読了目安:10分
村上春樹さんから学ぶ経営⑰我々はいまのところそれを欠いている。決定的に欠いている。
東京オリンピックまであと一か月を切りました。世界最高の才能が競う場を賛否両論で迎えるのは悲しいことでありますが、開催する以上は、終わった時に「さすが日本だ」といわれるようことを期待しています。いずれにせよ日本が注目される夏。日本及び日本企業について複数回お届けします。それでは今月の文章です。
ねじまき鳥クロニクルより
しかし現実的にまったく何の指標も持たずに人が行動することは不可能である—と綿谷ノボルは言う。(中略)日本という国家が現在の時点で提供できるモデルはおそらく「効率」くらいである。(中略)戦後の歳月をとおしてそれ以外の哲学、あるいは哲学に類するものを我々日本人は生み出してきただろうか?しかし効率性は方向性が明確なときに有効な力である。ひとたび方向性の明確さが消滅すれば、それは瞬時に無力化する。(中略)正しい方向性を規定するのはより高度な職能を持つプリンシプルでしかない。しかし我々は今のところそれを欠いている。決定的に欠いている。
『ねじまき鳥クロニクル 第3部 鳥刺し男編』(新潮社)からの引用です。主人公「僕」の妻クミコの兄である綿谷ノボルは、大学教授から衆議院議員への転身を目指す野心家です。しかし、彼は制御できない暗部を抱えていました。「僕」は綿谷ノボルからクミコを取り戻すために彼と対決することを決意します。引用したのは、綿谷ノボルの論文からの抜粋です。本論とは関係がありませんが、「ねじまき鳥」シリーズでは、深い井戸から出られなくなった恐怖の描写に震えます。
国際社会における、日本の提供価値
綿谷ノボルは、「日本は「効率」のみで世界を制した、しかし、効率は方向性が明確な時にのみ有効である、効率性は方向性の消滅と共に有効性を失う、そしてそれに代わるプリンシプルを提示できていない」と書いています。
戦後の日本企業は、欧米が創造した理論を廉価で豊富で勤勉な労働力をフル稼働させることで、産業に変換することが存在価値であり、日本が提供した価値(の一つ)は「効率」だった・・・ことは否定できないかもしれません。
そして、「いかに効率的にやるか」は「何をするか」より実行しやすいと言えるでしょう。日本を代表するような企業でも、社史を読めば、最初は欧米からの技術導入から始まっていることが少なくありません。
でも、それは当然のことと思うのです。焼野原となった国にはそれしかなかったのですから。そして、そもそも「効率」の提供は誇ってよい事です。どれほど世界を豊かにしたことでしょう。
新興勢力にとってかわられた「効率」
しかし、今や日本は、世界でもっとも高齢化が進んだ人口減少国になり、日本が国際社会に提供してきた価値「効率」は、新興国にとってかわられています。
ハイテク産業でいえば、かつて、日本企業は殆ど全ての分野で世界を席巻しました。
白物家電、AV機器、電子部品、半導体、重電、通信、計測・・・「総合電機」と呼ばれた日立製作所、東芝、三菱電機、NEC、富士通を筆頭に、日本はまさに世界を制しました。
あまりの日本の強さに耐え切れず、自由競争を国是とする、かの米国が日本製品を叩き潰すデモンストレーションをし、政治をも使ったのです。
例えば、「日本において消費される半導体の20%は海外製にしなくてはいけない」ことで日米は合意しました(日米半導体協定。米国は、日本政府が産業に関与しすぎると時に非難しますが、米国政府のほうが露骨とも言えます)。
それほど圧勝した日本のハイテク産業ですが、2020年度、営業利益額トップ20社を合計しても3兆円程度です。これはサムスン(三星)電子(2000年営業利益35兆9500億ウォン 日本円3兆5000億円)一社と同水準でしかありません。
20社で1社相当なのです.
ちなみに、Appleの2021年度上期(2020/10-2021/3)営業利益は、610億ドル(約6兆7000億円)です。
さらに、中国、南アジアから続々と優れた企業が出てきています。
本来は創造の国
本来、日本は模倣の国ではない、創造の国である――と感じておられたのが、浜松ホトニクスの中興の祖、故・晝馬輝夫氏です。2002年のノーベル物理学賞(ニュートリノの発見)への貢献で一躍有名になった同社は(その後も、3つのノーベル賞に欠かせない貢献をしています)、世界で初めてブラウン管に文字「イ」を表示した高柳健次郎博士の門下生が創業した企業で、博士の思想を継承し、「人類未知未踏の領域を追求する精神」を掲げています。
晝馬氏は、日本企業に関して、「きれいに咲いた花を切ってきて花瓶に生けて、『咲いた、咲いた』とやっていた」と、つまり技術の深い所や真理をみようとしない、と厳しい発言をされておられます(「『できない』と言わずにやってみろ!」イーストプレス)―――が、言うまでもなく、日本国の理論への多大な貢献を承知の上で鼓舞するための発言でしょう。
これまでの基礎理論への貢献
日本は物理学(ノーベル賞受賞11人)、化学(同8人)、生理学・医学(同5人)、数学(フィールズ賞3人)など、基礎理論において多大な貢献をしています。なかでも、国際社会・学会から孤立した限定的な情報下で中間子理論を確立した湯川秀樹氏(同理論の発表は1935年、ノーベル賞受賞は1949年。日本初のノーベル賞は戦後日本をどれだけ勇気づけたか)、ノーベル賞受賞学者をして「理論物理学の10年後を知りたければ南部先生を読め」といわしめる南部陽一郎氏など、偉大な科学者を輩出しています。
戦後75年間の理学系ノーベル賞およびフィールズ賞の受賞者の合計が350~400人とすると、日本の貢献は7%程度。一か国の貢献としては素晴らしいものです。
文部科学統計要覧(令和3年版) によれば、全てのノーベル賞について国別の累計受賞者はアメリカ368人、イギリス117人、ドイツ84人であり、日本(27人)との差が大きいことも事実です。
基礎理論における競争力低下
(図①~⑤の出所は文部科学省、科学技術要覧)
「効率」をよりうまく提供する国が台頭した今、「効率」にかわる日本の貢献とは何か。とても連載1回で語るような内容ではなく、そもそも答えが簡単にみつかるものではないのですが、明らかに言えることは、「何かを効率的にする」から「何をするかを示す」リーダー国になるために、現在1.2億人、しかし減少していくことでさらに貴重になる人財の戦略的配置、なかでも基礎理論への厚い配分は不可欠でしょう。
基礎理論における競争力低下
ノーベル賞を受賞された方々が懸念しておられるように、日本の基礎理論における競争力が危ぶまれています。いくつかデータを確認しておきましょう
日本の研究者数は87万人、人口1万人あたり69人で、韓国についで世界二位になっています(韓国の研究者は過去10年で1.6倍と劇的に増えています)。研究費は19兆円(OECD購買力平価換算)で、米国と中国には大きく離されていますが、西欧諸国を上回る水準になっています。その結果、論文数は年平均6.4万と世界4位につけています。
しかしながら、論文の相対的被引用度(論文引用度合いの、世界平均に対する相対値)は0.96と下位であり、そのために、被引用論文トップ10%の論文に限ると日本の論文数は世界9位と、20年間で大きく地位を落としています。
人口、GDP規模では日本より小さい西欧諸国が今も国際的発言力を有している理由は多々あるでしょうが、その一つが理論への貢献であることが確認できます。
自動車産業と医療で労働人口の15%
今後の人口の減少と高齢化を考えると、人財の配分が益々重要になることは論を俟ちません。くしくも、自動車産業および医療従事者の従事者が、それぞれ500万人であることが明らかになり、自動車と医療の2つで日本の労働力人口6900万人の15%を占めていることに私は驚きました。
前者は、日本自動車工業会が明らかにしたものです(EVへの急激な移行は内燃機関産業への影響が甚大であり、自動車産業の貢献の大きさを訴えたものと思われます。正確な発表値は542万人)。
一方、後者に関しては、政府は、日本の医療従事者として当初370万人としていたものを480万人に修正した際にその理由を記者に聞かれ、「定義にもよるので正確な数の把握は困難」としています。医療従事者について、数の把握もされていなのだと知りました。
もちろん、国家レベルでの人財の配置統計は困難を極めるでしょうが、最も貴重な資産である人財がどこにどれだけ投資されているのかを把握することは極めて重要であるように思います。
貴重な人財の最適配置と「何をするか」の実現
世界を導く国になるために、(減少していく)人財の最適配置、その中で研究への配分、さらにそのなかで勝つ分野の見極め(図表5)、研究効率の向上、研究者の地位向上(日本においては研究者の地位が低すぎます)などが必要と思われます。
▼村上春樹さんから学ぶ経営(シリーズ通してお読み下さい)
「村上春樹さんから学ぶ経営」シリーズ
コメントが送信されました。