国による「中小企業いじめ」の社会的リスク

菅政権のブレーンとして中小企業の淘汰・再編を指摘するデービッド・アトキンソン氏。彼の出身である英国の中小企業事情を調べてみた。英国では、日本以上に中小企業数が多く、企業数の増加も続いている。米国と中国を除けば、日本は中小企業数が極端に多いわけではない。中小企業の淘汰・再編にフォーカスする経済政策が本当にマクロ経済の復活につながるのだろうか。

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アトキンソン氏の故郷・英国を調べてみた

アトキンソン氏の故郷・英国を調べてみた

菅政権では、中小企業の再編や生産性アップが重要な経済施策の一つとして掲げられている。同政策の理論的支柱が、元証券アナリストのデービッド・アトキンソン氏ということはよく知られている。

そこで、彼の故郷・英国の中小企業事情を調べてみた。

役員のみの企業が急造

役員のみの企業が急造

▲出所:House of Commons Business Statistics

House of CommonsのBusiness statistics(2021年1月22日発表)によると、2020年現在、英国における全企業数は598万社だ。日本における全企業数は350万社程度なので、人口比(日本1.2億人、英国0.7億人)で見ると、英国の企業数の多さが顕著だ。

日本の企業数は1980年代後半に500万社強でピークとなり、その後は一貫して減少トレンドが続いている。しかし、英国では2000年時点の347万社と比較して、この20年で1.7倍の水準に増加している。

上の図で明らかなように、社員を雇用していない役員だけのマイクロ企業が急速に増加して、全企業数を押し上げているのが分かる。英国における開業率(開業数÷全企業数)は過去20年間一貫して10~15%と日本(5%前後)を大きく上回っているが、開業数の多くが社員を雇用していないマイクロ企業であることが分かる。

大企業が少ない英国

大企業が少ない英国

英国の企業数598万社のうち、社員数が250人以上の大企業はわずか8千社に過ぎず、その比率は0.1%だ。実に、99.9%が社員数250人以下の中小企業である。さらに言えば、その中で社員数が9人以下のマイクロ企業が572万社存在し、全企業数の95.7%を占めている。日本よりも、中小企業の数、比率ともに高水準にある。

日本の中小企業数は多くない

日本の中小企業数は多くない

英国だけを見て、日本の中小企業数の多寡を議論するのは適切ではなかろう(米国だけと比較して結論を拙速に出す論考がいかに多いことか!)。かく言う筆者も、過去の拙書で日米比較だけを根拠に「日本は中小企業が多い国である」と議論を展開したことがあり、本稿を書くに当たり強く自省している。米国だけとの比較は不適格な結論になりがちだ。

そこで、Nation Masterが提供する各国における中小企業数を見てみる(人口1000人当たり)。なお、調査時点は各国で多少の違いがあり、中小企業の定義も曖昧であることは考慮する必要がある。

気になる各国の数値を見ると、英国だけでなく、イタリア、スペイン、韓国などの人口1,000人当たりの中小企業数は日本を大きく上回っている。フランスやドイツは多少日本の水準を下回っているが、ほぼ同水準だ。先進国では、唯一米国が突出して中小企業数が少ないのが分かる。中国、インドは、これから急増するのであろう。

自営業率も高くない

自営業率も高くない

日本を含め各国には企業化されていない、自営業という存在もある。念のため、国際労働機関(ILO)が提供する各国の自営業率ランキングにも目を通しておこう。この観点から見ても、日本に中小企業に準ずる自営業が多いとは言えない。日本の自営業率は11.9%と、世界平均どころか、ほとんどの先進国を下回っている。この指標で見ても、日欧に大きな差はなく、米国だけが突出して自営業率が低い。

中小企業が多いと思いこみたい日本人

中小企業が多いと思いこみたい日本人

客観的に見れば、米国を除いた先進国との比較で、日本の中小企業数(自営業を含む)が多いとは思えない。むしろ、少ないぐらいであり、過去30年以上にわたって減少が続いているのが、日本の中小企業だ。上記の推論は、少しデータをみるだけで導けるものである。

なぜ、いつまでも「日本は中小企業が世界的に見ても多い国だ」という呪縛に捉われているのだろうか。控えめに言っても、日本は米国を除く先進国で、中小企業や自営業が比較的少ない国だ。

高度成長期もバブル期も、日本の生産性は低かった

高度成長期もバブル期も、日本の生産性は低かった

中小企業を含めた生産性の議論も謎が多い。日本生産性本部の「労働生産性の国際比較2020」によると、2019年の日本の労働生産性は世界26位と芳しくない。しかし、日本が高いGDP成長を続けていた1970年の日本の順位は20位、1980年は20位とさほど今と変わらない。

バブル絶頂期だった1990年でも日本は15位であり、日本の労働生産性が世界で上位に継続的にランクインした事実はない。それでも日本は高成長していたし、バブルが発生するほど経済が良い時代があったのだ。中小企業の多さと低生産性が日本の宿痾であり、その解消こそが日本経済を浮揚させるという論理は、過去のデータからは(筆者は)導くことはできない。

中小企業が淘汰されれば社会は不安定化する

英国では全企業就業者数の61%が中小企業に属する。日本では中小企業の就労者比率が70%前後に達する。彼らの精神的安定、経済的安定は、とりもなおさず、日本全体の政治的かつ社会的安定につながる。

中小企業は経済的存在だけでなく、社会安定装置(Social Stabilizer)の役割も持つ。仮に、中小企業の淘汰・再編を進展させてマクロ経済が浮揚したとしても、政治的・社会的安定が揺らげば、そのレジリエンス(回復力)を取り戻すための社会的コストは小さくない。中小企業には社会的効用が内包されているのだ。

ましてや、前述したように、日本の中小企業が過剰であることは必ずしも事実でない。低い労働生産性という事実も、日本経済が高い成長率を実現していた70-80年代から、日本経済と同居してきた一つの指標であり、今に始まった事ではない。

「中小企業淘汰」をターゲットにしない

低収益の企業(大企業含む)が市場から淘汰されることは必須だ。しかし、政策的に中小企業だけをターゲットにする短期的手法が、イソップ寓話の「ガチョウと黄金の卵」にならないことを祈るだけだ。

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