事業撤退・売却は急ぐべきか

急ぐ

日本企業において、事業ポートフォリオの「選択と集中」が浸透するにつれ、事業の撤退や売却に対する抵抗感は希薄化し、事業売却は経営戦略の一手法として定着しつつある。

とりわけ、事業ポートフォリオの整理を迫られる経営者にとっては、事業撤退や売却は経営戦略上取り得る選択肢として、頭の片隅に常に置かれていることだろう。

この記事では、こうした状況を踏まえて、事業撤退や売却のタイミングの見極め方について、一つの考え方を提言する。

経営理論の世界では、ボストン・コンサルティング・グループ(アメリカのコンサルティング会社、Boston Consulting Group)によるPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)やそれを応用し、ゼネラル・エレクトリック(General Electric、GE)とマッキンゼー&カンパニー(アメリカのコンサルティング会社、McKinsey & Company)が共同開発したGEビジネススクリーンが有名だが、いずれも、市場成長率や市場シェア、競争優位性などで明らかに劣後する事業からは早期に撤退することを勧めている。

一方で、業界環境や事業見通しに(少なくともある程度の)確信を見出せる場合は、早期に事業撤退や売却することなく、(結果として残存者利益の享受者になることも視野に入れながら)事業撤退や売却のタイミングを虎視眈々とうかがい、より高値で事業撤退や売却を図るといった戦略も考えられる。

携帯電話販売業界における業界再編事例

再編

ここで、フロンティア・マネジメントが少なからず関与し、断続的に業界再編が進む携帯電話販売業界の事例を取り上げたい。

携帯電話回線・端末提供会社の大手3キャリア(NTTドコモ・KDDI・ソフトバンク)の販売店舗を運営しているのが、携帯電話販売会社だ。

実は、大手3キャリアが直接経営している販売店舗は極めて少ない。携帯電話販売会社が大手3キャリアから携帯端末を仕入れ、小売店舗で代理販売を行い、販売台数に応じた手数料を大手3キャリアから受領するのが基本的なビジネスモデルだ。

同業界は、携帯販売台数の伸びと共に新規参入者やプレイヤーが増え、大手総合商社や大手電機メーカーなどもこぞって業界に参入していた。

しかし、携帯販売台数の伸びの鈍化と市場成熟に伴い、かかるプレイヤーは事業撤退と売却を選択し、2019年現在は、ティーガイア、ノジマ、光通信、コネクシオ、MXモバイリング、兼松コミュニケーションズ、ベルパークといった顔ぶれが残る。

図表は、同業界における2001年以降の取引価額100億円以上のM&A案件に関して調査し、M&A取引において重要な指標である「EV/EBITDAマルチプル」の推移を整理したものだ。

成長鈍化と市場成熟が進んだタイミングで、事業撤退や売却を選択した売り手は、より高値(高いマルチプル)で事業売却に成功したことがわかる。

この結果には、大きく2つの理由が考えられる。

  1. 規模の経済:同業界は、販売台数に応じた手数料額や料率が携帯電話販売会社に設定されており、規模の経済が作用しやすい。規模の経済が作用する業界では、ある程度の規模を有する企業が撤退・売却を試みた場合、買い手は規模の経済を通じ十分に期待リターンを享受できると判断するため、売り手にとっては一定のプレミアムを乗せられた価額での事業売却が成立する可能性がある。
  2. 希少性:同業界は、業界再編が進み、業界内のプレイヤー数が減少し、ある程度の規模を有する企業の希少性が高まっている。この場合、買い手にとって当該企業を競合プレイヤーに買収されることには、大きな機会費用がともなう。したがって、買い手は当該機会費用を買収価額に加味するため、売り手にとっては、上記1に加え、さらなるプレミアムを乗せられた価額での事業売却が成立し得る。

ご覧いただいた通り、必ずしも早期の事業撤退や売却だけが取りうる戦略ではなく、業界特性に応じ、事業撤退や売却のタイミングを虎視眈々と窺い、より高値で事業撤退や売却を図るといった戦略も考えられる。

一方で、規模の経済が作用しない業界では、上述の考察は該当せず、業界再編の流れに取り残されると、買収対象とさえ認識されない可能性がある。かかる業界においては、早期の業界再編への参加や他事業との連携を模索することに合理性があることを留意いただきたい。

なお、2019年9月現在、本格的なサービスの提供開始延期が発表されたものの、今後、楽天が携帯電話回線や端末提供事業に参入する予定であり、大手3キャリアの寡占市場に、新たな競争環境が創出されることになる。

楽天は既にサービス提供を開始している新技術5G(第5世代移動通信システム)やMVNO(仮想移動体通信事業者)の需要も取り込みつつある。かかる外部環境変化を受け、改めて再編機運が高まるものと理解している。

事業撤退・売却タイミングの見極め方

見極め

事業ポートフォリオの整理に迫られる経営者は、早期の事業撤退や売却が最適な選択肢か、一歩立ち止まって、検討してほしい。

弊社から、事業撤退や売却タイミングの見極め方として、以下4つの問いを提案したい。この4つの問いにすべて該当する場合、必ずしも早期の事業撤退や売却のみが取り得る選択肢ではないこと、つまり、事業を当面継続し、業界再編によるプレイヤーの減少を受け、より高値での事業撤退や売却を実現する可能性も追求可能と考える。

  1. Perspective(見通し):対象事業の短期・中長期的な見通しに(少なくともある程度の)確信を見出せるか?
  2. Will(意志):そもそも、対象事業を継続する意志はあるか?
  3. Skill(能力):対象事業を継続して経営できるSkill Setを持った人材はいるか?
  4. Re-Capital Allocation(再投資領域):事業撤退・売却によって得られた対価の再投資領域が存在しないか?(売却対価が余剰現預金となり得ないか)?

外部との議論・外部資源活用を通じ、事業撤退・売却タイミングの見極め精度をさらに高める

精度向上

事業撤退や売却は自社からリソースを切り離す選択であり、痛みをともなう意思決定だけに、慎重な議論を要する。ときに、自社だけの閉じた議論ではなく、上記4つの問いへの検討を深めるため、外部リソースの活用も検討いただきたい。例えば、社外の経営コンサルティング機能とM&Aアドバイザリー機能とを活用することにより、事業環境に臨機応変に対応し、事業撤退や売却タイミングの見極め精度を高めることも可能となるであろう。

※機関誌「FRONTIER EYES」vol.27(2019年11月発行)掲載記事を修正の上再掲

執筆者:近江 直史
執筆者:澤 拓磨

関連記事

コーポレート・ガバナンス・コード改訂を視野に 内部通報制度から考える企業統治

菅義偉内閣が発足して3カ月が経過した。コーポレート・ガバナンスは2020年11月に開催された政府の成長戦略会議においても議題に挙がったように、現在も日本経済と企業の課題の一つだ。2021年にはコーポレート・ガバナンス・コード(CGC)も改訂される見通しであり、本稿では特に内部通報制度の視点からガバナンスの強化を考察したい。

GMO、あえて進める親子上場 古くて新しいガバナンス

今回は、GMOグループのガバナンスに関する考え方を取り上げたい。GMOグループは2020年12月現在、10社が上場。今後もグループ約130社のうち、20~30社程度を上場したほうが良いと考えている模様だ。いわゆる「親子上場」の解消に動く昨今の流れと逆行する背景には、創業以来進めている熊谷正寿代表の基本的な考え方が反映されている。

カウンター・インテリジェンス 産学に求められる、経済安全保障対策

経済安全保障に関する議論が熱を帯びている。2019年に外為法が改正され、外資が国内の指定企業の株式を持ち株比率で1%以上取得する場合は事前に届け出が必要となったのはその一例だ。政府は2020年4月、国家安全保障局に「経済班」を新設し、軍事転用可能な機微技術の流出防止等、経済安全保障政策を進めているが、日本企業に死角はないのか。

ランキング記事

1

GDP2065年までに4割減予想 中小企業の生産性向上が不可欠

日本の生産年齢人口がこのまま減り続け、企業の生産性が向上しなければ、日本のGDPは現在より2065年には約4割減ることになる。そうならないためには、企業数の99%以上を占める中小企業の生産性向上が不可欠だ。中小企業再編の議論が高まる中、特に地方企業が何をするべきか、考察した。

2

テスラの躍進とESG/SDGs投資 GAFAに続くプラットフォーマー

イーロン・マスク氏が率いるテスラ社の時価総額が2020年中にトヨタ自動車を上回り、一時US$8000億を突破し、既に4倍近い差をつけた。20年中に7倍以上という株価上昇の背景は、ESG/SDGs投融資資金の拡大、同氏が率いる宇宙開発会社「スペースX」社(非上場)の企業価値急拡大などと推測される。この記事では、テスラの急伸長の背景にあるESG/SDGs投資の拡大と、エネルギー分野におけるプラットフォーマーを視野に入れた成長戦略について考察する。

3

コロナ禍に有効なアーンアウト条項とは シンガポール案件からの考察

コロナ状況下でもASEAN地域においてPEファンドによる売却が積極的に行われている。アーンアウト条項を通じ、コロナ状況下のリスクを買い手と売り手で分担している例もみられ、危機時の参考事例として紹介・考察したい。

4

2021年展望  化粧品業界 急回復もレッドオーシャン化する中国市場

国内化粧品市場は厳しい環境が続く中で、多くの化粧品企業が来期以降の業績回復の牽引役として、中国経済圏での売上拡大を掲げている。しかし、中国市場は欧米、中国、韓国メーカーの勢いが増しており、レッドオーシャン化しつつある。グローバル競合が激化する化粧品市場において、消費者に向き合ったコミュニケーションの進化が差別化のカギとなる。

5

村上春樹さんに学ぶ経営⑨どや、兄ちゃん、よかったやろ?クーっとくるやろ?

過去2回、「ニッチ」とは「すきま」ではなく、はるかに深い概念であることを見てきました。では、どんな状態になると真の「ニッチ企業」になったといえるのでしょうか?

人気のキーワード

海外スタートアップ情報はこちら!  寄稿・執筆者募集中