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新「両利きの経営」のススメ 「変革型」経営者人材を育てよ
「経営者人材の育成」はどの企業でも重要課題とされているが、その中でも自らの企業のビジネスモデルを新たに構築する「変革型」の経営者人材を育成することは、難しい。本稿では、筆者のこれまでの経験を踏まえて、「変革型経営者人材」を育成するための処方箋をお伝えしたい。
実は低水準、日本企業の社員教育の実情
▲出所 2018年労働経済白書
経営者人材の育成を議論する前に、日本企業が、企業内教育のために負担する能力開発費を諸外国と比較してみると、日本の負担割合は極めて低水準にあることが分かる。
図①において、2010~2014年のGDP に占める企業の能力開発費(OFF-JT)の割合をみると、米国が2.08%、フランスが1.78%、ドイツが1.20%、イタリアが1.09%、英国が1.06%であるのに対し、日本は0.10%であり突出して低い水準にあることが分かる。
また、1995~1999年における当該割合との比較でみると、米国、フランス、イタリアでは当該割合が上昇しているが、ドイツ、英国、日本では、1995~1999年より割合が低下し続けている。
この能力開発費は、新人の研修費用や中間管理職の研修費用等のOFF-JTが中心であるが、日本企業が、社員の育成に対して十分な費用をかけていない点が分かる。人口減少がますます深刻化している状況にあるが、限られた人材資源を有効に生かすためにも企業における能力開発の重要性は高まっている。
「変革型経営者人材」はなぜ必要か
各企業においては、従前より「経営者人材」の育成が課題とされ、様々な経営者育成プログラムや研修制度が実施されてきた。しかしながら、ここでいう「経営者人材」の人材像を曖昧にしたままで、経営者人材育成を行ってきた企業が多いのではなかろうか。
「経営者人材」には、大別して管理型経営者人材(マネージャー型経営者人材)と変革型経営者人材(リーダー型経営人材)の二種類がある。
1.管理型経営者人材(マネージャー型経営者人材)
企業の属する業界が安定的に成長しており、且つ、自社のビジネスモデルが他社との対比でも優位性がある企業においては、既に決められた企業の組織目標を達成する為に、その実行計画を策定し、それを着実に実行していく経営者が求められる。
そのような経営者には、計画で定められた経営目標数値を着実に達成するための推進力が重要であり、また、業務の効率性や速度等が求められることになる。
バブル経済崩壊前までの日本企業においては、比較的このような管理型経営者人材が重要視され、終身雇用的な雇用慣行の中で、主としてOJT中心の人材育成方法にて育成された優秀なプロパー幹部候補生が、経営者として育成されてきた。
2.変革型経営者人材(リーダー型経営者人材)
混迷の時代においては、自社のビジネスモデルは永続的でなく、衰退のリスクを抱えている場合が多い。
このような環境下では、多くの企業において、新たな組織目標や事業戦略を構築し、それを達成する為の計画策定・実行により、企業のビジネスモデルを変革することが必要となる。このような状況における経営者は、戦略や組織目標自体も新たに設定する必要があるため、経済環境及び事業環境等を認識しながら自社のポジショニングを俯瞰して考え、かつ、新たな戦略提案をして行動する人物が求められる。
そして、従来の戦略や方向性を踏襲するだけの人や、部下や部門の意見を取りまとめ、その最大公約数を企業戦略として整理するだけの経営者は必要とされない。
育てるべきは「マネージャー」か「リーダー」か
この二種類のタイプの経営者のいずれを育成するかによって、「経営者人材育成」のプログラムは大きく異なってくる。しかしながら、その点を明確化しないまま社員教育プログラムを策定している企業は少なくない。
バブル経済崩壊以降、グローバルな産業構造が飛躍的に変化し、日本が得意としてきたハード製品の製造業主導のビジネスから、インターネット、AI、IoT等を中心としたソフト主導のビジネスに変容してきた。
日本が得意としてきた自動車業界においても、ガソリン車中心の自動車製造から部品点数の少ないEV中心の自動車製造へ変化し、自動運転の技術の急速な進化も想定される。
これによって、自動車業界も、モノ作り中心の世界からソフト重視の世界へ変容していくことが想定され、日本の自動車業界においては、脅威でもありチャンスでもある。
加えて、日本における人口減少や少子高齢化という課題は、年々、地方社会を中心に深刻化の一途を辿ってきており、地域の内需型企業は、海外進出やビジネスモデルの転換を余儀なくされてきている。
このような状況においては、多くの企業が、変革型経営者人材の育成を行っていくべきという結論になろう。もちろん、企業においては、変革型経営者人材だけでは経営が成り立たない面もあるので、管理型経営者人材の育成も必要であるが、変革型経営者人材を育成する方針を明確に社員教育において掲げることが肝要である。
「変革型経営者人材」に必要な要素は何か
変革型経営者人材が必要な企業は、所属する業界や自社のポジショニングが厳しく危機的な状況にある企業だけではない。現在は危機に瀕していないとしても、10年後、20年後には危機を迎える可能性がある企業は、今から変革を行っていく必要性があるため、変革をすべき企業に含まれる。
経営者人材に共通して求められる要素は以下の1から6であるが、変革型経営者人材は、
従来の常識や柵を打破して企業を動かしていくことが求められるので、これらに加えて、以下の7から9の要素が大変重要となる。
- 決断力(慎重な検討と大胆な決断)
- 実行力
- コミュニケーション力
- 情熱
- 冷静さ
- 忍耐力・執着力
- 情報収集力及び社内外のネットワーク構築力
- 大局観と洞察力
- 柔軟で創造的な発想力
自分が所属する企業が潜在的な危機にあるかどうかは、表面的には分からない場合が多いため、様々な情報を収集した上で判断する必要性があり、情報収集力や社内外のネットワーク構築力が必須となる。
その上で、これまでとは異なる経営目標やビジネスモデルの転換等を決断する際には、収集した情報を冷静に分析する洞察力と全体的な自社のポジショニングを見極める大局観が必要だ。
そして、将来の潜在的なニーズや技術発展の予測の下、自社の強みを生かした新しいビジネス戦略を策定するためには、柔軟で創造的な発想力が必要となる。競合他社も容易に検討しうるビジネス戦略では、今後の複雑な経済環境や市場環境を乗り越えて成長していくことは難しい。
「変革型経営者人材」を育成するために何をすべきか
変革型経営者人材を育成するために重要と思われるポイントを3つほど掲げてみた。これですべて網羅されているわけではないが、是非、各企業においても検討してみて頂きたい。
1 次世代経営者人材に必要な多面的な生のビジネス知識の学習
従来の各企業の幹部社員教育において実施されてきたことは、ビジネスに必要な会計、法律等の知識の習得から、各学校のビジネススクール等で教えているようなロジカルシンキング、戦略、マーケティング、ファイナンス等が中心であると思われるが、変革型経営者人材育成においても、その点は同様に重要である。
ただし、ここではできる限り外部の現役の経営者やコンサルタント等の専門家による生のビジネスの話を学ぶことが重要である。海外におけるマクドナルドやコカ・コーラの事例等を学ぶことも良いが、最近の生のビジネスの話の方が実際の仕事に役に立つし、リアリティがある。
この中では、次世代経営者人材だけを集めてグループディスカッションをする機会もあって良い。企業経営は、できる限り他人を巻き込む力が重要であり、そのような力を養う機会も大変有意義である。
2 自社の生の経営課題の解決をテーマとした経営コンサルティングゼミ
「1」の講座では、主として他社の事例等を中心に学習することがベースとなるが、「2」では、自社の生の経営課題をテーマにして、次世代経営者人材が疑似コンサルタントとなって、課題解決策を策定していくゼミがお勧めである。
この場合、プロのコンサルタントの助力は必要となるが、コンサルタントとして、実際の経営課題をベースに経営課題解決策(改善策)を策定するのは、次世代経営者人材であるゼミ生自身である。
「1」で多面的な学習をした後に、自社の実際の経営課題を対象として、客観的な分析をした上で、大局的な発想ができるかどうかを訓練する機会は大変重要である。各人が、ビジネススクール等で学んだことを実際のビジネスに生かすことは容易でないが、このようなゼミでの訓練は、その両者を繋ぐ架け橋となる訓練として大変有効である。
3 次世代経営者人材候補だけを対象としたチームビルディング
企業の中で、ビジネス戦略、ガバナンス、各種制度やM&A取引といった表面化した部分は重要であるが、企業は個人の集合体であり、各人が本当に企業のためになる仕事をして企業価値向上を果たすために仕事をしているか否かで、その成果は違ったものになる。
各社員の行動パターン、理念、価値観、モチベーション等は内面的な部分であるが、各社員の内面の変化を伴わずに、外面の変革だけを果たしたとしても、その変革は持続性が乏しい。
組織の縦割りの弊害が浸透している日本の大企業では、部分最適的な行動が頻出している。そのようなマインドセットで育った次世代経営者人材に対し、外面的なスキルを身に付けてもらっても、大局観のある経営者人材は育たない。
新「両利きの経営」のススメ
近時、「両利きの経営」(チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン:東洋経済新報社)という書籍が有名であるが、そこでは、既存事業を深めていく「深化」と、新しい事業を開拓する「探索」の両者を同時に推進する「両利きの経営」の実践が提唱されている。
私は、企業において顕在化しているビジネス変革戦略の策定の面と、企業文化や社員の内面まで入り込んだ企業変革の面の二兎を追う戦略も、違う意味での「両利きの経営」として大変重要だと考えている。そのイメージは上図の通りであり、氷山の水面上の部分だけでなく、氷山の水面下に隠れている部分についても把握しないと、氷山を動かすことはできないという考え方である。私は、これを勝手に『新「両利きの経営」』と呼んでいる。
変革マインド育成の重要性について
繰り返し述べるが、次世代経営者の育成のためには、各経営者候補の内面にも変化を与えた上で、企業の変革型経営者たりうるマインドを醸成していくことが重要である。
そのために有効な手法は、次世代経営者だけを集めたチームビルディング合宿である。
次世代経営者候補といっても、大企業において選抜された候補者の面々は、組織が大きいこともあり、相互に個人的な信頼関係まで醸成されていない場合が通常だ。また、他社に自分の内面を知られたくないと思う人がほとんどであると考える。
しかしながら、そのような心のバリアを張ったままで経営のディスカッションをしたとしても、うわべと建前の議論に終始することが必至であり、本当の経営者人材候補の、「生」の意見や考え方が出てくる可能性は低いと思われる。
スコラ・コンサルトとの提携について
当社(フロンティア・マネジメント)は2021年2月9日、スコラ・コンサルト社と業務提携を発表した。
社員や経営者の育成を業とする会社であるが、特に、企業文化の変革や人材育成を得意としている会社である。
スコラ社が実施する、次世代経営者候補のチームビルディング合宿では、候補者同士の心理的安心感の醸成を図るべく、お互いの「思い」を初めて知るミーティングを実施している。
そのようなミーティングを経ると、候補者同士で思っていることを語り合える関係が構築される。その上で、企業の経営課題の解決のためのディスカッションを繰り返すことによって、本質的な経営に関する議論がなされる場合が多い。
そして、信頼関係の下で本質的な議論を繰り返すことにより、経営者人材候補の方々のマインドが変革者のマインドに変容していき、その後の各人の飛躍と成長に繋がることになる。
変革型経営者人材の育成のために
当社は、スコラ・コンサルト社と組んで、上記の「変革型経営者人材」を育成する「1」~「3」のサービスを実際に開始しており、ご興味のある企業経営者又は人事の方は、是非とも当社にご一報いただければ幸いである。
株式会社スコラ・コンサルト http://www.scholar.co.jp/
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