タイ デモ激化「微笑みの国」に戻る日はいつか

タイの軍事政権による保守的な国家運営に抗議する、大規模デモが相次いでいる。民主化を求め、学生を中心とする集団が行進する姿は、香港の様子ともかぶる。反政府デモと同時に、王室改革を掲げるデモが王宮近くで開催されるなど、王室批判が「タブー」とされる同国では、稀にみる事態に発展している。今、「微笑みの国」タイで何が起こっているかについて整理した。

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「微笑みの国」はいずこへ?

銅像イメージ

「微笑みの国」、これはタイの代名詞である。

また、首都バンコクは現地語で「天使の都(クルンテープ)」という。

親日であり、古都アユタヤの日本人町を仕切った山田長政の時代から、太平洋戦争中の同盟関係(※最終的には、第二次大戦の戦勝国側になった)。戦後は、自動車産業を中心に日系企業が早くから進出し、鉄鋼や石化材料を含む川上産業までを国をあげて誘致・支援し、「アジアのデトロイト」と呼ばれるまでに産業基盤を整備・成長させるなど、、日タイ両国での協業実績は数多い。

一方、近年は「軍事政権」「デモ」「王室批判」などの単語が紙面を多く占め、残念ながら「微笑みの国」「天使の都」のイメージからは程遠い。

一部の日系企業が同国から撤退するなどの動きもあり(例:バンコク伊勢丹の閉店、ファミリーマートの現地合弁事業の解消など)、状況は一変している。コロナ禍という未曽有の不確実性の影響も多分にあると思われるが、タイではコロナは十分に封じ込められているようにも見える。
同国政府によるコロナ対策と、それを理由にした行動制約の長期化との動きに、やや違和感を持つのは筆者だけではないだろう。

バンコクの正式名称とは
英語表記の「バンコク(Bangkok)」は旧都市名であり、タイ人的には東京を「江戸」と呼ぶのに近いイメージだ。現在のタイ語名は「クルンテープ・マハーナコーン」で、実際はマハーナコーンは省略されることが多い。
正式名称は非常に長く「クルンテープ・マハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロック・ポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット」。
日本語訳:天使の都 雄大な都城 帝釈天の不壊の宝玉 帝釈天の戦争なき平和な都 偉大にして最高の土地 九種の宝玉の如き心楽しき都 数々の大王宮に富み 神が権化して住みたもう 帝釈天が建築神ヴィシュカルマをして造り終えられし都
(タイ国政府観光庁HPより)

軍事政権の思惑?

台湾イメージ

過去の記事でも多く取り上げてきたが、プラユット首相を中心とした政府は、2019年の総選挙をもって民主政治に移行したと宣言した。しかし、昨今のデモを見る限り、残念ながら国民の多くがそうは思っていないようだ。

プミポン前国王逝去の喪明けと共に、総議席数の過半数を引き続き軍部が握り、政治に深く関与する構造を、憲法改正で認めた。ワチラロンコン現国王の軍事的掌握などの実権集約までも、憲法で規定したことで、軍と王室との距離感はぐっと近くなったのかもしれない。

ワチラロンコン国王は戴冠式後も、生活基盤を長らくドイツに置いており、国民の前に出る機会は少ないようだ。
「1村1品運動」を提唱して村おこしを主導したり、諸外国首脳との交流や地方を訪問したりするなど、メディアにも積極的に出ていたプミポン前国王とは趣が異なる。

現国王にも様々な思いや伝えたいことはあるはずであるが、近時メディアに出るのは王室「奥の院」における権力争いなど、三面記事的トピックスが多いのは残念である。

政府批判を王室にそらす狙い?

筆者が伝えたいのは、こうした王室に対する批判が目的では決してなく、本来政権に対する批判の目を王室に向けようとしているともとれる構図である。

現政権は、「扇動罪」「不敬罪」を問うとしてメディア統制・検閲などをすすめているが、見方によっては王室を盾に取って統制を強めているように見える。
一昔前は王室内でのゴタゴタがメディアに大々的に出ることはなく、市民間でのコソコソ話・茶飲み話が中心だった。
王室改革デモの本質は、市民の政府への不平不満の矛先を王室に向けることにあるのではないか、と邪推すらしてしまう。

東南アジアに増す、中国の存在感

虎イメージ

また、現タイ政権は、欧米中心の国際社会と一定の距離を置き、「中国寄り」ともとれるメッセージが増えている印象だ。
8月の内閣改造の折、当時のソムキット副首相(経済担当)らリベラルな閣僚が姿を消し、同氏が主導していたTPP(環太平洋パートナーシップ協定)参加の機運が急速にしぼんだ。

直近開催されたASEANフォーラム(9月9日~12日)では、ASEAN各国首脳から南シナ海への進出を進める中国への批判が多く出る中で、タイは「対立を協力に変えよう」と半歩引いた発言だった。

中国は、経済制裁を受けたカンボジアやミャンマーに対して積極的に支援の手を差し伸べている。タイは、長引く軍政や長期独裁に対する国際的な批判を受けており、中国は虎視眈々と接近する機会を伺っているかもしれない。

タイ経済状況と日系企業の動向

バンコクイメージ

毎年4000万人近い外国人観光客によって支えられてきた観光業は、コロナ禍による国境閉鎖により当然にして大打撃を受け、また主力輸出の原動力となっていた自動車産業も前年比▲45%(4-6月)と振るわず、政府は2020年度GDP見通しを「▲7.8%~7.3%」に下方修正した。
これは1998年(▲7.6%)の通貨危機ショック以来の下落幅である。ただ大きく異なるのは、1998年は前年のバーツ切り下げによる価値下落の影響が大きく(バランスシート破綻)、資金難から新規工場建設が止まるなどの影響もあったが、ヒトとモノは今よりも動いていたので、民間へのマイナスインパクトは今回の方が悪いかもしれない。

一方、通貨危機時と大きく異なるのは、今のタイには金融政策上の緩和余地がある点である。他のASEAN諸国に比べ、利下げ余地のみならず、財政投入余地もある。
これが近時のバーツ高を引き起こしている要因でもあるが、政府と中銀のバランスのとり方次第では、十分にカンフル剤になり得る点、期待余地はある。
ただ現時点でのタイは輸出促進には消極的な舵取りである中、周辺国ではタイと同様の生産品の輸出で回復基調を得ている点は(マレーシアのゴム製品/ベトナムの米・鉄鋼製品など)、政策運営上の課題点かもしれない。
そのような背景もあってか、タイ大手企業(タイビバレッジ:食品/セントラルグループ:小売/サイアムセメントグループ:素材など)では、ベトナム・ミャンマー・カンボジアなどへの積極的な周辺国への進出・事業拡大戦略に舵を切っている。

日系企業のタイに対する動きに目を向けると、既述の通り小売業では苦戦しており、同国向けM&A活動もシンガポールやベトナムに比べると決して活発とはいえない。当面の期待は、既存で確立される産業内での再編やインフラ・二輪・四輪・食品が中心とみられる。

近時、タイの財閥CPグループが北京汽車グループ(北汽福田汽車、中国の商用車メーカー)と組んで、商用車の製造拠点をタイ国内に作る計画との報道もある。日系素材メーカーや部品メーカーにとっては複雑な思いなるも、「商機」と捉えることも出来る。

多様性を受け入れる「マイペンライ」の文化

タイは、他国の属国となった経験が無いまま、生き抜いてきた、アセアン諸国の中でも稀有な存在である。中国・マレー・インド系移民を古くから受容し、多くのジェンダーを受入れ、政府官庁や財界における女性進出など、生粋の「リベラル」な国民性を有している。多様性を受け入れる土壌こそが、タイ本来の魅力である。どのような失敗があっても、いつも「マイペンライ(Never Mind)」と笑顔で受入れてくれる国民を、政府はもっと信頼してもよいのではないかと思う。

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