人的資本経営と人材育成 ~最難関課題の「人材育成」、どう取り組むべきか~

人的資本経営の中心となる人材が力を発揮するためには、企業において「人事制度」、「人材育成」そして「企業風土」の三本柱が充実していることが必要となる。今回は、前回扱った「人的資本経営と人事制度」の続編として、人的資本経営の中でも最難関課題である「人的資本経営と人材育成」のテーマについて私見を述べる。

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人材育成はどのように進めるべきか?

人材育成はどのように進めるべきか?

人的資本経営では「経営戦略と連動した人材戦略の実践」が重要テーマである。そして、その大前提は経営戦略を実現していく人材を採用し、育成し、定着させることだ。

そのためには各企業で下記(図表1)のように、人事制度・人事運用、人材育成および企業風土の三本柱が充実した状態で採用した優秀な人材が、着実に能力を発揮し、その後も定着することが重要である。

図表1-人的資本経営イメージ

優秀な人材は、その力を発揮できる育成環境が整い(人材育成)、公平かつ妥当な人事制度のもとで適正な評価がされて昇進し(人事制度、人事運用)、仕事で悩んだ時や壁に当たっている時に相談しあえるような居心地の良い職場環境がある(企業風土)場合に、能力を発揮して活躍し、企業成長の原動力となるのである。これは、新卒一括採用によって獲得した人材のみに当てはまる訳ではなく、中途採用で獲得した人材においても重要だ。

昨今、新卒一括採用中心でメンバーシップ型雇用方式を採用してきた企業が、中途採用で即戦力の人材を採用し、戦力補強または人材の多様化を図ろうとしているケースは多い。

しかしながら、中途採用組が活躍できていない企業も少なくない。これは中途採用で獲得した異質な人材を受け入れにくい保守的な企業風土が存在する場合や、人事運用においてプロパー出身者中心主義が実質的に根付いていて、中途採用人材が一定の管理職以上の昇任において事実上不利益な扱いを受けるような場合に該当する。

そのため、人的資本経営を支える三本柱を設計する際には、外部から来た優秀な中途採用人材についての配慮も重要だ。

本稿では、人的資本経営において最難関課題である「人材育成」を取り上げる。ここでいう「最難関」の言葉は、直接的な効果がすぐに出るような施策がなく、中長期的に効果を出すための施策をいくつか組み合わせて実施する他はない、という意味合いで使用している。

人事制度において、外部のコンサルタントを入れて詳細な設計を行ってきた企業も、人材育成となると、一定の管理職に昇任した場合の内部研修と、外部の研修機関が提供する人材育成メニューを組み合わせて人材育成計画を策定している場合が多い。

しかし「人的資本」を支える「人材育成」は、企業において「経営戦略」の策定・実行の担い手たる経営者を育成するものでなければならない。

そのような企業目的との関連性がないまま、単に他社がやっているような「人材育成」のカリキュラムを個別に導入しても、企業の持続的発展を実現するための人材は育成できないだろう。

人材育成カリキュラムの全体像

人材育成カリキュラムの全体像

企業において、人材育成をどのように進めるかは悩み多き問題である。特に昨今の複雑化した時代を乗り切るためには、企業の変革を推進する柔軟性を持ったリーダーの育成は不可避だろう。

企業の研修は、下記(図表2)の通り、新入社員研修や管理職研修のような必須研修である階層別研修、または一定の基準の下で選抜した社員が受ける選抜研修が中心である。さらに希望者を対象とした目的別研修としての職能研修がこれに加わる。

図表2 研修体系

なかでも、多くの企業研修の中心が階層別研修だ。

これは、社員の役職にあわせて一律に知識のインプットや心構えを講義形式で行うものであり、社員全体のレベルアップを図る。

一方の選抜研修は、一定の基準によって選抜した者に対して外部機関のMBA講座を利用する場合や、将来の幹部候補生と目される社員に対して社内の幹部または外部講師が社内で経営者育成研修を行う。

この選抜研修の内容の充実が、今後の企業の競争力を大きく左右するものと言って過言ではないだろう。重要なことは企業の経営戦略を考慮して、どのような経営人材を育成するかという点だ。

外部の研修講座や外部講師は、一般的な経営者に必要な教育をするが、そればかりに頼ることなく、この選抜研修では各企業で育成したい経営者像を描いた上で、独自の選抜研修カリキュラムを策定が望ましいだろう。

選抜研修の対象とする社員像

選抜研修の対象とする社員像

通常の企業においては、新入社員で入社してから10年間を経過する30歳代前半から、選抜研修が始まるケースが多く、その場合、外部のMBA研修などを採り入れる企業が少なくない。

このような研修は、論理的思考やビジネスに必要なスキルの習得において大変重要だ。一方で、昨今の優秀な人材は早期に自己成長ができる環境に身を置くことを望んでおり、その場合、MBA研修などのスキル研修は、もっと若い時代(20歳代後半)から実施することが必要だろう。

「若い時代に汎用性のあるスキルを習得すると転職するリスクがある」と懸念する企業もあるが、自己の早期成長の機会が少ない企業に見切りをつけて転職する者が増えている状況を考えると、人材育成において教育機会の出し惜しみは馴染まないのではないだろうか。

もう一つ重要なのは、30代後半から40代半ばにかけての優秀層に対する次世代経営者人材育成の研修機会だ。

これらの人材は、15年超の社員生活の中で、現在の仕事で手ごたえとやりがいを持ち、部下を相当数抱える役職(課長職・部長職)に就いている中間管理職層であり、この世代の人材幅を広げて将来の経営者または役員の候補者になる人材を見極めていくことが非常に重要だ。

この世代は入社同期の間でもすでに差が出始めている世代であり、仕事に対する自信のほかにも、自分の会社内での立ち位置を考えて、将来を現在の会社で過ごして重要なポジションに就くことを目指すのか、それとも転職をしてもっと自分を生かせる勤務場所を探すか、のいずれかの判断をする世代でもあるだろう。

転職市場でみると、特に35歳から40歳の世代は、自己のキャリアを大幅に変える時期としては最後の時期であり、他社からみれば、即戦力の中途採用ヘッドハントにおいて人気の世代だ。

このような時期に選抜された優秀なメンバーを対象に、経営者になるための人材育成の研修機会を設けることは重要だ。そしてこの世代は、そこで学んだスキル、思考方法や経験を自分のものとして生かせるような吸収力がある世代でもあるのだ。

一方、45歳から50歳前後までの役員候補一歩手前の世代に対しては、いわゆる研修方式(OFF-JT)による研修も必要ではあるものの、新たなスキルや思考方法を学ぶというよりも、役員としての心構えや職場での経験(OJT)による経験が重要となる。

この世代は社員として25年が経過しており、自分が活躍するための一定の勝利方程式ができている世代であり、それ以降はそれまで培った勝利の方程式で勝負することが基本となる。

育成したい経営人材像をどのように捉えるか

育成したい経営人材像をどのように捉えるか

どのような経営人材を育成すべきかという議論になると、経営陣の間でも意見が分かれる。

現在の経営陣が自ら育った時代環境(バブル時代の大量採用時に入社し、その後バブル崩壊で苦労をしてきた世代)においては、日々の仕事に追われて必ずしも十分な教育研修の機会を経てきた訳ではない。

現在の経営陣が20歳代だった時代は、高度成長後の日本企業がいまだ国際的に勢力がある時代を生きてきた上司の下で育てられたため、時間の際限なく仕事に励んでいた(現在のような働き方改革のような考え方は重視されなかった)。

夜は異業種交流会でネットワークを広げ、優秀層は海外の大学に留学しMBAを取得し始めた世代でもある。そしてバブル崩壊後は、リストラクチャリングや構造改革のような、どちらかというと後ろ向きな仕事にも従事していた。

その時代に必要とされた経営者は、新規事業や創造性のある仕事を得意とするリーダーではなく、不採算の事業を構造改革によって縮小・撤退させ、コア事業に集中するとともに、効率化を図ることを実現する決断力と実行力のあるリーダーだった。

しかし、現在は不採算の事業の撤退とコア事業の集中という図式で、減収増益の事業計画を描くような事業計画を策定している企業は少ない。

今求められているのは、変化の激しい経済環境(カーボンニュートラル、ESG、経済安全保障など)の中で、新しい事業、異なるエリアまたは新しい顧客層に対していかに事業を広げていけるか。さらに、縮小する市場環境の中にあるコア事業をどのようにしてビジネスモデルの転換を図っていくか、というテーマを実践できるリーダーである。

そのようなリーダー像自体については、大きな異論はないかもしれない。ところが実際の経営陣の中にはそのようなリーダーはほとんど存在しないため、具体的なリーダー像の当てはめになると、意見が分かれるところである。

  1. 創造性が豊富な人でも、これまでの勤務態度や会社に対する忠実性において高い評価ではない者。例えば、ワークライフバランスを重視し、必ずしも会社のために時間を惜しまずに働かない人は、リーダーとして推しにくいという心理的な要素もある(自分たちの世代においては、必ずしも評価されなかった人物像のため)
  2. 目立ちたがり屋で、いかにもリーダーとしての態度が旺盛の人においては、比較的、決められた事を実行していくための実行力に長けている人が多く、このような人はリーダーとして推しやすい人ではある。一方で、自ら経営戦略を構築していくような創造性が乏しい場合も多い。
  3. これまで自分が担当していた部署の業績は抜群で、上司からの評価も非常に高い人。しかし、部下に対して厳しすぎる面があり、部下からの人望がない人。
  4. 創造性があり、尋ねれば斬新な意見を言う人であるが、コミュニケーションが得意でないため、グループや組織の中では目立たない。ポジションが人を育成するという考え方からすると、リーダーに指名すれば、リーダーらしくなる可能性はある、と考えるべきか。

一般的にリーダーに必要な資質は、以下の通りと言われている。

【決断力(慎重な検討と大胆な決断)】
【積極性】
【実行力】
【コミュニケーション力】
【情熱】
【冷静さ】
【忍耐力・執着力】
【情報収集力および社内外のネットワーク構築力】
【大局観と先見性】
【柔軟で創造的な発想力】

しかし、これらをすべて持つ人は通常の会社内には存在せず、世の中にもほとんどいないのではないだろうか。

私は育成する経営人材像にとって重要な要素は、部下を含めて、組織の力を最大限発揮させることのできる「柔軟性と決断力に秀でた人材」ではないかと考える。

リーダーに必要な要素をすべて持っている人はいない以上、組織のほかのメンバーの力を引き出すことで、リーダーに必要な要素を組織として満たす以外に方法はない。

会社は単なる個人の集合体ではなく、人と人が有機的に一体となって力を発揮する組織集団である。そのとりまとめをするリーダーの必要な資質は、組織をまとめて導くことができる力であり、そのためには組織の多様な人材の意見に耳を傾けつつ、それらの意見を集約し、決断をしていく力だと考えている。

ただ、この点以外の部分において、育成すべき経営人材像は一律ではなく、企業が置かれている環境によって異なる。

成長中の会社であれば、それらを伸ばしていけるような行動力と積極性が必要であり、ビジネスモデルの大きな転換を必要とする企業であれば、まさに経営改革人材となる戦略構築力・決断力・実行力が重要だろう。一方で、赤字で不採算事業の立て直しを必要とする企業であれば、場合によっては従来のような構造改革断行を得意とするようなリーダー像が必要となる。

人材育成の主要な要素

人材育成の主要な要素

人材育成の主要な要素を、会社の階層ごとに考えるときに参考となるのが、著名な経営学者であるピーター・ドラッガー(1909-2005)が提唱した「ドラッカーモデル」である。

ドラッカーモデルは、ハーバード大学教授のロバート・カッツ氏が1950年代に提唱した「カッツモデル」を基準とした修正版モデルであり、その概要は以下の通りだ。

図表3 ドラッカーモデル

図表3では、左欄に役職の階層である「トップマネジメント(経営者)」「ミドルマネジメント(部長職)」「ロワーマネジメント(課長職)」「ナレッジワーカー(知的労働者)」が記載されている。そして、図中には役職別に「コンセプチュアルスキル」「マネジメントスキル」「ヒューマンスキル」「テクニカルスキル」の必要な割合を示している。

ここで登場した各スキルをそれぞれ説明する。

「コンセプチュアルスキル」とは、

①概念的思考力
多くの知識や情報を整理分析し、複雑な事象を概念化することで、物事の本質を見極める能力

②論理的思考力
物事の結果と原因を明確にとらえ、両者のつながりを考える能力

③拡散思考力
固定観念や既存の手法にとらわれず自由に考える思考力

④批判的思考力
物事の本質を見極めるために、様々な事象にあえて疑いをもって考える思考力

が含まれる。こうした考え方、思考力は若い時代から訓練することが重要だ。

次に「ヒューマンスキル」とは、良好な対人関係を構築し、かつ維持するに必要な能力である。たとえば、上司や部下との関係、顧客との商談での信頼関係づくりといった「人」と関わるあらゆる場面で求められる重要な能力だ。

組織の関係者を巻き込んで物事を進めていく力もこのスキルに含まれる。具体的に言うと、

①リーダーシップ力
組織や部署を目標に向かって牽引する能力

②働きかけ力
部下やメンバーの目標達成などに対する意欲を引き出す能力

③コミュニケーション力
関係者や顧客と情報を正確にやり取りすることができる能力。話す力だけでなく、聞く力も含む

④プレゼンテーション力
相手から合意や賛同を得るために必要な情報を的確に、説得力を持って伝える能力

⑤交渉力
利害関係が異なる相手と互いが納得できる点を見つけ出して合意を得るための能力

である。特に今後経営者を目指す人材(図表3の赤字の②で示された点線の人材)はこうしたヒューマンスキルを身に着けることが重要だろう。

「マネジメントスキル」は管理職や経営者に必要な管理能力のことだ。具体的には

①目標設定+伝達力

②状況把握力

③進捗管理力

がある。このスキルもヒューマンスキルとともに、経営者を目指す人材にとって、必要不可欠な能力である。

最後に「テクニカルスキル」は、業務遂行に必要な能力や知識のことであり、マニュアル通りに進められる「定型業務能力」や、必要な情報を集められる「情報収集能力」などが含まれる。昨今は、会計、法律、金融および語学の専門分野における基礎的な知識もこれに含まれる。特に、20歳代の若い世代に対して集中的に身に着けさせるスキルだ。

人材育成の手法

人材育成の手法

人材育成の手法は様々なものがあり、各企業で功を奏した育成方法も多い。本稿では、特に図表3の①と②の人材に対する育成方法について述べたい。

20歳代後半人材の育成(図表3の赤字の①)

20歳代において早期に自己の成長をめざしている人材には、単に自社の業務遂行に必要なテクニカルスキルの学習だけでなく、会計、法律、金融、語学といった汎用性のあるテクニカルスキルを身に着けさせることが重要だ。

会計や法律といった知識は現在の業務に直結しないことから、なかなか教育機会を設定しにくい。しかし、対象者が管理職以上になったとき、会社を経営する視点で必要となる知識や技術になる。ただし、これはあくまで本人の希望による目的別教育として実施すべきだろう。

加えて重要なことは、この世代の人材にコンセプチュアルスキルを身に着けさせることだ。概念化力や論理的思考力は、管理職を目指す30歳代後半以降で身に着けるのでは遅い。20歳代の若い時代から身に着けることで、その後にビジネスを進めていくうえで大いに役立つはずだ。

基礎的な仕事をマスターできるようになった20歳代後半は、各部署で最も労働力として期待される世代であり、多忙だからこそ、この世代に対しての人材育成は躊躇する企業も少なくない。

特に、会計などの汎用性の利くテクニカルスキルは、転職にも役立つ知識なので、企業としてどこまで育成にコストをかけるべきかという議論もある。しかし、最も吸収力のある20歳代後半の世代こそ、汎用性のあるテクニカルスキルやコンセプチュアルスキルを身に着けさせるべきであり、企業もそのような世代の人材育成に投資をすべきである。この場合に、外部講座のMBAの講座を履修させることは有効な手段だ。

30歳代後半~40歳代前半人材の育成(図表3の赤字の②)

この世代は、次世代(10年後)の経営者を輩出する世代であり、ヒューマンスキルとマネジメントスキルの教育が中心となる。

今後育成したい経営者像次第ではあるが、自社の経営改革を担える変革型経営人材を育成する場合、組織やグループの意見を集約しながら戦略を構築し、それを示して組織を引率できるリーダーシップ力の育成が重要になる。

この次世代経営者の育成研修では、各部門から選抜された優秀層を選抜したグループをいくつかつくり、そのグループの中で、リーダーシップ力を磨かせる手法をおすすめする。

個人ごとの学習でリーダーシップ論を学び、それを各人の職場で実践する方法も一定の効果を発揮するが、企業全体を動かすとなると、部門間の垣根を超えた人材の集合体の中で、リーダーシップを発揮する力が重要になるのだ。

この世代は、部門間横断で結成する重要なプロジェクトリーダーを今後経験していくことになるため、そうしたプロジェクトを円滑に行うためのトレーニングとして、グループ研修方式の次世代経営者研修がおすすめだ。

また、本物のリーダーは自分が上位職に就く前から、グループの中でリーダーシップを発揮している人材であることが多く、そうした人材を会社として見極めるためにもこのようなグループ研修は重要な機会となるだろう。

最後に

人材育成に特効薬はない。企業が業績の如何にかかわらず、人材に対して継続的に教育投資することが、将来の経営者育成には重要だろう。この人材への投資こそが、ひいてはサステナブルな経営を実現するための最重要施策であることを忘れてはならない。

参考文献

「人事制度の基本」西尾太著 日本実業出版社
「人的資本経営のマネジメント」一守靖著 中央経済社
「人事制度 改革大全」吉田寿著 中央経済社

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