多くの死が、文化をつくる

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多くの人の生死を左右する出来事は、時を超えて人々の感情を捉える。例えば、大規模な戦争。どの国でも、第二次大戦を始め、先人の戦争を題材にした文学、演劇、映画などが制作され、人々の共感を今も集めている。

疫病も同様だ。19~20世紀前半に猛威を振るった結核。有効な治療薬もない時代、結核は死と同義だ。患者や関係者は感情を乱され、心を揺さぶられた。市井の感情は、文学や芸術に昇華され、社会全体の意識(集合的意識)に転化した。

ドイツのノーベル文学賞受賞者トーマス・マンは、妻のサナトリウム体験を下敷きに長編小説『魔の山』を著した。ノルウェーの画家ムンクも、母や姉を結核で失くし、『病める子』を描いた。“結核関連芸術”は欧州だけでなく、同時期の日本でも花開いた。

若い命を奪った「結核」

結核患者には性差があり、他国では男性が多かった。しかし、不衛生な環境で多くの女工が働いていた当時の日本では、女性患者が多かった。うら若き女工の死は、結核による死のイメージを美化させ、純化させた。

著名文学者も結核で早逝した。樋口一葉は24歳、石川啄木は26歳で没した。「佳人薄命」といった“結核のロマン化”が観察され(『結核という文化』福田真人、中公新書2001年)、堀辰雄の『風立ちぬ』など結核をテーマとした名作も多く生まれた。

これらの作品では、若くて風貌が整った人物が、頻度高く登場するということが一つの特徴だ。サナトリウムで治療に専念できたのは、特権階級だけだったという事実もその背景にはある。

欧州でも、結核が“神格化された美の病” (『病短編小説集』平凡社)となった。結核死に多くの若者が含まれていたからであろう。無辜な若者の死は、社会にとって衝撃だった。当時のサナトリウムでの滞在平均は約半年、致死率は80%以上と聞く。

20世紀の前半50年間、日本での結核死の割合は10万人当たり年200人前後で推移した。現在の人口1.2億人で単純計算すると、毎年24万人が結核死する計算となる。疫病対策が浸透した現代のコンテクストから考えると、結核のマグニチュードは驚きに値する。

事ほど左様に、大規模な疫病の流行は、社会の共感という絵具で、思想や社会を着色する。人々は、自己の共同体を超えた多数の他者と感情を共有する。共有された感情は、集合的意識(とユングの言う「集合的無意識」)となり、人々の生き方を規定する。

コロナが変える死生観

Woman face mask. Infection pneumonia prevention healthcare. 3D low poly female human white banner. Wear surgical medical mask against virus epidemic vector illustration
コロナウイルスがもたらした爪痕も、今後数年~数十年という時間軸で、同時期を生きる(生き残った)人々の感情に侵入する。人々は精神世界の中で、現れては消えていく感情を咀嚼し、それを他者と共有する。こうしてポストコロナの集合的意識が出来上がる。

ポストコロナを生きる人々の集合的意識とは、いかなる性質を持つものであろうか。また、集合的意識(と集合的無意識)によって、人々の消費行動、企業経営、産業見通しはどのように影響を受けるのであろうか。

筆者の予想は、中高年(50歳以上)が共有する集合的意識の断層的な変化である。その背景には、コロナウイルスの爪痕として、中高年の死生観の変容がある。彼らは、思いがけず数年前に、ベストセラー『LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット 東洋経済新報社)に勇気づけられた世代だ。

人生後半戦の中高年は、死への原初的かつ本源的不安を持つ。グラットン氏らに、100歳までという道程を提示され、長期の人生設計を思い描くことで前述の不安は一時的に後退していた。しかし、今回の疫病が突き付けたのは(当然だが)中高年の高い致死率だった。

19世紀から20世紀前半、結核による死の象徴は若者だった。プッチーニの『ラ・ボエーム(初演1896年)』、ヴェルディの『椿姫(同1853年)』など、美しいヒロインが若くして結核で亡くなるオペラが作られた。ブロンテの『嵐が丘(1847年)』など文学の世界でも、ヒロイン、結核、死という組み合わせの物語が世界中で紡がれた。

ミレーの『オフェリアの死』のように、結核患者の見た目に強く影響された絵画が増えたのもこの時期だ(福田真人)。美人のタイプも、ふくよかで肉感的な女性から、痩せて力無げな女性になった。結核による美人のタイプの変化は、国境や人種を越え、欧州だけでなく、日・韓・中・インドでも起こった(同)。

同世代の死への共感

湯船に浸かって、お湯の設定温度を41度から42度に上げる。わずか1度の違いを敏感に感じる我々の感知センサー。一方、プールの温度が20度から21度になっても我々は感じられない。人の体温は36~37度であり、体温に近い温度の変化(湯船の温度)は感知可能だが、体温からかけ離れた温度域にあるプールの温度変化は感知できない。

温度の感知と同様に、我々は自分と近い人間の変化を敏感にキャッチする。本能的に、類似性を持った他者(年代、境遇、地域、民族)との差、変化が気になるのだ。だからこそ、小さなサークルで差別が起こる。自分とあまりに乖離した境遇の人を差別の対象にしても、心の闇を満足させることはできないからだ。

人の死も同じ構造を持つ。我々は同年代の死に心揺さぶられる。コロナウイルスでは中高年の死が象徴的だ。著名なコメディアンや芸能人で帰らぬ人となったのも、この世代だ。だとすると、若者の死が象徴だった結核の時代と異なり、今回は中高年世代の心理構造が大きな影響を受け、それが彼らの志向や行動に大きく影響を与える。

ベストセラー『LIFE SHIFT』によって、人生の時間の絶対性に煙幕を張っていた中高年は、コロナウイルスがもたらす同年代の死によって考えを一変させるであろう。

「今」を大事にする消費意識に

100歳を迎えるために何かを躊躇すること、何かを控えること、何かを我慢すること。中高年世代にとって、同年代の死、しかもコロナウイルスによって極めて短期間で迎えてしまう死を前にして、これらの意味は希薄化する。大事なのは、林修氏と同様に「今でしょ」だと。

日本の中高年は高い貯蓄率を誇っている。100歳を超える長寿の双子姉妹として知られた「きんさん・ぎんさん」も、芸能活動で得た収入の使い道について報道陣から聞かれ、「老後の蓄えにします」と答えた。
ポストコロナでは、中高年は貯蓄率を低下させる。既に蓄えた現金も積極的に使っていく。

日米で『最高の人生の見つけ方』という映画が話題となった。米国ではジャック・ニコルソンさんとモーガン・フリーマンさんの男性同士、日本では天海祐希さんと吉永小百合さんの女性同士で、余命宣告を受けた彼らが残された人生で「やりたい事リスト」を実行していくストーリーだ。

「やりたい事リスト」に単純な物質的欲求はない。米国版では、スカイダイビング、スーパーカーでのレース、フランスの一流レストランでの食事など。日本版では、ももクロのライブ、ピラミッド訪問など。また、日米ともに、恋愛のやり直し、子供のころの夢、家族の絆の再構築など、優れて感情的かつ人間的な事項もリストに入っている。

半端な時間は消費できない

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日米のこの映画から類推すると、絶対的時間の有限性を認識した人は、圧倒的なハレのサービスを求める。
中途半端な時間消費をすると、費消してしまった時間の回復が絶望的に困難だからだ。ポストコロナの中高年の消費行動は、刺激、感動、希少性、非反復性、人類の歴史、先人との遭遇、他者との共有や共時性、などのキーワードへ向かう。

人間的感性が揺さぶられる経験も、中高年の消費行動のターゲットであろう。前述したような、普段意識し忘れる大切な人との時空の共有、自分や大切な人の過去に眠ったままになっていた貴重な経験や後悔。これらをいかにマーケティングで、中高年が消費できる対象に仕立て上げられるかが、マーケターの腕の見せ所であろう。

新たな形の「モノ」消費

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消費対象はサービスだけとは限らない。モノでも十分可能だ。モノの時代は終わったとも言われてきたが、そうではない。モノには、具体性を持つモノと、抽象性を持つモノがあり、今後は前者が重要となる。

原始的な共同体では、全てのモノは具体性を持っていた。母が作ってくれたおにぎり。隣のおじさんが作ってくれた靴。妹が汲んできてくれた水。全てのモノは、その背景に具体性があり、母、おじさん、妹の存在・行為・時間と紐づいていた。

交易が始まり、マーケットができると、モノは具体性を失くした。背景の具体性を消失させた抽象性を持つモノが、市場価格という更に抽象的な記号を付与され、取引された。今や我々の周りに存在する多くのモノは、抽象性を持つモノで占められている。

人間的感性を揺さぶるマーケティングに必要なことは、抽象性を持つモノに、改めて具体性を付与することだ。原始的なモノに回帰することも一つだし、抽象性を持って生まれたモノに新規に具体性を持たせても良い。重要なことは、近代以降に増殖した、我々の周りに存する抽象的なモノからいかに脱却し、感性に訴える具体性のあるモノを提供できるかである。

米国の有名ソング『大きな古時計』は、日本でも人気が高く、2002年には平井堅さんがカバーした。時計はモノだ。購入される前は、抽象性を持っていた。しかし、その時々の家族の時間が詰まり、モノである時計が時間とともに具体性を獲得した。今では亡くなった祖父を孫が回想し、時計が家族の時間消費を可能としている。『大きな古時計』は、モノに具体性を持たせるオーソドックスな解決法と言える。

まとめ

以上みてきたように、ポストコロナの消費は、「ハレ性」と「感性」がキーワードとなる。バドミントン・ダブルスのチーム名は、2002年から活躍した「オグシオ(小椋と潮田)」をはじめ、2人の名前の頭文字を結合させたものが多い。それを借用すれば、「ハレ感消費」とも呼べる中高年の消費が、コロナウイルスが終息した後には、日本の消費市場を席巻する可能性が高い。企業にとって「ハレ感消費」にいかに対応するかが、成功のカギとなるだろう。

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