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武士道精神とコーポレートガバナンス・コード㊦日本的経営の行き詰まり
東京証券取引所は2021年6月、コーポレートガバナンス・コード(CGC)を改定し、社外取締役による監督強化を打ち出した。後半では、武士道精神をはじめとする日本人の気質とCGCの浸透について論じるとともに、日本企業に求められる企業風土改革について言及する。
日本人の気質(武士道精神他)とCGC
日本企業は、江戸時代における「商家の当主と丁稚・手代等の奉公人との関係」に基づく、慈愛・忠誠・忠孝の倫理が支配する親子関係に近い家族主義的な奉公関係に始まり、明治維新後において、欧米諸国から資本主義システム及び機械化による能率的な生産技術等を学び、近代国家建設と殖産振興の中で製造業を中心として飛躍的な成長を遂げた。
第二次世界大戦後においては、GHQによって欧米で浸透していた自由主義及び資本主義が日本経済に完全に移植されることになり、日本企業は、欧米型の自由主義市場経済に順応する形で成長をしていった。一方で、従来からの伝統的で正しいことを信ずる精神的バックボーン(武士道精神)を継続して保持した上で、和魂洋才の適正な混合により独特な日本的企業文化を築き上げてきた。
高度成長時代における日本においては、未だ「モノ」不足の時代であったので、安価で良質な労働力を新卒採用で確保し、終身雇用及び年功制に基づく日本的経営が功を奏し、「モノ」に関する明確な消費者ニーズを満たすべく、製造業企業を中心に日本企業は急速な発展を遂げていった。
産業構造の変化と日本的経営の行き詰まり
その結果、日本は、1968年以降約40年間にわたってGNP世界第二位を維持するまで日本の産業は発展していった。
しかしながら、1990年代以降のバブル崩壊後、20年超にわたるデフレ時代に突入するとともに、「モノ」余りの時代の到来が到来し、「IT」「ソフト」「情報」に世界の産業の中心が移っていき、日本企業は、当該分野で米国その他諸外国の企業の後塵を拝するようになっていった。
また、日本企業は、1990年代以降の急速な円高によって、世界各地へ製造拠点を移すことによりグローバル化を目指さざるを得なくなった。更に、複雑で混迷した経済環境の中で、年功制や終身雇用を強みとしていた日本的経営を、能力主義や職能資格制度等の導入により修正を余儀なくされた。
2010年代以降、日本は地方を中心に急速な人口減少社会に突入するとともに、少子高齢化が急速に進展していったことから、日本企業の人手不足は深刻化し、外国人の雇用を増やさざるを得なくなった。
また、今後の国内の消費市場の縮小が予想されるため、インバウンドの強化や海外市場への積極的進出を図るべく、グローバル化の更なる進展を余儀なくされるようになった。この結果、日本企業が強みとしてきた日本的経営はそのまま維持していくことがますます困難となった。
加えて、資金調達面においても、日本企業は、高度成長時代を支えてもらった銀行による間接金融中心の時代から、株式・債券等により資本市場から直接資金を調達する直接金融中心の時代に変化してきたこともあり、外国人投資家の売買割合が70%(東証1部)を超える中、日本企業は、CGC等を遵守することによりグローバルな経営を意識せざるを得ない時代となっている。
武士道的な精神から生じる、「第三者」への違和感
このように、日本企業は、欧米企業と同等の経営手法を求められる経営環境にあるものの、一方で、日本の企業文化は完全に欧米企業と同等の企業文化に変容している訳ではない。
だからこそ、日本企業の経営者および従業員は、「就職」ではなく「就社」という意識が根強く浸透しており、また、「武士道精神」にみられるような、会社のためであれば自己犠牲を厭わず奉公するというメンタリティも多分に存続している。
この結果、CGCのような一定のガバナンスルールによって、株主又は社外取締役といった第三者が経営に携わることにある程度の違和感を持つ人も少なからず存在する。このような面で、日本のCGCは真の意味で経営者及び従業員の内面にまで深く浸透しているとまでは言えなない。
日本文化と欧米文化の相違点
日本文化と欧米文化では、人種、歴史的な経緯、国土の形状及び位置、宗教観及び生活習慣から相応の違いが存在しており、それらを整理すると概ね以下の通りである。
1 宗教観
日本が、仏教思想がベースの文化であるのに対し、欧米は、キリスト教思想をベースとした文化であると概ね整理できる。
キリスト教思想の特徴として、「真理は円形に非ず楕円形である。一個の中心の周囲に画かるべき者に非ずして二個の中心の周囲に画かるべき者である。」(『聖書之研究』)という内村鑑三の言葉から明らかな通り、「真理を楕円」と捉えている。この楕円は「中心が二つ」であり、その「二つの中心」は緊張関係にある。これに対し、仏教思想は円で示され、円は、「中心は一つ」であり、調和している。キリスト教思想の「緊張」と仏教思想の「調和」が、日本文化と欧米文化の違いの根底にある。
2 性善説と性悪説
一般的に日本文化は、性善説(人間の本性は基本的に善であるとする儒教の中心概念であり、その言葉は孟子に由来する。)に立ち、欧米文化は性悪説(人間の本性は悪であり、たゆみない努力・修養によって善の状態に達することができるとする説であり、荀子 が唱えた)に立つと言われている。
このことは学問的に証明されている訳ではないが、日本と欧米で使用されている契約書の内容をみると、そのことについて納得感をもって理解することができる。即ち、欧米で使用されている契約書は、契約の相手方は基本的に信用できないことに立脚し、その時点で想定できる事象に関する取り決めは全て契約書に記載しておくという基本思想に立っている。
それに対し、日本の契約書は、契約の相手方は基本的に信頼できるので、その時点で想定できる事象であってもそれほど発生頻度が多くない事象に関することは、あえて契約書に細かく記載せずに、契約締結後においてその都度協議によって解決をしていくという基本思想に立脚している。
3 話し合いの文化(協議)とルールの文化(裁判)
上記②からすると、日本人は、相手方に比較的寛容であり、将来のことに関する取り決めは必ずしも細部まで行わず、紛争が生じた場合には、できるだけ話し合い(協議)によって和解的解決を行うことから、日本文化は話し合いの文化ということができる。
これに対し、欧米人は、当事者間の決め事は細部まであらかじめ細かく決めておき、紛争が生じた場合には、当事者間の自己主張を相互に戦わせたうえで(論争)、紛争は原則として仲裁又は裁判等の制度によって解決するという、ルールと紛争の文化ということができる。
4 謙虚さの美徳と自己主張の重視
日本人は、よく欧米人との対比で、謙虚を美徳とするケースが多く、会議等で他者の意見を慎重に聞いた上で自分の意見を謙虚に述べる人が評価される。これに対し、欧米人は、会議等で自己の意見を明確に主張できる人が重視され、あまり自己の意見を明確にアピールしない人は評価されにくい。
この結果、企業において、会社に忠誠を尽くして謙虚に仕事をする人が多く、組織としてまとめやすいのが日本人であるのに対し、個人のインセンティブ等を上手に与えて、個人に対して成果に応じて報いる方式をとらない限り、単に組織への忠誠心等を打ち出すだけではまとめにくいのが欧米人である。
5 武士道と騎士道
日本人の倫理観は武士道に依拠し、欧米人の倫理観は騎士道に依拠するものと一般に言われている。ここでいう武士道とは、武士階級における道徳体系であり、江戸時代に、朱子学を中心とする儒教の影響を強く受け体系化されたものであり、それは主君に対する絶対的服従と忠誠を基本的理念とするものである。
このため、日本企業において、日本人従業員は、どんなことがあっても最後まで会社を守るために自己犠牲を厭わないという精神を持っている。仮に、勤務している会社に不正があったことに気付いたとしても、本来なら内部告発等をすべきところ、武士道精神により会社の利益を第一に考えるがため、見て見ぬふりをしたり、隠ぺい工作に手を貸したりして、決して会社の名誉に傷がつくことはしない場合が多いと言われている。
これに対して、騎士道とは、中世ヨーロッパにおける騎士の精神的支柱をなした気風・道徳を言い、具体的には、忠誠・武勇に加えて、神への奉仕、名誉や婦人への奉仕などを重んじた。
ただし、騎士道の忠誠は、武士道の忠誠と異なり主君に対する忠誠ではなく、騎士は戦闘能力を高めるだけでなく、人間として立派になるべきであり、神及び名誉等への忠誠(奉仕)誓うべきである、という考え方であった。
このため、欧米人は、日本人と異なり、会社の不正等を認識した場合、内部通報を行うことにそれほど躊躇を感じず、善良な従業員が会社への忠誠を尽くすがあまりに、不正の隠蔽に手を貸すことには起こりにくいと言われている。
CGCの未浸透又は限界を克服するための企業文化改革
CGCのコンプライアンスにおいては、ルールを決めて、それを全社員に徹底した上で、様々な監査手段を使用してルール違反を摘発し、違反者に対しては厳罰を与える、といった考え方が根底にある。
しかしながら、日本人においては、上記で述べた通り、会社又は上司のためになるのであれば多少の不正にも目をつぶってしまう気質、又は、人間関係において和を重んじるがために、他人の不正を告発することに躊躇を感じる気質、会議等で自己主張を遠慮しがちな気質等の特徴がある。
このため、上場企業では内部通報制度の導入はどこも実施しているが、同制度が実質的に機能していない企業も多い。これは、自分が内部通報者になった場合に、社内で何らかの不利益を被るリスクを恐れることや、他者に対して批判をすること自体に躊躇を感じる気質が要因となっているからだ。
CGCを機能させるために、企業風土改革を
そのような中で、CGCに基づくコンプライアンスを実質的に機能させるためには、何かおかしいと感じたり、違っていると感じたりした際に、上司や同僚に相談したり相互に指摘できるような人間関係の醸成が必要である。このためには、心理的安全性の確保ができるような企業風土改革が必要である。
「ルールの制定」、「監査及び摘発」、「違反者の処分」といったCGCのプロセスは、形式的には整備されていたとしても、それを実質的に機能させるための人間関係の変革が必要である。そのためには、CGCに基づくコンプライアンス制度に魂を入れるための企業風土改革を各社で実施することが重要と考える。
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武士道精神とコーポレートガバナンス・コード㊤ CGCの現状
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