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B2B企業が新規事業で考えるべきこととは? ~フレームワークと事例の紹介~
新規事業が経営課題になっている会社は企業規模、業態を問わず増えている。業態を大きくB2C企業とB2B企業に分けたとき、両者では新規事業開発の着眼点やアプローチは大きく異なる。本稿では、筆者の支援経験が多いB2B企業について、どのようなフレームワーク、観点で新規事業を検討するのが良いのかという一つの視点を与えられればと思う。
B2B企業の新規事業の類型
筆者は新規事業、イノベーションを専門領域として、大手企業から地方の中堅企業まで幅広く経営執行支援やコンサルティングを通じてご支援しているが、業種・業態としては、B2Bのビジネスを営む会社様(B2B企業)をご支援することが多い(筆者がB2B企業をターゲットにしているわけではないが、結果的にB2Bの会社様からご相談いただき支援につながるケースが多い)。
B2B企業の新規事業を検討する際において、真っ先に活用するのがアンゾフの成長マトリックスだ。左上(顧客深耕)、右下(新市場開拓)、右上(飛び地)の3パターンに新規事業を分類した上で、それぞれの象限において具体的にどんな事業を行い得るかを、優先順位を付けながら検討していく。
例えば、技術力の強い会社であれば、まず優先的に考えるのは右下(新市場開拓)になるだろう。自社の保有する要素技術に新たな用途がないかを、いまだ参入していない市場で探索するというものだ。この象限で最も成功した事例の一つが富士フイルムだ。同社は、フィルム事業で培ったケミカルの要素技術を応用できる市場を探索し、医薬品、化粧品などの新市場において成功を収めた。
また、右上(飛び地)で新規事業を行う会社も多い。自社とのシナジーがある異業種の会社を買収する、あるいはCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)などを通じてスタートアップに出資するのが典型的なパターンだ。地方の有力企業が本業と直接的に関係のない不動産業やゴルフ事業を営むケースもこれに該当する。
飛び地は非常にたくさんの新規事業の選択肢がある一方、本業との距離が遠いがゆえに、下手に手を出すとやけどをすることも多い。自社の強みをしっかりと認識した上で、競争優位性が築けるような飛び地事業を行うことが肝要だ。
さて、右下(新市場開拓)や右上(飛び地)にチャレンジできる会社は、主として強い技術を持っている、あるいは資本力がある会社だ。そうではない多くの会社にとっては、左上の象限(顧客深耕)での新規事業の検討が現実的と考えられる。すなわち、自社の顧客アセットを生かして顧客業界に対し新たな価値提供ができないかを探索する新規事業戦略だ。
以降、本稿では、多くのB2B企業が最優先で考えるべき左上(顧客深耕)においてどのような観点で新規事業に取り組んでいくべきかについて、一つの視点を与えることを試みる。
前提として「顧客深耕」は容易ではない
左上の象限で新規事業を展開することもなかなか一筋縄ではいかない。二つの大きな壁があるからだ。
一つ目は、顧客の部署・役職の壁だ。B2B企業の場合、その商品の提案は法人営業となり、現在相対している部署や役職がある。現在の商品を売るにとどまるならその部署や役職と付き合い続ければよいが、新たな商品やソリューションを提案し、より大きな顧客価値の実現を目指す場合、基本的には相対している部署とは別の部署、あるいはより上位の役職にアプローチする必要がある。
これが一筋縄ではいかないことは、法人営業に携わっている方であればよくお分かりいただけるだろう。
二つ目は、ソリューション構築の壁だ。自社内のソリューションのクロスセルを超えた価値提供をしようとする場合、まったく新しいソリューションを開発するか、もしくは社外のソリューションと自社のソリューションを組み合わせる必要がある。
前者は、顧客企業の経営課題を深く洞察する必要があるが、一つ目の壁(部署・役職の壁)のところで制約が掛かる。後者は、社外のソリューションに対する知見を持った上で、自社のソリューションとの掛け合わせでどういったビジネスモデルを設計し得るかという「構想力」が求められるため、これも長年自前でB2B事業をやってきた会社にとって簡単にできるものではない。
以上二つの壁によって、「左上象限で新規事業を検討するのが最も現実的だが、それすらもなかなかに難しい。さてどうしたものか」という悩みを抱える会社が多い。
そうした中でも、以上のような壁を乗り越えて左上の象限で新規事業を実現している会社は存在する。以降では、いくつかの事例を、フレームワークを定義した上でご紹介する。
顧客深耕のフレームワーク
事例の紹介に入る前に、フレームワークを定義しておきたい。フレームワークを考える上でポイントとなるのは、顧客深耕をどういう“モノサシ”で測るかだ。
法人ビジネスというのは、定義すると、顧客の事業価値の一部を切り取っているものだ。例えば法人にボールペン1本売るのも、そのボールペンが顧客企業の業務において使われる以上、顧客企業の事業価値を切り取っていると言える。そう考えると、顧客を深耕するということは、「顧客の事業価値をいかに多く切り取るか」と換言できる。顧客深耕のモノサシは、「顧客の事業価値の切り取り具合」とするのが妥当だ。
ここで大事なポイントは、顧客の事業価値を一定以上多く切り取るためには、自らもリスクを取らないといけないということだ。ボールペン1本売るのはリスクテイク不要だが、より多くの価値提供をしようとするとリスクテイクが必要になる。なぜなら、顧客が事業によってリスクテイクしているため、事業価値はリスクをはらむからだ。B2Bビジネスにおいても、リスクを取らなければ相応のリターンは得られない。
こうした観点を踏まえて顧客深耕のレベルを整理したのが次の図だ。
マグロの絵は、わかりやすい例えとして示している。顧客業界を1匹のマグロに例えると、顧客業界の事業価値をどれだけ切り取るかは、「1匹のマグロからどれだけ多くの身を切り取るか」という話になる。
顧客に対し事業価値貢献の限定的な製品やサービスを単品のソリューションで提供するのがレベル1だ。マグロの例えでは、刺身の1切れをかすめ取るようなものとされる。
レベル2からは価値提供の“カタマリ感”が出てくる。他社ソリューションも含めたソリューションの組み合わせによって、顧客の事業や収益に一定のインパクトを与えるのがこれだ。ソリューションの組み合わせの妙が求められるため、レベル1からは一定のジャンプがある。
そして、レベル3からはリスクテイクの要素が入ってくる。最もわかりやすい例は、顧客業界に対して何らかの形で事業投資することだ。例えば総合商社はあらゆる業界でこれを行っている。もともとトレーディング中心だった総合商社がなぜこれほどまでに巨大化したかと言えば、レベル3(や4)をアグレッシブに推進してきたからだ。
また、近年、コンサルティングファームが「成果報酬型」でクライアントのコスト削減やバリューアップなどを支援するケースが増えてきているが、これもレベル3に該当する。フロンティア・マネジメントでも、近年成果報酬型の経営支援やフロンティア・キャピタルを通じた事業投資を推進しており、まさにレベル3に果敢にチャレンジしている段階だ。
そして最後のレベル4は、いっそのこと自社の強みも生かしながら顧客の業界に入ってしまおうというものだ。バリューチェーンにおける自社ポジションの下流をM&Aで取り込むというのがその典型例だ。
このフレームを見ながら、「我が社はどの顧客業界でどのレベルの深耕がし得るだろうか?」と考えてみることは、多くのB2B企業にとって意味があると筆者は考えている。
さて、やや前置きが長くなったが、以上のフレームワークを頭に入れて頂いた上で、レベル3や4を実践している事例を2社ご紹介したい。
事例① JDSC(AIスタートアップ)
1社目は、AIスタートアップであるJDSC社だ。同社は「UPGRADE JAPAN」のミッションを掲げ、様々な産業においてAIプロダクトの開発、実装を進めている。一例として、ダイレクトメール(DM)の送付先の最適化(どのお宅にDMを送付するとレスポンス率が高くなるかの最適化)のAIを開発し、DMでプロモーションする企業に対するソリューションとして提供している。これは先述のフレームでいう「レベル1」だ。
同社のすごいところは、そこからレベル2を飛ばして、レベル3に取り組んでいることだ。
同社は2023年に、DM発送の受託事業を展開しているメールカスタマーセンター(MCC)を買収している。同社の開発したAI(response insight)を使えば、DMの発送の受託事業そのものを高収益にできるとのもくろみだ。
これは顧客業界にリスクテイクして参入するものと捉えられ、「レベル3」の踏み込み方だ。同社の買収前の年商は20億円程度だが、MCC社の年商は200億円程度だ。自社の売上規模の10倍もの会社を買収し、自社テクノロジーを活用して競争優位性がある事業、そしてインパクトがある収益の実現を目指すというのは大胆な戦略と言えるだろう。
さらに同社は、D Capitalというプライベート・エクイティ・ファンドと協業し、産業全体の変革にも乗り出そうとしている。事業投資に加え、金融投資でのレバレッジもかけようとしている動きと見てとれる。
事例② エクシオグループ(大手建設会社)
2社目は、通信建設や土木工事などを営む大手建設会社のエクシオグループだ。同社は2020年にイノベーション推進部を立ち上げて以降、様々な新規事業に取り組んでいるが、昨年事業化された「グリーンビル開発ファンド」という新規事業が本稿の文脈上興味深い。
同社は従来ビルの電気・空調工事を営んでいるが、これはいわゆるサブコンの立ち位置だ。アンゾフマトリックスの左上でより多くの価値を切り取るためには、より広範な工事に入りこんでいく必要があり、そこが経営課題だったと推察される。
同社のグリーンビル開発ファンドは、比較的築年数の古い中規模のビルをファンドの資金によって買収し、環境価値を高めるようなフルリノベーションを行ってバリューアップし、そして売却するというビジネスモデルだ。
ビル工事の顧客であるビルオーナーに自らがなり、その立ち位置を利用してフルリノベーションに伴う各種工事を丸ごと請け負うという新規事業は、まさに「レベル4」を実現している例と言えよう。加えて、設計会社やアセットマネジメント会社などと協業し、他社のソリューションとの組み合わせもしていることから、レベル2もうまく織り込んでいると言える。
経済の成熟化に対応するために
今回は二つの事例の紹介にとどめるが、他にもレベル3、4の新規事業を実現しているB2B企業は(その難易度ゆえ決して数は多くないが)様々な業界に存在する。
前半に述べたとおり、その実現には様々な壁があり容易ではない。しかし、経済の成熟化が進むにつれ、レベル2以降にチャレンジしないとジリ貧になっていく会社が多いこともまた事実だろう。
B2B企業で成長が頭打ちになり、閉塞感がある会社は、今回ご紹介したフレームや事例を参考にしながら自社は何ができるかを考えてみるのもよいのではないかと思う。
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