アンビバレントな欲求

置き配イメージ

1つは他者との「非接触」欲求だ。
宅配便では、「置き配」が急増した。小売店では、レジ店員と消費者の間にビニールのカーテンが設けられた。支払いでの現金のやり取りも、避けられている。人々は可能な限り「非接触」を求めている。フロリダのディズニーワールドも、キャラクターとのハグ禁止など「非接触の夢の国」に変貌する。

もう1つは、他者との「接触」欲求だ。
自宅待機に疲れた消費者は、公園、海岸、商店街へ足を運び、他者との交流を欲した。アリストテレスは『国家』の中で「人間はポリス(=共同体)的動物だ」と述べた。我々人間は他者との関係性の中で生を営む。根源的に他者との「接触」欲求を抑制できないのだ。

我々は「非接触」と「接触」というアンビバレントな欲求に翻弄される。アンビバレント(ambivalent)とは、同じ対象に相反感情を同時に持つことだ。2018年に欅坂46が発表した「アンビバレント」という楽曲のヒットもあり、最近よく使われている言葉でもある。

他者との「非接触」と「接触」の欲求は同時に成立できない。それを知りながらも、この2つの欲求を同時に精神的に希求するのが、ポストコロナの消費者だ。

ゼロ欲求と関係性欲求

「非接触」欲求を分類すると、下記通り3つの「ゼロ」欲求となる。

非接触のゼロ欲求
①身体接触ゼロ
・他者との身体的接触を忌避し、近接状態も避ける
②不要移動ゼロ
・強い誘因や理由がない場合、他者との身体接触リスクを内包した移動行為を避ける
③時間浪費ゼロ
・①と②の欲求行動から副次的かつ必然的に生じる時間効率性を追求する

一方、他者との「接触」欲求を分類すると下記の3通りとなる。

接触欲求
④貨幣的関係
・商品やサービスの提供側と消費者との間で、貨幣を介在して構築する関係
・例えば、お客としてレストランで店員から受けるもてなしで感じる精神的満足
⑤共同体的関係
・同一地域や職場など物理的に共通の時空における他者と構築する関係
・例えば、同僚との会話や故郷の親とのメールを通じて感じる精神的満足
⑥非共同体的関係
・共同体外の他者との偶発的な遭遇や意思疎通を通じて構築する関係
・例えば、オンラインゲーム上で偶然知り合った人との意思疎通で感じる精神的満足

①~③と④~⑥は基本的に矛盾する欲求だ。接触や移動を避けながら、百貨店の宝飾品売り場で店員にもてなしを受けてショッピングを楽しむことは不可能だ。非接触を信条にすれば、バーで偶然隣あった人との痛快な会話を楽しむことなどできない。

矛盾を抱えた精神構造は解放を叫ぶ

叫ぶイメージ

ポストコロナの消費者は、「非接触」と「接触」という自己矛盾を抱えて生きていく。
“アンビバレントな生”を生きるとも言える。社会全体だけでなく、各人も相似形的に自己の精神構造に矛盾を抱える。矛盾を抱えた精神構造は、不可避的にストレスを醸成する。

精神分析学の創始者であるフロイト。彼の患者の多くは貴族の婦人だった。当時は、ヒステリーは女性特有の病であり、男性は罹患しないと考えられていた。フロイトは、貴族の婦人が心の底に鉛のごとく抱える矛盾と葛藤を観察した。奔放に生きたい欲求と、貴婦人として束縛される生活―アンビバレントな心。矛盾を抱えた精神構造は解放を叫ぶ。

解放できるのはITしかない

ポストコロナの消費者も、「非接触」と「接触」という矛盾した欲求を追求する。そして、この矛盾を解放する商品・サービスを渇望する。その鍵はITではなかろうか?

緊急事態宣言後、我々は曲がりなりにも仕事を行い、学業を進め、生活を行ってきた。スマホやテレビ会議システムがなかったら、我々はどうなっていただろうか。想像すらできない。ポストコロナの消費者が抱える自己矛盾の精神構造を解放できるのはITしかない。

「PCR」で読み解くこれからのサービス業

診療イメージ

これからのサービス業を読み解くキーワードは「PCR」だ。

・P 場所(Place, Point)
・C コンテンツ(Content)
・R 遠隔や間接(Remote)

「場所(P)とコンテンツ(C)を切り離す(R)」という行為がポストコロナには求められ、それぞれの頭文字を取りPCRと呼ぶ。コロナウイルス検査方法の名前と同じアルファベットなので覚えやすいのではなかろうか。

例えば、従来のレストランは、食べる所(P)と厨房(C)が紐づいていた(バンドルされていた)。デリバリーの発達は、PとCの分離(R)であり、アンバンドリング行為だ。Pがレストランではなく家や職場となり、消費者は非接触で貨幣的関係を築く。

医院(P)と医者(C)はバンドルされていたが、オンライン診療ではアンバンドリングされる。遠隔医療によって築かれる患者と医師との新しい関係は、彼らの属性次第で、貨幣的関係にも共同体的関係にもなる。もちろん、非接触であり、無駄な移動も時間もない。

バンドルされていたオフィス(P)と仕事・同僚(C)も、Zoomなどテレビ会議システムの普及でアンバンドリングされた。米国の提携先社員とZoomで初めて会話すれば、非接触による非共同体的関係の始まりだ。ITの発達が、消費者にPCR型の新しい行動様式を可能としているのだ。

“生産性の壁”が解消されるサービス業

ラーメン屋イメージ

日本に限らず多くの国で、サービス業の生産性は製造業に比べ劣っていた。一つの大きな原因は、サービス業では場所(P)とコンテンツ(C)がバンドルされ、生産性を上げにくいことだ。
PとCがバンドルした状態では、在庫生産が困難で、排他性を抱える。

典型的なサービス業である美容業。
美容師によるヘアカットは、お客が来店する前に在庫生産しておくことができない(在庫の困難性)。在庫生産できないヘアカットというサービスは、瞬間的に生産されて同時に瞬間的に消費者に消費される。このため、あるお客の髪をカットしている美容師は、他のお客の髪をカットすることはできない(排他性)。

PとCがバンドルした従前のサービス業にとって、生産性を引き上げる数少ない手法はダイナミック・プライシング(DP)だった。分かりやすいDPは、航空業界やホテル業界の仕組みだ。ゴールデンウィークや年末年始など需要が強い時期には値段を上げ、閑散期には値段を下げる。需要を平準化することで生産性を上げる手法だ。

しかし、サービス業におけるPCR型が進展すれば、在庫の困難性や排他性という問題は希薄化する。DPの必要性も減じられる。DPを行うためには精緻な需要予測が必要であり、業種によってはその情報獲得コストは小さくなかった。

DP導入による生産性上昇も、座席数や美容師数など供給能力の制約という“生産性の壁”があった。しかし、PCR型のサービス提供が進むことで、供給能力の制約から解放される業種が増える。座席が5つしかないラーメン屋さんも、ケータリングで人気が出れば、席数と関係なく売上は急拡大することが可能だ。

美容師のヘアカット、整体師のカイロプラクティックなど身体接触を免れないサービス業において、現時点のITレベルではPCR型サービスの採用は容易ではない。しかし、周りを見渡せば、PCR型が導入可能なサービス業は少なくない。

PCR型の勃興は、サービス業と製造業の間に存在していた収益性格差の壁に、風穴を開け始める。

サービス業は「P型」と「C型」に分化する

フードコートイメージ

PCR型の消費が増加すると、サービス業はP型とC型に分化すると思われる。1990年代以降、ゴルフ場やホテル業は、建物や土地を保有するP型と、ゴルフやホテルのオペレーションをするC型とに“上下分離”し、それぞれの専業としての効率性を高める動きが盛んになった。それがサービス業全般に広がるイメージだ。

「P型サービス業」とは、場所の価値極大化による進化を目指す。どのようなコンテンツにも対応できる場所の開発および提供という観点だ。食の分野で言えば、大型商業施設にあるフードコート。現在はPとCがバンドルされている。今後、フードコートは食べる場所としての機能に特化し、食事は周辺の多種多様な飲食店からデリバリーする。フードコート自体も平場だけでなく、個室や特別室を設けるなど、安価な食事から高級食事にまで対応できることでP型サービス業としての進化が可能となる。

ヨガイメージ

一方、「C型サービス業」とは、場所によらず、どこでも誰でも享受できるコンテンツ価値極大化の進化となる。映画やヨガレッスンなど、消費者がいる場所(P)に捉われることなく、マルチ言語で、消費者の好みにあった映像や音での供給が始まる。寄席の席数(一種のP)という制約条件を抱えていた落語というコンテンツ(C)も、様々な場所で広く消費者に楽しまれるようになるかもしれない。

まとめ

PCR型のサービス業の生産性が上昇することは、他の経済主体の変化にとっての触媒となる。非PCR型のサービス業では、技術革新や生産性改善へのプレッシャーは高まる。製造業や他のB2Bビジネスの業務フローにも影響を与えるはずだ。コロナウイルス対応ということで非意図的に開かれたPCR型サービス業への扉。扉の向こうには、新たなビジネス機会が広がっている。

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