることで正しい結論が導かれることは多い。
4 物事を客観的かつ俯瞰的にみること
個々の論点の結論としては正しくても、全体的に見るとおかしな方向性に進んでいる場合や、一貫性が全くない、ということもありうるので、それを随時客観的な視点で検証してみる姿勢は重要である。
5 多様な意見を聞くことのできる人的ネットワークを持つこと
客観的な意見を聞く際には、同質化された意見を持つ者が多い同じ組織のメンバーよりも、他部署や他社に属する人に意見を聞く方が、有意義な意見を聞ける可能性が高い。そのためにも、日頃から、社内外に多様なネットワークを持つことが肝要である。
6 意思決定を行うための時間を確保すること
正しい結論を導くためには、安易な即断を迫られることのないよう、意思決定のスケジュール管理が大事である。
7 一度出した結論を、日を変えて、再度フレッシュな気持ちで再考してみること
長時間同じテーマで議論をしたり、長考したりするような場合には、考え方の視野が狭くなり、議論や考えが袋小路に入ってしまうことも多い。このような場合は、あえて異なる日にフレッシュな気持ちで検討または協議してみると、新たな気付きがある可能性も少なくない。
認知バイアスの理解が重要
認知バイアスは今回ご紹介した内容以外にも多数存在し、少なからずビジネスへの影響を与えるものであるため、今後またご紹介していきたい。
認知バイアスを理解し、それを踏まえた行動をビジネスで行うことは、ビジネスで成功を収めるための重要なポイントであるので、皆様もぜひ認知バイアスに興味を持っていただきたい。
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