混乱は収束するか?

マレーシア

政治家による国家の私物化・モラル欠如は洋の東西を問わず、また新興国に限った話題ではない。しかし、この事件は、現役首相(当時)の関与が疑われる事件としては間違いなく近年稀にみる、腐臭漂う酷いケースだった。

2020年7月28日、クアラルンプールの高等裁判所は、政府系投資会社「1MDB」を巡る裁判で、ナジブ元首相に対し、7つの罪状に関して禁錮12年・罰金2.1億リンギット(約52億円)の判決を下した。
これだけを読めば、腐敗した政治に対する司法の鉄拳が正常に機能し、同国史上の「黒歴史」とも言える1MDB事件もようやく収束するように見える。
だが、ナジブ氏は一貫して無罪を主張、控訴することを表明し長期化が見込まれる上、その無罪獲得の可能性すらあるかもしれないとメディアでも語られる点が、興味深い。

1MDB事件とは

1MDB(One Malaysia Development Berhad)はナジブ首相在任時の2009年、石油の生産で得た資金の運用目的で設立されていた運用公社を、外国資本を直接呼び込む受け皿に改組した、ソブリンファンドだ。

首都クアラルンプールを金融センターへ再開発するとの目的で、アラブ首長国連邦のIPIC(International Petroleum Investment Company)やカタール投資庁(Qatar Investment Authority)を含む海外オイルマネーを引き入れたものの、再開発は思うように進まなかった。

投資先は発電所や電力インフラ投資、社債投資などに多様化。この過程でナジブ首相の義理息子友人ジョー・ロー氏(行方不明)やゲンティン・グループの関与もあってか、マネーロンダリング工場の素地が出来、多くの脱線劇を生んだ。

事件の表面化は2015年7月、アメリカのウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙によるスクープで、1MDBからナジブ氏の私的口座への7億㌦もの資金が移動しているという疑惑が報じられた。
ナジブ首相は強権発動で捜査を止めようとするが、周辺の芋づる的な逮捕劇を止めることは出来ず、遂には国際機関からの捜査着手、同社の資金調達を指南したゴールドマン・サックスまで巻き込む一大金融スキャンダルへと発展した。

国民世論が反ナジブ色となったことを受け、2018年にマハティール氏が野党連合に鞍替えして首相返り咲き、ナジブ氏の逮捕劇につながったとの流れとなる。

実質破綻した同ファンドの電力事業資産売却に際しては、中国も買い手として登場し、地政学的リスクも顕在化した。

ナジブ氏の反撃

マレーシア首都

このまま粛々とナジブ氏を含む1MDBスキャンダルに対する粛清が進むかと考えられていたが、これにマハティール氏の権力欲が絡むことで更に複雑化する。

再任時点で既に90歳を超えるマハティール氏(1925年生)が首相職に就いたのは、アンワル元副首相への禅譲を前提で、当時の野党陣営からの助力を得たもの。
だが、これを覆したことを契機に連立政権内の不協和音が表面化、ここでマハティール氏が首相職を辞職・内閣を解散する(2020年2月)。

以後、マハティール氏は暫定首相として新たな連立政権の調整に打って出るが、結果反対勢力のムヒディン氏が首相に就任。マハティール氏は国会内での不信任決議案提起からの巻き返しを図ったが、ムヒディン政権がコロナ禍を理由に国会機能をストップさせたことで、現時点では反撃の機会を逸した格好になっている。

不可解なゴールドマン・サックスとの和解

上記ゴタゴタの中、ナジブ氏の判決が言い渡される予定の7月28日までに、1MDBに関連して興味深い動きが起こる。まずは一連で逮捕・起訴されていた重要人物の不起訴処分が立て続けに発表される(ナジブ氏の義理子息リザ・アジス氏/サバ州元知事ムサ・アマン)。そして極めつけが判決直前の7月24日、ゴールドマン・サックスと39億米㌦の支払いを条件に和解し、起訴を取り下げ、捜査が終わってしまったことだ。

一連の1MDB事件では、総額45億㌦(約4,700億円)の血税が流出し回収不能になったと、政権に返り咲いたマハティール氏は当時声高に叫んでいた。
その後の資金回収が6億㌦と言われていた中、ゴールドマンの和解金は39億㌦。合わせた回収額は、流出したとされる額と同じ45億㌦。
このタイミングでの和解は決して偶然ではなく、判決間際までナジブ氏は持てる影響力を注いだのだろうと、筆者ですら邪推する。

そのような中でのナジブ氏への有罪判決であっただけに、同国の司法はきちんと機能したとも言える。

ナジブファミリー対マハティール、政争の歴史

マレーシア(当時はシンガポール・ブルネイを含めたマラヤ連合)は第二次大戦後、しばらく英国領となっていたが、1957年に独立する。

ナジブ氏の父親、アブドゥル・ラザク氏は、独立を実現するために奔走。現在連立与党内での最大勢力の統一「マレー国民組織(UMNO)」の基礎を作り、初代政権時の副首相から、2代目の首相となった人物だ。

マハティール氏は、著書「マレー・ジレンマ」(発禁)の執筆で一度は政治の舞台から追放されていたが、ラザク氏に呼び戻され、教育相にまで持ち上げた経緯もある。

しかし、その後マハティール氏に連立体制を崩され、ラザク氏後継のフセイン・オン首相の健康問題が持ち上がると、マハティール氏にその座を明け渡すことになった。そこから、マハティール氏の長期政権が始まっている(1981-2003年)。

いまでは政敵となったナジブ氏も、マハティール政権下で国防相などを務めていた。

マレーシアの政治史は敵・味方が入れ替わり、複雑に絡み合う。だが、長期的に見れば、マハティール氏とナジブ氏ファミリーの政争の歴史でもある。

まとめ

今回取り上げたマレーシアのみならず、東南アジア諸国の多くはタイなどの一部を除いて、第二次大戦後に植民地からの独立によって現在に至っている。それぞれの政治史もまだ日が浅いものが多い。無論、腐敗政治は嫌悪されるべきである一方、何がその背景を構成するのかを理解しておくことも、現地企業の買収や進出の検討に際しては大事な要素であろう。

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