読了目安:12分
守られるだけではない、中国高齢者の動き
中国においては、EC、O2O(Online to Offline)、ライブコマースのニューリテール、新国産ブランド支持と、これまでミレニアル世代からZ世代が中心となって消費をリードしてきた。一方で、人口減少が始まり、急速な高齢化が進んでいく中国社会。今後、市場はどのように変化するのか、新たな消費動向と課題を考察する。
全人代での高齢者対策
今年2月、中国湖北省武漢市が高齢者の医療補助削減を打ち出したところ、対象者による大規模デモが発生した。2022年10月の習3期体制を決める共産党大会に学生たちが抗議を繰り広げた「白紙運動」になぞらえ、新たな国民の動きとして「白髪運動」と呼ぶ報道もあった。
呼応するように、3月5~13日に開催された第十四期全国人民代表大会(全人代)の中で、習近平総書記をトップとする新指導体制と共に組織改編が発表されている。その中のひとつに、高齢化政策を民生部(社会、行政事務の管轄で日本の総務省に近い)に統一し、基本介護サービス、高齢者向け事業の発展に向けた調整、職責の強化を行うとある。
毎年、国営の中国中央電視台(CCTV)で 「3.15晩会」が報道される。これは国民の生活安全を脅かす企業の不正を暴く主旨で、食品、日用品の規格虚偽などを実名で報道する恒例の番組である。今年は全人代終了後の報道となった。
今年も不正表示商品、旅行、農業などと共に、高齢者関連の詐欺ビジネスが問題視された。ひとつはライブコマースを使ったもの、もうひとつは無料で端末を渡して虚偽の広告を流したうえで、健康を求める高齢者に「神薬」として虚偽商品を売りつける商法だった。
番組では、弱い立場の高齢者を守るように、と強いメッセージを発信している。しかし、元来の主旨とは違うのだが、個人が「未富先老」と富を得る前に年老いてしまったことを卑下するように、果たしてすべての高齢者が「知識がなく、騙されやすく、生活苦」な存在といえるのだろうか(注:中国では1982年にこの「未富先老」という言葉が使われた。これは、豊かになる前に老いる=労働力の不足とともに高齢者社会になるという意味であり、それ以前に鄧小平が提唱した「先冨論」=先に豊かになったものが、貧困を助ける社会=が実現しない将来への警鐘でもある)。
中国内の「高齢者」 所得格差も大きく
中国労働法では、労働者の退職年齢は男性60歳、女性55歳(工員は50歳)と定められ、年齢に達すれば会社側は経済補償金の支払い義務なく労働契約を解除できる。
中国の現在の平均寿命は78.2歳(2021年時点)だが、70歳を超えた1996年から年々伸びているにもかかわらず、退職年齢規定は変更されていない。人口減少が取りざたされた2022年末の人口構成は下図の通り。
中国の高齢者権益保障法では60歳以上を高齢者に属すと規定しているが、WHOの規定では65歳以上となり、また65歳以上の人口比が7%を超えると高齢化社会、21%となると超高齢社会という。中国では今後、2035年に20歳以下の人口比率が20%以下となり、65歳以上が20%以上との予測もある。
なお、2021年6月に発表された「社会保障の第十四次5か年計画」では、年金受給年齢の引き上げの4原則が記載されている。具体的な実施時期、方法については今後検討されることとなるが、5年以内に60歳を迎える中国国民は、年金を受給できず困窮生活に向かう恐れがあるのだろうか。
1人当たりGDPが12,732.55米㌦(2022年ベース)の中国だが、所得格差の大きさは知られている通りである。
2022年の可処分所得でみても、全国平均は36,883元(約73万円)だが、上位2都市では北京77,415元(約155万円)、上海79,610元(約160万円)となり、地域平均値でこれだけの差が出ている。
高齢者世代でも大きな差があり、経済活動に参加している人口も少なくない。
「銀髪族」経済の拡大
定年間近以降の世代を総称して「銀髪族」という。対象年齢も調査によってばらつきがあるので、ここでは60歳から銀髪族としてみる。
彼らの消費購買による経済規模は2021年で5.9兆元(約118兆円)と見られ、直近5年間のCAGR(年平均成長率)は25.6%となる。
銀髪族のオンラインへの移行
彼らの購買動向をみると、より高齢になればリアル店舗(オフライン)が中心になる傾向にあると考えられるが、実のところネットユーザーは増加している。
2021年12月時点で銀髪族(60歳以上)のネットユーザーは1.19億人で対前年比6.7%増加。中国全体のユーザーは10.3億人で、年齢別構成比率では11.5%となるが、60歳以上の人口比率でいうと43.2%となる。さらに、50-59歳の全体に対する構成比率は15.3%であり、今後、60歳以上のネット比率は更に増加が予想される。
使用デバイスは99.5%がスマホとの回答で、これは中国全体とほぼ同じとなる(第49次中国インターネット発展状況統計報告より)。
コロナにより、銀髪世代のオンライン購買の習慣化や、今後の使用比率が高くなることから、銀髪経済市場に占める比率は益々高くなると推察する。
また、地域により利用内容や頻度も異なる。一般のEC購買以外に利用するアプリケーションは、二線以上の都市では教育・文献・生鮮EC・株式・旅行・スポーツ健康が、それ以下の都市では医療・小口金融・株式・短尺動画・ニュース・団体クーポンへの志向が強い(2021年中国銀髪経済洞察報告より)。
また、China Mobileのレポートでは、スマホの使用時間として1日あたり1-3時間が全体の半分以下であり、インストールしているアプリは50%以上がSNS・短尺動画・支払・購買となる。
二線以上の大都市では、リスキリングとも呼ばれる再教育と健康増進、旅行への消費傾向が高く、それ以外は短尺動画(TikTok・快手など)、ニュース視聴や購買の傾向が高いといえる。
購買商品から見るライフスタイル
オンライン購買は確実に増加しており、中国の大手ECサイト・京東(JD)の銀髪族消費趨勢レポートによると、2018年から2022年で購買ユーザーは1.8倍に拡大。アリババのレポートでは、越境EC購買額の対前年伸び率は2021年で60歳前16%に対し、65歳以上56%と大幅に躍進している。
また、オフラインも含めた主要消費では日常消費が39.1%、健康関連が40.9%と大部分を占める。日常消費においては食品、保健関連が23.5%、日用品20.0%、衣類靴服飾が15.6%となり、家庭消費が中心の傾向である。
以上のことから、大都市部では自己投資としてのリスキリング、運動、美容、健康関連に関心が高く、それ以外では動画などの視聴関連に指向が集まっていることがわかる。
また、共通しているのが日常消費であり、興味が強いのは予防を含めた医療、株式等の資産運用関連であることもうかがえる。
養老関連市場の拡大
銀髪族の増加により、消費行動以外の高齢者市場の拡大も見込まれている。
中国の2021年の養老産業(医療・介護・健康関連など)の市場規模は8.8兆元(176兆円)とされ、2023年は12兆元、2027年には21.1兆元(420兆円)にまで拡大する予測もある。主要業務として、養老関連サービス、養老用品、サ高住・特養、関連不動産が挙げられる。関連して、医療サービスのDX化、資産運用の金融サービス、保険の拡大なども見込まれよう。
これらすべてを含めた高齢者産業市場は、2050年には106兆元(2,000兆円)にまで急成長すると全国老齢耕作委員会は予測している。
銀髪族の時代背景
中国建国後、最初のベビーブーマーは1952年、55年であり、最大のベビーブーマーは1962年から1975年となる。この急激な人口増から、政府は1979年に一人っ子政策を実施した。
現在の50后(60-70歳代)世代の多くが社会に出た70年代は、国有企業への就職がほとんどだった。60后(50-60歳代)が就職し始めた80年代は、国有企業の他に民営企業が増加。90年代以降には外資、中外合弁への就職と門戸が開かれ、収入増、起業のチャンスが生まれた。
さらに80年代初めに試験的に認可された不動産取引業が拡大し、認可企業の増加と共に個人売買の道も開かれた。1998年に住宅制度改革が実施されると、いっそうの市場拡大と共に取引価格の上昇が続き、約30年にわたって不動産市場は活況を呈した。
当時の国有企業の中には、社員に供与している住宅についてそのまま個人に使用権を渡す事例が見られた。旧住居が都市再開発で立ち退きと同時に新たなマンション保有に替わった話も良く聞き、北京、上海等の大都市で不動産保有による高額な資産形成と収益を享受できたのもこの世代と言える。
再就職を求める層
一方、消費だけでなく、再就職を求める銀髪族も少なくない。退職者の68%に強い再就職希望があるとの報告もある。この中で、希望者の目的は以下のように3分類される。
- 個人および社会的価値を高めるため(46.7%)
- リスキリングによるキャリア開発(19%)
- 高い消費ニーズに乗って収入を得るため(34.3%)
また、職の多様性も見られる。アリババグループによると2022年末、オンラインモールのタオバオやT-モールには約1.8万人の銀髪族ライバー(KOL=Key Opinion Leader)がおり、94万以上の銀髪ショップが開設されている。またTikTokでは、3,300万人を超えるファンを持つライバーもいるという。
同世代に働きかけるには、同世代の言葉と体験が信頼や共感を得るのであろう。
一方で、再就職者の就業期間中の支出のうち18.3%が「子女への補助」としている点も特徴的で、子女が親を扶養する伝統が変化している様子も見られる。
高齢者ビジネスの継続性
ここまで、今後も増加する中国の高齢者数に絡めて、市場の広がりについて説明してきた。
これからの課題は、高齢者が現在と同様に消費を行う層と、生活を維持するために補助を必要とする層に分かれ、その数が増え続けていくことにある。政府機関は既に社会保険制度の危機を理解しているが、解決策は明示されていない。
拡大する養老関連産業においても、養老施設が収益組織でありうるのか、社会福祉としての組織が中心となるのかにより、政府負担は大きく異なり、消費市場への影響も出る。
まとめ
- 中国では人口減少に入るとともに、高齢者数が日本を上回るスピードで増加していく
- 自己投資と高い日常消費ニーズを持つ層が、銀髪経済と養老産業の拡大のエンジンとなる
- 多種多様な分野で再就職に臨む高齢者により、消費活動だけでなく、子女の資金負担が一部軽減される
- 高齢者消費ニーズに、日本の製品やノウハウの提供チャンスが生まれる
- 消費に回らない高齢者人口も増加していき、政府や勤労者の負担増大に対する施策と、養老市場を産業とする課題が残されている。
コメントが送信されました。