村上春樹さんから学ぶ経営㉜~「昼間に打ち上げられた花火」と新規事業

『神の子どもたちはみな踊る』(新潮社)は、村上春樹さんが1995年の阪神・淡路大震災に打ちのめされて書いた短編集です。日々明らかになる被害の甚大さに一人の力ではできることが限られますが、偽善と言われようが一人ひとりが少しずつでもできることをし、それらが結集して大きな支援になることを祈願いたします。

シリーズ㉜になります。今回は新規事業について2回に分けてお送りします。それでは今月の文章です。

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東京奇譚集より

東京奇譚集より

でもその大半は僕らの目にとまることなく、そのまま見過ごされてしまいます。まるで真っ昼間に打ち上げられた花火のように、かすかに音はするんだけど、空を見上げても何も見えません。しかしもし僕らの方に強く求める気持ちがあれば、それはたぶん僕らの視界の中に、ひとつのメッセージとして浮かび上がってくるんです。その図形や意味合いが鮮やかに読みとれるようになる。

『東京奇譚集』(新潮社)からの引用です。

五つの短編が収められています。それぞれが異なる味わいで、また、不思議な余韻が残る珠玉の作品集です。

引用はそのなかの『偶然の旅人』から。冒頭に春樹さん自身が経験したと思われる、とても洒落た二つの偶然が語られた後、ピアノ調律師を主人公とした物語が始まります。

引用した文章は偶然についてですが、私たちは昼間に打ち上げられた花火を見逃していることが多いのではないでしょうか?(私は間違いなくそうです)

事業に関連しても、どこかの起業家が成功した後で、「あ、私もその事業をやればうまくいくって思ったんだよ」といったこと……。

新事業への挑戦の必要性~Excellent Companyの儚さ

新事業への挑戦の必要性~Excellent Companyの儚さ

あるハイテク企業の新規事業創出プロジェクトにご起用いただきました。

この会社は、ある製品で世界で圧倒的1位の優良企業です。逆に言うと、それ以上の占有率獲得は簡単ではありませんし、アジア企業の台頭を考えると将来は楽観できません。また、創業時の起業家精神を復活させたいとの経営陣の思いもありました。

5人×5チームでいくつかの観点から半年にわたり、新規事業立ち上げプロジェクトを行いました。

優れた企業の本質を説いた『Excellent Company』が出版されたのは1980年代。企業の「永続の法則」に迫った『Visionary Company』が出版されたのは1990年代。年に一度、Forbesが選出していたForbes500の企業群(2002年まで。現在は、ForbesGlobal2000に引き継がれています)――。

筆者は、経営者には、新卒で入社した社員が40年後に「ああ、この会社にはいってよかったな、幸せだな」と感じながら定年退職できるような会社をつくってほしいと思っています(誤解なきように補筆しますと、新卒・中途を区別するものでなく、40年間幸せな会社であれば、中途入社の人も幸せになります。私自身転職経験者です)。

30年、40年後にExcellent/Visionaryであり続ける企業は10~20%と言われています。数十年にわたり尊敬される企業であることはとても難しいことで、常に新しいことへの挑戦が欠かせません。

特に、一人あたりGDPが3.4万ドル(米国の45%、ノルウェーの32%。IMFデータ、2022年)まで減少してしまった日本においてはなおさらです。

長期的視点で企業を変える

長期的視点で企業を変える

筆者はこの連載において「良い祖先になろう」と書きました(村上春樹さんから学ぶ経営 番外②「常識を疑え」:人口減少と「良いご先祖様」)。

現在の社会があるのは先人たちの努力によるもの。自分たちが過去~現在~未来の一部であることを認識し、祖先が自分達にしてくれたように、自分たちも子孫によりよい社会を渡す必要があります(昨今の環境意識の高まりはまさにこの過去~現在~未来が意識されるようになったということでしょう)。

企業においてもまったく同じで、先人たちの遺産を継承・維持・強化し(それだけでも大変なことですが)、さらには何か新しいことをはじめ、子孫に渡さなくてはなりません。

今日始めた新事業プロジェクトが100年後には会社を支える事業になっているかもしれません。以下に示すように、まったく違う事業で成功した企業は枚挙にいとまがありません。例えば、

  • Coors:ビール → ファインセラミック
  • Micron:農業 → 半導体
  • Nokia:林業 → 携帯電話 → 携帯電話インフラ
  • 森村グループ:陶器 → 衛生陶器、電力インフラ、自動車部品、ハイテク部品
  • イビデン:発電(旧社名は揖斐川電力)→ 半導体部品
  • 上村工業:医薬 → ハイテク用薬液

長期的視点で企業を変えるとの観点で、筆者が驚いたのはDupontのCEOの発言です(発言は2010年のもの)。

「当社は創業から208年。
最初の100年は火薬、次の100年は化学の企業だった。
次の100年はバイオ/化学/素材の3分野を融合した企業になる。
大原則「技術により顧客の問題を解決し、価値を産む」を維持しながら」

現在は3分割され、Dupont(特殊化学、税前利益15億ドル)、Dow(素材、60億ドル)、Corteva(農薬、14億ドル)になっています。

新規事業に必要な「意識」と「潜在意識」

新規事業に必要な「意識」と「潜在意識」

新規事業は簡単に創出できるものではありませんから、プロジェクトをしたところで成功するとは限りません。すなわち、プロジェクトは十分条件ではありません。しかし、必要条件ではあるでしょう。

あらゆる事業について「創業者」がいるはずです。成功するかどうかは別として、何かしらの行動がないと事業が生まれないことは言うまでもありません。

新規事業は成功するまでは費用でしかありませんから、新規事業に貴重な経営資源を割くことは勇気がいることで、そのような決定をできる経営者には頭がさがります。

当社を起用いただいたプロジェクトについても、後から振り返って「あのプロジェクトがあったから今がある」といえる成果が出たとすれば後方支援冥利に尽きると思います。

それでは、新規事業に何が必要なのか? 意識(プロジェクトなどの実際の行動)と潜在意識の二つであろうと考えます。

意識:企図して創出された新規事業

意識:企図して創出された新規事業

企図してつくられた新規事業の例です。

拙著『電子部品 営業利益率20%のビジネスモデル』(日本経済新聞出版)では、優れた新規事業事例として、日東電工の拡散医薬事業、マブチモーターの自動車の中型モーター事業を紹介しました。詳細は同書をご覧いただければ幸いですが、骨子を記します。

マブチモーターの中型モーター事業:既存技術代替型

  1. モーターが使われるあらゆる用途を調査
  2. その中から、自社が差異化可能な製品を1つだけ抽出
  3. 選択的参入により短期間で世界トップ3に

日東電工の核酸医薬:需要創造型

  1. 生存率低い肝硬変の治療には大きな需要
  2. 経皮吸収技術だけで、核酸医薬の知見はほぼゼロ
  3. 「部品」→「生産受託」→「設計」……と徐々に提供価値を拡大
  4. 社会価値ありき、そこに自社を適合させた稀有な事例

もう1件、信越化学の事例を紹介します。

金川千尋社長は「Z委員会」なる新規事業立ち上げプロジェクトを組成しました。10個の事業が選ばれ、一つが大成功、二つが小成功、七つは失敗だったそうです。

大成功したのは半導体製造工程で使用されるフォトレジスト。産業規模3000億円の市場で、1位東京応化工業、2位Dupont、3位JSR、4位信越化学となっています。

ただ、比較的新しい世代(ArF、EUV用)では信越化学は2位(占有率25%程度)で、きわめて収益性の高い事業と推定されます(産業データは富士経済による)。

Z委員会についての詳細はもちろん開示されていませんが、金川氏は以下が重要であると述べています。

  • 研究と事業は別。研究者にすべて任せるのではなく経営者が関与する
  • 多数決ではなく、経営者が判断し、責任をとる
  • 需要家は何を必要としているのか、自社技術は需要家の要望にどこまで満たしているのか、具体的な数字を意識しながら進めることが重要

このケースは、既存分野において既存企業と同等もしくは優れた製品を開発した事例で、それまでになかった新しい需要を創出した事例ではありませんが、それにしても、技術的断層に先回りして計画通りの占有率を獲得した実績は素晴らしいの一言です。

本論とは関係がありませんが、フォトレジスト産業において主要企業の一つであるJSRを日本政府が買収しました。今後、どのような変化がおきるのか注目されます。

次号では、新規事業に必要な二つ目「潜在意識」について書きます。これこそが、引用した「昼間に打ち上げらえた花火」に関するものです。

参考文献(今月号と次月号)

金川千尋『毎日が自分との戦い』(日本経済新聞出版社)
金川千尋『危機にこそ、経営者は戦わなければならない!』(東洋経済新報社)
キャリー・バンクス・マリス『マリス博士の奇想天外な人生』(ハヤカワ文庫 NF)
益川敏英『益川流「のりしろ」思考』 (扶桑社BOOKS)
小林誠、益川敏英『いっしょに考えてみようや ノーベル物理学賞のひらめき』 (朝日選書)
ジョン・ケージ『ジョン・ケージ 作曲家の告白』(アルテスパブリッシング)
ジョン・ケージ『ジョン・ケージ小鳥たちのために』(青土社)
坂本 龍一、福岡 伸一『音楽と生命』(集英社)
『秋元康の仕事学』NHK「仕事学のすすめ」制作班/編(NHK出版)
小山薫堂『考えないヒント-アイデアはこうして生まれる』(幻冬舎新書)
小山薫堂『小山薫堂 幸せの仕事術-つまらない日常を特別な記念日に変える発想法』(NHK出版)
佐々木閑、大栗博司『真理の探究』(幻冬舎新書)
浅井健一、甲本ヒロト他『ロックンロールが降ってきた日』(Pヴァイン・ブックス)
甲本ヒロト他、越谷政義監修『ジャパニーズ・ロック・インタビュー集-時代を築いた20人の言葉-』(TOブックス)
『日本パンク・ロッカー対談集』(シンコーミュージック・エンタテイメント)
穂村弘、甲本ヒロト他『あの人に会いに-穂村弘対談集-』(毎日新聞出版)

▼村上春樹さんから学ぶ経営(シリーズ通してお読み下さい)
「村上春樹さんから学ぶ経営」シリーズ

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