アリババは国有化されていくのか

アリババグループの金融・オンライン決済部門のアント・グループ(前アント・ファイナンス)は、2020年11月に予定されていた上場が延期され、そのまま現在に至っている。ジャック・マー氏の中国金融政策への批判発言から端を発し、アリババは金融業に限らず様々な制限が加えられていると報道されている。この記事では、アリババの現状とともに、中国のモバイル小口決済について考察したい。

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アリババと中国政府の経緯

アリババと中国政府の経緯

アントグループ(蚂蚁集团)は、アリババグループ内でモバイル決済「Alipay」(支付宝、アリペイ)などを運営。上海と香港市場での新規上場を目前にした2020年10月、グループトップ引退後も株主として強い影響力を保っていたジャック・マー(馬雲)氏が、講演で金融当局批判した。

自由な経済活動を求めるアリババと、オンライン小口決済の規制を進めたい中国政府との確執が一気に表面化し、約10日後に上場基準に満たしていないとして上場は延期となった。

中国当局による介入

その後、中国人民銀行が中心となり、証券監督管理委員会、銀行保険監督管理委員会、外貨管理局との重なる「協議」が行われた。

目的は、アントが金融サービスにおけるイノベーションを起こした事を認めつつ、コンプライアンスとコーポレート・ガバナンスの不足とその徹底改善であった。

金融機関にのみ認可されていなかった決済業務や小口融資業務を認可してから約10年後、大幅な方向修正を命じたと言える。

2021年4月、実行可能な包括的再編にアントは同意する。

アントは金融持株会社に移行。消費者クレジットサービス、金融を別会社に分離へと進んだ。その過程で、政府は「法・規制の順守」 「独占・不正競争の防止」の必要性を訴え、アントに不備が多いがゆえの修正である旨を公表し、アントも従う形となった。

個人データの共有が目的

更にその間、中国人民銀行は、「ノンバンク決済機関の顧客向け支払準備金預託弁法」(非银行支付机构客户备付金存管办法)を発布し、顧客から決済用として預託された資金は全て中国人民銀行または同行指定条件を満たした銀行に預ける事とした。

この変更は明らかに、金融プラットフォームが保有する個人データの共有を目的としていた。

アントだけではなく拡がる規制

アリババと中国政府の経緯

中国政府は2021年4月、「独占禁止法」の面から、アリババグループへ182億元(当時の為替ベースで約3,000億円)の罰金を課した。

金融グループ企業への規制だけでなく、アリババの業務拡大への制限が続いている。

この決定は、2021年2月に国務院度独占禁止委員会が公布した「プラットフォーム経済における独占禁止ガイドライン」に基づいている。

出店者の自由な経済活動を阻害し、かつ消費者の利益侵害に当たるのが理由で、アリババは罰金の支払いに応じた。同時期にテンセントグループにも罰金が科され、EC第二位プラットフォーム「JDグループ」の金融企業である「京東数字科技集団」も上場を検討していたが取りやめるなど、最大手への規制の動きに応じる形となった。

▼参考記事
2022年展望 中国 急激な規制から安定的な政策へ

アリババの収益体制 AWS同様データベース注力

アリババの収益体制 AWS同様データベース注力

アリババの財務諸表より、事業は核心商業が全体売上8,531億元(約16.6兆円 為替19.5円/元ベース、2022年3月期)の86%を占める。事業内容は中国、越境EC及びニューリテールと呼ばれるOMO事業、物流で構成される。

それ以外は、デジタルニュース、エンターティメント事業4%と新規事業1%、そしてクラウドサービス9%となる。

プラットフォームによる囲い込み

会員となる事で、アリババグループ各部門のサービスを利用できる事となり、便利さを求め、大きなプラットフォームに消費者は集まり、社会インフラ的存在になっていった。

同業を排除し、プラットフォームを利用する販売者に圧倒的優位を持つ事となる。更に各企業はデータ処理が重要となる中、クラウド事業に注力していった。

これは、世界ECトップのアマゾンでもAWS(Amazon Web Service)は重要な収益部門となっており、アリババも同様の動きとなる。

シェアを増やすファーウェイ

中国国内 データベースのシェア
第1四半期    2019年 2022年
アリババ 46.40% 36.70%
テンセント 18.00% 15.70%
バイドゥ 8.80% 8.40%
ファーウェイ 18.00%
その他 26.80% 21.20%
合計 100% 100%

(出所:Canalys)

しかし、2021年中国政府がデータ管理と利用を重視する中、アリババのデータ管理に懸念を示した事から、地方政府や企業の中には、別のプロバイダに乗り換えた例が出たと言われている。

実数は不明だが、これまでの伸び率の鈍化は明らかであり、2019年と2022年第1四半期を比較した時の、アリババのシェア低下とファーウェイの上昇は特徴的である。

直近の財務情報より

2022年1-3月の決算だけを見るとアリババの売上は対前年比9%増だが、第2位のJDは同17.1%増となる。利益に関してはゼロコロナ政策による配送遅延等もあり、アリババはマイナス24%に対しJDはプラス1%(Non-GAAPベース)となる。

2020年末から政府、当局との独占禁止法に基づく管理下に置かれ、人材の流出等から活力の低下もあり、競合との差が縮まる結果となっている。

アリババが国有化されていれば

アリババが国有化されていれば

アリババが急成長を遂げた2010年代、中国では「国有資本とアリババの技術の組合せにより、拡大スピードをより速める」との記事もみられた。

アリババは2007年に「Alibaba.com」を香港市場に上場し、グループは事業多角化を進めた。2012年にアリババグループは「Alibaba.com」をTOBにより非上場化した。理由は、上場企業の圧力から解放され、より消費者の利益拡大に努める為としている。

その後、2014年アリババグループは香港IPOを、マー会長のグループへの影響力が大きすぎる事を理由に却下され、ニューヨーク市場へ上場する。

そこから5年後に、香港上場と重複上場(Dual listing)を果たす。これは、香港市場の活性化と中国の資本市場の体制強化を図る中国政府の思惑が働いていたと考える。

アリババにすれば悪化する米中関係からの懸念やアジア市場での事業拡大の方向もあっただろうが、2020年8月にIPOを、9月にマー氏が引退し、11月の上場時、マー氏は姿をみせなかった。

マー氏は共産党員であり、政府の意向に従ったと見る方が自然かもしれない。が、対応がその後の政府との向き合い方を示唆している様にも思える。2007年に一旦香港市場に上場したものの、後に公開買い付けにより上場を廃止。2014年、ニューヨーク市場に再度上場した事で民営企業として事業多角化へとかじを切った。

この動きの中、中国政府もIT最先進国には、アリババの存在は必要と考え、両者の関係は良好だった。

しかし、2020年ごろになると中国政府の政策との一体感を失い、かつ一社独占、寡占化へのおそれから、管理の動きが強まったと言える。

アリババを潰さないのはなぜ

それでも中国政府がアリババを廃業に追い込まないのは、「大きすぎてつぶせない(Too Big To Fail)」より、アリババの企業としての「利用度」が高いからではないかと考えられる。

もし、アリババが上場ではなく国有資本を受け入れていたなら、政府との関係はどうだったか。多角化による成長は大幅に抑制されていた可能性は高いが、一方で政府との関係が解決していた保証はない。

政府主導の会社分割はありうる

今後も中国は、香港を国際金融センターと位置づける中、上場企業を国有化することは無いであろうとみている。

国有化はないにしても、政府主導で会社分割は行われる可能性はある。

その後も、政府意向を反映した経営状況は続くのではないか。

その場合、現経営陣への求心力は弱まるのか、更にグループの活力減退に繋がるのか注目すべき点である。

米国の巨大IT企業規制の現状

米国の巨大IT企業規制の現状

世界に目を向けると、「一党独裁」と言われる中国だけが、民営企業の巨大化に対して新しい規制を作り、企業の動きを制限しようとしているのだろうか?

バイデン政権の米国では、米司法省と米連邦取引委員会(FTC)が企業M&A審査指針を改定する。両所は、反トラスト法を所管する組織であり、この指針は特定市場を対象としているものではないがデジタル市場への対応が中心となると見られる。

大手企業が、競合社にM&Aを行う事でイノベーションの創出を妨げる、またECで競合プラットフォームより安値供給を条件とし、最終的に消費者が不利益を被るとして、GAFAに対し訴訟を起こしている。

以前より、デジタル事業全体のインフラとなる企業への危惧は出されている中、2021年3月にティム・ウー(Timothy Wu)氏を大統領特別補佐官に任命し、同年6月にリナ・カーン(Lina Khan)氏がFTC委員長に就任した。ウー氏は、「巨大企業の呪い」(The Curse of Bigness)でIT企業の市場寡占、独占化による弊害を提起した。

2017年リナ・カーン氏が発表した「アマゾンの競争政策におけるパラドックス」(Amazon’s Antitrust Paradox)はGAFAらへ調査、規制の契機となったとも言われる。

リナ・カーンFTC委員長のレポート

リナ・カーン氏のレポートの概略は、

①アマゾンはECに伴い、小売、金融決済、物流、映像、クラウド(AWS)と多岐分野で中心企業となっている

②ビジネスラインを拡大する為に低利益の戦略を取り、市場支配力を強める事に投資資金を引き寄せた

③多分野で中心となる事で更に関連する企業や劣位にある企業に圧倒的優位に立つ

④他企業の競争性と活力を削ぐだけでなく、データの一点集中により長期的には消費者利益も損なわれる危険性がある

となる。

当初の、プラットフォームで購買し会員を募る事から、他のサービスで会員にし、購買等他事業へ誘導し消費者の囲い込みの規模があまりにも巨大化したからであり、従来型の産業と同様な反トラストの判断はデジタル分野では見直すべきとの主張である。

例えば、映像の独占配信権を保有する事で、視聴を希望する消費者が会員になり、その会員サービスで配送料無料や、特典があれば、プラットフォームで購買へ向かう。その決済を同グループシステムで利用すれば、ポイント還元率が上がる。そのポイントを利用して購買等消費活動に充てると、グループでのエコシステムが出来上がる。

某社が日本でスポーツ独占配信権に多額の資金を投入できるのも、配信だけでの収益では採算が合わないが、エコシステムで全体の拡大が図れるからである。

これでは広告収入のみのTV局が配信権を得るのは困難となりかねない。ビジネスモデルの変化は時代の推移と共にあるが、業界だけでなく情報の独占化による課題と基準を作ろうとの取組みと言える。

政府と企業の対立

リナ・カーン氏はアマゾンを例とし、拡がるインターネット市場において一部の企業が支配的権力の行使実態を把握する為に反トラスト法の執行改定が必要としている。

一方、企業側は「カーン委員長がIT企業に対する偏った見方をしている」とし、調査から外す様に嘆願書を提出する等、対抗姿勢を強めている。

巨大化を促進→危機感から抑制へ

IT企業の成功は、これまでスタートアップ企業、起業家への夢を与えただけでなく、米国政府は技術開発により、他国より優位に立てるとの考えもあり巨大化への動きを促進してきたのではないだろうか。

これは中国も同様に見える。IT技術の開発が自国に取り有益である事と考え、アリババ、テンセント、バイドゥに許可を与え彼らの事業拡大、M&Aも認可してきた。

ところが、民間企業が消費者だけでなく、政府情報管理にも関わるレベルまで来ている事も政府に危機感をもたらし、管理下においた。米国では政府管理は起きないだろうが、これまでのような容認は行わないとの姿勢を示している。

しかし、首都ワシントンの司法長官は、アマゾンが出品者の価格を違法に制限しているとして2021年提訴したものの、ワシントン上級裁判所は22今年3月、原告の訴えを棄却している。

他でも、当局側がIT側に明確に勝訴した例は見られない。

その中であっても、2022年6月にFTCカーン委員長は、既に提訴しているメタ傘下のフェイスブックについて、「和解の可能性はあるが、ハードルは高い」と発言し、企業の体制改善を求めている。

大企業の業務、M&Aによる寡占化は、労働者の職業選択肢の制限に、将来の所得引き下げに繋がり、更に雇用機会の減少に向かうとの意見や、政府の規制は自由な経済活動に支障をきたすとの意見もある。

米国の反トラスト法は、3つの法で構成され、執行は司法省とFTCで担う。

司法省は管轄分野で違法と判断すれば訴訟により裁判所に提起し、直接的な措置命令はださない。

FTCは排除措置を命じる事が出来る事からも、FTCと大企業の直接の向き合いは続く事となる。

米国が資本主義の修正と、社会主義に向かうとは思わない。

しかし、政治体制の異なる米中国が「経済の支配力」が「政治への影響力」に関連すると考えるほど、IT産業の存在が大きいと言える。

中国IT企業は、拡大へ向かうか

2022年に入り、いくつかのアント・グループに関するニュースが発信されている。同4月にシンガポールのフィンテック企業2C2Pの筆頭株主となり、同6月にグループ子会社のデジタル銀行事業「ANEXT Bank」(星熠数字銀行)がシンガポールで開業した。

アントIPO手続き再開説

更にブルームバーグは証監会がアント・グループのIPO手続再開を検討と報道された。

また、政府は倹約令を2021年には打ち出していたが、アリババの「11月11日」(双11)に次ぐJDの創業記念日「6月18日」(618)ネットセールに、とくに制限は見られなかった。

改めて配送スピードの短縮、中小企業支援として出店企業への支払を早める等のプロモーションを各社が行っている。

IT大手と政府との関係は完全に修復したのか。

国内で決済業務の拡大は難しく、発展余地のある東南アジアに市場を求めている事、ゼロコロナにより経済活動が低迷している中で、再びIT大手のIPO、消費の拡大で活性化を図ろうとしているように見える。

地域封鎖が続いた春に、サプライチェーンの崩れが618でどれだけ回復するかの目安となるが、その後企業と政府の関係が変化するのか注目している。

まとめ

・IT企業は、中国経済のデジタル化、世界最新技術国へ進もうとする政府との連携で拡大した

・上場企業の国有化はないとみているが、政府主導のアリババの企業分割はありうる

・巨大化した企業の独占化・寡占化に課題を感じているのは中国だけではないが、対応への正解はまだ見えない

・ゼロコロナ政策による経済活動失速の回復に、IT企業が期待されている。しかし、コロナ後の政府との関係は不透明である

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