短すぎる経営者の在任期間 長期体制が変革を起こす

企業経営者の最適な在任期間がどれくらいかという問いに答えるのは容易ではない。短いと抜本的な経営の基盤強化や立て直しに臨むことは難しく、長いと経営手腕が衰えるという指摘もある。

明確な答えを示すことはできないが、過去の研究や筆者の記者経験を勘案すると、3年程度では短すぎるということは言えそうだ。

短期で定期的に経営者が交代する企業で、業績が長期低迷しているのであれば、経営者の在任期間を長期化することが打開策になるかもしれない。一方で、経営者の長期在任はリスクをはらむため取締役会の役割が重要になる。

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在任期間とPBRの関係

在任期間とPBRの関係

経済産業省が1月に開いた経済産業政策新機軸部会で、ある調査結果(※)を公表した。

日本企業のCEO在任期間と株価の関係を調べたもので、CEOの在任期間が短期かつ近似(各CEOの在任期間が同じくらいという意味)している企業は、PBR(株価純資産倍率)が低い傾向にあると結論付けた。

また、日本のCEO(TOPIX500銘柄のうち時価総額上位30)の平均在任期間は、1~3年が24%、4~6年が44%、7~9年が17%、10年以上が15%と分布しているのに対し、米国のCEO(S&P500銘柄のうち時価総額上位30)は1~3年が16%、4~6年が27%、7~9年が14%、10年以上が43%になっているとの調査結果も公表。日本はCEOの在任期間が相対的に短いとした。

審議会の議論の詳細は不明だが、日本の経営者の在任期間が短いことを問題視しているようだ。

(※)第19回産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 資料4「価値創造経営の推進に向けて」

在任期間が短い背景とは

在任期間が短い背景とは

日本の経営者の在任期間が短い背景について、九州大学大学院の内田交謹教授は次のように指摘する。

伝統的な日本企業は、終身雇用・年功序列を前提に、従業員間に長期間の「昇進トーナメント」が実施されてきた。

経営者や取締役のポジションは、長期の昇進トーナメントにおいて従業員が目指す最上位の「Prize(賞)」であり、彼らを動機づけるうえで重要な役割を果たしてきた。

経営者を定期的に交代することで、Prizeが得られる確率が一定以上あることを示す必要があり、経営者の在任年数をそれほど長くすることはできない、という。

「3年ではめどがつけられない」

「3年ではめどがつけられない」

経営者の在任期間にかかわる研究や論考はこれまでに多くなされてきた。

神戸大学大学院の三品和広教授は著書「経営は十年にして成らず」で、「『できること』、または『為すべきこと』と判断する企ては、三年前後でめどがつく保証のないものばかりである。企業幹部は(中略)自らの在任期間内に完遂できる見込みのない大計には、簡単に手を出さない」と指摘している。

そのうえで「十年以上かけて会社を良くするつもりになれば、本当にどこに手を付けるべきなのかが見えてくる」とし、好事例にリコーの浜田広氏(社長在任期間13年)らを挙げている。

また三品教授は別の著書「戦略不全の論理」で、上場企業の利益率の低落傾向が社長在任期間の短縮化傾向と重なることを示した。

長期化で業績低下 米国の事例

長期化で業績低下 米国の事例

一方、英誌エコノミストは2023年9月の論考記事「懸念呼ぶ米CEO在任長期化」で、1991年に米コロンビア大学のドナルド・ハンブリック氏らが発表したCEO在任中の経営手腕に関する論文を引用している。

就任当初の数年間は業績が改善するが、その後は変化にあらがうようになったり、仕事への熱意が薄れたりして業績が低下するといい、米CEOの在任期間長期化に警鐘を鳴らす。

CEO就任後最初の約10年は業績が右肩上がりになるが、その後は横ばいとなり15年以降は下り坂に転じる、とする論文も取り上げた。

記者として見た短期・長期の功罪

記者として見た短期・長期の功罪

いずれの主張も多少の例外はあるが、筆者の経験と符合する。筆者は前職が日刊工業新聞の記者で、15年ほど企業取材を重ねた。

経営者の在任期間がもっと長ければ、よりよい結果になったのではないかと思われるケースもあれば、短ければ事態がここまで悪化しなかったのではと思われるケースもあった。

ある自動車部品メーカーでは、2000年代後半から、社長が15年間で6回交代した。

1人当たりの平均在任期間は2.5年となる。その間の営業利益率は、おおむね業界平均を下回っており、最近、外資の同業に買収されることが公表された。同様のケースに複数遭遇した。

もし、1人の経営者が長期視点で腰を据えて経営に臨むことができたのなら、経営者の力量にもよるが、強い成長軌道に乗せられた可能性は十分あったと感じる。

より深刻なケースとして、業績不振で経営破綻に追い込まれたり、不祥事が発覚したりする事態にも多く出くわした。その中には、経営者の在任期間が10年を優に超えるケースが散見された。

各ケースとも失敗の要因は複雑かつ多様だが、権限が過度に集中するなど経営者の長期在任で顕在化したリスクが一因と思われるものもあった。

1人の経営者が長期にかじ取り

1人の経営者が長期にかじ取り

事業のライフサイクルなど業種や個社によって事情は様々なので、最適な経営者の在任期間を明確に示すのは難しい。

しかし、これまでの論考記事や研究成果、筆者の経験から総じて言えるのは、企業を持続的成長に導くのに、経営者の在任期間が3年程度では短すぎるということだ。

短期の経営者がうまくつないで持続的成長を実現しているケースもあるが、1人の経営者に長期でかじ取りを任せたらより力強い成長につなげられる可能性がある。

取締役会の実効性強化とセットが不可欠

労働人口減少や就労意識の変化で人材の流動化が注目され、終身雇用などかつての日本的雇用は変容しつつある。

これを機に、短期間で経営者が交代する慣習がある企業は、業績が長期低迷しているのであれば、経営者の在任期間を長期化することを検討してはどうか。

経営者の在任期間を長期化しようとすれば、経営者を支える幹部の在任期間を長期化することも求められよう。

組織の慣習を改めるのは一朝一夕にはいかない。だが、長期を見据えた経営体制は安定した持続的成長の基盤となる可能性を秘めており、一考に値する。

当然、長すぎてもいけない。経営者の在任期間長期化はリスクもはらむため、取締役会の実効性強化とセットで行う必要がある。

経営者の選解任は取締役会の重要な役割であり、経営者に問題があれば躊躇なく交代させなければならない。

長期視点での後継者育成も一層重要になり、取締役会が主体的に関与することが求められよう。

参考文献

三品和広著「経営は十年にして成らず」「戦略不全の論理」(東洋経済新報社)
「懸念呼ぶ米CEO在任長期化」(エコノミスト2023年9月9日号)
内田交謹著「経営者のキャリアとコーポレート・ガバナンス(視点)」(M&A専門誌マール2022年11月10日)

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