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事業に貢献する能力
この記事は、組織人事を根幹から考える意識を持ち、執筆している。
前回は、人事は事業のための機能であること、事業を軸とした能力のマネジメントが必要であることを提起した。 今回はその続きとして、「事業に貢献する能力」について述べる。
事業に貢献する能力は2種類
事業に貢献する能力は大別して2種類だと考える。
一つは、営業や経理、製造などの職種と呼ばれるものに関わる能力である。職種は組織論でいう機能に近いため、以降は機能とする。多くの従業員の日々の業務遂行に関わることなので、機能についての説明は不要だろう。
もう一つは、事業を主導・運営する能力である。この能力は定まった呼びかたが無いように思われるため、ビジネスの能力と呼ぶことにする。
この機能とビジネスの能力の掛け合わせが、事業活動に貢献する能力だと筆者は考える。
機能の能力
呼びかたでお気づきだと思うが、基本的には職種を示す機能は、事業そのものを担当しない。機能が担当するのは事業の一部である。例えば、営業機能が担うのは、主として顧客開拓や販売、契約などの特化した業務だろう。購買や製造は担当しないし、人事や経理も担当しない。機能はそれぞれに特化して、専門的な活動を担っている。つまり企業の人材のほとんどは専門家だと言える。
余談だが、日本企業で専門家という場合、機能よりも狭い、特定の業務のベテランなど、ごく限られた業務の担当者を指していることが多い。
しかし、ビジネスとの対比のため、筆者は特定の機能に従事している人材を専門家と呼びたい。機能は自らの専門分野にしか従事しないし、専門分野にしか責任がない。例えば、筆者は組織人事コンサルティングに従事していて、ビジネスを担当していないから、現在は専門家である(なお、過去にはビジネスを担当していたこともある)。
ビジネスの能力
一方、事業を主導・運営するビジネスは機能の枠を超える。
事業活動では、付加価値創造によって顧客から対価を得る。付加価値を創造する流れは、ポーターが考案したバリュー・チェーンで表すことができる(※1)。バリュー・チェーンは価値連鎖と翻訳されるが、機能による価値創造の活動の連鎖で表される。
ポーターの図に加筆したが、機能の担当者はバリュー・チェーン上の一部を担う。バリュー・チェーン全体を統括するのはビジネスの担当者である。
ビジネスの担当者は、各機能を統括することで付加価値を創造する。当然、統括のための構想を考えなければならない。すなわち事業戦略であり、ビジネスモデルである。機能の活動の連鎖で付加価値が創造されるのは確かだが、ビジネスの担当者の構想によって、創造される価値の性質や範囲などが定まる。
二つの能力の掛け合わせは、団体スポーツで説明するとわかりやすい。
筆者が好きな野球で説明すると、バリュー・チェーンを打線に例えることができる。各機能は1番から9番までの打者だとしよう。打者が連携することによって得点し、チームの勝利につながる。このとき、ゲームプランもなく、9人の打者に「打て」と指示するだけでは打線にならない。試合あるいはゲーム中の各局面でどのように戦うのか、どのような役割を果たしてほしいのかを、監督は示さなければならない。そして、そもそもどのような打線を組むのかを考えねばならない。
一方、打者はそれぞれの持ち味を生かし、打線としての戦いかたに貢献する。持ち味を磨いて高める必要はあるが、戦いかたに貢献しなければ意味がない。勝手な持ち味の発揮は、チームの戦いかたを破壊する。
このように、機能とビジネスの能力が活動を分担し、力を掛け合わせて事業に貢献するのだと考えている。
ビジネスの能力には「まなざし」が必要
ビジネスの能力は抽象的であり、わかりにくいのではないだろうか。
ビジネスの行動は、アントレプレナーシップという言葉で表すことができる。アントレプレナーシップは「起業家精神」と訳されることも多く、起業を連想しやすい言葉だが、実際はもっと広い概念である。
ではアントレプレナーシップとは何かというと、次のような説明ができる。事業には環境という前提があり、環境が変化すれば、改めて事業を考える必要がある。現在の環境変化の速さを考えると、事業は常に見直し続ける必要があるだろう。常に創業に立ち返るのと同じである。だから、アントレプレナーシップはビジネスの能力に近い。
近年、アントレプレナーシップを議論するなかで、創業もビジネスの行動も大差ないことがわかってきている。アントレプレナーシップは研究者の議論のテーマの一つだが、その行動として次のようなものが挙がる(※2)。
- 事業機会を発見する
- 競争優位の構築を考える
- ビジネスモデルを策定する
- 製品やサービスを考案する
- 市場や顧客を選択する
- 資金を調達する
-
組織を活用し、製品やサービスを提供する
多様な要素が含まれるが、要するにビジネスの行動である。ただ、根幹をなす最も重要なことは、事業機会を発見することだろう。事業機会が不明確ならば、その事業の具体化であったり、より有利にしたりする行動は検討しにくい。
事業機会の発見を狙いとする行動には、様々なアプローチがある。なかでも肝心なのは、そのためのまなざし(独自の視点)を持つことである。天啓がないわけではないが、普段から意識していなければなかなか発見できるものではない。戦略論では、「戦略の形成はアントレプレナーのまなざしに依存する」という研究もある(※3)。なお、データをいくら分析しても、事業機会は発見しにくい。データには解釈が必要で、解釈にはまなざしが必要だからである。
まとめると、ビジネスの能力とは、まずまなざしをもってから事業機会を発見し、有利な事業を具体化するものである。
ところで、前回紹介したIMD(国際経営開発研究所)の国際競争力ランキングの通り、日本の競争力に対する世界の評価は厳しい。「Business Efficiency(ビジネスの効率性)」という項目の評価が最も低い「Business Efficiency(ビジネスの効率性)」という項目(※4)については、この項目はさらに要素分解される。その要素のなかで最も評価が低いものの一つのは、2023年では「Management Practices」で、62位という結果である。実は2023年に限らず、20年以上にわたって評価が低い項目だ。Management Practicesは色々な翻訳語があてられているが、筆者ならば「マネジメント行動」と訳す。マネジメント行動の指標のなかでも、「Entrepreneurship(事業家精神※5)」、「Agility of Companies(企業の俊敏性)」などは毎年評価が低い。
他にも、「Flexibility and Adaptability(柔軟性と適応)」なども継続して低い。変化に直面しても判断や対応が出遅れ、新たな機会創造も少ないという理解ができる。
この評価の厳しさは何が原因なのか。
端的にはビジネスの能力の低さだと言わざるを得ない。各機能には、基本的にビジネスに対する意思決定権がないからだ。では、ビジネスの能力の低さは何に起因するのか。
IMDの説明では、雇用の流動性の問題が指摘されている。生産性が低い従業員の雇用を守る必要があるから、という説明だ。各国に比べて、日本は雇用の確保について法的に厳しい方であり、従業員を解雇しにくい。
しかし、IMDのこの見解は支持しない。筆者は留学先として志望していたほどIMDのファンだが、見解を異にする。本当に雇用を守らなくてはならないから生産性が低いのだろうか。それでは日本が有力とされた1980年代はどうなるのか。また、日本の従業員は、他国に比べてそれほど能力が低いのだろうか。
日本の従業員のエンゲージメントは、確かに世界的に低い(※6)。だが持てる能力も低いと言えるのだろうか。ほとんどの従業員は各機能に所属しており、直接的にはビジネスに責任がない。機能の能力の低さが、ビジネスの能力を低下させているのだろうか。甚だ疑問である。
ビジネスの能力の低さについて、筆者は明快な見解を持つ。原因は人事慣行にあると考えるのだ。
次回は人事慣行が抱えている問題に言及したい。
※1 『競争優位の戦略』, Porter,M.E., 1985, 土岐坤 他訳, ダイヤモンド社
※2 参考図書として『アントレプレナーシップ入門』, 勿那憲治 他, 2013, 有斐閣などが読みやすい
※3 『戦略サファリ』, Mintzberg,H. 他, 1999, 木村充 他訳, 東洋経済新報社
※4 https://worldcompetitiveness.imd.org/countryprofile/JP/wcy
※5 この場合は事業の展開、創業の行動を表しているようである
“IMDWorld Digital Competitiveness”, 2023, IMD
※6 『日経ビジネス』2024年1月29日号
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