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「SDGs」に関心を寄せているのは日本企業だけ?欧米企業との違いを考える
Googleの集計結果では、「SDGs」の検索数は日本が世界で圧倒的に多いという。一方で、主要先進国では、「SDGs」はGoogle検索の対象にすらなっていない。そうした先進諸国では「SDGs」ではなく、「ESG」や「D&I」の検索数が多いようだ。つまり、国ごとに焦点を当てているスローガンは異なっているとみることができる。果たして、「SDGs」という言葉の検索数が多い理由は先進性の現れなのか?それとも後進性ゆえの結果なのか?
「SDGs」の検索数は、日本は圧倒的な世界一
当社の広報担当社員から「面白いレポートがありますよ」とメールがあった。藤枝一也氏が、言論プラットフォーム『アゴラ』で2022年6月8日に配信した論考だ。
藤枝氏は言う。ある単語がGoogleでどれだけ検索されているか、というトレンドをグラフで見ることができるツール「Googleトレンド」で、「SDGs」という言葉の過去5年間の検索数を見てみると、圧倒的に日本が一位だと。
実際、筆者も同じ手法で調査すると、同様の結果が得られた。表1に見られるように、日本のSDGs検索数は突出して多い。2位のジンバブエの3.6倍の水準だ。
これを受け、藤枝氏は「日本がSDGsの後進国だ」という情報は不正確だと主張している。確かに、これだけの検索数なのだから、SDGsが浸透していないわけではないだろう 。
しかし、SDGsだけでなく、他のキーワードを同様に検索していくと、興味深い景色が浮かび上がってくる。「ESG」、「D&I」、「Carbon Neutral」の検索結果と比較してみよう。
表1:Googleトレンドでの検索数ランキング(過去5年累計) | ||||||||
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順位 | SDGs | ESG | D&I | Carbon Neutral | ||||
国名 | 1位比(%) | 国名 | 1位比(%) | 国名 | 1位比(%) | 国名 | 1位比(%) | |
1 | 日本 | 100 | 香港 | 100 | セントヘレナ | 100 | 中国 | 100 |
2 | ジンバブエ | 28 | セントヘレナ | 95 | シンガポール | 63 | イギリス | 78 |
3 | ウガンダ | 21 | シンガポール | 81 | イギリス | 56 | シンガポール | 69 |
4 | インドネシア | 21 | 韓国 | 71 | 香港 | 49 | オーストラリア | 69 |
5 | ガーナ | 17 | ルクセンブルク | 67 | 日本 | 43 | ニュージーランド | 67 |
6 | ケニア | 16 | 中国 | 54 | アイルランド | 37 | セントヘレナ | 62 |
7 | ナイジェリア | 8 | 台湾 | 50 | 米国 | 34 | アイルランド | 49 |
8 | 台湾 | 8 | 日本 | 35 | スイス | 25 | 香港 | 44 |
9 | 韓国 | 5 | イギリス | 30 | オランダ | 21 | カナダ | 34 |
10 | パキスタン | 5 | スイス | 20 | カナダ | 20 | 米国 | 33 |
11 | バングラデシュ | 4 | デンマーク | 20 | オーストラリア | 20 | ネパール | 33 |
12 | タイ | 4 | カナダ | 19 | 台湾 | 17 | UAE | 27 |
13 | フィリピン | 3 | アイルランド | 18 | 韓国 | 15 | フィンランド | 25 |
14 | スイス | 3 | ノルウェー | 18 | インドネシア | 15 | 韓国 | 23 |
15 | シンガポール | 3 | オーストラリア | 17 | UAE | 15 | フィリピン | 22 |
16 | 香港 | 3 | 米国 | 17 | デンマーク | 14 | デンマーク | 22 |
17 | オーストリア | 3 | UAE | 16 | ベルギー | 12 | スリランカ | 22 |
18 | アイルランド | 2 | フィンランド | 15 | 南アフリカ | 12 | スイス | 17 |
19 | UAE | 2 | オランダ | 14 | インド | 9 | マレーシア | 16 |
20 | 南アフリカ | 2 | マレーシア | 14 | マレーシア | 9 | 南アフリカ | 16 |
参考 | 34位に米国 | 1 | ー | ー | ー | ー | 36位に日本 | 6 |
(出所)Googleトレンドより(2022年7月13日現在)
先進国では「SDGs」は関心が低く、「ESG」や「D&I」に関心が高い
日本の検索数は、SDGsほどではないものの、ESGやD&Iでも高水準にある。検索数ランキングは、ESGでは8位、D&Iでは5位と上位につけている。
OECD加盟国では、SDGsがほとんど検索されていない。上位20位以内のOECD加盟国は、3カ国(韓国、オーストリア、アイルランド)のみだ。アメリカに至っては34位だ。
ESGとD&Iの検索数でみてみると、日本以外のOECD加盟国が上位20位以内にそれぞれ10カ国と9カ国入っている。アメリカも、ESGで16位、D&Iで7位と上位につけている。
日本では官民を挙げて盛り上がっているSDGsだが、他の主要先進国におけるキーワードとしての存在感は薄い。そもそも検索の対象にすらなっていない。
日本以外ではSDGsよりもESGやD&Iが主流だ。欧米(特にアメリカ)の投資資金にアピールするのであれば、日本企業はSDGsよりもESGやD&Iへの注力も考えるべきだろう。
検索数の多さは先進性と言えるのか?
日本企業がSDGsに関心を寄せていること自体は問題ではない。日本における新しい資本主義の胎動とも言える。
ただし、SDGsの検索数が世界一だからといって、それがSDGsにおける日本の先進性を表すとは直ちには言えない。「検索数の多さ=意識の高さ=現実」といえるか、だ。
Carbon Neutralの調査結果では、中国が1位となっている。ただ、検索数が多いからといって、Carbon Neutralにおいて、中国に突出した先進性があると言えるのだろうか。
人間は、自分(自国)が十分に保持できていないものを意識的・無意識的に欲し、その渇望感から対象物を調べる。多様性、社会の持続可能性など、日本におけるゴールはまだ遠いと言えるのではないだろうか。
なお、Carbon Neutralの検索数では、日本は36位と極端に低くなっている。ただし、アルファベットでの検索数結果のため、低い順位になっている可能性もありそうだ。
SDGsはもともと開発途上国支援の枠組みだった
日本が“大好き”なSDGsの源流は20年以上前に遡る。夫馬賢治氏の著書『ESG思考(講談社+α新書)』に、その歴史が詳述されている。
SDGsの前身は、2000年にガーナ出身のコフィー・アナン国連事務総長が打ち出した「ミレニアム開発目標(MDGs)」だ。15年後の2015年を目途に8つのゴール項目が設定された。
そのゴールとは、「極度の貧困と飢餓の撲滅」、「幼児死亡率削減」、「HIV・マラリア等の蔓延防止」など開発途上国向けが中心だった。そして、実際に途上国への援助が強化された。
ミレニアム開発目標(MDGs)の期限が到来した2015年、この流れを踏襲したSDGsが国連で採択された。夫馬氏によれば、「当初日本では全く話題にならなかった」という。
SDGsは途上国援助という骨格を内包している。だからこそ、表1で見られるように、検索ランキングではアフリカや南アジアの国々が上位にランクインする。
日本では、2016年の伊勢志摩サミットの際に政治主導で動きだし、SDGsという言葉が一気に広がった。ESGが民間プレイヤーを軸に広がった欧米とは大きな相違だ。
社会的責任なのか、新しい資本主義なのか
日本は国連が好きだ。大好きだ。国連で採択されたSDGsが日本で広がった背景には、国連への歴史的な強い恋慕があると思われる。
欧米先進国の国連観は異なっている。彼らがSDGsに無関心なのは合点が行く。むしろ、国連を軸とした議論からは降りている国が多い。
日本におけるSDGsは、政官財(と代理店)の構造で拡散した。ただ、その精神性は、企業の社会的責任(CSR)という従来の着想から完全には脱皮出来ていない。
欧米のコンテクスト(文脈)で言えば、ESGに熱心ではない企業には、ヒト・モノ・カネが集まらず、高い収益を生み出せないのだ。『ESG思考』で夫馬氏が表現した焦りはそこにある。
夫馬氏は言う。
「ESGの正しい咀嚼法は、反ESGでも、脱資本主義でもない。『利益一辺倒でなく環境や社会を考慮する』というCSRの延長でもない。正しいESG思考とは、『利益を伸ばすために、環境や社会を考慮する』のだ」と。
他国との比較で日本のSDGsブームを相対化する
(悪い意味で言うところの)伝統的な日本企業に閉塞感が漂っている。閉塞感打破の処方箋の一つは、ESGやD&Iへの注力でヒト・モノ・カネ を吸引することだ。
欧米ではプラグマティックに(実用的に)、ESGやD&Iをテコにして、新しい資本主義の模索が加速している。利益を出すために、成長をするために、“ESGする”のだ。
日本でのSDGs志向が主要欧米諸国とは必ずしもシンクロしていないことを自覚し、必要な部分は各自・各社が修正をしていく局面が訪れている。
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