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渾然一体、多様化するゼネコンのM&A
新築の建設需要の減少が見通される中、ゼネコンをめぐるM&Aが活発化している。事業規模や地域の拡大を目指す動きに加え、新規事業の獲得、アクティビスト対応、組織再編やビジネスモデルの再構築など、その目的は多様化している。この記事では、様々な思惑が渾然一体となった最近のゼネコンのM&Aを中心とする資本取引について考察したい。
多様化するゼネコンのM&A
最近のゼネコンのM&Aを中心とする資本取引は、目的や背景が多様化している。
営業が手薄な地域での事業拡大や施工力を確保する目的で同業のゼネコンを買収する例もあれば、新規事業の開拓にM&Aを活用する例も少なくない。
一方、アクティビスト対応でM&Aを活用する事例もある。
またゼネコンの買収に関心があるのは、同業のゼネコンだけではない。設備工事会社やハウスメーカーもゼネコンを買収している。
更には、持分法適用関連会社を公開買付けにより子会社化したうえで持株会社を設立して組織再編し、従来のゼネコンのビジネスモデルから抜け出て新しい企業集団を作る動きもでている。
①営業基盤の拡大
戸田建設は2021年12月、茨城県を地盤とする年商100憶円弱のゼネコンの昭和建設を取得した。
戸田建設はこの取引につき、「茨城エリアにおける強固な事業基盤の確立及びシェアの拡大を目指す」としている。
中長期の建設マーケットの見通しは減少傾向が見込まれる中で、営業基盤の拡大とシェアアップにより、売上規模を維持・拡大しようとの意図があると考えられる。
同時に、人手不足が続く中で、施工力を確保する意図もあると思われる。
戸田建設は3年前にも同じ目的で、福島県を地盤とする年商100憶円強のゼネコンの佐藤工業を取得している。
大成建設も中期経営計画の中で、「業界再編圧力の高まり」に対応して「M&Aの活用等による事業領域の拡大」を計画しており、同業のゼネコンを取得する可能性がある。
②新規事業獲得のためのM&A
新規事業の開拓にもM&Aが使われる。
戸田建設は2年前に地中熱利用のパイオニア企業であるミサワ環境技術を買収し、再生可能エネルギー事業を拡大しようとしている。
鹿島は2021年、ポーランドで、再生可能エネルギー発電施設開発のデベロッパーであるPAD-RES(パドレス)社の約70%を取得した。
③アクティビスト対応のM&A
アクティビストと呼ばれる投資家(いわゆる「物言う株主」)が、一部のゼネコンの株式を買い集めている。
ターゲットになっているのは、現預金を豊富に保有しているにもかかわらず、PBRは1を下回り株価が解散価値を下回っているゼネコンだ。
このようなゼネコンでは、株主還元や企業価値の向上策を巡ってアクティビストと経営陣の間に対立が生じており、解決策が模索されている。
最近のアクティビストに関連したゼネコンの動きでは、西松建設がアクティビストとの関係解消に関連して、昨年12月に総合商社の伊藤忠商事と資本業務提携を行い、伊藤忠商事が10%超の西松建設の株式を保有することになった。
即ち、伊藤忠商事が西松建設の「ホワイトナイト」(=友好的な買収者)になった。
今後、両社の資本業務提携がどこまで発展するかは未知数だが、西松建設が伊藤忠商事の事業ネットワークとのシナジーを得られる可能性は高いだろう。
アクティビストのターゲットになっている他の会社でも、今後西松建設と同じようなソリューションを見出すケースが出る可能性も高い。
アクティビスト関連では、38%超の株式をアクティビストが保有する大豊建設の今後の動向が注目される。
④他産業からのゼネコン買収
ところで、ゼネコンを買収したいと考えているのは同業のゼネコンばかりではなく、設備工事会社も事業領域拡大のためにゼネコンの買収を狙っている。
直近では、西武ホールディングスの子会社の西武建設を、通信設備工事会社のミライト・ホールディングスが買収した。前述の西松建設のホワイトナイトになった伊藤忠商事も、商社という他産業からの参入者だ。
またハウスメーカーもゼネコンの買収に積極的だ。既に大和ハウス工業は、準大手ゼネコンのフジタを10年前に傘下にいれている。
ちなみに大和ハウスは以前大手ゼネコンの大成建設で社長、副会長を務めた村田誉之氏を、2021年6月に取締役副社長として迎え入れている。
積水ハウスは2019年に鴻池組を買収しており、住友林業は2017年に熊谷組と資本業務提携をして熊谷組の20%の株主になったのに加えて、2020年には関西を地盤とするゼネコンのコーナン建設の過半の株式を取得した。
ハウスメーカーがゼネコンを傘下に入れる背景には、人口減で住宅需要が先細りとなる中で、非住宅に事業分野を拡大したい意図とともに、住宅事業とのシナジーを期待していると思われる。
⑤従来のゼネコンのビジネスモデルから抜け出す動き
2021年の10月1日に、インフロニア・ホールディングスという会社が上場した。
これは、前田建設工業と、子会社である前田道路及び前田製作所が、新たに共同持株会社を設立して経営統合することにより生まれた会社だ。
この会社の誕生に先立ち、前田建設工業は前田道路と前田製作所を公開買付けにより子会社としている。
インフロニア・ホールディングスは、建設工事の施工の請負というゼネコンの従来からのビジネスモデルからの脱却を目指す会社だ。
単に施行を請け負うだけではなく、インフラ運営の上流から下流までをワンストップでマネジメントする総合インフラサービス企業となることにより、外的要因に左右されない高収益かつ安定的な収益基盤を確立することを目標としている。
成長の柱はインフラの開発から、出資、施工、維持管理、そして売却までのすべての段階で利益を得るビジネスモデルのインフラ運営事業だ。
国内の新規建設の請負市場が縮小してゆく中でも、インフラ運営事業は以下の3分野で成長が見込めると期待している。
②公共インフラのアベイラビリティ・ペイメント案件(=利用料金の生じない公共インフラのPFI契約で、インフラの機能や持続性に対応した指標を設定し、民間企業に支払う対価が当該指標の達成状況に応じて決まる方式を用いた案件)の拡大
③再生可能エネルギー市場の更なる拡大
そしてこれらのインフラ運営事業の成長のキーとなるのがM&Aで、再生可能エネルギープロジェクトの規模拡大や技術革新、林業、廃棄物等の新規分野への進出がターゲットとなる可能性が高いと思われる。
変化するゼネコン業界
中長期で新築の建設需要の減少が見通される一方、小規模業者も含めて約47万社(2021年3月末)の建設会社が存在するのは多すぎるとの認識から、建設会社同士が自発的に合併することにより業界再編が進むとの認識が従来は多かった。
しかし、現実にはそう単純には業界構造は変化しない。確かに、中堅以上のゼネコン同士の合併が今後起こる可能性はある。
しかし戸田建設のように地場の中小ゼネコンの買収により規模を維持しようとする会社もあれば、本業の売上の低迷を見越して新規事業の拡大を目指すゼネコンもいる。
また他産業に買われてシナジーや新規分野の拡大を目指すゼネコンもあれば、アクティビストが触媒となりガバナンスや事業構造が変化するゼネコンもいる。
更には、従来のゼネコンのビジネスモデルそのものから脱皮しようとするゼネコンもいる。
M&Aが変化を促す
目的や背景の違いはあれ、これらの動きが混然一体となり、業界が変化してゆくと考えるのが現実的だろう。
その変化を促進させるものがM&Aだ。
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