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経営者にこそ必要な「燃える闘魂」 稲盛和夫氏、アントニオ猪木氏から学ぶこと
今年逝去した著名な経営者である稲盛和夫氏(8月24日没)と、著名なプロレスラーだったアントニオ猪木こと猪木寛至氏(10月1日没)の2人に共通する言葉は、「燃える闘魂」である。本稿では両者の功績から、「燃える闘魂」が経営者にとっていかに必要かを解説する。
偉大なるプロレスラー・アントニオ猪木氏の「燃える闘魂」
10月1日の朝、日本のプロレス界を牽引したレジェンドであるアントニオ猪木氏が逝去したというニュースが入った(享年79歳)。私は小学生の頃から大のプロレスファンであり、猪木氏が創設した「新日本プロレス」の興行はいつもテレビなどで見てきた。だからこそ、逝去のニュースを聞いたとき、大きなショックを受けた。
猪木氏は現在の日本最大のプロレス団体・新日本プロレス(親日)の創設者であり、自らIWGPヘビー級のベルトを創設するなど、様々な世界的レスラー(ビル・ロビンソン氏、ボブ・バックランド氏、スタン・ハンセン氏、ハルク・ホーガン氏など)と戦ってきた。
また、ボクシングの世界ヘビー級チャンピオンであったモハメド・アリ氏や、オリンピックの柔道無差別級の金メダリスト、ウイリエム・ルスカ氏、極真空手のチャンピオンであったウィリー・ウィリアムズ氏などと異種格闘技戦を戦い、世間の話題をさらった。いずれも、プロレスが最強の格闘技スポーツであることを証明するために行ったイベントだったが、当時としては奇想天外な異種格闘技戦の実施が多くのファンを惹きつけることに成功。プロレスに対する世間の認知度向上にも大きく貢献した。
猪木氏の魅力①「執念と闘争心」
猪木氏の一つ目の魅力は、世界のどの対戦相手にも負けない執念と闘争心ではないか。「燃える闘魂」は、敵の攻撃を受けたとしても決してあきらめずに最後まで戦う闘争心のことを意味するという。
そして、その闘争心は決して秘めたるものだけではなく、周囲にも明確にわかる形で「闘争する雰囲気」を示すことや、「闘争するパフォーマンス」を行うことも意味していた。
猪木氏は、「燃える闘魂」を持った戦士としての雰囲気を自ら醸し出して、自己を発奮させるとともに、対戦する相手方に対しても威圧感を与えた。そして、そのような戦う姿が、プロレス会場やテレビで視聴している多数のファンに大きな興奮をもたらしたのだ。
この「燃える闘魂」の重要性は、経営の世界においても同様ではないだろうか。企業経営をしていると、危うく挫折しそうな厳しい局面が多々あるが、その際経営者は打ちひしがれたままではいけないし、決して周囲から分かるような意気消沈した態度をとってはならない。
厳しい局面でも諦めずに戦う闘争心を持ち、かつそれを周囲に示すことで企業の雰囲気はがらりと変わるものである。もし、自分が勤務している会社の社長が業績の悪化にともなって沈んだ態度のままでいたら、部下の社員は会社の将来に対し大きな不安を抱くに違いない。経営者がファイティングポーズを維持する限り、社員は会社に対して希望を持ち続けることができ、モチベーションを維持しつつ前を向いて仕事をすることが可能となるのだ。
猪木氏の魅力②「チャレンジ精神と企画力」
猪木氏の二つ目の魅力は、世間が見たいような試合やファンを飽きさせないようなイベントを仕掛けるチャレンジ精神と企画力だろう。
猪木氏は、力道山氏によって創設された日本プロレスを追放された後の1972年、新日本プロレスを創設した。しかし当初はテレビ放送もなく、苦しい経営が続いたため、有力な外国人プロレスラーの招聘も難航した。
それまでのプロレスは日本人レスラーが巨体の外国人レスラーを倒すという構図で構成され人気を博していた。しかしながら、新日本プロレスは外国人レスラーの招聘ができない以上、日本人同士の対決でファンを惹きつけるしかないと考えた。そのため、それまでタブーとされていた大胆な日本人対決(元国際プロレスのエースであったストロング小林氏との対決、大木金太郎氏との遺恨試合など)を実施し、それによって徐々に人気が出るようになった。
また、1980年代においては自身の弟子であった藤波辰爾氏や長州力氏との師弟対決も頻繁に行い、当時のプロレスファンを大いに沸かせた。
加えて、プロボクシング統一世界ヘビー級チャンピオンであったモハメド・アリ氏との一戦は、世界各国に中継されて話題を呼び、プロレスを知らない人々にも異種格闘技戦やプロレスラーの認知度を広げるのに貢献した。これまでの常識を覆す企画やイベントを考案・実行して世間の注目を浴びる手法は、企業経営にとっても大変参考になる。
企業経営を取り巻く環境は、ここ数十年で大きく変化している。グローバル化の進展に伴って国境の垣根が消滅。そして顧客ニーズの多様化と新しいデジタル技術の進展にともなって、業種間の垣根も消滅していく傾向にある。このような中、これまでの常識を超えた発想力や企画力は、企業経営者にとって必須の能力になりつつある。
つまり「燃える闘魂」には、「常識や既存勢力と真っ向から戦うチャレンジ精神・企画力」という意味も込められているのである。「燃える闘魂」を持った経営者は、「常識や既存勢力」と戦うことで、よりエネルギーが満ち溢れたハイな状態になり、心の中で炎が燃え盛り、それによって新しいビジネスモデルを生み出し、自社の大きな成長を果たすのだ。
偉大なる経営者・稲盛和夫氏の「燃える闘魂」
京セラの創業者で、第二電電(現在のKDDI)を創業し、破綻した日本航空の会長を務めて再生させた稲盛和夫氏(享年90歳)が8月24日、亡くなった。稲盛氏は自らの豊富な事業経営経験をベースに、企業を小集団に分けて部門別採算性を徹底した全員参加型経営手法である「アメーバ経営」を提唱した偉大な経営者である。その名声は、日本のみならず世界(特に中国)にも広範に届いていた。
私は日本航空のタスクフォースのメンバーであったときや、ウィルコムの更生管財人(事業管財人)を務めたときに、少しの時間ながら稲盛氏とお会いする機会があった。その際には誰もが尊敬してやまない偉大な経営者としての言葉の重みを感じることができた。
稲盛氏は2013年9月、「燃える闘魂」(毎日新聞出版)というタイトルの書籍を執筆・出版している。同書では「日本再生に向けて経営者が何を志すべきか」という視点で、稲盛氏の経営哲学を述べている。以下、その簡単な要約を記す。
稲盛氏が伝えたかったこととは
1985年に経済発展の頂点を迎えた日本は、方向転換を促す警鐘があったにもかかわらず、旧来通りの経済成長をつづけるためのカンフル剤を継続的に打った。その結果、バブル経済は崩壊し、その後「失われた20年」と称されるほど後遺症が続いた。
そして、現在の国債残高はGDP比で200%を超え、もはや破綻寸前の様相を呈している現状にある。日本の近代史を振り返ると、40年毎に「盛」と「衰」が転換する80年周期が見てとれる。
具体的には、
1 大政奉還の2年前である1865年には実質的に江戸幕府が崩壊→「衰」
2 その40年後の1905年に日露戦争の勝利で明治維新後の新政権は頂点を迎える→「盛」
3 その40年後の1945年の第二次世界大戦の敗戦により日本は窮地に陥る→「衰」
4 その40年後の1985年に日本は経済成長のピークを迎える→「盛」
となる。この周期が正しいとすれば、その更に40年後である2025年の日本は、再度、「衰」の時代を迎えようとしている。
このような中で、今の日本に必要なのは、「負けてたまるか」という強い思い、いわば
「燃える闘魂」である。稲盛氏が掲げる有名な経営の十二か条は、以下の通りであるが、その八番目に「燃える闘魂」が掲げられている。
一、 事業の目的、意義を明確にする
二、 具体的な目標を立てる
三、 強烈な願望を心に抱く
四、 誰にも負けない努力をする
五、 売上を最大限に伸ばし、経費を最小限に抑える
六、 値決めは経営
七、 経営は強い意志で決まる
八、 燃える闘魂
九、 勇気をもって事に当たる
十、 常に創造的な仕事をする
十一、 思いやりの心で誠実に
十二、 常に明るく前向きに、夢と希望を抱いて素直な心で
ビジネスの世界において、リーダーはどのような厳しい状況に遭遇しようとも、「絶対に負けない」という激しい闘争心を燃やし、その姿を部下に示していかなければならない。経営者はいかなる格闘技にも勝る激しい闘争心で経営に取り組むことが必要であると稲盛氏は説いているのである。
アントニオ猪木氏が開拓した総合格闘技の分野と、稲盛氏の提唱・実践してきた経営の分野のいずれにも共通する重要な要素は、「闘争心」なのである。
稲盛和夫氏の「燃える闘魂」の4つのポイント
稲盛氏は同書で、経営者にとって必要な「燃える闘魂」についての4つのポイントを述べている。
1 不屈不撓の精神(「負けてたまるか」)
「現在の日本経済、日本社会にとって、何が一番足りないのか。それは不屈不撓の心である」
「今の日本に必要なのは、この『負けてたまるか』という強い思い、いわば燃える闘魂である。戦後の経営者たちはみんな、『なにくそ、負けてたまるか』と闘魂を燃やし、互いに競い合い、切磋琢磨しながら、日本経済を活性化させてきた」
「ビジネスの世界で勝つには、『何がなんでも』という気迫で、なりふり構わず突き進んでいくガッツ、闘魂がまずは必要である」
つまり、「何がなんでも勝つまでやる」という強い意志、即ち闘魂こそ、経営に携わる立場の者が改めて意識することが重要なのである。
2 目標の設定と社員への共有
「わたしは、絶対に目標は高く設定し、それにチャレンジしていくべきだと考えている」
「もちろん、最も大切なことは手練手管ではなく、何としても目標を達成したいという、経営者の必死の思いを、あらゆる機会を通じて、従業員に率直に投げかけることである」
「経営者の『燃える闘魂』を従業員に転移することで、企業全体が、『燃える闘魂』を持った集団となり、不可能だと思われる経営目標でも実現可能になるのである」
つまり、経営者が高い経営目標を自ら設定し、かつ、それを社員に対して共有することで、企業を戦う集団にしていく点も、稲盛氏の経営手法の重要な要素となっていることがわかる。
3 不況時こそ成長のチャンス
「不況は成長のチャンスと捉えるべきだと考えている」
「不況を成長のチャンスとする具体的な方策としては、次の四つが挙げられる。
ア 従業員との絆を強くする。
イ あらゆる経費を削減する。
ウ 全員で営業する。
エ 新製品、新商品の開発に努める」
会社が、厳しい経営状況になっても、社員一丸となってコスト削減をする一方で、新しい製品開発を行うべきという考え方は、まさに「両利きの経営」の考え方と共通する。新製品、新商品の開発を行うことは、将来の事業成長の芽を養成するだけでなく、社員に対して、経営者の闘争心(ファイティングポーズ)を見せる意義もあるものと思われる。
4 「燃える闘魂」のベース
「わたしは経営者たる者、『世のため人のため』といった高邁な動機を持っていなくてはならないと思っている」
「大量生産、大量消費、大量廃棄という現代社会のあり方を根本から見直し、同時に技術革新を通じて、資源、エネルギーの使用をできるだけ少量に留めるという方向へと、経済のあり方を大転換していかなければならない」
「経営にとって最も必要なものは、『世のため人のため』という高邁な精神をベースに持ち、『燃える闘魂』をいかんなく発揮することであることを強く思う」
経営者は自身の利益追求のためだけに動くのではなく、常に「世のため人のため」という利他の精神を持つことが重要である。それによって、燃える闘魂は正常に機能するのである。
こうした稲盛氏の言葉は、まさしく至言という他はない。
「燃える闘魂」という共通点
「経営の神様」と言われた稲盛和夫氏の言葉を記した書籍は多数出版され、それについての解説本も数多ある。
そのなかで「『燃える闘魂』を持つことが現在を生きる経営者にとって最も重要である」という稲盛氏のシンプルな言葉は、私の心を奥底まで揺さぶった。
本稿において、稲盛氏をアントニオ猪木氏という別世界の人物と並べて表記することに最初は躊躇を感じたが、両者が共通して使用した「燃える闘魂」という言葉は、実は同様の価値観に根差していることが分かり、思わず本稿を書いてしまったことにつきご容赦願いたい。
猪木氏の有名なマイクパフォーマンスのセリフで、
「元気ですかー! 元気があれば何でもできる」
という言葉がある。
常に気持ちを前向きに生きていれば、人間にはそもそも限界は存在しない。大きな夢を持ちながらチャレンジすれば、何でも実現できるという意味だ。人生を生きる上で、そして、会社を経営する上で、このことを常に意識していきたいものである。
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