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話し手
津坂 純 Jun Tsusaka
株式会社日本産業推進機構 代表取締役社長・ESGコミッティー議長
日本産業推進機構(NSSK)の創立者及び代表として、グループを統括。NSSK設立まではTPG Capitalのグローバル・パートナーであり、TPGキャピタル株式会社の代表取締役社長として、TPGの日本チームを率いた。ハーバード大学卒業。ハーバード・ビジネス・スクールにてMBAを取得。マサチューセッツ工科大学地域起業家創生加速プログラム(MIT REAP)東京チーム共同委員長であり、日本ハーバード・クラブのプレジデントを務める。

「ぶんか社」事業承継の背景

「ぶんか社」事業承継の背景

Q:ぶんか社にご出資することとなった経緯をお聞かせ頂けますか?

2017年1月、80年の歴史を誇るぶんか社の前オーナーに面談の機会を頂きました。

出版業界、特にマンガ・情報誌のメディアは、媒体が「紙」から「デジタル」へと移行が進んでいます。

前オーナーは、そんな中、よりデジタルに知見を持った会社に事業を承継し、更に会社を発展させて欲しいというご意向をお持ちでした。

当社(日本産業推進機構、NSSK)としては、前オーナーに対し、出版業界のデジタルシフトと将来に関する見立て、承継後の業務改善方法、会社運営に対する考え方、経営陣・従業員・取引先などのステークホルダーとの長期的視点での関係性重視の方針などを丁寧に説明・議論させて頂きました。

その結果、事業承継先・パートナーとして選んで頂けました。

ぶんか社の、メガヒットに頼らない安定した収益構造

ぶんか社の、メガヒットに頼らない安定した収益構造

Q:出版事業、デジタル事業とでは全く収益構造が異なります。2つの事業で構成されるぶんか社をどのように評価されましたか?

ご指摘の通り、ぶんか社は「紙」の出版事業とデジタル事業の2つの事業で構成されています。
ただ、それはあくまで販売チャネルの違いです。

NSSKとして、ぶんか社の強みは、

1,魅力のある作品(コンテンツ)を数多く作り出すことが可能な漫画家のネットワーク

2,編集チームによるブランド力

にあると考えていました。

ぶんか社は、女性向けマンガの老舗出版社としてそのブランドを確立しています。

編集局長を筆頭に経験豊富なメンバーで構成される編集チームは、漫画家の先生にとって重要で、魅力的な作品を数多く制作できる企画力と編集力を有していました。

競合他社ですと、いわゆるメガヒット作品が収益の大半を占めているということがあります。

一方で、ぶんか社の業績は数多くの作品で構成されており、特定の商品・作家に依存していないため、長期安定的な収益を見込むことができました。

また、ぶんか社が対象とするマンガジャンルはデジタル媒体との親和性が高く、過去作品を含む豊富なコンテンツを有していたため、デジタル化を推進することで、拡大する電子書籍市場の中で高い成長性を実現できると考えました。

加えて、創造性に富んだやり方で新しいことに挑戦していくぶんか社の組織風土や、現場レベルまで浸透した原価意識、素晴らしい経営陣なども高く評価させて頂いきました。

電子書籍のメリット

Q:高い成長性を見込まれた電子書籍のビジネスモデルの特徴をどのように捉えられましたか?

紙出版ビジネスと比較して電子書籍ビジネスには2つの特徴があると考えております。

まず1点目が収益率の高さです。紙媒体による出版では、物理的に紙で製造するため、単純に紙の原価がかかります。

また、出版したとしても「再販制度」という業界の慣行上、書店からの返品を受け入れる必要があるため、収益性を圧迫します。

一方で、デジタルであれば、紙のコストはかからず、また返品はないため、非常に高い収益性を実現することが可能となります。

2点目は、ロングテールの収益基盤です。紙媒体での出版の場合、書店における棚という制限があるため、古い作品は棚から外されてしまい、売上機会が失われてしまいます。

一方で、デジタル媒体での出版では、電子書店側の棚の制限がないため、基本的に一度棚に並んだ作品は継続的に売上に貢献します。

また、電子書店では、タグ付けやレコメンドなど、新作・過去作品を問わず、購買履歴から各読者の趣味・趣向に応じた作品をプロモーションする機能を具備しているため、作品の寿命が長期化する傾向にあります。

まさにコンテンツが「いつでも、どこでも」提供出来るビジネスモデルです。

Q: 紙媒体の市場縮小が鮮明な中、出版事業をやめようと思われなかったですか?

出版事業の廃止は検討していませんでした。長期的に紙媒体からデジタル媒体への移行は進んでいくため、紙媒体での出版部数はコントロールしておりましたが、完全にやめてしまうということは考えておりませんでした。

その大きな理由としては、作家に対するインセンティブがあります。このビジネスで重要なことの一つは、漫画家の先生を如何に確保していくのかという点です。

例えば、漫画家の先生がデビューした際には、家族や友人、お世話になった方々に自分の作品が掲載された単行本や雑誌を送りたいと思われる作家の方も多くいらっしゃる。また、書店に並んでいるところを見せたいと考える作家の方もいらっしゃいます。疎かにされがちですが、こういったポイントも重要な要素となります。

ぶんか社の課題 オーナー経営から組織経営へ

ぶんか社の課題 オーナー経営から組織経営へ

Q:投資直後にぶんか社に感じた課題をお聞かせ頂けますか?

投資以降は、まず社員に信頼してもらうことから始めました。出版業界は、過去の事例からどうしてもファンドが参画すると、「経営不振」・「リストラ」といった印象があり、買収に対する“抵抗感”がありました。当然、我々はそういった観点で出資をしたわけではありませんので、丁寧な説明にまずは注力しました。

そして、ぶんか社の成長に向けての後押しを行いました。具体的には、まず従業員に向けたデジタル化を推進する方針の共有です。

投資前は、収益性やビジネスモデル等の特徴を定量的に分析し、経営へ反映していくというプロセスが不十分であったこともあり、従業員としても業界のデジタルシフトに対して会社としてどのように対応していくのか不透明な中で業務に取り組んでいました。

そのような状態を解消するためには、デジタルシフトの有効性を、数値の根拠をもってきちんと説明する必要がありました。

また、権限が前オーナーに集中しており、社内で幹部に対しても情報の開示が限定的でした。そこで、経営幹部の選定と、典型的なオーナー経営から組織的な法人経営への移行が重要であると考えました。

NSSKの経営への関わり方について

NSSKの経営への関わり方について

Q:NSSKの株主としての経営への関与度合いと、役割をお聞かせ頂けますか?

NSSKは、「Partnership with management」という方針を打ち出しています。

これは、当社は、自分たちを、あくまで経営者ではなく、投資家と位置付けており、所有と経営を分離した上で、経営者と共に会社の成長を支援するパートナーとして関与することを表しております。

当該支援内容に関しては、NVP(NSSK Value Up Program)という投資先に対して実行する共通の経営支援フォーマットが存在しており、それに基づいて行われます。NVPは、戦略から、人事、マーケティング、経営管理、M&Aなど多岐にわたり、当該テーマごとの経営改善を定例会議でフォローアップし、日々改善を図っていきます。加えて、より戦略的・経営的な内容に関しては、毎月経営会議という形で経営メンバー含めて議論をし、決定・実行致します。

Q:日々、従業員との接点はどのように持たれていましたか?

基本的には、当社は経営陣のサポーターとして役割を担うので、経営会議メンバーを除く従業員と直接のやり取りは基本的に避けております。これをやってしまうと、従業員の観点からは、会社経営陣と当社という二人の上司ができてしまうため、組織運営上混乱が生じやすいためです。

一方で、経営幹部とは非常に密なコミュニケーションをとっております。具体的には、定例の会議が週次でありますし、それ以外にも必要なコミュニケーションがあれば、いつでも連絡が取れる体制になっております。

バリューアップ手法について(コスト管理と成長支援)

バリューアップ手法について(コスト管理と成長支援)

Q:では、コスト管理の観点から具体的なバリューアップ手法をお聞かせ頂けますか?

ぶんか社においては、作品別・タイトル別にコストを集計する体制が構築できておりましたので、我々として当該基盤を背景に2点に注力しました。

一点目は、印刷部数のコントロールです。

NSSKによる投資の前は、紙出版の減少トレンドの適時の把握と、それを意思決定へ反映することができていませんでした。
また編集担当の「作品に対する思い」が適正な水準での発行部数の決定を阻害するといったことがありました。当社がサポートすることで、KPIや数値の見える化を一層に推し進め、適正部数での発行や、発行タイミングの隔月化など、コスト管理の改善に繋がりました。

二点目は、一層のコスト削減です。

各コストは厳格に管理され、単価の見直しなどは定期的に行われていましが、足元の運営においては効果の低い項目であるにも関わらず過去からの慣行でやめられずにいる費用項目などもありました。

例えば、各書籍に挟み込まれている紙のオーダーシートなどです。従前は、このオーダーシートを使って書店が取次店に対して発注をかけていましたが、近時においてはメール等により発注がなされるため、その必要性は低くなっておりました。
こうしたオーダーシートを廃止するなど、慣行そのものの必要性・機能を見直すことで一層筋肉質なコスト構造を構築することができました。

Q:成長と言う観点からの具体的なバリューアップ手法は如何でしょうか?

我々としてはぶんか社が有する大きな資産は過去作品だと考えておりました。先程申し上げた通り、デジタル事業は過去の作品でも売上獲得機会があり、実際に相応の売上を獲得しています。従って、過去に紙で出版した作品のデジタル化にも積極的に取り組むことで「コストしか掛からない在庫」の「永久な収益が可能な商品」への切り替えを実現したのです。

また、デジタル体制の強化を積極的に行ってきました。当社の投資検討段階において、今後紙からデジタルへと市場が移り変わっていくこと、そして、ぶんか社もデジタルへと舵を切るべきということは明らかでした。

ぶんか社には、編集部の他にデジタルコンテンツ部という、紙からデジタルへの移行や、CP (Contents Provider)の営業を統括する部署があるのですが、その部署の正社員の人数を当社の投資期間中に3倍に致しました。

従来の紙の書店では、通常全国一斉発売が当たり前でしたが、デジタル領域においては、逆に先行配信といった形でCPと連携して作品を売り出すことも多くなっています。それにより、今までの紙の書店とは違った提案型の営業なども求められるようになったため、デジタル特化型の営業部隊を作り上げてきました。

Q: その他に、貴社ならではのバリューアップ手法も導入されましたか?

ESGに関する活動の実施があげられます。NSSKのミッションは、「誇れる結果を生み出すNo.1の投資運営会社を築きあげ、日本ひいては世界の環境・社会・企業統治に貢献すること」です。

その基本理念として、ジェンダー・ダイバーシティを含めたESGへの取組みが結果として優れた財務的リターンと高い相関関係にあるということを確信しております。

ぶんか社においても、そのような信念のもとに積極的にESGに関する活動を行いました。

ぶんか社の投資において、特に掲げたESGに対する目標は、

①紙の削減を通じた環境保護活動
②女性従業員・管理職比率の改善を通じたエンパワーメント活動

の2点になります。

全国の出版物に関する統計によると、印刷された単行本及び雑誌の約40-50%が返品・廃棄されており、深刻な環境汚染に繋がっていると言われています。当社によるぶんか社のDX化は、この紙の廃棄物を減らすことも目的のひとつでした。実際、投資時には30%だったデジタルマンガの売上比率を出口時には50%まで伸ばし、返品や紙の販売数を減らすことに成功し、その結果紙の消費量削減を通じた環境保護活動に寄与できたと考えております。

NSSKでは、女性従業員・管理職比率の改善を通じたエンパワーメント活動について、女性の積極的な社会進出や役員・管理職への登用を推進しています。

ぶんか社においては、社内の女性編集者を役員に昇格させ、経営幹部として育成しておりました。また、女性社員を積極的に採用し、女性社員の比率は投資時の46%から出口時には57%に、女性管理職の比率は投資時の22%から出口時には約30%に改善されました。

ビーグリーへの譲渡の背景

ビーグリーへの譲渡の背景

Q:2020年に、ぶんか社を株式会社ビーグリーに譲渡された理由をお聞かせ頂けますか?

ぶんか社の譲渡先に、「まんが王国」など電子コミックの配信に強みを持つビーグリーを選びました。理由としては、ぶんか社の今後の成長を考えて、CP(Contents Provider)と統合することで、さらなる成長が可能であると考えたためです。
ご存知の通り、どの業界においても、小売とメーカーの境目が徐々に曖昧になってきており、両者の競争が生まれています。

例えば、映画・ドラマであれば、近年Netflixは、単なる配信だけではなく、オリジナルコンテンツの制作力を入れています。一方で、DisneyはDisney+をローンチし、どんどん流通側に進出しています。

これは、日本のマンガにとっても同じことです。

その観点から、ぶんか社においても「マンガよもんが」という自社コンテンツ配信ウェブサイトを作成しましたが、本来的には大手CPと統合する方がお互いにとってためになるとは考えていました。

そういった観点から、経営陣と相談してビーグリーを譲渡先に選定しました。

Q:最後に、元株主目線でのぶんか社の更なる成長余地をどのようにお考えでしょうか?

デジタル事業は、コロナ禍による巣ごもり需要により、更に成長し、今後も成長していくと確信していますが、新規事業という意味では、ぶんか社の作品の映像化(マルチメディア戦略)と海外進出を期待しています。

マルチメディア戦略に関して申し上げると、ビーグリーは2021年11月に日本テレビ放送網との資本業務提携を公表しています。

ぶんか社の作品であれば、「義母と娘のブルース」(愛称「ぎぼむす」)が2018年にドラマ化されていますが、こういった作品をどんどん増やしてほしいと考えています。

また、海外進出という意味でも伸び代は大きいと思っております。マンガは、まさに日本の文化であり、海外、とりわけ、韓国・フランスといった国でも非常に大きな需要があります。デジタル化が進むにつれて、より配信のハードルは低くなっていると考えられるため、ぶんか社の更なる海外進出についても期待したいと思います。

Q:本日は、貴重なお話をお伺いさせて頂きましてありがとうございました。

インタビュー後記

印刷部数のコントロール。過去作品という眠った資産を呼び覚まし「永久な収益が可能な商品」として甦生。デジタル特化型の営業部隊の立ち上げ。デジタル漫画コンテンツに舵を振り切れていなかったぶんか社の強みを後押しする施策の数々。

更に、日本産業推進機構によるESGイニシアチブとして、紙の削減を通じた環境保護活動と女性従業員・管理職比率の改善を通じたエンパワーメント活動の実施。何と素晴らしい投資なのだろう!!ぶんか社は、「Partnership with Management」という日本産業推進機構のミッションを具現化した、まさに”NSSKらしい”投資に他ならない。

▼PEファンドの底力(シリーズ通してお読み下さい)
PEファンドの底力①TCapによるロピアの事例から
PEファンドの底力②アドバンテッジパートナーズによる富士通インターコネクト テクノロジーズへの投資事例から

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