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米国での事業展開のすゝめ
2024年11月、世界の政治経済へ大きな影響を与える大統領選挙が米国で行われた。投票の結果、トランプ氏が次期大統領になり、すでに閣僚人事に加え、各国大使や主要省庁の幹部の人選などを水面下で開始している。また、トランプ次期大統領は、同年12月にはフランス・パリのノートルダム大聖堂再開式典にも最前列で参加し、米国内外での事前準備に動きだした。トランプ次期大統領の動きは、2025年1月20日の正式就任後、注視が必要になるが、中長期的観点で米国への日系企業による市場進出のポテンシャルをトランプ次期大統領政権の再スタート前に見ておきたい。
日系企業が米国で事業を展開するメリット
すでにトランプ氏は、米国での保護主義の徹底、米国第一主義を掲げ、輸入品への高関税の導入などの仕掛け作りを開始している。こうした状況下で、米国を含めた北米への事業展開を狙うことは本当に日系企業にとってメリットがあるのかそうでないのか、色々と悩ましい点も多い。
中長期的観点で、米国進出のメリットは何だろうか。広義的な観点で三つある。
・マーケットの成長が見込める
一つ目として、まだまだ成長の伸びしろがあること。2023年4月、インドの人口が中国を抜いて14億2,860万人に達すると発表されたことが話題となったが、依然として、14億2,570万人という人口を擁する中国市場も、グローバルビジネスにおいて注目を浴びつづけている。しかし、インドと中国に続く世界で3番目となる3億4,000万人の人々が暮らす米国が、いまだ成長を続ける世界最大のグローバルマーケットであると断言しても過言ではない。
具体的には、2023年の名目GDPランキングのトップは米国。また、GDPを購買力平価で換算した、いわゆる購買力平価GDPの順位を見てみると、2023年においては2位をキープ(3位インド、4位ロシア、5位日本)。これらの数字から、アメリカという国が、近い将来も圧倒的な購買力を持つ伸びしろがある巨大市場であると理解できる。
・製造拠点を展開しやすい
二つ目として、米国では、オバマ政権時代からの国策によって、改めて製造業へ力を入れようとしている。具体的には、米国政府からの巨額の融資によって米国内企業はもちろん、日本、欧州、中国、韓国、ASEAN(東南アジア諸国連合)などの企業も米国内での製造拠点の確保に力を入れている。
これに各企業も、様々な分析及び検討の結果、サプライチェーンの一貫性が米国では描きやすいという実利的なメリットがあると判断し、進出に拍車がかかった。また、シェールオイル&ガスなど天然資源も豊富であり、原料調達から生産・加工まで、米国内で大半を賄うことが可能で、地政学的リスクや為替リスクなどに対する様々なリスクヘッジにも寄与している。
・自社のプレゼンスを高めやすい
三つ目は、自社のプレゼンスを世界的に高めるための最短ルートであること。
現在、米国には約2,000以上の日系企業の製造工場が存在するとされている。この中には、それこそ数十年も前からアメリカで活躍し続けている企業もあれば、ごく最近に進出を果たした企業もある。様々な国際基準やグローバルスタンダードのプラットフォームができあがっているだけでなく、多人種国家である市場での洗礼を受けることで、米国での成功要因はグローバル市場での成功と直結する確度が高い。これは映画や音楽などのエンターテインメントの世界でも、ビジネスの世界でも同様の事実だ。
トヨタ自動車の例
トヨタ自動車の場合、今日のグローバルマーケットにおけるトヨタの地位を築いた最大の成功要因は、北米進出を果たした結果の「米国での成功」であることだ。トヨタの高級ブランドである「レクサス」は、日本よりも先に、1989年に米国にて販売が開始され、トヨタならではの「高い機能性」と「高品質かつ安全」という二つの強みを最大限にアピールすることで、米国における“従来の高級車の概念”を覆し、新たな高級車のコンセプトを確立できた。
つまり、日本車を海外に持ち込み、新たなシェアを確立し、そのコンセプトにさらに磨きをかけた上で、「レクサス」という新しいブランドを立ち上げるまでに至った。このトヨタの事例からも、米国進出で成功することは、自社のプレゼンスを世界的に高めるための、もっとも効率的な最短ルートであると言える。
マツダの例
最短ルートに気づき、ブーメランのように戻ってきた企業もある。マツダだ。2022年、マツダ車が10年ぶりに米国の生産ラインから送り出された。アラバマ州ハンツビル近郊にあるマツダの新工場(トヨタとの共同プロジェクト)では、米国市場向けに設計されたスポーツ用多目的車(SUV)の生産が開始された。長年のパートナーであったフォードとの提携を解消し、米国での生産から撤退してから数年を経て、マツダがUターンしたことは、同社が米国での販売にいかに依存しているかを示している。
北米は日本国外では最大の利益を生み出す地域となっており、日本のシェアが縮小する一方で、グループ全体の売り上げの30%を占めるまでに成長している。マツダとトヨタは、アラバマ工場を共同所有・運営しており、このプロジェクトに23億ドルを投資し、「我々の将来の成長は米国にある」と、マツダ幹部はアラバマ工場立ち上げ当時にコメントしていたことも印象的だ。
米国への事業展開における課題
このように、企業が世界で最も裕福な国での成長を追い求める中、日系企業は、5年連続で米国への最大の海外投資国となっている。しかし、市場には課題も存在する。特にコストの上昇や文化の違いは、投資を検討している企業に再考を促す可能性がある。
現地調達と生産ネットワーク構築の難しさ
米国商務省のデータによると、日本の対米直接投資の累計額は2023年時点で7,832億ドル(約121兆円)に達し、総額5兆3,941億ドルの15%を占めた。2020年には、米国にある日系現地法人および関連会社は753億ドル相当の製品を輸出しており、2位のドイツの475億ドルを大きく引き離している。
研究開発費は120億ドルで、2位のドイツの127億ドルに迫り、雇用者数は約93万人で英国企業に次いで2位だ。特に日系企業の投資の約半分は製造業向けだ。自動車産業以外では、米国の旺盛な需要を取り込むべく、食品や医薬品分野への新規投資も行われている。
今後、米国のトランプ次期政権が本格始動した暁には、ますます製造とサプライチェーンの米国内回帰を推進していく方向になり、日系企業が従来のように中国から米国に部品や材料を輸入することが難しくなっていく。米国で事業拡大を目指す企業は、現地調達と生産のネットワークを構築するために、より多くの投資を行う必要があるが、こうした投資が成功を保証するものではない。競争は米国内企業だけでなく、諸外国のライバル企業との間でも激化している。
コスト高による利益率の問題
そもそも米国は、必ずしも最高の投資収益率を約束するわけではない。日系企業の直接投資による利益率は、中国では2桁台を堅持しており、東南アジアもおおむね10%前後と、それほど離れてはいない。しかし、米国では10%を下回る状態が長く続き、2020年以降は5%を下回る水準に低迷している。その要因の一つとして、コストの高さが挙げられる。
日本貿易振興機構(ジェトロ)が実施した調査では、米国で事業を展開する日本企業の半数以上が賃金上昇を課題として挙げ、残り3割弱の企業が物流費や調達コストの上昇を指摘している。さらに、デフレ経済が30年も続いている日本と比較すると、米国では賃金に大きな開きがあることも難題となっている。日系企業が通常採用している年功序列型の賃金体系では、従業員の給与はほとんど変動しない傾向があり、能力給の導入を試みても、これまでほとんど変化は見られなかった。
しかし、米国では、優れた人材を確保するには、それにふさわしい給与を支払う必要がある。例えば、日立製作所は、グローバルな従業員データベースを活用して、カリフォルニア州のでエンジニアリング職をはじめとする人材の確保に努めているが、日米間の報酬制度の違いから、両国間で人材を共有するのは「容易ではない」と述べている。
特に金融および通信分野におけるM&Aの収益性の低さは、外国直接投資(FDI/Foreign Direct Investment)の全体的な収益性を圧迫している。日系企業が米国企業の買収、合弁、出資などを実施する場合、その後、言語、文化、企業風土の違いを乗り越え、現地の経営陣を日本の親会社と足並みをそろえるように統合するのに苦労することがよくある。現地法人に派遣されている邦人社員から様々な情報や報告が日本本社に上がってきても、本社が時間をかけて慎重な判断をしたり、問題を先送りしたりすることなども、このような難しさに拍車をかけている。
「米国市場から始める」という考えも視野に
日系企業は、現時点においても、日本国内で製品やサービスが確立されてから海外(含む米国)市場に参入する傾向にあるが、規模と機敏性は必ずしも両立するものではない。むしろ、米国市場のように消費者やユーザーのリアクションが得やすい市場に製品やサービスを投下する方が費用対効果が得やすいのではないか。
つまり、順序を逆にした方(日本から米国でなく、米国から日本)が高い利益が得られる可能性があるということだ。
特に、日本のテクノロジー系の新興企業やグローバルマーケットで戦える新商品やサービス導入を狙う企業は、まず米国でビジネスモデルを立ち上げ、拡大させ、その後日本で展開する方が、事業を成功に近づける効果的な手法になり得る。
現在、日本は世界第4位の経済大国であり、2023年には米国にとって輸入で第5位、輸出で第6位の貿易相手国となった(通関ベース)。今後も、米国へのFDIの最大の供給源となっていくことが期待される。日系企業は、多くの模倣困難な強み(技術、創意工夫力、企業文化など)を有しており、米国市場にうまく形を変えつつ持ち込むことで、グローカリゼーション(Global+Localizationの意)※を実現し、中長期的観点でお互いにWin-Winになれる事業運営のプラットフォームが確立できるものと考える。
※グローカリゼーション…世界的な視点で商品・サービスを展開しつつ、販売拡大のために対象国、地域、地方に合わせたものを提供すること
2025年以降、スーパービジネスパーソンである新米国大統領が掲げる新政策・国家戦略のさらに上手に行く“したたかさ”を兼ね備えた米国での事業展開をぜひ英知を絞ってもくろんでいきたい。
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