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岐路に立つマンション管理員という仕事
マンション管理員のなり手がいない。その人手不足の背景を探るとともに、マンション管理業務の方向性と、マンション管理員という仕事の行く先を考察した。
マンション管理員の確保はかなり厳しい
最近は多くの業界で人手不足が問題となっているが、マンション管理業界も例外ではない。例外ではないどころか、マンション管理業界の人手不足は、深刻さを増している。
問題は、マンション管理に不可欠な管理員を確保するのが、かなり難しくなっていることにある。従来マンションの管理員は、会社を定年退職した人や早期退職した人の第二のキャリアとして、50歳台の早期退職者や60歳台前半の定年退職者が採用されていた。
しかし、この世代の人たちが管理員の求人に応募しなくなったのである。なぜ50~60歳台前半の人達は管理員の求人に応募しなくなったのか。
高年齢者の雇用に関する法改正の影響
大きな要因として考えられるのが、この10年ほどの間、企業の定年延長、再雇用の動きが顕著となり、これまではマンション管理員の求人に応募していた人たちが労働市場に出にくくなっているという点だ。
その背景には、2013年に施行された改正高年齢者雇用安定法の影響がある。
この改正では、
- 労働者が希望した場合には65歳まで定年を引き上げること
- または65歳までの継続雇用制度を導入すること
が義務付けられた。
つまり労働者が65歳まで働ける環境が整ったということだ。
実際この時期に、大企業を中心に定年年齢を60歳から65歳に引き上げた企業は多い。さらに2021年に施行された改正法では、高齢化の進展や労働人口の減少の中で、70歳までの就業機会の確保が努力義務化された。
3Kの割には低い処遇の不人気業種
マンション管理員への応募者が少ないのは、もともとこの職種に人気がないからという面も否定できない。
マンション管理員の仕事は、世間で思われているよりもハードである。業務内容はそれぞれのマンションで異なるが、管理業務はいわゆる3K(きつい、汚い、危険)職種と認識されることが多い。
朝出勤すると、ゴミ置き場のゴミを収集車が回収する場所へと運び、回収に立ち会い、その後ゴミ置き場の清掃。それが終わると、共用部分の清掃や設備等の巡回点検と続く。
管理員が住人から求められる業務には、管理会社との契約にないものもある。例えば、部屋で留守番をしている高齢の親を見回りに行ってほしいなどだが、住人との良好な関係維持を優先すると、断りにくい。住人からの要望は本来住人から管理会社に入るべきだが、細かな要求やクレームは現場の管理員に直接入る。モンスター住人の執拗なクレームにより、管理員が辞めてしまう事例も少なからずある。
これほど多種多彩な業務内容で、かつ住人とのコミュニケーションでストレスもあり責任も伴う割には、待遇は良くない。給料は上がらないし、交通費が支給されないケースもある。
そこで時給を上げたとしても、なかなか管理員の応募は集まらず、逆に割に合わないからとやめる管理員も多い。なお管理員は都心の高級住宅地ほど希望者が見つかりにくい。なぜなら管理員希望者は自宅周辺で仕事を探す傾向があるからだ。
マンションの3つの高齢化
国土交通省によれば、全国のマンションのストックは約685.9万戸(2021年末時点)。現在これらのマンションで、3つの高齢化が進行している。
ひとつは建物の老朽化であり、これは修繕積立金の不足等の問題を顕在化させている。
次に住民の高齢化が進んでおり、これは管理費の滞納の増加等の問題を引き起こしている。
そしてもう一つ進んでいるのが管理員の高齢化だ。マンション管理業協会の2017年の「現場従業員の雇用の実態に関する調査」によれば、管理員・清掃員等の現場従業員の年齢帯別構成比は65~69歳が48.1%と最も高い。70歳超の11.2%と合わせると、59.3%、即ち約6割の管理員・清掃員が65歳以上ということになる。
管理員のなり手が不足する中で、管理会社は人員を確保するため、採用年齢を引き上げるなどしており、その結果さらに管理員が高齢化している。とはいえ、この年齢層の人々は、これから次々とリタイアして労働市場から去ってゆくため、管理員・清掃員の不足は今後も続くだろう。
新築マンションで進む「機械化」と「集中管理」
最近の新築マンションは、機械警備システムを採用している物件がほとんどだ。
機械警備システムとは、火災あるいは窓やドアを破っての侵入の際などに感知するセンサーを設置し、異常を検知した場合には、契約している民間警備会社(必要に応じて警察や消防)が出動するというものである。
そうしたシステムのおかげで、管理員が常駐していない、あるいは勤務時間が短いマンションの場合でも、住民は一定の安全・安心が確保できる。また新築マンションの多くが24時間集中管理システムを導入しており、専有部分での水漏れ等設備のトラブルも、管理会社の24時間コールセンターに連絡すれば緊急対応してくれる。
これらのシステムの普及は、従来の管理業務の·合理化であると同時に、住民に対するサービスの向上と言えよう。
マンション管理業務で進むDX
マンション管理員の高齢化と採用難が進む中で、DXにより従来のマンション管理員の業務の一部を代替させると同時にサービスの質を向上させようとの試みが、大手の管理会社を中心に進んでいる。
例えば大手マンション管理会社の大京アステージは、2020年6月にDXによる次世代型マンション管理サービスの開発に着手すると発表。その後、管理組合と管理会社との間の管理契約電子化サービスや、顔認証やワンタイムキーを活用した入館管理システムの導入を発表している。
また小田急不動産と小田急ハウジングは、2021年6月に居住者からの問合せや相談に多言語で応対するAIを活用したシステムによるサービスを開始したと発表した。
テクノロジーの進化と活用は今後も進む
現在マンション管理会社やICTスタートアップがAIやRPA(Robotic Process Automation)等を活用して開発しているシステムは、マンション管理員の職務の中で、受付業務や管理会社への報告業務を代替するものが多い。
この分野でのシステムやプロダクツの進化は今後も続くだろう。一方、管理員の職務で多くの時間を占めるのが、共有部分である廊下や階段、エントランスホール、エレベーター、ゴミ置き場の清掃や、照明・エレベーター・消防設備の設備の巡回と点検、ゴミ収集・住民の入退去・設備業者の定期点検への立ち合いなどである。
これらの仕事の一部分もしくは大部分は、今後IoTやAIやロボット技術といったテクノロジーの進化に伴う活用により合理化が進むだろう。
管理員という仕事の行く先
テクノロジーの活用により個々の職務の合理化が進めば、マンション管理員の仕事の3Kの要素は低下するはずだ。
一方で、AIなどのテクノロジーの進化と活用で管理員業務の省力化や合理化が進み、また管理会社の本部による「複数マンションの集中管理」も進むだろう。そうなれば、個々のマンションに管理員を配置する必要はないとの考えが出てくるのは当然だ。
野村総合研究所(NRI)は2015年12月2日、NRIとオックスフォード大学による共同研究で、10~20年後に、日本の 労働人口の約49%が就いている職業において、AIがそれらに代替することが可能との推計結果を発表している。
それらの職業の中には、「寄宿舎・寮・マンション管理人」が含まれている。つまり、マンションの管理員という仕事は10~20年後にはなくなると予想されているのだ。
確かにその可能性は否定できない。逆にAIが出来ない、もしくは不得意なことで付加価値を生み出せれば、生き残りの可能性もあるだろう。AIが不得意なことは多々あるが、マンション管理に即していえば、過去のデータにない突発的な事象の処理、感情や衝動を含む要望やクレームの処理、相手の発言の裏を読みながら行なう交渉事、目的や論理性のないコミュニケーション(世間話)などだ。
日々発生するこれらの要素を含む事象を、合理的かつ住民感情を尊重して処理できる人材を確保できれば、管理員という仕事は現在とは内容を変えて生き残る可能性もある。ただし、そのような人材のコストは高く、それは住民が払う管理費に反映されるだろう。
まとめ
今後もマンションの管理員の不足が続くと予想される中で、管理員の職務をAIやロボット技術といったテクノロジーで代替する動きが加速するはずだ。長期で見れば管理員という仕事は消滅する可能性が高い一方で、テクノロジーで代替できない事象を、管理会社と住民の両方の事情を考慮して処理できる人材を確保できれば、生き残る可能性もあるだろう。
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