銀行とエクイティのあり方について~政策投資株式とエンゲージメント~

199X年某日、当時、都市銀行のホールセールバンキング(大企業取引)担当だった私は、重い交渉に臨んでいた。場所は都内の某上場企業A社の会議室。保有する政策投資株式の全株売却と数千万ドル相当の欧州現法向け融資の回収交渉だった。 政策投資株式の「政策投資」とは、取引先との関係の維持や強化、安定株主の形成、経営の安定化などを目的とした事業会社・金融機関による取引先の株式への投資である。これは、単に経済的リターンを得ることを目的とする「純投資」とは異なるものだ。 長い沈黙の末、クライアントであるA社の社長はこう口を開いた。 「君の言うことはわかった。御行の置かれている状況もわかった。ただ、こういうことは本来、あなたではなく支店長が言いに来る話でしょう」

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1990年代後半以降、減らされていった「政策投資株式」

1990年代後半以降、減らされていった「政策投資株式」

こちらはまだ30歳そこそこの支店長代理に成り立ての若造である。先方の言い分もごもっともだったが、支店長は他にも10数社の政策投資先との株式持合解消交渉を抱えており、その余裕はなかった。

それでも交渉が前に進みそうな手応えを感じつつ、営業車を走らせて、次の交渉の場である某上場企業B社の本社へ向かった。株式売却と与信の全額回収というさらに重い交渉を前に胃がキリキリと痛んでいた。

1990年代後半当時、各銀行は自己資本比率の維持に必死だった。

北海道拓殖銀行が経営破綻した1997年を皮切りに、翌1998年には日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が国有化。これらに対応する形で、1998年に金融監督庁(現金融庁)が発足し、大手行への集中検査が行われた。金融監督庁の発足に伴って金融再生法、早期健全化法が施行し、銀行の破綻処理に向けた枠組みの整備も急速に動き出した。1999年には大手行に一斉に公的資金が投入された。

冒頭で登場した「政策投資株式」として、取引先の株式を保有することは、1990年代当時は優良企業との取引を獲得・維持するための踏み絵であり、銀行間の持ち株比率に応じて、融資など金融取引シェアが決まるといっても過言ではなかったのだ。

ところが、国際的に活動する銀行の自己資本比率等の強化を目的としたバーゼル規制により、国際業務を営む銀行には営まない銀行より高い自己資本比率が求められた。その結果、不良債権処理で自己資本を大きく棄損した当時の銀行は、リスクアセット(資産)を減らす必要に迫られた。

特に低採算の大企業関連の政策投資株式や海外向け融資がその標的になった。優良企業との取引の拠り所となる重要なアセットだったが、銀行のバランスシートはその重みに耐えられなくなっていた。

京都銀行の影響で再び注目を集めた「政策投資株式」

京都銀行の影響で再び注目を集めた「政策投資株式」

その「政策投資株式」という言葉が、20数年の歳月を経て、再び頻繁に聞こえるようになっている。

京都銀行は2022年4月、イギリスの資産運用会社Silchester International Investors LLP(以下、シルチェスター)から株主提案を受け取った。提案内容は、予定する普通配当(1株100円)に加え、1株132円の特別配当の支払いを提案するという衝撃的な内容であった。

京都銀行は多額の株式含み益をもつ銀行としても有名だ。戦後、京都では新興企業が勃興し、オムロン、任天堂、村田製作所、京セラ、ワコールなどの京都銘柄と称される地元企業を、京都銀行はメインバンクとして支え、これら企業の発展とともに業容を拡大。その株式を早い段階から多数保有していたことが含み益の源泉となっている。

2021年暮れ、京都銀行は、配当性向を30%から50%に引き上げる株主還元方針変更のプレスリリースを公表したばかりだった。2022年3月末時点、同行保有株式の時価総額は1兆円に上り、年間の配当金は約200億円と言われる。株主提案は、この200億円の配当金全額を特別配当として株主に還元するという内容だった。ちなみに、岩手銀行、滋賀銀行、中国銀行も同時期に同様の株主提案を受けている。

京都銀行は2022年5月13日、この株主提案に反対する旨のプレスリリースを公表した。反対の理由は、「この特別配当の実施が、地域金融機関である同行の特徴を考慮せず、短期的な視点に立脚したもので、中長期的な企業価値向上に繋がらないと判断した」というものだった。

さらに京都銀行は5月25日、プレスリリース「政策投資株式の縮減方針について」の中で、2017年3月末対比で、既に16銘柄(簿価150億円)を削減したこと、今後3年程度で簿価160億円(全体の約10%)の縮減を行う旨、売却で得た資金は成長分野やサスティナビリティ関連の投融資の原資、これらリスクアセット拡大を支える自己資本の補強、株主還元等に充当する旨を明示。保有する政策投資株式全体から見れば一部に過ぎないが、株式市場はこの動きを好感し、翌日の株価は前日比7.6%上昇した。

日本独特の慣行「政策投資株式」は国際的に批判が高まっている

日本独特の慣行「政策投資株式」は国際的に批判が高まっている

この京都銀行の行動とシルチェスターの株主提案との因果関係は明らかではなく、また、双方の行動の是非を議論することが本稿の主旨ではない。ただ、明らかに1990年代後半とは背景が異なる。かつて、不良債権処理という銀行サイドの事情を背景に金融当局の目を意識しつつ政策投資株式の縮減が進んだが、今回は資本市場の声に耳を傾けての行動と言えよう。

政策投資株式は、他の先進国市場ではあまり見られない日本独特の慣行である。機関投資家等の少数株主の利益や市場の規律を阻害する要因ともなり、透明性と客観性に基づく長期的な価値向上を目指すコーポレートガバナンスの観点からも、国際的に批判が高まっている。

日本市場の信頼性や国際的な競争力にも関わる問題であることから、コーポレートガバナンス・コードや情報開示の強化を通じて、市場全体での改善が進められている。なかでも銀行は、バーゼル規制における株式のリスクウェイト引き上げもあいまって、強い向い風にさらされている。この流れは不可逆的であり、元に戻ることはないだろう。

保有する政策投資株式の10%とはいえ、地銀最大の大株主である京都銀行が動いたことのインパクトは大きい。メディアによれば、簿価160億円の政策投資株式の売却を通じて、同行が3年間で手にする売却益は約820億円とも言われる。

「政策投資株式」から解き放たれた資金はどこへ?

「政策投資株式」から解き放たれた資金はどこへ?

では、これら政策投資株式の売却で得た膨大な資金はどこに向かうのだろうか。コロナ融資の特需も一段落し、前向きな資金需要が伸びない中、従来型融資のみでその穴を埋めるのは難しい。

その答えは京都銀行が2022年5月25日に配信したプレスリリースの中に示されていた。「サスティナブルファイナンス」と「ファンド投資」である。政策投資株式から解き放たれた資金の一定部分は、取引先の創業・成長、事業承継を下支えするエクイティとして地域に還流していく。

ほかにも、大胆な縮減目標を打ち出した銀行がある。石川県を地盤とする北國銀行だ。4月28日付の中長期経営戦略アップデートによれば、同行は2025年3月期までに政策投資株式を半減、将来的には全廃する方針を打ち出している。

時価ベース保有額こそ京都銀行に及ばないものの、先進的な経営で有名な北國銀行らしいチャレンジングな目標である。縮減で生まれた資金は、傘下の投資専門会社等を通じて、非上場会社への投資に使われる。同行としては、投資を通じて取引先企業の組織改革やキャッシュレス化などのサービス提供も視野に入れるようだ。戦略的な国内基準行への鞍替え(シンガポール支店閉鎖)で手にする1026億円の余剰資本も、北國銀行の投資ビジネスを加速させるエンジンとなるだろう。

ここでも、政策投資株式の呪縛から逃れた資金が、生きたエクイティに姿を変えてベンチャーや地元企業の成長を後押ししていく。これら投資先企業の中には、ひょっとしたら、将来GAFAのように飛躍的な成長を遂げる企業の原石が隠れているかもしれない。

銀行が保有する株式への売り圧力が強まる一方で、株式への新規投資を積極化している銀行がある。かつて長信銀の一角であった日本債券信用銀行を前身とするあおぞら銀行だ。

あおぞら銀行は2021年9月27日、「あおぞらサスティナビリティ目標」を公表。その目標では、顧客企業の構造転換促進を通じて持続可能な社会の実現に貢献する「インダストリアル・トランジション」を、重要なサスティナビリティビジネスの一つとして位置付け、エンゲージメントエクイティ投資件数をKPIとする目標(5年間で累計100件)を掲げた。

1998年に経営破綻したあおぞら銀行は、国有化で政策投資株式を手放さざるを得なかったという特殊事情もあり株式エクスポージャー(割合)が少ない。政策投資株式の重圧に苦しみ、株式を手放す多くの銀行とは逆張りの動きだ。

単に融資など金融取引シェアの獲得・維持を目的とした株式の保有ではなく、顧客企業との建設的な対話を通じ事業を深く理解し、共に企業価値向上を目指すパートナーとしての株式保有だ。

まとめ

未だ銀行のバランスシートに残る膨大な政策投資株式。遠い昔、まだ危なっかしいベンチャー企業に投下された多額のリスクマネーとして、その後の日本の経済成長を支えたことも一つの事実である。

今後、非上場企業にリスクマネーとして投下される多額のエクイティは、顧客企業の真の構造転換を実現できるのだろうか。

その答えは、銀行によるエンゲージメントに掛かっている。

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