賃上げトレンド 企業の組織はどう変化するか

企業は防衛的な観点から賃上げに踏み切るのがトレンドになりつつあります。防衛的な観点とは、人材の流出に対する防衛という意味が大半かもしれません。この賃上げに伴い、起きそうな人事・組織の変化について考えていきたいと思います。

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業績不振でも「防衛的」賃上げ

業績不振でも「防衛的」賃上げ

先日お話を伺った、出版関連の企業経営者であるSさん。業界はヒット作品が出ていないことに加えて、若者の活字離れや娯楽や情報収集手段の多様化、フリマアプリの成長で市場がピーク時の半減にまで落ち込んでいます。

こうした状況にも関わらず防衛的な観点から、それなりの賃上げを行うことを経営会議で決定したとのこと。そうしないと人材流出が加速しており、事業の運営に支障をきたしかねない状況にあると嘆いていました。

確かに大企業は体力があるから、業績が不振でも賃上げが可能かもしれない。経団連の十倉会長による「できるだけベースアップを中心にやってほしい」とのコメントに連動するかのような動きを幾つもみかけます。

賃上げの中心は20代若手社員 増す経営負担

賃上げの中心は20代若手社員 増す経営負担

この賃上げに関して中心となるのは20代の若手社員。2000年以降新卒採用時の初任給や昇給が抑えられてきたことによる、生活苦などが社会問題になりつつあります。賃上げは若手社員の報酬の底上げを手厚く行われることになることでしょう。

この取り組みは日本経済の消費加速には意義がありますが、経営的な負担は想像以上に大きなものになりそうです。若手社員の賃上げは、額が僅かにみえても累積して大きな総額になります。その理由は大半の企業が年功序列の人事処遇だからです。

仮に1万円の初任給増加となれば各年次でも同様に賃上げすることになります。そうしないと逆転現象が起きてしまうからです。そこで毎年分×従業員分の人件費が増加することになり、積みあがる人件費はそれなりの負担になります。こうした負担の軽減も視野に入れて、人事的な改革を検討する企業の動きが出てきています。

年功序列の見直しは待ったなし

年功序列の見直しは待ったなし

改革のテーマとして注目度が高まっているのが、年功序列の廃止と人事制度の見直しです。

年功序列は、長きにわたり業務に携わると役職や賃金を上昇させるシステムのことですが、賃上げが大きなコスト負担にならないようにメリハリをつけるためには、必須の取り組みと言えます。

当社のお客様からのお問い合わせでも、前述の2つに取り組みたい、そのために支援してほしい、との相談が増えてきています。例えば中堅の製造業から「勤続年数に応じた年功序列型を廃止」「専門性や個人の能力などでランク付けしたい。勤務年数で報酬があがる時代じゃない」といった声もありました

「どうして年功序列を重視してきてしまっていたのか? 反省している」との相談が舞い込んでいます。ただ、よく考えてみると年功序列なんて目新しいキーワードじゃありません。とっくに廃止されたと思っていた人もいたことでしょう。でも、残念ながら、大半の企業に残っていた古きしきたり。どうして、残っていたのでしょうか?

そもそも、年功序列が生き残っていたことに驚きを感じる人もいることでしょう。1990年代に経済の低迷期がやってくると、成長阻害要因になっていると指摘されて「年功序列を廃し…」というニュースを頻繁にみかけました。ところが、話題にはなっていましたが、実際にはなくならなかったのです。

企業側の調査や社員の意識調査でも7割程度が年功序列の人事制度になっているとの認識でした。

(参照:ロバート・ウォルターズ・ジャパン株式会社の2022年3月調査
(参照:フォー・ノーツ株式会社の2022年6月調査

年功序列はなぜなくならない? 先送りされてきた要因

年功序列はなぜなくならない? 先送りされてきた要因

そういえば、新卒入社以来、外資系一筋で勤務してきた知人が国内系メーカーに転職したところ、45歳になれば全員が部長の肩書がもられる年功序列の職場だったとのこと。「部長と呼ばれながら何をしているのかわからない人がいる」「組織に無駄がありすぎる」と嘆いていました。ただ、驚くほど年功序列が生き残っているのは間違いないようです。

でも、どうしてなのか? 先ほど登場した製造業も、過去に何回か年功序列の廃止を検討したそうです。例として順を追ってみると、①リーマンショックや東日本大震災で業績が低迷②翌年以降の人件費負担を鑑みて年功序列の廃止を検討③ところが、業績が急激に回復④経営判断で先送りにしてしまった、ということのようです。

変革に躊躇したのは、年功序列に代わる「新たな秩序」が自社には合わないと感じたからのようです。新たな秩序とは、成果主義・能力主義。業績や能力の高さで役割や報酬が決まる仕組みです。外資系出身者なら「これしかないでしょ」と言いたいところでしょうが、そうでない人たちには不安を抱く点が幾つもあるのです。

例えば、成果を数字だけで計るようにしてしまうと、数字に表れない部分の評価がおざなりになり、不満が噴出しやすくならないか? 製造、事務、研究、管理といった職種において、どのような観点で評価基準を設ければ公正性が保たれるか、選定が簡単ではない。納得がいかない場合はモチベーションの低下につながる可能性がある。

個々に成果を上げることに集中しがちで、若手の指導や育成がおろそかになってしまわないか。さらには成果の創出を求められる状況はストレスを感じやすく、離職率が上がってしまわないか?ネガティブな意見が幾つもあがり、先送りされてきました。日本企業で人事・組織を変革するのは簡単ではないのです。

株主からも厳しい目

株主からも厳しい目

ただ、こうした抵抗意見があったとしても、大きな外圧もあり年功序列の廃止は先送りできない状況になりつつあります。株主が年功序列を認めないから、生産性の向上を実現するため合理的な説明が困難だからです。

いわゆる人的資本経営に関する情報開示が義務化されて、人や組織に関する情報開示で株主からも厳しい指摘・提案がされる時代になりました。会社は生産性の向上、収益の最大化に向けて何をするか?自らが改革をすすめる必要に迫られているのです。こうした動きに呼応して多くの企業から年功序列廃止の発表を聞くようになりました。

ニュースに影響されて、年功序列の廃止を決定する企業が増えていくでしょう。おそらく、10年以内に年功序列を厳然と維持する会社はなくなっていくはずです。ただ、年功序列に代わる新たな秩序が必要です。

では、どのような秩序をつくるべきか?海外であればジョブ型人事制度の導入となりますが、日本の場合、学卒の未経験者を採用~育成する仕組みは一気に変わることがない前提で考える必要があります。

経験とスキル、育成機会と連動した「日本版のジョブ型」の人事制度を構築する必要があります。若いうちは経験や研修の機会を通じてキャリアアップが自動的に可能であること。ただし、一定以上の役割や仕事は実績やスキルがないとできない仕組みです。

企業としては無駄な役職を減らせて、人事異動の障害になりにくいなど、運用上のメリットは多く、検討~導入する企業が増えています。ただ、移行は簡単ではありません。勤務している社員の生活保障など、企業的には負担を抱えながら、年功序列を廃止。「日本版のジョブ型」へ移行することになります。

幸いにも、現行の日本企業は財務的に健全な企業が半数以上を占めます。将来のために大きく転換に取り組むにはいいタイミングかもしれません。

抜本的改革の好機 リスク見据え分析を

最後に、賃上げが年功序列の廃止と人事制度の見直しを導いていると紹介しましたが、裏側で人的資本経営に関する取り組みも影響している場合があります。

人的資本経営は、人事部だけでなく経営や経営企画、財務部も担当所管として関わるテーマ。結果としてコストインパクトのあるテーマの優先度が上がり、人事部が動き出したとの話を何社も聞いています。

企業は長年、出来なかった改革を行う、よい機会と捉えるべきでしょう。ただ、改革の方向を見誤ると、人材流出やコスト負担増などマイナスの影響が出てきます。組織の状況などきめ細かい分析を行い、効果的な改革案を見出していただきたいと願います。

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