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スポーツのエンタメ化で拡大する不動産ビジネス
プロスポーツのファンが増えている。大手不動産会社でも、スポーツ・エンターテインメントビジネスの取り組みを拡大している。スポーツ・エンターテインメントは、不動産デベロッパーにとって「ミクストユース」の街づくりの強力なコンテンツであると同時に、新規事業として成長が期待されている。最近のスポーツ観戦はエンタメ化の傾向が強まっており、今後のテクノロジーの進展によって、スポーツとエンターテインメントの融合がさらに進むことが予想される。
プロスポーツのファンが日本で急増中
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近年、日本でアメリカのメジャーリーグ(MLB)のファンが急増している。2024年における日本のMLBファン人口は1,133万人で、前年比23.8%増と大幅に増え5年連続で増加した。日本のプロ野球のファン人口は2,210万人で、こちらも前年比4.4%増。サッカーのJリーグのファン人口は952万人で、前年比11.5%増。最近はバレーボールのファンも急増している(三菱UFJリサーチ&コンサルティングとマクロミルによる共同調査:2024年10月30日)。
不動産会社はスポーツ・エンターテインメント事業を拡大
ここ2〜3年、大手不動産会社がスポーツ・エンターテインメントビジネスを拡大したり新規に参入したりするケースが目につく。
三井不動産
2021年に東京ドームを買収した三井不動産は、2024年4月に、商業施設事業とスポーツ・エンターテインメント事業の連携を加速させることを目的として、「商業施設本部」を「商業施設・スポーツ・エンターテインメント本部」に改称。さらに「東京ドーム事業部」を、東京ドームのみならず全社のスポーツ・エンターテインメント事業を推進する部門として「スポーツ・エンターテインメント事業部」に改称した。またプロバスケットボールBリーグ所属「千葉ジェッツ」のホームとして使われる大型多目的アリーナのLaLa arena TOKYO-BAYを2024年4月に竣工(しゅんこう)させ、MIXIと共同で運営している。
三菱地所
三菱地所は、2021年にコンピューターゲームの対戦競技である「eスポーツ」を主催するビジネスに参入している。
また、2023年4月には、プロ野球チーム「北海道日本ハムファイターズ」の本拠地であるエスコンフィールドHOKKAIDOを含む北海道ボールパークFビレッジとの連携を通じて、「スポーツ・エンターテインメント産業とのコラボレーションによる新たなイノベーション創出を目指します」と発表し、取り組みを強化している。
ヒューリック
ヒューリックは、2025年1月に、プロバスケットボールBリーグに所属する「アルティーリ千葉」を運営するアルティーリと資本提携およびスポンサー契約をした。
ミクストユースの街づくりにおける強力なコンテンツとしての期待
大手不動産会社がスポーツ・エンターテインメントに注力する要因の一つは、街づくりの強力なコンテンツになり得るためだ
近年の都市における大規模再開発や街づくりは、「ミクストユース(Mixed-Use Development)」のコンセプトを基に行われるケースが多い。
ミクストユースとは、一つのエリア内で複数の多様な用途・機能が混在する開発コンセプトを指す。具体的には、エリア内に住宅や商業施設、オフィス、ホテル、公共施設など異なるタイプの施設を配置というものだ。ミクストユースの開発により、そのエリアが「街」として機能し、さまざまな人々が利用することで活性化するうえ、化学反応が起きて新陳代謝も促される。
それに加えて、最近は人々のライフスタイルの変化とDXの進展により、「働き」「遊び」「暮らし」という3要素の境界が曖昧になった。若い世代を中心に、3要素の融合が求められつつある。
すなわちスポーツ・エンターテインメントは、人々の「遊び」の欲求をエリア内で満たしつつ、その大きな集客力によりエリア内に「人流」をもたらす。同時に、観戦や応援などの活動を通じて人々の間に新しいつながりを生みだし、コミュニティを活性化するのだ。また、人々にそのエリアに「行きたい」「体験したい」「過ごしたい」と思わせて行動を起こさせる力がある。
新規事業としての成長期待

不動産会社がスポーツ・エンターテインメントに本格的な取り組みを始めたもう一つの要因は、新たな収益源として成長させたいという点にある。言うまでもなく、中・長期での不動産業を取り巻く環境は厳しい。マクロでみれば人口や世帯の減少が今後も続き、数量べ-スの需要は減る。一方、不動産会社のコア事業であるオフィス賃貸では、新しく競争力のある不動産の供給が続き、東京であっても競争の大幅な緩和は考えにくい。
このような環境下で利益成長しようと思えば、国内で新規分野の事業に参入するか海外で収益を伸ばすかしか選択肢はない。国内の事業計画を検討・レビューする際、不動産業の経営者の意識には「新しい事業を考えないことがリスクになる」(ヒューリック 西浦三郎会長 日本経済新聞2024年10月9日)という考えが常にある。
ビジネスとしてのスポーツの価値の再評価
スポーツはもうからないとよく言われる。スポーツの収益性が低い理由の一つに、その多くを行政が運営・管理していることが挙げられる。文部科学省が主管官庁であるため、スポーツの運営は「教育」の枠で扱われるのが一般的だ。
スポーツ庁によれば、2021年10月現在で全国の体育・スポーツ施設の数は211,300カ所であり、そのうち民間スポーツ施設は29,821カ所で14.1%にすぎず(「我が国の体育・スポーツ施設」2023年3月)、残りの施設(学校体育・スポーツ施設、大学・高専体育施設、公共スポーツ施設)のほとんどは行政が管理・運営していると推定される。
そこでは収益性よりも公益性が重視され、収益を成長させるという発想はないと考えられる。一方の民間企業では、スポーツを事業として運営していることはあっても、「他部門とのシナジー」や「ブランド力の強化」といった補完的な位置づけが一般的だ。スポーツ事業単独で収益の成長を目指すまでには至らないケースが多いと推察できる。
しかし近年はスポーツを補完的な事業ではなく、「プロスポーツである以上、スポーツ事業単体でしっかりと収益を出し、その収益を拡大していくことが、スポーツ産業全体の発展のためにも極めて重要である」(DeNA 南場智子会長 フルスイング2023年3月8日)というスタンスをとる企業も出てきた。
DeNAは2011年に横浜ベイスターズを取得してスポーツ事業に参入。今ではプロ野球の横浜DeNAベイスターズ、Bリーグの川崎ブレイブサンダース、JリーグのSC相模原と、3大プロスポーツそれぞれにチームを有して運営している。横浜DeNAベイスターズは2024年シーズン主催試合において、球団史上最多となる236万人の観客動員数を記録。またスポーツ事業は2024年3月期に21億円の利益を計上した。
不動産会社のスポーツビジネスに求められること

スポーツビジネスにもいろいろなタイプがある。不動産会社が自らの専門性やノウハウを最大限に生かせるビジネスとなれば、ハードアセットであるスタジアムやアリーナなどのスポーツ競技施設を開発、もしくは既存の施設の運営を受託して収益を得るビジネスが典型的だろう。
スタジアムやアリーナの運営というのは、テナントと賃貸借契約さえ結んでしまえば、その後は24時間365日分の家賃が毎月きちんと払い込まれるオフィス賃貸とはまったく違うビジネスだ。最重要ポイントは、いかに施設の稼動率を最大化して施設にどれだけ多くの来訪者を呼び込めるかに集約できると考えられる。
稼動率の改善は施設利用収入の増加に直結するうえ、来訪者の増加により飲食・物販収入などの付帯収入の増加も見込める。さらにはスタジアムやアリーナ自体の広告価値やスポンサー価値の向上にもつながる。
稼動率向上のためには、スポーツの試合の開催だけでなくコンサート・音楽ライブなどのエンターテインメントや、展示会・地域の行事の開催などあらゆる可能性を探求する努力が必要だ。また、1日の中には非稼働時間が存在する。可能な限り稼働状態にして収益化することが求められる。
スポーツ観戦のエンタメ化
アメリカでのスポーツ観戦は、純粋に競技を観戦するというよりも、競技を含む演出されたエンターテインメントの観戦体験に変化している。具体的にはハーフタイムショーの充実が挙げられる。
アメリカのNFLスーパーボウルで最も注目されるのがハーフタイムショーで、過去にはマイケル・ジャクソンやビヨンセなど数々の大物が出演してきた。2025年2月9日にルイジアナ州ニューオーリンズのシーザーズ・スーパードームで開催されたスーパーボウルでは、ヒップホップの新王者ケンドリック・ラマーがパフォーマンスを披露し、1億3,350万人という史上最多の視聴者数を記録した。大規模なスポーツイベントでは、音楽ライブやパフォーマンスが観戦の一部になっている。
またスタジアムでの映像・音響面では、プロジェクションマッピングや3D映像、AR(拡張現実)を取り入れた演出が増えており、エンターテインメントの専門家がスポーツイベントに関与する機会が増えている。特に音楽とのコラボレーションが進んでおり、アスリートがミュージシャンとジョイントでイベントを開催するケースは増えている。また試合のオープニングの選手入場テーマ曲の制作をミュージシャンが請け負ったりプロモーション動画での音楽を制作したりと、音楽によりブランド価値を高めようとの狙いがある。日本のスポーツもアメリカのトレンドを追っていると思われる。
スポーツ・エンターテインメントを担う不動産会社

アメリカにはメジャーリーグ球団の本拠地であるボールパークが多くある。これらの施設は単なる野球場ではなく、エンターテインメントやレジャーを提供する街づくりの発想の一環として開発された施設だ。こうした施設の設計やコンサルのノウハウは欧米が一歩先を歩んでいると言わざるを得ない。
また欧米にはスタジアムやアリーナなどのハードアセットを所有するのみならず、サッカーなどのプロスポーツチームを傘下におさめ、またコンサートや音楽ライブなどのエンターテインメントの企画・制作・主催を自ら行う「スポーツ・エンターテインメント不動産会社(Sports & Entertainment Real Estate firm)」 が存在し、AEG、And1RE、Douglas Elliman、Sereghなどのプレーヤーが含まれる。
スポーツとエンターテインメントの融合がもたらすもの
スポーツとエンターテインメントの融合とは、スポーツ競技と映画やゲーム、音楽などのエンターテインメント要素が結びついて新しい形態の観戦体験や観客参加型の体験が生み出されることを意味する。具体的にはeスポーツの普及が良い例で、スポーツとゲームの融合を象徴している。またライブストリーミング技術により、リアルタイムでスポーツ競技の観戦ができるようになった。
スポーツとエンターテインメントの融合は、通信技術やテクノロジーの進展により急速に進化している。今後もデジタル技術の進歩、特にVR(仮想現実)・AR(拡張現実)とAI(人工知能)の進歩により、まったく新しいスタイルでのスポーツ観戦やエンターテインメント体験が可能になるだろう。
例えば、VR・AR技術の普及により、自宅にいながらスタジアムの臨場感を、視覚だけでなく触覚や嗅覚も再現して感じられるようになるかもしれない。
一方AIは、個々のユーザーのニーズや好みに合わせたコンテンツを提供する。スポーツ観戦では、AIがユーザーの好みに基づいて試合のハイライトを自動生成し、特定の選手のプレーだけを効率的に楽しめるなどのサービスが可能になるだろう。
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