「不要不急」交際費をめぐる、思い込み

日本の「階級社会」は制度上、1945年の終戦とともに崩壊した。2年後の1947年、没落していく貴族を描いた太宰治の小説『斜陽』は大ベストセラーとなった。崩れ行く上流階級の人々を指す「斜陽族」という流行語も生まれた。

ところが、1950年代に入ると、語呂合わせで「社用族」なる言葉が生まれた。社用との名目で、社費で飲み食いする者を指す用語だ。戦後の日本では、サラリーマンが自腹で一流レストランやバーに行くことができず、その支払いを会社に肩代りさせた。

「社用族」はバブル経済で絶頂期を迎えた。湯水のごとく交際費が使われ、金曜夜ともなるとタクシーがつかまらない状態となった。しかし、バブルの崩壊とともに、「不要不急」とみなされた交際費が大幅に削られ、「社用族」は風前の灯のごとき存在となった。

以上が一般的な理解と思われる。

しかし、交際費の数字を丹念に見ていくと、上記のような国民全体の思い込みとは異なる風景が見えてくる。

ピーク時の7割以下に

図①は、国税庁が開示している日本の企業の交際費だ。1980年代の10年間で年3兆円の水準から、ピーク時には6兆円超と約2倍に急増した。特に80年代後半の5年間での増加が顕著だ。

その後バブル崩壊と軌を一にして、交際費は1992年をピークに2011年には3兆円を切る水準まで低下した。アベノミクスによる景況感の回復によって、交際費は多少の増加を見せているが、その水準は4兆円程度とピーク時の70%以下に留まっている。

図①だけを観察すると、バブルの膨張とともに日本の「社用族」が交際費を使いまくったように見える。しかし、交際費はビジネスの大きさに比例するので、交際費金額の多寡を単純に議論するのではなく、日本の企業の売り上げ全体との比較で議論する必要がある。

それを図示したのが図②だ。交際費の売上比の推移である。これを見ると、1980年代10年間は売上比で見た交際費は全く上昇していない。むしろ、オリンピック直後の1960年代後半から1970年代にかけて、「社用族」はバブル期以上に交際費を使った。そして、バブルが崩壊した1990年代以降、企業は極端に交際費を絞ったことが明らかだ。

バブルが崩壊したのだから、「社用族」の交際費が減額されるのも仕方ない、といった声も聞こえるだろう。確かにバブル崩壊後の日本企業の収益は壊滅的な打撃を受けたが、その後はバブル期以上の利益を稼いでいるのも事実だ。

バブル期を超えた、経常利益の総額

図③は、法人企業統計で開示されている日本の企業の経常利益総額だ。日本企業の経常利益は1980年代後半に40兆円近くに達し、その後のバブル崩壊で約半分の20兆円レベルまで下落した。しかし、その後の日本企業は、不採算事業の撤退や人件費削減などを行い、経常利益を急激に増加させている。

コロナウイルスの影響で2020年度がどうなるかは分からないが、ここ数年の経常利益は年間80兆円というレベルに達しており、バブル期ピーク比で2倍の水準にまで回復している。「もはやバブル後ではない」と宣言してもおかしくない状況だ。

個人事業主を直撃した、交際費の削減

交際費の増減は、マクロ経済にとって影響が小さくない。
そもそも、金額自体が小さなものではない。前述したように、ピーク時と比べて交際費は年2-3兆円減っている。交際費の使用は、贈答や飲食だ。例えば、日本の百貨店売上は5兆円台、外食産業(ファーストフードやファミレス含む)は25兆円前後だ。交際費2-3兆円がなくなる影響は大きい。現在話題になっている「GoToキャンペーン」も総額予算が1.7兆円と、交際費の減少よりも小さい。
また、外食産業で働いている人の賃金は比較的低水準で租税負担率が小さい。夜の「接待を伴う飲食店」で働く人の多くは社員ではなく個人事業主であり、同様に租税負担率が小さいと推測される。租税負担率が小さいということは、所得のうち消費に回る比率が高いことを指しており、マクロ経済学でいうところの“乗数効果”が大きな労働従事者と言える。

企業の交際費が減少することは、直接的に百貨店や外食産業の売上を減らす効果だけではない。乗数効果の高い労働従事者の所得を減らし、雇用を減らすことにもつながり、マクロ経済に対して大きな負の影響を与える。

図表には表れないが、個人事業主や中小企業の減少も同様の影響を与えてきたと考えられる。個人事業主や中小のオーナー企業では、企業の財布と家計の財布がオーバーラップしている。
バブル崩壊後に窮境に追い込まれた個人事業主や中小企業が数として減少することで、会社の経費として処理されていた「グレー」な個人消費が急激にしぼんだのではないかと筆者は推測する。

6割が、赤字法人

では、日本全体の経常利益は空前の高水準となっているのに、なぜ企業の交際費はバブル時よりもはるかに低く留まっているのだろうか。
企業がコンプライアンスなどで真面目になったからなのか?社内交際費を認めなくなったからなのか?

感覚的には上記の説明は納得しやすいが、交際費減少の「犯人」は他にもいそうだ。図④を見てみよう。これは、日本に設立されている法人に占める赤字法人の比率だ。1960年代からオイルショックあたりまでは、赤字法人比率は30%台で推移していた。

二度のオイルショックで赤字法人比率は50%台となり、バブル期もそれほど水準は下がらなかった。そして、バブル崩壊後、赤字法人比率は70%台を上回った。アベノミクス後に多少この比率は低下したが、依然として60%を上回っている。

一部企業に集中する経常利益

図③と図④を勘案して言えることは、21世紀に入ってからの日本企業の経常利益の躍進は、日本の法人全社的なものではないということだ。

赤字法人の比率は上昇しているのだから、数少ない上澄みの良質企業が、とてつもなく高水準の利益を実現しているのだ。

日本の法人全体の2/3が赤字を垂れ流しており、とても交際費を増やせる状態ではない。高水準の利益を出している企業も、必要以上に交際費を増やすインセンティブはない。結果として、日本全体の経常利益が大幅に改善しているのに、交際費が増えていない、という状態が生まれている。図②と図④が逆相関しているのも同様の理由と考えられる。

図⑤は、交際費に占める損金不算入額の比率だ。バブル期には、交際費の半分以上が損金不算入となっており、社内外含めて“色々な”交際費使用が行われていたことがうかがえる。一方、現在ではこの比率は30%を切ってきており、1970年代初頭のレベルとなっている。

マクロ経済改善の呼び水として、交際費は善悪両面を持ちながらも、大きな役割を果たしてきた。バブル崩壊後、交際費はすっかり低水準となっているが、その背景には本稿で紹介したような企業収益の極端な二極化という事実が存在している。

まとめ

本稿の目的は、企業に対する交際費支出を促すような政策が必要だというものでは決してない。企業収益の極端な二極化によって生まれた交際費問題を取り上げ、低収益企業の改善・一掃がこの面でも重要だという事を詳らかにすることが、結論である。

日本の企業全社的な収益回復が実現され、健全な交際費増加がマクロ経済を支えることを祈念している。現在は、コロナウイルス感染によって、飲食店や百貨店に行くこと自体も憚られている。そんな今だからこそ、交際費の長期トレンドをつぶさに分析し、不要不急の支出が、日本経済を支えてきたことを再認識すべきではなかろうか。

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