事業承継M&A オーナー経営者に配慮すべき4つの視点

事業承継M&Aを進める際に最も大切なのは、売り手側のオーナー経営者との向き合い方だ。多くの場合、オーナー経営者は大株主であり、資産家であり、地域の名士でもある。個人と会社の資産が一体となっている場合も多く、経済合理性だけでは話が進まない場合も多い。M&A交渉においてオーナー経営者と向き合う際の留意点を4つの視点からまとめてみた。

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中小企業オーナーの人物像とは

経営者イメージ

中小企業のオーナー経営者は、大株主であり、会社の代表であり、強力な権限を持つ。経営に長年携わっているケースも多く、従業員や取引先、事業を展開する地域社会においての影響力も大きい。

オーナー経営者にとって自身が経営する会社は、生活の一部でもあり、会社や従業員に対して特別な思いがある経営者が多い。そのような背景があるゆえ、買い手企業がM&Aのプロセスを円滑に進めるには、オーナー経営者特有の事情を配慮することが求められる。

買い手がオーナー経営者と向き合う際の留意点(4つの視点から)

ここで、買い手がオーナー経営者と向き合う際の留意点をお伝えしたい。

1 経営者としての側面

当たり前のことだが、オーナー経営者は第一に会社の経営を代表する立場【経営者】としての面を持つ。
経営者として、会社の永続的な発展を担い、経営全般に責任を有する。

特に中小企業のオーナー経営者は大手企業と異なり、あらゆる業務を管掌している場合が多い。営業をはじめ財務、人事、広報、仕入(購買)など、全てのセクションを管理している経営者も少なくない。

会社の運営に関してあらゆる分野を統括し、何か問題が発生すれば第一線で対応することが、中小企業のオーナー経営者の役割や特徴と言える。

その為、会社の経営はもとより、従業員の生活に対しても強い責任を持ち、特に長年に亘って経営を担ってきた経営者などは会社や従業員に対して強い思いを持っている。

M&Aのプロセスにおいては、【経営者】としての立場から、譲渡後の企業の成長や従業員の雇用維持に重点を置く。その為、買い手に対しては、企業譲渡に伴うシナジーを追求する。

シナジーの具体例として、スケールメリットの享受、買い手のリソースを活用した新規開拓、商品ラインナップの拡充、新規販売チャネルの構築、研修制度やコンプライアンス体制の整備などがあげられる。企業規模の大きい買い手のリソースを活用して自社の不足分野を補い、企業の発展を展望する。

譲り受ける立場として、合理的なシナジーシナリオを準備し、伝えることが必要である。

2 株主としての側面

オーナー経営者は相応の株式を保有しており、企業譲渡による譲渡対価の多くの部分を受け取る。

その対価は、退職後の生活資金などに充てられ、時には売却資金で新たな事業を開始する経営者も存在する。従って、株主としての側面から見れば、譲渡価格は重要なファクターである。

譲渡価格は長年経営を行ってきた経営者への通知表としての一面も有する。その為、株式の算定方法には各種あるが、論理的な算定方法における価格に対しても、オーナー経営者の心情として受け入れられないケースもある。
次項③「資産家としての側面」でも触れるが、時価純資産を株式価値の算定方法とすると、納得し難いこともある。

これは特殊な事例かもしれないが、創業家一族が大株主として居ながらも、実質的な決定権は長年経営に携わった代表者が持っているという案件があった。

譲渡価格を提示され、株主にとっては合理的に見える価格だったが、初期的には合意しなかった。改めて、その代表者に退職金を多めに出して、代表者の総手取り額を多くするスキームで提示すると二つ返事で合意した。
初めの提示価格を創業家一族に話していたかどうかは定かではないが、株主全員の同意を取り付けてきた。

上記のように、決定権を持つ株主を見極めての譲渡価格の決め方も重要である。

3 資産家としての側面

オーナー企業の場合、会社と個人の収入・資産が完全に分離されていない場合も多い。
オーナー経営者にとって、会社は生活の一部で、個人-法人間の支出が混同していることや、資産の貸借関係があるようなケースも少なくない。

また、利益水準を鑑みて、自身の役員保険に充当したり、レバレッジドリースへの投資など税負担の軽減を目的とした対策をしたりしている経営者も多い。

また、恒常的に設備投資などがある会社では、減価償却の即時償却などを実施して、利益を圧縮しているケースなども珍しくない。
それゆえ、業歴や収益力に比較して自己資本が薄くなっている企業がある。

本来的には、法人税を支払いながら利益を蓄積し、自己資本比率を高めることが望ましいが、オーナー企業の場合、会社の資産と個人の資産を一体と考えている。すなわち、資産家の側面がある。

M&Aのプロセスにおいては、特に財務DD(デューデリジェンス)に際してオーナー経営者個人との資金の入り繰り(本来とは異なる勘定項目での処理)や税金対策に関する指摘があるが、オーナー経営者には上記のような背景があることを念頭に置き、法人としての本来の収益力の把握、財務内容の精査に臨んで頂きたい。

4 個人としての側面

最後に、オーナー経営者個人の側面について触れたい。

オーナー経営者には、家族、会社の成長を支えてきた役職員、同業の経営者ネットワーク、地元の財界など様々な人間関係が存在する。
特に業歴の長いオーナー経営者であれば関係者も多く、またその関係性も深くなっており、譲渡を決断するあたり影響することも少なくない。
会社の譲渡に際しては、経営者以上にキャスティングボードを握る存在がいる場合もある。

例えば、少数株主である親族との関係、土地所有者との関係、会社の古参経営陣との関係、地域社会における役割を理由にM&Aの話を断ることもあり、経済合理性だけでは解決できない問題があることについて理解頂きたい。

M&Aは生涯一度の決断

悩むオーナーイメージ

以上、4つの視点において事例を踏まえながら、オーナー経営者の特徴や、M&Aのプロセスにおける留意事項などを述べてきた。

各経営者によって濃淡はあるものの、オーナー経営者と向き合い、M&Aプロセスを円滑に進めるためにはいずれの側面も気を付けなければならない。

オーナー経営者にとって企業を売却することは生涯で一度きりの決断である。それゆえ、売却を決めたとしても各プロセスにおいて、判断は慎重になる。
事業環境やオーナー経営者を取り巻く関係者の意見などにより売却への意志が揺らぐ場合もある。

想像力をもって真摯に…

オーナー経営を経験していない方にとって、オーナー経営者の心情を全て理解することは不可能だ。それゆえに想像力を働かせることが必要となる。
読者の皆様にはこれまで記載してきた事項を踏まえ、オーナー経営者と真摯に向き合って頂きたい。

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